2021年09月30日

アナモレリンと高血糖

 アナモレリンの市販直後調査の結果が報告されていたので眺めてみた。

https://www.ono-oncology.jp/system/files/2021-09/ADM_houkoku_0.pdf

 胃腸障害が28件で最多だが、そのうち最も多かったのは悪心で13件、全て非重篤。
 続いて一般・全身障害および投与部位の状態が18件、こちらはさまざま。
 いずれにせよ、がん自体の症状としても説明可能なもののように思われた。

 気になったのは糖尿病ないし高血糖の計14件、うち5件は重篤と判定されている。
 ステロイドや免疫チェックポイント阻害薬を使用している患者なら、糖尿病の原因鑑別が難しくなりそうだ。
 ステロイドはそう簡単には中止できないし、免疫チェックポイント阻害薬によるI型糖尿病は中止すれば治るというものではないが、アナモレリンについてはいったん中止が第一選択だろう。

  

Posted by tak at 06:00Comments(0)支持療法有害事象

2021年09月29日

たばこと泌尿器系のがん

 折に触れてたばことがんの関係に触れている。
 最近、関わった患者が泌尿器系のがんに見舞われることが相次いだ。

 ひとりは外来かかりつけの患者。
 膀胱がん手術の既往がある間質性肺炎の患者で、これだけで喫煙経験者とほぼ断定できる。
 側腹部が痛いというのでCTを撮影したら、腎盂がんが見つかった。
 紆余曲折を経て手術にこぎつけたものの、術後の衰弱が著しく、リハビリ入院してもらった。

 もうひとりは他科入院していた患者。
 膀胱がん手術の既往あり。
 呼吸器疾患を合併していたため、併診した。
 退院後に血尿が出始めたとのことで相談に来た。
 CTで調べたところ、肺結節影出現と尿管の異常を認めた。
 膀胱がんの手術を受けた病院へ紹介したところ、新たに尿管がんが見つかり、肺結節もおそらく肺がんだろうとのことだった。

 たばこと因果関係が深いがんは、たばこの煙が直接触れるところと、たばこの煙が血中に吸収され、全身を循環したあとに濃縮・排泄される腎泌尿器系に多い。
 ことに腎泌尿器系のがんはたばことの因果関係が気道系に増して強い。
 扁平上皮がんや小細胞がんといったたばこと因果関係の深い肺がんに罹患した方の中には、腎泌尿器系のがんの既往がある方が少なくない。
 さらには、今回の二つの事例に見られるように、再発・再燃しやすいことも腎泌尿器系のがんの特徴である。
 膀胱がんの手術を受けて、せっかく治ったと思っていたのに、後年腎臓を失うことになるとは、何ともやるせない。
 さらにもう片方の腎臓・尿管がやられてしまったらと思うと、もう後がない。
 
  

Posted by tak at 06:00Comments(0)発癌の危険因子

2021年09月28日

セルペルカチニブ、製造販売承認

 RET阻害薬、セルペルカチニブの製造販売承認が2021/09/27付で下りたとのこと。
https://news.lilly.co.jp/down2.php?attach_id=817&category=19&page=1&access_id=2151

・RET阻害薬、セルペルカチニブがやってくる
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e993028.html

 また、現在進行中のLIBRETTO-431試験に加え、治験参加施設で
 「トランスフェクション再編成(RET)活性化を有する局所進行性又は転移性固形腫瘍患者の治療のための多施設拡大アクセスプログラム(EAP)」
と称する倫理供給も併せて行われているようだ。

・国立研究開発法人国立がん研究センター東病院
・国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
・北海道大学病院
・金沢大学附属病院
・鳥取大学医学部附属病院
・大阪市立総合医療センター
 
 病状の進行が早く、数か月後の市販まで待てない、というRET陽性進行肺がんの方は、各施設へアクセス可能ならば検討してみてはどうだろうか。  

2021年09月24日

ドライバー遺伝子変異陽性患者におけるPACIFICレジメンの有効性

 免疫チェックポイント阻害薬とドライバー遺伝子変異陽性肺がんとの関連性。

・免疫チェックポイント阻害薬使用後にチロシンキナーゼ阻害薬を使うと、薬剤性肺障害のリスクが高い
・免疫チェックポイント阻害薬単独では有効性が低い
・チロシンキナーゼ阻害薬を使い切った後にプラチナ併用化学療法+免疫チェックポイント阻害薬併用を行うと有効かもしれない
・KRAS遺伝子変異陽性なら、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できる

といったところだろうか。

 ドライバー遺伝子変異陽性肺がんにおいても、III期であれば化学放射線療法後にデュルバルマブを地固め投与するPACIFICレジメンが標準と考えられるが、今回の報告はその有効性を後方視的に検討したものである。
 対象患者数が極めて少ない(KRAS変異以外はすべて一桁)とはいえ、上記の原則を裏付けるような結果であり、個人的に興味深かったので記事にした。
 今後の臨床試験や実地臨床にどのように活かすべきか。

 さらに、免疫チェックポイント阻害薬の恩恵は喫煙者の方が受けやすいという、非喫煙者としては全く受け入れがたい事実も再確認された。
 それも、無増悪生存期間中央値にして1年以上の有意差を以て、である。
 免疫チェックポイント阻害薬を取り扱う製薬会社にたばこ会社が資本参加したら、と考えると、本当に暗澹たる気分になる。





Durvalumab consolidation in patients with stage III non-resecable NSCLC with driver genomic alterations

M. Riudavets Melia et al., ESMO Congress 2021 Abst.#1172MO
Annals of Oncology (2021) 32 (suppl_5): S939-S948.

背景:
 デュルバルマブはIII期切除不能非小細胞肺がんに対する化学放射線療法後の地固め標準治療である。ドライバー遺伝子異常を伴う非小細胞肺がん患者における本治療の有効性はあまりよく分かっていない。今回はこの件について調査することを目的とした。

方法:
 化学放射線療法後にデュルバルマブ投与を受けたIII期切除不能非小細胞肺がん患者について、欧州および米国の25施設で、2020年04月15日から2020年10月20日までに臨床データおよび生物学的データを集積し、後方視的検討を行った。ドライバー遺伝子異常は、EGFR、BRAF、KRAS遺伝子変異とALK、ROS1融合遺伝子を対象とした。画像診断上の奏効割合はRECIST v1.1基準、あるいは担当医の評価基準に基づいて評価した。ドライバー遺伝子異常ごとに、無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)を評価した。 

結果:
 323人の調査対象患者のうち、43人が1種類のドライバー遺伝子異常を伴っていた。KRAS遺伝子変異26人(うち8人がG12C変異)、EGFR遺伝子変異8人(うち6人がエクソン19欠失もしくはエクソン21点突然変異)、BRAF遺伝子変異5人(うち4人がV600E変異)、ALK融合遺伝子4人という内訳だった。年齢中央値は66歳(39-84)、性別比は1:1で、98%の患者がPS≦1で、19%は非喫煙者だった。88%は腺がんだった。PD-L1発現は85%の患者で陽性だった(4人はデータ確認不能だった)。調査対象患者全体における無増悪生存期間中央値は17.5ヶ月(95%信頼区間13.2-24.9)、全生存期間中央値は47ヶ月(95%信頼区間47-未到達)だった。ドライバー遺伝子変異を伴う患者(dGA群)と伴わない患者(non-dGA群)で比較したところ、無増悪生存期間中央値はdGA群で14.9ヶ月(95%信頼区間8.1-未到達)、non-dGA群で18ヶ月(95%信頼区間13.4-28.3)と統計学的有意差を認めなかった(p=1.0)。全生存期間に関するデータは解析時点では不足しており算出できなかった。ドライバー遺伝子変異ごとの解析結果は図表の通りで、KRAS遺伝子変異を有する患者以外では無増悪生存期間中央値は9ヶ月以下に留まった。

 dGA群において、PD-L1発現状態と全生存期間、無増悪生存期間の間に相関関係はなかった。一方、無増悪生存期間と喫煙歴には正の相関があり、中央値は喫煙者で19.2ヶ月(95%信頼区間11.3-未到達)、非喫煙者で5.8ヶ月(95%信頼区間3.9-未到達)だった。

結論:
 ドライバー遺伝子異常を伴うIII期切除不能非小細胞肺がん患者に対する化学放射線療法後のデュルバルマブによる地固め療法は、KRAS遺伝子変異陽性患者を除いては限定的な有効性に留まった。より規模の大きな研究で検証する必要がある。

  

2021年09月23日

肺がんの危険因子

 昼過ぎにふと手に取った雑誌に、肺がんの危険因子が特集されていた。
 箇条書きにして書き残す。

<喫煙>
・喫煙者では非喫煙者に比べ男性で4-5倍、女性で2-3倍肺がん死亡率が増加する
・喫煙本数に依存して発がん率が高くなり、1日に35本以上の重喫煙者では、非喫煙者の8-9倍の肺がん死亡率になる
→Schottenfeld, Principles and Practice of Lung Cancer 2010

・28,414人を対象にした疫学研究では、夫が喫煙者である場合の女性の肺腺がんの発症率は、夫が非喫煙者である場合の女性と比べて1.93倍高かった
→Kurahashi et al., Int J Cancer 122: 653-657, 2008

<PM2.5>
・欧州の大規模コホート研究(ESCAPE試験)によると、PM2.5が5μg/m3増加するごとに肺がんの発症リスクが1.18倍、肺腺がんに限ると1.55倍高くなる
→Raaschou-Nielsen et al., Lancet Oncol 14:813-822, 2013

<アスベスト暴露>
・アスベスト暴露により、肺発がん相対危険度は1.2倍
・アスベスト暴露は喫煙者の肺発がんリスクを相乗的に2倍に増強する
→Reid et al., Occup Environ Med 62:855-889, 2005

<家族性遺伝子変異>
・EGFR遺伝子変異のほとんどは体細胞変異だが、家族性肺がんの家系から、複数の胚細胞系列変異が報告されている
→Yamamoto et al, Translational Lung Cancer Research 7 , 2018

<特発性肺線維症>
・8-10倍の肺がん合併リスク


・  

Posted by tak at 06:00Comments(0)発癌の危険因子

2021年09月22日

HER2遺伝子変異陽性肺がんに対するtrastuzumab deruxtecan

 HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん。
 いい思い出がない。
 もう6年以上前だが、1人だけ担当したことがある。
 もともと他院で診療されていた患者だが、プラチナ併用化学療法と丸山ワクチンを併用したいということで私のもとに来られた。
 とにかく、できることは何でもしたい、と本人・ご家族ともに考えておられた。
 化学療法も丸山ワクチンも顕著な効果なく、LC-SCRUMに参加したところ、HER2遺伝子変異陽性を指摘された。
 当時、確か北大でトラスツズマブの、岡山大でT-DM1の臨床試験が行われていたと記憶しているが、既に参加できるようなPSではなかった。
 最終的には、苦し紛れにpan HER inhibitorであるアファチニブを使ったが、全く歯が立たなかった。
 今回取り上げる論文冒頭の記載によると、HER2遺伝子変異陽性肺がんは非扁平上皮非小細胞肺がん患者の3%弱に認められ、女性・非喫煙者に多く、予後不良とのこと。
 私が担当した患者に見事に特徴が合致する。
 
・HER2遺伝子変異陽性肺癌
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e808769.html


 実際のところ、HER2を治療標的とした初期の臨床試験は、まさに死屍累々たる有様だった。

・Studies Explore Targeted Therapies in Lung Cancer
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e900760.html

・T-DM1 for HER2 positive NSCLC
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e906042.html

 そんな中、以下の記事でごくわずかに触れたが、
 「抗体-薬物複合体を用いた治療により、HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者では60%以上の奏効割合が、現在進行中の臨床試験で示されている」
という話があり、その結果公表が待っていた。

・あれから20年も、この先10年も
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e982143.html


 そして、ようやくその時が来た。
 trasutuzumab deruxtecanは乳がんや胃がんで既に有効性が証明されていたが、今回のDESTINY-01試験で非小細胞肺がんにおいても一定の有効性が確認された。
 参加した患者の95%がプラチナ併用化学療法施行済み、66%がPD-1 / PD-L1抗体使用済み、20%がドセタキセル使用済み、14%が抗HER2チロシンキナーゼ阻害薬使用済みということ。
 経過観察期間中央値はまだわずか13ヶ月だが、奏効割合55%、無増悪生存期間中央値8.2ヶ月、全生存期間中央値17.8ヶ月というのは有望な数字である。

 

Trastuzumab Deruxtecan in HER2-Mutant Non–Small-Cell Lung Cancer
DESTINY-Lung01 Trial

Bob T. Li,Yasushi Goto, M.D., Ph.D., Kazuhiko Nakagawa, M.D., Hibiki Udagawa, M.D. Misako Nagasaka, M.D., Ryota Shiga, B.Sc. et al.
N Engl J Med September 18, 2021, published online
DOI: 10.1056/NEJMoa2112431

背景:
 ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)を標的とした治療は、これまでのところ非小細胞肺がん領域では承認されていない。HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がんに対し、HER2抗体-薬物複合体であるtrastuzumab deruxtecan(以前はDS-8201のコードネームで呼称されていた)を使用した際の有効性、安全性について、これまでのところ国際的に検証されたことはない。

方法:
 標準治療に対し耐性となったHER2遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者に対し、trastuzumab deruxtecan(患者体重1kgあたり6.4mg)を投与する国際多施設共同第2相臨床試験を行った。主要評価項目は独立委員会判定による奏効割合とした。副次評価項目には、奏効持続期間、無増悪生存期間、全生存期間、安全性を含めた。バイオマーカーとして、HER2遺伝子変異の多様性についても検討した。

結果:
 計91人の患者が登録された。経過観察期間中央値は13.1ヶ月(0.7-29.1)だった。奏効割合は55%(95%信頼区間44-65%)だった。奏効持続期間中央値は9.3ヶ月(95%信頼区間5.7-14.7)だった。無増悪生存期間中央値は8.2ヶ月(95%信頼区間6.0-11.9)、全生存期間中央値は17.8ヶ月(95%信頼区間13.8-22.)だった。安全性プロファイルは、trastuzumab deruxtecanに関連した過去の研究結果で認められたのと同様だった。Grade 3以上の薬剤関連有害事象は患者の46%に認められた。その中でも最も頻度が高かったのは好中球減少症(19%)だった。薬剤性と判定された間質性肺障害は26%の患者に認められ、2人はこれにより死亡した。腫瘍縮小効果はHER2遺伝子変異のどのサブタイプでも同様に認められ、免疫染色によるHER2発現の有無、あるいはHER2増幅の有無と縮小効果の間には関連性は見られなかった。

結論
 trasutuzumab deruxtecanは、既治療HER2陽性非小細胞肺がん患者に対して、持続的な抗腫瘍活性を示した。安全性プロファイルの点では、薬剤性肺障害による死亡例が2件発生したが、概ね過去の研究で確認されたのと同様の所見だった。
  

2021年09月21日

オシメルチニブ耐性化後は、耐性機序同定や分子標的治療は意味がないのか

 今回の報告では、二次治療でオシメルチニブが導入され、その後に病勢進行した患者が対象ということで、現在の実臨床とは乖離があるかも知れない。
 また、耐性機序に即して分子標的薬の治療を選択したとはいえ、既存の治療薬を使いまわしただけなので、今回の報告を以て耐性機序同定やそれに基づく分子標的薬選択は意味がない、とまでは言わない。
 しかし、オシメルチニブ耐性化後に既存の分子標的薬を、それも耐性機序を同定せずに使いまわす、という治療は多かれ少なかれ行われていることだろう。
 今回の報告は、そうした治療態度はあまり報われない、ということを裏付けている。
 要約中では耐性化機序に基づく分子標的治療と化学療法の間には無増悪生存期間の違いはないと書かれているが、数字だけみると化学療法の方が有望に感じる。
 現時点では、耐性化機序にこだわらず、オシメルチニブ耐性化後はKEYNOTE-189レジメンでの治療に切り替えた方がまだ希望が持てるのではないか。




Paired Liquid and Tissues Biopsies to Guide Treatment for Patients That Progress on 2nd Line Osimertinib Treatment

Tijmen van der Wel et al., WCLC2021 Abst.#MA07.03

背景:
 高い奏効割合と忍容性を示すにも関わらず、大多数の患者においてオシメルチニブに対する耐性化が起こることは避けられない。個々の患者における耐性機序の同定は、引き続く分子標的治療の指針となり得る。今回の取り組みでは、以下の2点を目的とした。
1)オシメルチニブによる二次治療後に病勢進行に至った患者に対して、リキッドバイオプシーと組織生検を同時に行うことにより耐性機序を同定する、
2)オシメルチニブ中止後、次に行う治療による無増悪生存期間を算出する

方法:
 2019年09月から2021年02月までに、二次治療としてのオシメルチニブ投与後に病勢進行に至った50人の患者を集積し、今回の単施設前向き研究に組み入れた。対象患者は、リキッドバイオプシーと組織生検の両方を受けた。リキッドバイオプシーの解析には、AVENIO ctDNA拡張パネルを用いた。組織生検の解析には、検索対象遺伝子を定めた次世代シーケンサーパネル解析と、Archer FusionPlex Lung Version 1を用いた。こうして得られた解析結果は、毎週開催される分子腫瘍会議(Molecular Tumor Board, MTB)において個々の患者ごとに議論された。この会議では、個別化医療に向けて助言することを目的とした。MTB開催後の治療効果については、6-8週間ごとにCTで評価した。

結果:
 EGFR遺伝子変異は、リキッドバイオプシーでは50人中37人(74%)で、組織生検では50人中48人(96%)で確認された。リキッドバイオプシーと組織生検で結果が一致したのは、50人中35人(70%)だった。50人中39人(78%)では、1種以上の耐性化機序がリキッドバイオプシーないしは組織生検で同定され、そのうち15人では2種以上の耐性化機序が関わっていた。頻度が高かった耐性化機序は、MET増幅が38%、EGFR C797S変異が16%だった。
 MTBでの議論に基づき、23人の患者が分子標的薬の治療を受け、16人の患者が化学療法を受けた。4人の患者は緩和医療のみを受けた。6人の患者はオシメルチニブ使用を継続し、そのうち3人は追加の局所制御治療も併せて行った。1人の患者では、まだ化学療法を開始していなかった。分子標的薬使用の内訳は、BRAF V600E変異陽性患者に対するダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法が1人、BRAF融合遺伝子陽性患者に対するダブラフェニブ単剤療法もしくはダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法が計3人、EGFR G724S/L718Q変異に対する第2世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬単剤療法が計2人、トランス型のT790M/C797S変異に対する第1世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬単剤療法が計2人、MET増幅陽性患者に対するクリゾチニブ単剤療法が計8人、ALK融合遺伝子陽性患者に対するクリゾチニブ単剤療法が1人、MET増幅+ALK融合遺伝子併存患者に対するクリゾチニブ単剤療法が1人、HER2増幅/過剰発現患者に対するT-DM1単剤療法が5人だった。無増悪生存期間中央値は化学療法適用患者では5.2ヶ月(95%信頼区間3.9-6.5)、分子標的薬適用患者では3.3ヶ月(95%信頼区間は1.4-5.2ヶ月)だった。追跡期間中央値は化学療法適用患者では9.1ヶ月、分子標的薬適用患者では7.2ヶ月だった。分子標的薬を適用した患者では、同定された耐性機序の数は無増悪生存期間の長短とは無関係だった。1種の耐性機序が同定された患者における無増悪生存期間中央値は5.8ヶ月(95%信頼区間4.2-7.5)で、2種以上の耐性機序が同定された患者における無増悪生存期間中央値は3.2ヶ月(95%信頼区間0.2-6.2)だった。
 分子標的薬使用後に病勢進行した患者のうち、10人ではさらに組織生検が行われた。10人中5人(50%)では新たな耐性機序が明らかとなったものの、そのうち治療標的となり得たのは3人(30%)に留まった。

結論:
 今回対象とした患者集団では、二次治療でオシメルチニブを使用したのちに病勢進行に至った患者でリキッドバイオプシーと組織生検を合わせて行っても、その結果を踏まえた分子標的治療と化学療法の間では無増悪生存期間に違いはなかった。オシメルチニブ耐性化後の分子標的治療の効果が比較的短期間に留まるのは、同時発生、異時発生を問わず、高頻度に複数の耐性化機序が関わっているためかもしれない。


   

2021年09月20日

EGFR/ALK陽性非小細胞肺がんに対するカルボプラチン+ペメトレキセド+ペンブロリズマブ併用療法

 いわゆるKEYNOTE-189レジメンをチロシンキナーゼ阻害薬無効となったEGFR/ALK異常陽性非小細胞肺がん患者さんに適用したらどうなるか、という臨床試験。
 患者集積不良で早期終了になったとはいえ、EGFR遺伝子変異陽性患者は目標の28人中26人まで集積できている。
 加えて、26人中22人はオシメルチニブ治療歴のある患者ということで、現在の治療実態に近い患者が集められている。
 その上で、KEYNOTE-189レジメンを適用したら生存期間中央値22.2ヶ月(95%信頼区間20.6-未到達)、無増悪生存期間中央値8.3ヶ月(95%信頼区間7.2-16.5)というのは、チロシンキナーゼによる前治療歴がある前提で考えると、とても希望の持てる数字ではないだろうか。
 本家KEYNOTE-189試験における生存期間中央値22.0ヶ月(95%信頼区間19.5-25.2)、無増悪生存期間中央値9.0ヶ月(95%信頼区間8.1-9.9)なので、ほぼ遜色ない結果である。
 なお、ALK融合遺伝子陽性患者は本当に患者数が少なくて、評価困難である。




Pembrolizumab in Combination With Platinum-Based Chemotherapy in Recurrent EGFR/ALK-Positive Non-Small Cell Lung Cancer (NSCLC)

Shirish M. Gadgeel et al., WCLC 2021 Abst.#OA09.03

背景:
 EGFR / ALK遺伝子異常を伴う非小細胞肺がん患者において、免疫チェックポイント阻害薬単剤での治療効果は限られている。今回はこうした患者に対して、カルボプラチン+ペメトレキセド+ペンブロリズマブ併用療法の効果を検証するための第II相試験を企画した。

方法:
 EGFR遺伝子変異あるいはALK融合遺伝子を有する非小細胞肺がん患者で、これら遺伝子異常に対応した分子標的薬を使用したものの病勢が再燃したものを対象とした。カルボプラチン5AUC、ペメトレキセド500mg/㎡、ペンブロリズマブ200mgを3週間ごとに反復投与した。4サイクル目以降はペメトレキセド+ペンブロリズマブ併用療法を2年間を上限に反復した。効果判定は当初の6サイクルまでは2サイクルごとに、その後は担当医の決定に従って適宜行うこととした。主要評価項目はRECIST ver.1.1準拠の奏効割合とし、副次評価項目には無増悪生存期間(PFS)や生存期間(OS)を含めた。腫瘍組織のPD-L1発現状態は治療施設内で調べた。循環血中腫瘍細胞を1サイクル目と3サイクル目に先立って評価した。EGFR遺伝子変異陽性患者群とALK融合遺伝子陽性患者群それぞれで28人の評価可能患者を集積することを目標としたが、患者集積が遅々として進まなかったため早期終了となった。

結果:
 33人の患者が登録され、26人はEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん(Exon19欠失変異が13人、Exon21 L858R点変異が9人)だった。64%は女性で、年齢中央値は67歳だった。前治療レジメン数の中央値は1(範囲は1-3)だった。26人のEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんのうち、22人にはオシメルチニブの治療歴があった。今回のプロトコール治療を施行したサイクル数の中央値は6(範囲は2-24)で、4人の患者(すべてEGFR遺伝子変異陽性患者)は解析時点でもプロトコール治療を継続していた。奏効割合(95%信頼区間)はEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんでは42%(23-63)、ALK融合遺伝子陽性非小細胞肺がんでは29%(4-71)だった。奏効持続期間は6.1ヶ月だった。腫瘍組織のPD-L1発現状態は30人の患者で確認でき、PD-L1の発現状態によらず生存期間は同等だった。治療開始前の循環血中腫瘍細胞を評価できたEGFR遺伝子変異陽性患者における中央値は4ヶ/ml(0-23)だった。生存期間中央値は、循環血中腫瘍細胞が減少した患者集団では未到達、増加した患者集団では18.5ヶ月(p=0.52)だった。頻度の高かった有害事象は、倦怠感、嘔気、骨髄抑制、咳、呼吸困難だった。頻度が高かったGrade3以上の有害事象は好中球減少、血小板減少、血栓塞栓症、AST/ALT上昇だった。薬剤性肺障害を来した患者が1人いた。

結論:
 TKI治療不耐となったEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者において、カルボプラチン+ペメトレキセド+ペンブロリズマブ併用療法は奏効割合42%、生存期間中央値22ヶ月の成績を残した。



  

2021年09月19日

CheckMate9LA試験 脳転移の有無でサブグループ解析

 後付けのサブグループ解析であるため、エビデンスとしての質はそれほど高くないかもしれない。
 それでも、この報告を見ると、脳転移を有する進行非小細胞肺がんの方にはニボルマブ+イピリムマブ+化学療法を第一選択としたくなる。
 そのくらい、生存期間、無増悪生存期間、奏効割合、奏効持続期間の差は圧倒的である。




First-line Nivolumab + Ipilimumab + Chemo in Patients With Advanced NSCLC and Brain Metastases: Results From CheckMate 9LA

David Carbone et al., WCLC2021 Abst.#OA09.01

背景:
 脳転移を伴う進行非小細胞肺がん患者の診療はまだ満足できるものではなく、免疫チェックポイント阻害薬が有益な可能性がある。第III相ランダム化比較試験であるCheckMate9LA試験において、ニボルマブ+イピリムマブ+化学療法(N+I+Cx)は化学療法単独と比較して、進行非小細胞肺がん患者の生存期間を有意に延長した。その効果は、腫瘍病巣のPD-L1発現状態や腫瘍組織型と関係なく認められた。今回は、後付けではあるが、治療開始前の脳転移の有無によるサブグループ解析を行った。

方法:
 IV期あるいは術後再発の成人非小細胞肺がん患者で、ECOG-PSは0もしくは1、EGFRやALKの遺伝子異常を持たない者を適格とした。適切な治療を受けた脳転移合併患者も、初回のプロトコール治療開始に先立つこと2週間以上無症状であれば適格とした。この際、副腎皮質ステロイドがプレドニゾロン換算で10mg/日以下の量で維持中、あるいは漸減中の状態にあってもよいとされた。対象患者はN+I+Cx群(ニボルマブ360mgを3週ごと、イピリムマブ1mg/kgを6週ごと、化学療法を当初2サイクル)とCx群(化学療法を4サイクル)に1:1の割合で無作為に割り付けられた。プロトコール治療は、病勢進行、忍容不能の毒性、免疫チェックポイント阻害薬治療開始から2年間を経るまでは継続された。頭部MRI / CTは治療開始前の時点で全ての患者について行われ、脳転移の病歴がある患者や脳転移にまつわる症状が治療経過中に認められた患者では既定の外来受診時に2回、加えて病勢進行に至るまで3ヶ月ごとに再検した。頭蓋内病変の画像評価は、脳転移巣評価用にアレンジしたRECIST基準に基づき、独立効果判定員会で行った。

結果:
 719人の患者がランダム割り付けされ、そのうち101人(14%)は治療開始前に脳転移を合併していた。背景因子は脳転移のあり、なしを問わずバランスがとれており、これは各治療群間の比較でもほぼ同様だった。ただし、N+I+Cx群に喫煙歴のない患者が多かったとか、Cx群に肝転移を有する患者が多かったといった若干の偏りが、脳転移を有する患者において認められた。脳転移の有無を問わず、N+I+Cx群の方がCx群よりも生存期間、効果のいずれにおいても優れていた。治療開始前に脳転移を合併していた患者で、全てのGradeの治療関連有害事象を算出すると、N+I+Cx群で20%、Cx群で10%だった。そのほとんどはGrade 1ないしは2の有害事象だった。





  

2021年09月18日

ドライバー遺伝子異常検出におけるジレンマとmultiplex PCR

 非小細胞肺がんの診療において、ドライバー遺伝子異常、PD-L1陽性割合といったバイオマーカー評価の重要性は論を俟たない。
 どちらも様々な手法で調べられてきて、1薬剤につき1コンパニオン検査での診断しか認めないという不毛極まりない時期があったが、少しずつ実態に即してきている感がある。
 とは言え、まだまだ最適化されたとはいいがたい。

 ドライバー遺伝子変異検索においては、個別のドライバー遺伝子異常をPCR検査を用いて検出する方法と、次世代シーケンサー(NGS)を用いてまとめて調べる方法がある。
 前者は高感度だが、基本的には1遺伝子異常につき1検査という対応関係があるので、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、RET、MET14skipと調べようとしたら6回分の生検組織量と手間とお金がかかる。
 出現頻度1%のドライバー遺伝子変異に組織と手間とお金をかけるのかと思うと、すぐには気が進まない。
 効率的に、頻度の高いものから調べたくなるのが人情だが、そうしていると稀な遺伝子異常を検出したくなったときには生検組織がなくなっていた、ということは起こりうる。
 NGSを使えば全部まとめて調べられるからいいんじゃないか、と言われそうだが、そもそもNGSでの検索には相応の量の生検組織が要求される。
 そして、PCRに比べると検査感度は劣る。
 NGSで陰性、PCRでEGFR遺伝子変異陽性だったという話はちらほら耳にする。

 そんななか、中国のAmoy DiagnosticsのAmoyDx Multi-Gene Mutations Detection Kitについて、理研ジェネシス社が製造販売承認を取得したようだ。
 2021/06/25付で(EGFR, ALK, ROS1, BRAF)、さらに2021/08/12付でMETエクソン14スキッピング変異が追加され、5種の遺伝子変異を1つの検査で、それも高感度のPCRベースで検出できるようになる見通しだ。
https://www.rikengenesis.jp/information/press.html

 この検査が一般的に使われるようになると、稀な遺伝子異常も検出されやすくなるだろう。
 本検査キットは、9種(EGFR, KRAS, BRAF, NRAS, HER2, PIK3CA, ALK, ROS1, RET)の変異を同時に検索できるので、いずれはRETに対するセルペルカチニブ、KRAS G12Cに対するSotorasib、HER2に対するT-DM1といった組み合わせに対し、本検査もコンパニオン診断として追加承認申請されるかもしれない。
http://www.amoydiagnostics.com/productDetail_35.html 
  

2021年09月17日

第III相POSEIDON試験

 デュルバルマブが関わる臨床試験は、海洋に関わるコードネームが様々ついている。
 PACIFIC(太平洋)。
 CASPIAN(カスピ海)。
 MYSTIC(コネチカット州の港町)
 そして今回のPOSEIDON(海洋神)。

 デュルバルマブは抗PD-L1抗体、Tremelimumabは抗CTLA-4抗体なので、POSEIDON試験の比較対象としてはCheckMate9LA試験を挙げるのがいいのだろう。

・ニボルマブ+イピリムマブ±プラチナ併用化学療法 適応追加
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e982891.html

 臨床試験の規模は各群340-360人程度でほぼ同等。
 無増悪生存期間中央値(95%信頼区間)はD+T+CT併用療法で6.2ヶ月(5.0-6.5)、CheckMate9LAレジメンで6.8ヶ月(5.5-7.7)でほぼ同等。
 生存期間中央値(95%信頼区間)はD+T+CT併用療法で14.0ヶ月(11.7-16.1)、CheckMate9LAレジメンで14.1ヶ月(13.2-16.2)でほぼ同等。

 さあ、ではどっちを選ぶ?と言われると、私を含めて多くの医師は、治療が楽な方を選ぶだろう。
 D+T+CTは化学療法を含む導入療法が3週ごとに④コース、⑤コース目はD+T、⑥コース目以降はDのみ4週ごとに繰り返し。
 CheckMate9LAレジメンは導入療法が3週ごとに②コース、その後は3週ごとにニボルマブ、6週ごとにイピリムマブが入っていく。
 後者の方が幾分シンプルだろうか。

 あと、細かいことを敢えて言うならば、POSEIDON試験におけるD+T+CT併用療法の有効性は、あくまで条件付き副次評価項目の位置づけである。



Durvalumab ± Tremelimumab + Chemotherapy as First-line Treatment for mNSCLC: Results from the Phase 3 POSEIDON Study

Melissa L Johnson et al., WCLC2021 Abst.#PL02.01

背景:
 PD-1 / PD-L1経路を治療標的とした免疫療法は、単剤療法として、そして化学療法との併用療法として、進行非小細胞肺癌(mNSCLC)の治療を変貌させた。POSEIDON試験はランダム化オープンラベル国際共同第III相試験であり、mNSCLCに対する初回治療として担当医が自由選択による化学療法とデュルバルマブ、トレメリムマブを併用することの意義を問うものである。

方法:
 未治療、EGFR / ALK遺伝子異常陰性のmNSCLC患者を1:1:1の割合で以下の治療群に割り付けた。D+CT群:デュルバルマブ1500mg+化学療法を3週ごとに4サイクル行い、引き続いてデュルバルマブ1500mgを4週間に1サイクル、病勢進行に至るまで継続する。D+T+CT群:デュルバルマブ1500mg+トレメリムマブ75mg+化学療法を3週ごとに最高4サイクルまで行い、続いてデュルバルマブ+トレメリムマブを1サイクル行い、その後はデュルバルマブを4週間に1サイクル、病勢進行に至るまで継続する。CT群:化学療法を3週ごとに最高6サイクルまで行う。化学療法の選択肢は、非扁平上皮がん患者に対するプラチナ製剤+ペメトレキセド併用療法(ペメトレキセドの維持療法は許容する)、扁平上皮がん患者に対するプラチナ製剤+ジェムシタビン併用療法、全ての組織型に対するカルボプラチン+ナブパクリタキセル併用療法のいずれかとした。割付調整因子は、腫瘍細胞のPD-L1発現割合(50%以上 vs 50%未満)、臨床病期(IVA期 vs IVB期)、組織型とした。主要評価項目は独立効果判定委員会によるRECIST ver.1.1準拠の無増悪生存期間(PFS)、CT群に対するD+CT群の全生存期間(OS)とし、いずれかの優越性が示されたらCT群に対するD+T+CT群のPFS、OSを副次評価項目として解析することとした。安全性評価は割り付けられた治療群に沿って行った。PFSに関するデータカットオフは2019年7月24日、OSと安全性に関するデータカットオフは2021年3月12日とした。

結果:
 1013人の患者が無作為割付された。28.8%の患者でPD-L1発現が50%以上で、49.6%の患者がIVB期で、36.9%の患者が扁平上皮がんだった。担当医が選択した化学療法は、各治療群間で偏りがなかった。CT群に対して、D+CT群では有意にPFSが延長していたが、OSは有意水準に至らなかった。CT群に対して、D+T+CT群はPFS、OSともに有意に延長した。Grade 3 / 4の治療関連有害事象は、D+T+CT群の51.8%、D+CT群の44.6%、CT群の44.4%に認められた。有害事象によりプロトコール治療中止に至った患者は、D+T+CT群の15.5%、D+CT群の14.1%、CT群の9.9%に上った。

結論:
 POSEIDON試験において、D+T+CT併用療法はCT療法に対して統計学的有意にmNSCLC患者のPFSとOSを延長した。同様に、D+CT併用療法はCT療法に対して有意にPFSを延長したが、OSの延長は統計学的有意水準に至らなかった。安全性プロファイルは各治療群間において同様であり、新規の有害事象は認めなかった。治療中断に至る割合はD+T+CT併用療法とD+CT併用療法の間で同様だった。D+T+CT併用療法はmNSCLCに対する初回治療の選択肢の一つとなるかもしれない。





   

2021年09月16日

人工知能による胸部レントゲン読影支援

 最近の人工知能は、胸部レントゲン読影における結節影検出のお手伝いもしてくれるらしい。

・EIRL Chest Noduleへのリンク
https://eirl.ai/ja/eirl-chest_nodule/

 見落としの頻度が減るのはとてもよいことだ。
 過剰診断になることもあるかもしれない。
 それでも、異常を見落とすくらいなら、過剰診断をしてCTで確認した方が建設的だと思う。

 今のところ、あくまで医師の診断支援ツールという位置づけのようだが、将来的には健康診断のレントゲン読影を医師がする必要はなくなるのではないか。
 健康診断のレントゲン読影は、一部の医師にとってはアルバイトの収入源にもなっているだろうから、技術革新により人の仕事が人工知能に奪われる一例となるかもしれない。
 
 こうした流れが加速すると、放射線画像診断に専従する医師の行く末が危ぶまれる。
 腫瘍病理診断の世界にもいずれはこうした流れが来るかもしれない。
   

2021年09月15日

中国人患者におけるRET阻害薬(Selpercatinib, Pralsetinib)の有効性

 中国人を対象としたRET阻害薬のデータが公表されていた。
 SelpercatinibもPralsetinibも、奏効割合という点では変わりはなさそう。
 Pralsetinibでは骨髄抑制の有害事象が目立つ。


Efficacy and Safety of Selpercatinib in Chinese Patients With RET Fusion-Positive Non-Small Cell Lung Cancer: A Phase 2 Trial

Shun Lu et al., WCLC 2021 Abst.#MA02.01

背景:
 Serpercatinibは、rearranged during transfection(RET)キナーゼに対する高い選択性と阻害活性を有する、この分野では初めての薬であり、中枢神経系への活性も有する。RET融合遺伝子陽性非小細胞肺がんやRET変異のある甲状腺がんに対して多数の国々で承認されている。今回は、RET融合遺伝子陽性非小細胞肺がんの中国人患者を対象に、Serpercatinibの効果と安全性を検証した初めての臨床試験であるLIBRETTO-321試験について報告する。

方法:
 LIBRETTO-321試験は、オープンラベル、多施設共同の第II相試験であり、RET融合遺伝子陽性非小細胞肺がんを含むRET遺伝子異常陽性進行固形がんの中国人患者を対象とした。Selpercatinib 160mgを1日2回経口投与し、28日間の治療を1サイクルとして、病勢進行、忍容不能の毒性、臨床試験参加への患者同意撤回、患者死亡のいずれかが発生するまで治療を継続した。主要評価項目はRECIST ver.1.1準拠の独立効果判定委員会(IRC)評価による奏効割合とした。副次評価項目の主なものは、奏効持続期間(DoR)、中枢神経病変における奏効割合(CNS-ORR)、中枢神経病変における奏効持続期間(CNS-DoR)、安全性とした。有効性評価はprimary analysis setとresponse evaluable patientsに分けて行った。primary analysis set(PAS)は中央臨床検査部においてRET融合遺伝子陽性非小細胞肺がんと確認された患者集団であり、response evaluable population(REP)は本試験に登録され、測定可能病変を有し、少なくとも1回は効果判定を受けた全ての非小細胞肺がん患者集団である。安全性はプロトコール治療を受けた全ての患者に対して評価した。

結果:
 20201年3月25日までに、77人の患者が登録され、この中には47人のRET融合遺伝子陽性非小細胞肺がん患者が含まれており、26人はPASの基準を満たした。PASの患者集団の観察期間中央値は9.7ヶ月で、IRC評価による奏効割合は69.2%(95%信頼区間48.2-85.7)で、治療歴のない患者では87.5%、治療歴のある患者では61.1%だった。奏効持続期間中央値は未到達で、9ヶ月奏効持続割合は93.8%だった。REP集団は総数45人で、観察期間中央値は10.4ヶ月、IRC評価による奏効割合は66.7%(95%信頼区間51.0-80.0)だった。治療開始前に測定可能な中枢神経病変を有していた5人の患者のうち、4人(80%)はIRC評価による中枢神経病変の奏効基準を満たしており、9ヶ月後も効果が持続していた。安全性評価対象となった77人において、Grade 3以上の有害事象で頻度が高かったのは高血圧(19.5%)、AST上昇(15.6%)、ALT上昇(15.6%)だった。ほとんどの有害事象はGrade 1もしくは2だった。有害事象のためSelpercatinibの治療中止に至った割合は5.2%で、用量減量を必要としたのは32.5%だった。Selpercatinibとは無関係と思われる有害事象で1人の患者が死亡した。

結論:
 Selpercatinibは中国人のRET融合遺伝子陽性進行非小細胞肺がん患者に対して、強力で持続的な抗腫瘍活性を示し、LIBRETTO-001試験で示された知見と同様だった。





Efficacy and Safety of Pralsetinib in Chinese Patients with Advanced RET Fusion+ Non-Small Cell Lung Cancer

Qing Zhou et al., WCLC 2021 Abst.#MA02.02

背景:
 RET融合遺伝子は非小細胞肺がん患者のおよそ1-2%で認められるドライバー遺伝子異常として同定された。PralsetinibはRET遺伝子異常に対する高い選択性および阻害活性を持つRET阻害薬である。ARROW試験は第I / II相、オープンラベルの臨床試験で、非小細胞肺がんをはじめとした種々のRET遺伝子異常陽性進行固形がんに対するPralsetinibの安全性と抗腫瘍活性を評価する初の臨床試験である。前回のWCLC2020において、プラチナ併用化学療法後にPralsetinibを使用したRET融合遺伝子陽性進行非小細胞がんの中国人患者集団における効果と安全性について報告した。今回はその後の最新情報に加え、未治療RET融合遺伝子陽性進行非小細胞肺がんの中国人患者集団におけるPralsetinibの効果と安全性についても報告する。

方法:
 未治療、もしくはプラチナ併用化学療法治療歴のあるRET融合遺伝子陽性非小細胞肺がン中国人患者を対象に、Pralsetinib 400mg/日を投与した。主要評価項目は独立効果判定委員会によるRECIST ver.1.1準拠の奏効割合、安全性プロファイルとした。副次評価項目には奏効持続期間(DoR)、病勢コントロール割合(DCR)、無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)を含めた。

結果:
 2021年4月12日までに、68人のRET融合遺伝子陽性非小細胞肺がん中国人患者(プラチナ併用化学療法治療歴あり:37人、治療歴なし:31人)がPralsetininbの治療を受けた。治療前の段階で、ほとんど(95.6%)の患者がECOG-PS1の状態だった。RET融合遺伝子の融合パートナー(KIF5Bが66.2%、CCDC6が17.6%、その他が16.2%)、脳転移合併割合(33.8%)はこれまで知られているデータとほぼ同様だった。治療効果は図表に示したとおりであり、Pralsetinibは治療歴の有無に関わらず高い奏効割合を示した。少なくとも1回のPralsetinib投与を受けた患者は安全性評価対象とした(n=68)。治療関連有害事象として頻度が高かったのは、AST上昇(80.9%)、好中球減少(79.4%)、貧血(67.6%)、白血球減少(60.3%)、ALT上昇(57.4%)だった。10.3%の患者が有害事象を理由にPralsetinibの使用を中止した。

結論: 
PralsetinibはRET融合遺伝子陽性の非小細胞肺がん中国人患者において、治療歴の有無に関わらず、早くかつ深い臨床的活性を有する有望な分子標的薬である。中国人患者におけるPralsetinibの有効性は、国際共同試験におけるデータと同様で、治療歴のない中国人患者でも同様の有効性を示した。安全性プロファイルは管理可能であり、未知の有害事象には見舞われなかった。Pralsetinibは良好な有効性・安全性プロファイルを有し、RET融合遺伝子陽性進行非小細胞肺がんの中国人患者に対して新しい医療を提案している。



  

2021年09月14日

オシメルチニブによる術前療法・・・NeoADAURAの前哨戦

 昨年来、オシメルチニブによる術後補助療法のADAURA試験が大きな話題となっており、既に我が国でも適応拡大申請が成されている。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000336.000024308.html

 臨床研究の焦点は、既に術前治療のステップに移っている。
 今年の世界肺癌会議では、オシメルチニブによる術前療法の報告が2報あった。
 1報は中国から、オシメルチニブによる術前療法の効果と安全性に関する後方視的な検討について。
 1報は米国から、オシメルチニブによる術前療法の効果と安全性に関する第II相試験の中間解析結果について。
 なんとなく、診療や研究に対する哲学やアプローチの違いが表れているような感じがして興味深い。
 そして、出てくる結論が似たり寄ったりであることも、また興味深いところである。
 他の類似薬がそうであるように、オシメルチニブも単剤では病理学的効果はさほど高くないようだ。
 オシメルチニブが効きにくい背景となりそうなRBM10という遺伝子変異が見つかったのは、今後に役立つのかもしれない。




P03.02 - Osimertinib as Neoadjuvant Therapy for Resectable EGFR Mutant Non-small Cell Lung Cancer: A Real-World Multicenter Retrospective Study

Xue-Feng Leng et al., WCLC2021 Abst.#P03.02

背景:
 第3世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるオシメルチニブは、優れた安全性プロファイルを有し、IB-IIIA期のEGFR遺伝子変異陽性完全切除後非小細胞肺がん患者の無病生存期間(Disease Free Survival, DFS)を延長する。しかし、術前治療としてのオシメルチニブのデータは限られている。今回の多施設共同後方視的研究は、IA-IIIB期のEGFR遺伝子変異陽性切除可能非小細胞肺がん患者におけるオシメルチニブの術前治療に関し、効果と安全性を検証するために企画した。

方法:
 オシメルチニブの術前治療(80mg/日を経口投与)を1-3ヶ月行った後に手術を行ったIA-IIIB期の切除可能EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者13人の臨床データを後方視的に収集した。

結果:
 術前オシメルチニブ投与の平均期間は59.8日間だった。オシメルチニブによる術前治療後、2人の患者は完全奏効、9人は部分奏効、2人は病勢安定の状態にあり、奏効割合は84.6%、病勢コントロール割合は100%だった。切除後の病理所見において、残存腫瘍細胞が病巣の10%未満と定義されるmajor Pathologic Response(mPR)の状態にある患者が4人認められた。mPR割合は75%だった。残存腫瘍細胞が皆無と定義される病理学的完全奏効(pathological Complete Response, pCR)は認められなかった。術前の臨床病期診断が術後病理病期診断で改善する(downstaging)現象は5人で認められた。オシメルチニブ投与に伴う深刻な有害事象や手術合併症は認めなかった。

結論:
 今回の後方視的検討において、EGFR遺伝子変異陽性切除可能IA-IIIB期非小細胞肺がん患者におけるオシメルチニブ術前療法は忍容性良好で良好な病理学的治療効果につながっていた。





P26.02 - A Phase II Trial of Neoadjuvant Osimertinib for Surgically Resectable EGFR-Mutant Non-Small Cell Lung Cancer: Updated Results

Collin M. Blakely et al., WCLC2021 Abst.#P26.02

背景:
 第3世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるオシメルチニブは、EGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がんに対する一次治療として良好な安全性プロファイルと効果を併せ持っている。IB-IIIA期の外科切除後EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者に対し、オシメルチニブによる術後補助療法は有意に再発リスクを低下させる。一方、外科切除可能なEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんに対するオシメルチニブ術前療法の利点はまだわかっていない。ドライバー遺伝子変異陽性非小細胞肺がんに対する術前分子標的治療は、術前化学療法に比べて病理学的奏効割合や安全性の面でより有利かもしれない。こうした取り組みは、最適ながん遺伝子標的治療に対する腫瘍細胞の耐性メカニズムを同定することにも役立つ。

方法:
 本試験はオシメルチニブ術前療法に関する進行中の多施設共同第II相試験であり、EGFR遺伝子変異陽性(Exon 19欠失変異あるいはExon 21 L858R点突然変異)の外科的切除可能な病期(AJCC第7版準拠でのI-IIIA期)にある非小細胞肺がん患者27人の集積を目指している。適格患者は、オシメルチニブ80mg/日内服を28日間サイクルで1サイクルあるいは2サイクルにわたって継続し、その後に外科的切除を受ける。主要評価項目は切除標本における残存腫瘍細胞が10%未満だった患者の割合を示すmajor Pathological Response(mPR)とした。副次評価項目は安全性、想定外の手術日程遅延、術後合併症割合、病理学的奏効割合(残存腫瘍細胞が0-49%の場合を奏効と定義)、病理学的完全奏効(pathological Complete Response, pCR)割合、奏効割合、リンパ節転移病巣のdownstagingの状態、無病生存期間(Disease Free Survival, DFS)、全生存期間(Overall Survival, OS)とした。

結果:
 2021年4月までに、13人の早期(IA/B期6人、IIA/B期2人、IIIA期5人)EGFR遺伝子変異陽性(Exon 19欠失変異7人、Exon 21 L858R点突然変異6人)非小細胞肺がん患者が登録され、平均59日間のオシメルチニブによる術前治療の後に手術を受けた。mPR割合は15%(2 / 13)だった。病理学的奏効割合は69%(9 / 13)だった。病理学的完全奏効は認められなかった。画像診断上の奏効割合は46%(6 / 13)で、病勢安定の患者は7人、病勢コントロール割合は100%だった。治療開始前にリンパ節転移があった5人の患者のうち、リンパ節転移病巣のdownstagingは4人の患者で認められた(80%)。DFSやOSのデータはまだ評価できる段階にない。治療の安全性は良好で重篤な有害事象は確認されておらず、全ての患者が手術日程遅延や想定外の術後合併症に見舞われずに手術を受けられた。1人だけ、Grade 2相当の肺臓炎を合併したが、ステロイド治療を行うことなく改善した。7人の患者について、プロトコール治療開始前の腫瘍生検検体を用いて最大500か所に及ぶがん関連遺伝子解析を行った。オシメルチニブによる病理学的有効性が認められなかった4人のうち3人(75%)で、RBM10の機能失活を来す遺伝子変異が認められた。

結論:
 今回の第II相試験の中間解析で、オシメルチニブによる術前治療は忍容性良好で、想定外の手術日程遅延を来すことなく、かつ病理学的奏効やリンパ節転移巣のdownstagingが得られることが分かった。一方、mPRに至る患者はまれであり、pCRを達成する患者は皆無だった。オシメルチニブによる病理学的奏効が得られなかった患者の大多数でRBM10変異が観察された。EGFR遺伝子変異陽性肺がんにおいて、臨床的に意義のあるmPR割合を達成するためには、NeoADAURA試験で検証されているようなオシメルチニブ+化学療法による術前療法のようなアプローチが必要なのかもしれない。

NeoADAURA試験(ClinicalTrials.gov ID: NCT04351555)
EGFR遺伝子変異陽性完全切除可能非小細胞肺がん患者を対象に、プラチナ製剤+ペメトレキセド併用術前療法と比較して、プラチナ製剤+ペメトレキセド+オシメルチニブ併用術前療法、オシメルチニブ単剤術前療法の効果と安全性を検証する無作為化第III相試験。
  

2021年09月13日

病勢進行後の治療をどう考えるか

 肺がんの治療が多様化し、治療の考え方はとても複雑になった。
 病勢進行後の治療をどう考えるかについて、散文的にはなるが書き記しておきたい。

1)「病勢進行」をどうとらえるか
 病勢進行の定義をRECIST効果判定の考え方に沿って端的に書き下すなら、「一定以上の病巣増大、あるいは新規病巣の出現」である。
 薬の腫瘍縮小効果を評価する臨床試験においては、この基準が厳密に適用される。
 とはいえ、それさえも絶対的なものではない。

〇主観の問題 
 画像診断に基づいて腫瘍縮小効果を判定するといっても、評価者の主観に左右される。
 患者・家族と喜びも悲しみも分かち合う担当医と、まったく診療に関わらない効果判定委員会では、どうしても測定結果に相違がある。
 効果判定委員会の評価を仮に真の測定結果とするならば、患者・家族の心情を慮って測定結果をいい方にとってしまう担当医もいるだろう。
 逆に、臨床試験の厳格さを重視するあまりに、却って測定結果を悪い方にとってしまう担当医もいるだろう。
 そうした評価のブレがつきものだが、最近はあえて効果判定委員会の評価ではなく、担当医の評価を主要な評価項目に据える臨床試験も散見する。
 これは私の推測だが、プロトコール治療が効果・安全性両面で優れていれば、担当医は長くプロトコール治療を続けたいと思うだろうし、逆に効果・安全性いずれかに問題があれば(診療をしていてそのように感じるならば)担当医は早くプロトコール治療をやめて、次の治療を提供したいと考えるだろう。
 そうした担当医の主観が、敢えて効果判定に持ちこまれるようにしているのかもしれない。
〇タイミングの問題
 治療の効果発現時期が効果判定のタイミングとうまく合致するとは限らない。
 双極にあるのが、ドライバー遺伝子変異に対する分子標的薬と、免疫チェックポイント阻害薬である。
 分子標的薬は一般に効果発現が早く、適切に使えば治療初期は劇的に病巣が縮小することが多い。
 一方で、免疫チェックポイント阻害薬では、有効な場合にも一過性に病巣が増大することがある(Pseudo-Progression)。
 そのため、免疫チェックポイント阻害薬で効果判定を急ぎすぎると、せっかく有効なのに早期に中止してしまう可能性がある。
〇過大評価の問題
 RECIST効果判定では、「ベースライン(治療開始前)径和に比して、標的病変の径和が30%以上減少したら奏効と判定する」、「(治療)経過中の最小の径和(ベースライン径和が経過中の最小値である場合、これを最小の径和とする)に比して、標的病変の径和が20%以上増加、かつ径和が絶対値でも5mm以上増加したら病勢進行と判定する」という規定が存在する。
 よく言われることだが、100mmあった病巣が、治療により10mmまで縮小し奏効と判定され、その後20mmまで増大したら、RECIST規定上はその時点で病勢進行である。
 治療開始前からすれば1/5まで病巣が縮小した状態を保っているのだが、最も病巣が縮小した時点を基準とすれば病巣は2倍に増大している。 
 10mmまで縮小するのに1ヶ月、その後20mmまで増大するのに3年かかったとしても、RECIST効果判定上は病勢進行である。
 この時点で治療をやめるのは誰が考えてもナンセンスだと思うのだが、ここまで極端でないにしても、似たようなことは実臨床で行われている可能性がある。
 100mmあった病巣が、治療により70mmまで縮小し奏効と判定され、そこから84mmまで増大してもやはり病勢進行である。
 この場合も、治療開始前より腫瘍が縮小しているにもかかわらず、治療は変更されることになる。
 RECIST効果判定に従う限り、一旦奏効と判定された後の病勢進行は過大評価されがちであることがわかると思う。
〇評価確定の問題
 RECIST効果判定においては、完全奏効や奏効の判定は、一定程度の腫瘍縮小が2回の効果判定にわたって連続的に確認されることで初めて確定する。
 一方、病勢進行は1回の効果判定で基準を満たせば直ちに確定である。
〇病理学的な確認の問題
 とくに新規病巣が出現した場合には要注意である。
 その病巣が転移巣とは限らない。
 実際に生検してみたら単なる良性病変だった、ということはしばしばある。
 
 他にもまだ様々な問題はあると思うが、これらを踏まえると実地臨床においてはRECIST基準を厳密に守る必要はない。
 とはいえ、各担当医の主観に完全に委ねてしまうと、担当医間、診療施設間でのバラつきがあまりに大きくなってしまい、都合が悪い。
 RECISTはもともと化学療法の効果判定のために定められた性質が強いが、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のような新しいメカニズムの治療が一般化している以上、もはやRECIST自体が現状に合わなくなっている感が強い。
 実地臨床でも応用可能な効果判定基準の策定に向けて、見直しをすべき時期に来ているように思う。
 願わくば、患者の状態の代替指標として有効に機能する測定値の経過の追い方や、時間(縮小速度、増悪速度)の概念を新しい基準では盛り込んでほしい。

2)「病勢進行」後の治療をどのように考えるか
 病勢進行、と判定しても、その後の治療の考え方は千差万別である。
 ここでは、検討すべき項目を述べ、コメントを付すにとどめる。

〇考え得る治療
 往々にして、初期に行われる治療の方が効果が高く、二次、三次、四次治療と進むにつれて期待できる効果は薄れていく。
 病巣が大きくなっているにしても、治療前に比べると増大スピードが緩やかになっているようであれば、敢えてその治療をできる限り続けるという戦略もあるだろう。
〇年齢
 90代の患者に対し、分子標的薬が効かなくなったからと言って、安易に化学療法に切り替えるのが良いとは限らない。
 化学療法に切り替えるくらいなら、有害事象の軽い分子標的薬を使い続けて、それで効かなくなったら運命と思ってあきらめる、という人は多い。
〇体力(PS)
 言いたいことは年齢の項と同様である。
〇治療薬の種類
 点滴なのか、内服なのか。
 化学療法なのか、分子標的薬なのか、血管増殖因子阻害薬なのか、免疫チェックポイント阻害薬なのか。
 病勢進行後、次に使うとしたらどのような薬を想定しているのか。
 それぞれの要素によって、おのずと考え方は変わってくるだろう。
 例えば、免疫チェックポイント阻害薬使用後に分子標的薬に切り替えるのは、間質性肺炎のリスクを考えると勇気がいる。
 敢えて間に化学療法を挟んで免疫チェックポイント阻害薬の影響が薄れるのを待つというのも戦略としてあり得るだろう。
〇脳転移による病勢進行
 遠隔転移の中でも、脳転移については特別視することが多い。
 脳転移以外は病勢進行を認めない、というときは、脳転移巣のみ放射線治療で対処し、薬物療法は変更しないということは多い。

 薬物療法の進歩とともに、病勢進行の判定、その後の治療計画策定は一筋縄ではいかなくなった。
 とは言え、これは決して悪いことではないように思う。
 肌感覚としてかなりの確度を以て言えるのだが、担当医が「これはもういよいよ治療を変えなければまずい」とはっきり感じる場合を除いて、病勢進行時に急いで治療を変える必要はない。
 そのくらい、肺がん領域における薬物療法は効果とその持続時間、安全性の両面から質が高くなっているように感じられる。
  

2021年09月12日

新型コロナワクチン感染症が治った人は、ワクチンを接種すべきか

 私も、ささやかながら新型コロナウイルス感染症の患者を診療している。
 やれECMOだの、やれ人工呼吸だのといった高度医療は私の今の環境ではできないけれど、重症化の危険因子を持つ患者さんを軽症から中等症の段階で治療している。

 幸いなことに、最近担当した患者さんは、みなさんお元気になって帰っていく。
 そして、みなさん一様に気にされるのは、
 「新型コロナウイルス感染症にかかったあとは、ワクチンってどうすればいいんですか?」
ということだ。

 厚生労働省が新型コロナワクチンQ&Aのホームページを運営している。
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/
 この中に、「新型コロナウイルスに感染したことのある人は、ワクチンを接種することはできますか。」という項がある。
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0028.html

 要点だけ抜き出すと、
・新型コロナウイルスに感染したことのある人も、ワクチン接種できる
・自然感染よりも、ワクチン接種の方が血中抗体化が高くなる
・抗体カクテル(ロナプリーブ)療法を受けた方は、治療を受けてから90日間以上空けてからワクチン接種する
といったところだろうか。

 新型コロナワクチンの予診票には、「最近1ヶ月間に熱が出たり、病気にかかったりしましたか?」という質問がある。
 基本的に、熱が出たり、病気にかかったりしたら、回復してから1ヶ月は空けましょうという考え方に基づいていると言っていい。

 実際のところ、管轄の保健所や県庁に問い合わせたところ、抗体カクテル療法をしなかった方では新型コロナウイルス感染症の治療終了から30日間経過してから、抗体カクテル療法をした方ではその日から90日経過してからはワクチン接種可能、という回答だった。

 ロナプリーブ投与をしたかしなかったかで、ワクチン接種可能となるまでの期間に60日間の開きができる。
 新型コロナウイルス感染症の治療に携わる医療関係者は、知っておくべきだろう。
 
   

Posted by tak at 06:00Comments(2)その他

2021年09月11日

しゃっくり(吃逆)と柿のへた

 当直をしていたら、脳梗塞後の患者が嘔吐しているので診てほしいと依頼され、ベッドサイドに行ってみた。
 患者はほぼうつぶせになって、緑色の吐物を断続的に吐いている。
 便秘がひどくなるといつもこうなり、自然に収まるまではそうしているしかないのだとか。
 紹介元の病院からの診療情報提供書を見ると、こうした症状としゃっくりが転院前から続いていて、原因ははっきりわからなかったらしい。

 つらい記憶がよみがえった。
 今の職場に異動して間もないころ、同じように当直をしていた夜、脳出血後遺症の60代男性が急変した。
 脳出血を起こした後、胃瘻栄養、気管切開を施されて長期床上臥床状態(早い話が寝たきり)で経過観察されていたが、断続的なしゃっくりが続いていた。
 しゃっくりとともにときに噴水状の嘔吐を起こし、この夜もその吐物を(気管切開されているにもかかわらず)大量に誤嚥して、急性呼吸不全に陥ったのだ。
 夜中に人工呼吸器を開始することになり、翌朝「私、人工呼吸管理できないんで、後の管理はよろしくね」と年配の先生に担当医引継ぎを頼まれ、結局そのまま数年を経過し、今日に至っている。
 終わりのないしゃっくり(吃逆、「きつぎゃく」と読む)、繰り返す誤嚥性肺炎、外しては装着を繰り返す人工呼吸管理、果てなき褥瘡との戦い、全てに終止符を打ってくれたのは、「柿の蔕(かきのへた)」だった。
 柿の蔕を取り寄せて、給食室で煎じてもらい1日3回胃瘻から注入し始めたらしゃっくりと噴水状嘔吐が止まり、それから徐々に全身管理がうまくいくようになった。

 今はどうかわからないが、私が修行していた当時、がんセンターには「シテイ液」という約束処方があった。
 化学療法を行うとしばしば患者にしゃっくりが起こるが、しゃっくりの特効薬であると上司に教えられた。
 確かによく効く。
 冷たい水を飲む(興味深いことに、当時のがんセンターの看護研究の中には、「化学療法に惹起されたしゃっくりを冷たい水の一気飲みで止めることの有効性を検証する臨床試験」というのもあった)とか、息を止めるとかの民間療法よりも信頼がおけた。
 後で調べてわかったのだが、シテイというのは、漢字で書けば「柿蔕」であり、シテイ液は柿の蔕を煎じた液だったのだ。
 柿蔕はれっきとした漢方製剤であり、以下のウチダ和漢薬が取り扱っている。
https://www.uchidawakanyaku.co.jp/kampo/tamatebako/shoyaku.html?page=102

 今回診療した患者にも、試しに柿の蔕を処方しておいた。
 しゃっくりと嘔吐が止まってくれたらいいのだが。
  

Posted by tak at 06:00Comments(0)支持療法

2021年09月10日

BRAF遺伝子変異と縁がない

 BRAF遺伝子変異と縁がない。
 どうも大分県内ではほとんどBRAF変異陽性肺がんは見つかっていないらしい。
 現時点で大分県内で3人報告があり、うち2人は1施設に集中していて、ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法を施行中なのだとか。
 あと1人は手術後の検索でたまたま見つかったものの、現時点で術後再発を来していないため、経過観察中なのだとか。

 これまで、BRAF遺伝子変異陽性肺がんについては断片的にしか取り上げたことがない。

・BRAF変異を有する非小細胞肺癌とdabrafenib
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e848365.html

 わざわざ2種類の分子標的薬を併用するのには、理由があるらしい。
 いわゆる増殖シグナル伝達系の垂直阻害である。
・ダブラフェニブ+トラメチニブの作用機序(ノバルティス・ファーマ株式会社のHPへ)
https://novartis-jp.secure.force.com/tflmkn/tflmkn_m_behavior_index

 今回は、BRAF遺伝子変異陽性非小細胞肺がんにおけるダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法の有効性を検証した臨床試験2報をまとめておく。
 前者は初回治療、後者は二次治療以降の患者における臨床試験結果である。
 早い話が、どの時点であれBRAF遺伝子変異があれば本治療を適用しよう、ということである。

 まずは一次治療についての論文。
 公表されたのは、こちらの方が後である。

Dabrafenib plus trametinib in patients with previously untreated BRAF V600E-mutant metastatic non-small-cell lung cancer: an open-label, phase 2 trial

David Planchard et al., Lancet Oncol. 2017 Oct;18(10):1307-1316.
doi: 10.1016/S1470-2045(17)30679-4. Epub 2017 Sep 11.

背景:
 BRAF V600E遺伝子変異は肺腺癌の1-2%に認められるドライバー遺伝子変異である。ダブラフェニブ単剤あるいはダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法は、BRAF V600E遺伝子変異陽性の既治療進行非小細胞肺がんに対して潜在的な抗腫瘍活性を示した。今回はBRAF V600E遺伝子変異陽性未治療進行非小細胞肺がんに対する、ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法の効果と安全性を検証した。

方法:
 今回の第II相・段階的登録・複数コホート・多施設共同・非ランダム化オープンラベル試験では、18歳以上のBRAF V600E遺伝子変異陽性既治療進行非小細胞肺がん患者を、北米、欧州、アジアの8か国19施設から、コホートCとして登録した。対象患者はダブラフェニブ150mg/回を1日2回、トラメチニブ2mgを1日1回、病勢進行に至るか、忍容不能の毒性に至るか、患者の治療同意が撤回されるか、患者が死亡するかするまで内服した。主要評価項目はRECIST ver.1.1に基づいた担当医評価による奏効割合とした。主要評価項目と安全性に関する解析は、intent-to-treat解析で行った。本試験は論文発表時点で継続中だが、患者集積は終了した。

結果:
 2014年4月16日から2015年12月28日までの期間内に、36人の患者を登録し、ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法による初回治療を行った。2017年4月28日のカットオフ時点での追跡期間中央値は15.9ヶ月(四分位間は7.8-22.0)だった。主要評価項目である、担当医評価による奏効割合は64%(95%信頼区間46-79)で、2人(6%)は完全奏効、21人(58%)は部分奏効だった。全ての患者になんらかの有害事象が確認され、69%の患者でgrade 3ないし4の有害事象を認めた。2人以上の患者で認められたgrade 3もしくは4の有害事象は、発熱(11%)、ALT上昇(11%)、高血圧(11%)、嘔吐(8%)だった。2人以上の患者で認められた重篤な有害事象は、ALT上昇(14%)、発熱(11%)、AST上昇(8%)、左室駆出率低下(8%)だった。プロトコール治療と関連性はないと判断されたものの、致死的な有害事象が1件発生した(心肺停止)。

結論:
 ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法は未治療のBRAF V600E遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がんに対し、臨床的に有用な抗腫瘍活性を示すとともに、対処可能な安全性プロファイルを有する治療である。


 続いて、二次治療以降についての論文。
 毒性プロファイルは若干異なるものの、有効性はほとんど変わらない。

Dabrafenib plus trametinib in patients with previously treated BRAF(V600E)-mutant metastatic non-small cell lung cancer: an open-label, multicentre phase 2 trial

David Planchard et al., Lancet Oncol. 2016 Jul;17(7):984-993. 
doi: 10.1016/S1470-2045(16)30146-2. Epub 2016 Jun 6.

背景:
 BRAF遺伝子変異は非小細胞肺がん細胞におけるmitogen-activated protein kinase(MAPK)経路を介したドライバー遺伝子変異である。BRAF阻害により、BRAF V600E遺伝子変異を有する非小細胞肺がんにおいて抗腫瘍活性が確認されている。BRAF V600E遺伝子変異陽性非小細胞肺がんにおいて、BRAF阻害薬とMEK阻害薬を併用してMAPK経路を阻害することにより、BRAF V600E遺伝子変異陽性悪性黒色腫で確認されたように、BRAF阻害薬単剤療法よりも有効である可能性がある。今回はBRAF-V600E遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者を対象に、ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法の有効性と安全性を確認することにした。

方法:
 本試験は第2相多施設共同非ランダム化オープンラベル試験として計画した。対象者は成人(18歳以上)のBRAF V600E遺伝子変異陽性既治療進行非小細胞肺がん患者で、少なくともプラチナ併用化学療法1レジメンは経験済みで、かつ既治療レジメン数は3レジメン以下とされた。BRAF阻害薬もしくはMEK阻害薬の治療歴があるものは除外された。脳転移を有する患者も参加可能とされたが、無症候性で、未治療あるいは局所療法後3週間以上は安定した状態を保っていて、病巣のサイズが1cm以下であることを条件とした。対象患者はダブラフェニブ150mg/回を1日2回、トラメチニブ2mgを1日1回、21日間を1コースとし、病勢進行に至るか、忍容不能の毒性に至るか、患者の治療同意が撤回されるか、患者が死亡するかするまで内服した。主要評価項目はRECIST ver.1.1に基づいた担当医評価による奏効割合とし、intent-to-treat解析で行った。安全性について少なくとも3週間に1回、CTCAE ver. 4.0基準に基づいて評価を行い、主要評価項目と同様の手法で解析を行った。本試験は論文発表時点で継続中だが、患者集積は終了した。

結果:
 2013年12月20日から2015年1月14日にかけて、北米、欧州、アジアの9か国30施設から59人の患者を集積した。2人の患者は治療歴がなかったため不適格とし、残る57人の患者を登録した。主要評価項目である、担当医評価による奏効割合は63.2%(95%信頼区間49.3-75.6)だった。重篤な有害事象は56%の患者で発生し、発熱(16%)、貧血(5%)、混迷(4%)、食欲不振(4%)、喀血(4%)、高カルシウム血症(4%)、嘔気(4%)、皮膚扁平上皮がん合併(4%)が含まれていた。grade 3-4の有害事象の主なものとして、好中球減少(9%)、低ナトリウム血症(7%)、貧血(5%)を認めた。プロトコール治療に直接の関連がない有害事象で4人の患者が死亡し、その内訳は後腹膜空出血、くも膜下出血、急性呼吸不全、急速な病勢進行による死亡だった。

結論:
 ダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法は、BRAF V600E変異陽性の既治療非小細胞肺癌に対して、臨床的に有用かつ強固な抗腫瘍活性を示すとともに、対処可能な安全性プロファイルを有する治療である。

  

2021年09月09日

RET阻害薬、セルペルカチニブがやってくる

 取り上げるのが少し遅くなってしまったが、RET融合遺伝子陽性肺がんに対する分子標的薬、セルペルカチニブがそろそろやってきそうだ。
 2021/07/30に開催された薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会で、RET融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌を対象に、RETキナーゼ阻害薬セルペルカチニブ(商品名レットヴィモ)の承認が了承された。
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000806707.pdf
 まだ薬事承認、薬価収載の手続きが残っているが、早ければ2021年内には実臨床で使用できるようになるのではないだろうか。

また2021/09/02付で、既に実臨床で頻用されているオンコマインDx Target Test マルチ CDxシステムで、RET融合遺伝子に対してもコンパニオン診断としての使用が追加承認された。
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/about-us/news-gallery/release/2021/pr090221.html

 セルペルカチニブについては、過去に何度か取り上げた。
 第III相試験、LIBRETTO-431試験の結果を待って承認されるのかと思っていたが、想定より早かった。
 化学療法の副作用に耐えながら承認を待っていたRET陽性肺がん患者の親族として、セルペルカチニブの承認に尽力してくださった全ての方に心から感謝を申し上げたい。

・RET肺がんとSelpercatinib
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e982216.html

・RET肺がんに対するSelpercatinibの第III相試験 LIBRETTO-431
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e984811.html

・RET融合遺伝子陽性肺がんに対するselpercatinibの第III相試験:LIBRETTO-431試験の概要
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e985209.html

・RET陽性肺がんのLIBRETTO-001試験、東アジア人患者でのサブグループ解析
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e985296.html

・RET陽性肺がんの臨床的特徴と治療反応性 シンガポール国立がんセンターの報告から
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e985297.html

・EGFR耐性機構としてのRET融合遺伝子出現と、オシメルチニブ+selpercatinib併用療法
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e985376.html

・LIBRETTO-001試験 前治療の効果は?
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e987053.html
  

2021年09月08日

限局型肺小細胞がんにおける海馬回避予防的全脳照射

 海馬回避全脳照射については、以前触れたことがある。

・全脳照射の時、海馬を避けることに意味はあるのか
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e971509.html

 一般向けの教養書でも海馬と記憶の関係はしばしば触れられている。
 アルツハイマー病においては、海馬の萎縮が画像診断上の一つの目安とされており、最近脳神経内科医に相談した私の入院患者は、実際に海馬の萎縮を以てアルツハイマー病の疑いが強いと指摘されていた。

 上記の記事は、転移性脳腫瘍を発症した患者全体が適格患者とされていた。
 今回はもっと対象者を絞り込み、予防的全脳照射の適応がある肺小細胞がん患者とされている。
 欧州では進展型肺小細胞がん患者も予防的全脳照射の対象とされており、本試験でも約30%が進展型の患者であったようで、我が国における実臨床とは一部隔たりがある。
 とはいえ、5年生存割合が35-40%にも及んだ患者集団において、認知機能をより良好に維持したというのは、無視できないデータのように考えられる。
 FCSRTという耳慣れない評価尺度が用いられているため、簡単にではあるが参考資料を末尾に付した。
 我が国でも、一般に用いられている長谷川式認知機能評価スケールやMMSEを評価項目に加えて検討すると、より実感がわく結果が得られるのではないだろうか。





Randomized Phase III Trial of Prophylactic Cranial Irradiation With or Without Hippocampal Avoidance for Small-Cell Lung Cancer (PREMER): A GICOR-GOECP-SEOR Study

Núria Rodríguez de Dios et al., Published online August 11, 2021.
DOI: 10.1200/JCO.21.00639 Journal of Clinical Oncology

方法:
 放射線全脳照射治療中に海馬の神経幹細胞が暴露される放射線量は、認知機能低下と関連があると言われてきた。小細胞肺がん患者に対して海馬回避予防的全脳照射(Hippocampal Acoidance-Prophylactic Cranial Irradiation, HA-PCI)を適用する際の関心事は、放射線暴露を回避した海馬領域における脳転移の発生頻度である。

方法:
 今回の第III相臨床試験では、2019年10月までスペイン国内13施設から150人の肺小細胞がん患者(71.3%は限局型)が組み入れられ、標準的な予防的全脳照射(Prophylactic Cranial Irradiation, PCI, 総線量25Gyを10回分割照射)群とHA-PCI群に割り付けた。主要評価項目はFree and Cued Selective Reminding Test(FCSRT)における治療後3ヶ月時点での遅延自由再生(Delayed Free Recall, DFR)とし、治療開始前のベースラインの点数より3点以上低下したら認知機能低下と判定した。副次評価項目は、FCSRTにおける他項目の点数、Quality of Life(QoL)、脳転移の発生割合および発生部位、全生存期間とした。データは治療開始前、治療開始後3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、24ヶ月の時点で評価した。

結果:
 PCI群、HA-PCI群にそれぞれ75人ずつが割り付けられた。両群合わせて13人が不適格と判断され、結局PCI群に68人、HA-PCI群に69人が割り付けられた。両治療群間で、患者背景に有意な差は見られなかった。生存患者の経過観察期間中央値は40.4ヶ月だった。治療開始前から治療後3ヶ月時点までのDFRの低下は、PCI群(23.5%)に比してHA-PCI群(5.8%)で有意に軽微だった(オッズ比5, 95%信頼区間1.57-15.86, p=0.003)。FCSRTにおける他項目の検討では、治療開始前から治療後3ヶ月時点までの全再生(Total Recall, TR)の低下はPCI群で20.6%, HA-PCI群で20.6%、治療開始前から治療後6ヶ月時点までのDFRの低下はPCI群で33.3%、HA-PCI群で11.1%、TRの低下はPCI群で38.9%、HA-PCI群で20.3%、全自由再生(Total Free Recall, TFR)の低下はPCI群で14.8%、HA-PCI群で31.5%、治療開始前から治療後24ヶ月時点までのTRの低下はPCI群で47.6%、HA-PCI群で14.2%だった。2年経過時点における、脳転移の累積発生割合はHA-PCI群で22.8%、PCI群で17.7%で統計学的有意差を認めなかった(p=0.430)。脳転移再発した患者のうち、多発脳転移再発はPCI群で70.5%、HA-PCI群で84.6%に認めた。HA-PCI群のうち、1人で海馬歯状回への転移を認めた。海馬回避領域への単発の脳転移再発は認めなかったが、多発脳転移を来した患者において、PCI群で2人、HA-PCI群で12人に海馬回避領域の転移を認めた。60ヶ月経過時点で、HA-PCI群のうち60.0%、PCI群のうち65.3%は死亡していた→5年生存割合はHA-PCI群で40%、PCI群で34.7%だった。生存期間中央値はHA-PCI群で23.4ヶ月、PCI群で24.9ヶ月だった(p=0.556)。QoLには両群間で有意差を認めなかった。

結論:
 小細胞肺がん患者に対するPCI中に海馬を照射野から外すことにより、認知機能はよりよく維持された。脳転移再発割合、全生存期間、QoLは標準的なPCIと遜色なかった。



Free and Cued Selective Reminding Test  日本語版作成とその有効性について
田村 至、老年精神医学雑誌,22(8):949-954,2011

(以下、序文より一部抜粋)
 軽度認知障害のスクリーニング検査として欧米で使用されているFree and Cued Selective Reminding Test(FCSRT)は、16単語の即時ヒント再生,3回にわたる自由再生およびヒント再生,遅延自由・ヒント再生を行うことで,記憶の3側面である記銘・想起・貯蔵を個別に検査することができる。欧米では,FCSRTがアルツハイマー病とパーキンソン病,脳血管性認知症などとの鑑別診断に有用であると報告されている。  

Posted by tak at 06:00Comments(6)有害事象放射線治療