2014年11月25日

温度差

 肺癌学会の記事を書いたところ、以下のようなコメントを頂きました。
 これまでにも時々、患者さんもしくはそのご家族からコメントを頂きましたが、今回ほど回答に思い悩むのは初めてです。
 臨床医としての自分の在り方について、自問自答しています。
 患者さんと担当医の思いの温度差というか、患者さんが求めている治療目標(エンドポイント)をわれわれ医師がどれだけ理解できているのか、裏を返せばそこにどれだけの溝があるのか、本当に考えさせられます。
 できるだけ多くの方に読んでいただき、なにがしかのコメントを頂ければ幸いです。

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 ルール違反かもしれませんが、よろしければ御意見下さい。
 妻がAZD9291の治験に参加していることは先日書き込みさせていただきました。
 CTで肺内転移の増悪が疑われています。原発巣や他の転移巣は不変で、わずか3週間でそこだけ一見してわかるほどです。但しCEAは3週間前より更に低下しています。
 転移でなく、カビかも知れないとのことで、気管支鏡検査をすることになりました。
 画像もない(周りに非常に細かい繊維か毛が生え揃っているイメージです)ので恐縮ですが、そのような可能性は割りとあるものでしょうか?
 やればはっきりするのですが、気になってしまって。

→肺の病巣だけが増大したときに、そこががんの病巣なのか、真菌(カビ)感染症を含めた他の疾患によるものなのか。
 どちらもあり得ると思います。
 これまでの経過で、増悪時にはいつもCEAが上昇していたということであれば、今回CEAが低下していたというのはいい話題です。
 真菌に関する血液検査の結果はどうでしたか?
 アスペルギルスやカンジダといった真菌であれば血中βDグルカンの数値は確認するべきですし、これが上がらないクリプトコッカスでも抗原検査で調べられます。
 ムコール等は血清診断ができません。
 しかし、クリプトコッカス以外の真菌感染症は、免疫能が保たれている患者さんではそうそう合併しないのでは。
 AZD9291の有害事象として日和見感染、というのはちょっとピンときません。
 画像所見をお伺いすると、腺癌の病巣で見られる「corona radiata(放線冠)」をイメージします。
 気管支鏡検査は、今回治験として参加されているわけですから病勢進行か否かを確認するために必要な手続きでしょうし、今後の方針をはっきりさせるためにも私は賛成です。
 しかし、病巣の大きさ、関与気管支の同定、BF-NaviやEBUS-GSといった補助システムの有無、術者の経験によって診断率が大きく変わりますので、検査によってきれいに結論が出るかどうかは未知数です。
 気管支鏡検査によってはっきりしなかった場合、新規病巣出現・病勢進行と判断してプロトコール治療終了とするか、経過措置としてそのまま治療続行するかは、担当医と治験事務局の判断に委ねられるのだと思います。
 病巣の大きさによっては、以前のようにCTガイド下針生検でアプローチする方が、診断率という点では確実かもしれません。
 転移でなく、治療可能な合併症であることをお祈りしています。

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 先日の肺癌学会、私も参加(聴講)してました。
 遺伝子変異の解析進歩とドライバミューテーションに応じた薬剤開発など、なかなかためになりました。
 初日のアバスチン上乗せの議論は、患者の思いが汲まれていない発言もあり、ちょっと残念でした。OS同じでも、脳転移を懸念される場合、PFS延長や脳転移に伴うQOL低下を避けられるメリットがあるのだから、本当の終末期のOSでなくその前の期間を延長できる方が嬉しく思えますし、メジアンでの議論はしょうがないとしても上乗せをコストやデメリットと共に患者に説明すると言う先生が壇上に一人もいなかったのは情けない思いがしました。
 質問が、あなたは実臨床でアバスチンやるか?だったからですかね。
 あなたが癌患者だったらどうする?でも同じ答えなのか、伺いたかったです。
 中川先生は、患者が治療方針を決めるべきとお話しされてましたが、同じ病院内でさえ先生によって意見が異なる場合があるように思えますが、患者はたった一人の主治医からの方針提案でyesかnoの選択位しか、限られた外来診療の中で実践されてないように感じます。
 キャンサーボードは病院のためか、患者のためか、私なら議論に参加させてもらいたいです。

→かつては学会と言えば部外者立ち入り禁止、一般の方が参加できるのは市民公開講座くらい、といったイメージがありましたが、時代が変わりましたね。
 みなさんが参加できるようになったのは、とてもいいことだと思います。
 今回の学会では、繰り返し「JO25567-EGFR遺伝子変異陽性の進行肺癌患者さんを対象にしたタルセバ+アバスチン併用療法のランダム化第II相試験-」の結果が議論されていました。
 初日のシンポジウム、私も参加して、岡山大学病院の堀田先生のご発表に対しては質問させて頂きました。
 「意味のある治療目標(エンドポイント)」として、われわれ臨床医の誰もが認めるのは以下の3つです。
 ・全生存期間
 ・生活の質(Quolity of Life, QoL)
 ・コスト
 恐らく、優先順位としては、全生存期間>生活の質>コストです。
 全生存期間が同等なら、より生活の質が良い方がいい。
 全生存期間・生活の質が同等なら、より安価な治療が個人のためにも社会のためにもいい。
 裏を返せば、コストを安く抑えるために生活の質や全生存期間は犠牲にできない、生活の質のために全生存期間は犠牲にできない。
 だからこそ、分子標的薬が産声を上げる前は、進行期肺癌患者さんの誰もが長期間の入院と高度の有害事象、高額な治療費を耐えて、数か月の全生存期間の延長のために歯を食いしばっていたのだと思います。
 ところが、分子標的薬が出現し、臨床試験やエンドポイントに関する考え方が大きく揺れ動いています。
 従来、標準治療に対して新規治療がとってかわるためには、たくさんの患者さんが参加して、標準治療群と新規治療群にランダムに振り分けられ、全生存期間を比べるといった、いわゆる無作為化第III相臨床試験で有効性を確認する必要がありました。
 しかし、比較的少数の患者さんが参加して新規薬剤の有効性のアタリをつける、評価項目も腫瘍縮小割合や無増悪生存期間といった全生存期間の「代わり」の指標を用いる、本来は無作為化第III相臨床試験の前段階と目される第II相試験で、分子標的薬が劇的な治療成績をおさめたために、第II相臨床試験の成績を根拠に当局が承認して、市場に出てくる薬が増えました。
 こうなってしまうと、治療の妥当性の判断は末端の臨床医に委ねられます。
 肺癌領域で分子標的薬の嚆矢となったイレッサの市販後初期の経過は、間質性肺炎という予想外の合併症に襲われ、我々にとってとても苦い経験となりました。
 同じく抗体医薬の先駆けとなったアバスチンは、国内の無作為化第II相臨床試験では、標準治療群のカルボプラチン+パクリタキセル療法と比較して無増悪生存期間は延長したものの全生存期間を延長できませんでした。
 今回のタルセバ+アバスチンとよく似た結果です。
 そして、アバスチン併用ゆえに適用条件が限られること、毒性がそれなりに強まることがネックとなり、カルボプラチン+パクリタキセル+アバスチン併用療法はプラチナ製剤+アリムタほどには一般化していません。
 大規模第III相臨床試験で無増悪生存期間を延長しているシスプラチン+ジェムザール+アバスチン併用療法は、国内で追試が行われていないこともあるのでしょうが、全生存期間を延長できなかったこともあってか、そもそも治療選択肢自体に挙がりません。
 大規模第III相臨床試験(AVAPERL)で無増悪生存期間を延長したシスプラチン+アリムタ+アバスチン併用療法+アバスチン+アリムタ維持療法は、現在国内(TORG)で第II相試験が行われており、結果次第では広く用いられるようになる可能性があります。
 こういった事情からすると、今回無増悪生存期間に関しては抜群の成績をおさめたタルセバ+アバスチン併用療法は、治療選択肢として患者さんに提示してもいいかもしれませんが、タルセバ単剤より明らかによい、とまでは言い切れません。
 現時点で、壇上の先生方が「実臨床でタルセバ+アバスチン療法をやるか?」と聞かれて「やるよ」と言えなかったのは、添付文書上の問題もあるでしょう。
 現行のアバスチンの添付文書には、以下のような記載が盛り込まれています。
 「扁平上皮癌を除く切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌の場合、本剤は白金系抗悪性腫瘍剤を含む他の抗悪性腫瘍剤との併用により開始し、本剤と併用する他の抗悪性腫瘍剤は、添付文書の【臨床成績】の項の内容を熟知した上で、選択する。」
 つまり、現時点の肺癌領域では、プラチナ製剤・アバスチン併用療法のみが認められており、タルセバ・アバスチン併用療法は適応外使用ということになります。
 タルセバもアバスチンも高額な薬ですから、堂々と適応外使用するわけにはいきません。
 当局に適応条件追加の承認を求めて、承認が下りてからでないと実地臨床では使えません。
 シンポジストの先生方には、そんな配慮もあったのでしょう。
 では自分ががん患者だった時に、自費でタルセバ+アバスチン併用療法を希望するかと言われると、相当の覚悟が要ります。
 私は体重が約80kgですが、月に1回この治療を受けたとすれば、年間にかかる薬代は10256184円です。
 これが無増悪生存期間を半年伸ばすための対価です。
 タルセバだけを1年間飲み続けたら、10割負担の薬代で3884549円、健康保険を利用した3割負担の薬代で年間1165365円です。
 この差額9090819円を支払って、しかも全生存期間は伸びない、となると、支払うのに「相当の覚悟」が要ります。
 当局も、「ランダム化第II相試験で」「無増悪生存期間を半年伸ばす」「全生存期間の改善はない」「体重80kgの患者一人当たりの国の追加負担額はアバスチン3バイアル12か月分×0.7=4497394円」と整理したときに、果たしてこの治療を承認するでしょうか。
 シビアな意見かもしれませんが、全生存期間・QoLはいずれも改善せず、薬代は年間6424848円増える治療、選択肢として患者さんに示すことはしても、1000兆円を超える負債を抱えた我が国の財政状況を考えたときに、自信をもってお勧めすることはできません。

 分子標的薬が世に出てからというもの、本当に有効な薬を間違いなく患者さんに届けるにはどんなデザインの臨床試験、どんな評価項目が適切なのか、肺がん業界の誰もが悩み、惑っています。
 この数年しきりに議論され、しかも結論は出ていません。
 私自身は、ある治療が本当に妥当かどうかを決める究極の手段は、その治療が一般臨床で用いられるようになってから、そのデータを丹念に集めて、その治療が世に出る前の治療成績と比べることだと考えています。
 実地臨床で患者さんと接する医師の実感として、イレッサ、タルセバ、アバスチンがうまくはまった患者さんは従来とは比較にならないくらい長生きしていますし、そういった患者さんの実数も決して少なくありません。

 最後に、治療意思決定の件について。
 患者さんが治療方針を決めるべきだ、という意見に、意義はありません。
 しかし、これには条件があります。
 「医師から必要十分な情報提供と治療選択肢の提示」を受けた上で、患者さんとご家族がよくよく話し合って決めるべきです。
 多分これは、大変難しい。
 タルセバ+アバスチン併用療法を例にとると、上記のような説明を一般診療で行う医師は、きっといません。
 ガイドライン作成に携わる専門家の間でも意見が食い違うような治療が巷に溢れている上、恐ろしい速さで治療体系が変わっています。
 「必要十分な情報提供と治療選択肢の提示ができる」医師に巡り合うのが、納得いく診療を受けるための出発点ですが、そう簡単には行きません。
 そんな医師が最寄りの医療機関にいる可能性はとても低い。
 同時に、「必要十分な情報収集と整理、治療選択肢の提示ができる」キャンサーボードにかかるのも必要です。
 そんなキャンサーボードが最寄りの医療機関で行われている可能性も、多分高くはありません。
 百歩譲って、十分な知識と経験を持った医師が多数参加するキャンサーボードの議論の俎上に載ったとしても、キャンサーボードへの出席、私はあまりお勧めしません。
 自分が患者だったら、自分の人となりを微塵も知らない医師から、
 「・・・30代後半の若い男性、進行期の肺腺癌、遺伝子変異陰性、・・・PS3?これはどう考えても治療適応じゃないよ、なんでキャンサーボードに提示するの?」
 「いや、何分この年齢で、子供さんもまだ小学生で、最近家督を相続したばかりで、患者さんもご家族も治療を強く希望しておられますし・・・」
 「患者背景がどうだろうと、ちゃんとしたキャンサーボードで議論する以上、根拠のない治療は進められないでしょう。その辺を納得いくまでお話しして、緩和医療専門施設に紹介したらいかがですか?じゃあ次の症例の提示をどうぞ」
なんて言われたら、多分立ち直れません。
 全てにおいて上のようなやり取りが成されるわけではありませんが、キャンサーボードは冷静な目で治療選択肢を探る場です。
 キャンサーボードは紛れもなく患者さんのためにある場ですが、その結論がいつも患者さんの意に沿うとは限りません。
 その場の識者を論破して、議論の潮目を変えるだけの知識と経験が患者さんやご家族にあれば別ですが、これまた相応の覚悟が必要です。

 ・・・うーん、読み返してみましたが、果たして妥当なことを言っているのかどうか・・・。
 一応、何時間もかけてよく考えて、自分なりに誠実にお答えしました。

 

 
   

Posted by tak at 01:45Comments(3)教えてください

2014年11月17日

肺癌学会2日目の続き

 学会参加中もちょっと話題が出ていましたが、とにもかくにも今年のASCO、ESMO以降は話題が豊富です。
 その熱が、そのまま今回の肺癌学会にも持ち込まれたようです。
 前回の記事で取り上げなかったプレナリーセッションから。

1)進展型小細胞肺癌に対する予防的全脳照射の実施の有無を比較するランダム化比較第III相試験


 今回は国立がん研究センター中央病院、軒原先生が発表されました。
 以前の記事でも取り扱いましたが、結論は
 ・主要評価項目の全生存期間は、中間解析の時点で有意にPCI不施行群が上回り、試験を継続した場合にPCI群が逆転する確率が0.01%となったため、試験自体が無効中止となった。


 ・副次評価項目の脳転移無発生期間はPCI群が有意に上回っていた。


 ・無増悪生存期間は両治療群でほぼ同等だった。


 評価項目ごとで、三者三様の結果が出ています。
 ・全生存期間がPCI群で短縮したのは、先行するEORTCの試験結果(PCI群で全生存期間が延長)と相反するものです。


 ・脳転移無発生期間でPCI群が有意に良好だったのは、EORTCの試験と合致します。


 ・無増悪生存期間が両群で有意差を認めなかったのも、EORTCの試験結果(PCI群で延長)と相反します。


 欧州や日本以外の国からこれらの結果を見ると、「結局各地域の医療事情の違いによるものなんじゃないの」という解釈もできるそうです。
 EORTCの試験では、脳転移が出現するかどうかを問う臨床試験にもかかわらず、登録前に脳転移の有無を確認することが規定されていませんし、治療後も症状が出ない限りは脳転移検索をしないそうです。
 一方、我が国の試験では、頭部造影MRIで登録前に病巣がないことを確認し、3ヶ月ごとに脳転移出現の有無を画像評価します。
 前者の主要評価項目が「脳転移無発生期間」で、後者の主要評価項目が「全生存期間」であることを考えると、それぞれプロトコール治療後のフォローアップの仕方がちぐはぐのような印象を受けます。
 前者は治療前後に厳密な画像評価を行うかどうかが、評価項目に密接に関わるはずなのに、その割にフォローアップが杜撰です。
 逆に、後者では、我が国はともかく、諸外国の実地臨床にはちょっとそぐわない(検査スケジュールが厳しすぎる)のかも知れません。
 驚いたことに、治療により脳を含めた全病変が消失した場合においても、PCI群の方が全生存期間が劣るそうです。
 結局のところ、脳転移出現を抑制しても全生存期間の延長につながらないのであれば、少なくとも進展型小細胞癌では脳転移と生存期間にはあまり深いつながりはないと結論せざるを得ません。
 面白かったのは、discussantのKeunchil Park先生のコメントで、Silvestri先生の1998年、BMJの論文を引用して、
「肺癌患者さんは、3ヶ月程度の生存期間延長よりは、QoLの方をより重視する」という観点からすると、有症状の脳転移を抱えて苦しみながら生活するよりは、PCIで生存期間が短縮してもより充実した生活が遅れた方がいいのでは、といったような論調でした。
 残念だったのは、今回の発表でも全脳照射による認知機能の低下に関する明確なコメントがなかったことです。
 PCI後に認知機能が低下して、化学療法が行えなくなってしまい、その結果として全生存期間が短縮した、という筋書きではありうると邪推しています。
 実際に、今回の臨床試験では、PCI群における後治療の導入率は低かったようです。
 PCI群で全体の31.3%、非PCI群で80.4%と、約50%の開きがあります。
 小細胞癌が対象疾患であることを考えると、この50%という開きはバカになりません。

2)EGFR-TKIによる薬剤性肺障害の検討により明らかになったMUC4遺伝子における多型とその検出法
 こちらは、埼玉医科大学の萩原先生を中心とした、息の長い仕事の中間報告です。
 しかし、中間報告とは言いながら、そのインパクトは大きいと思いますし、ここまで来るのに相当な労力であっただろうなと頭が下がります。
 EGFR-TKIによる薬剤性肺障害を来した患者さんの末梢血DNAを用いて全エクソンシーケンスを行い、疑わしい遺伝子を探索した。
 18万件あまりの候補遺伝子から、第一段階で78個まで絞り込み、タンパク産物の機能性を見ながら、最終的にはMUC4遺伝子にたどり着いたようです。
 まだまだ実地臨床への応用の道筋はついていませんが、他の間質性肺炎の病態解明にもつながりうる重要な報告ですね。
 事前に間質性肺炎のリスクを評価できるようになれば、EGFR-TKIの適応判断の大きな一助になるでしょう。

 Plenary sessionだけであと2演題あるのですが、今宵はここまでで。 

 
  

Posted by tak at 23:03Comments(2)その他

2014年11月16日

肺癌学会2日目

 いつも思うのですが、学会の2日目は朝が早い。
 最初のセッションは朝8時開始です。
 朝食を6時にとって準備を始めたのですが、なんやかんややっていて、結局間に合いませんでした。
 
1)2nd line ramcirumab+docetaxel for advanced NSCLC
 学会上についたときにはもう終わっていました。
 このご時勢で、主要評価項目が全生存期間、副次評価項目が無増悪生存期間というのは貴重です。
 ハザード比0.857、生存期間中央値は併用治療群で10.5ヶ月、DOC群で9.1ヶ月、その差わずか1.4ヶ月。
 ハザード比から言っても、生存期間延長効果から言っても、お世辞にも目覚しい効果とは言えませんが、positive studyであることに変わりありません。
 cetuximab以来、久しぶりに非小細胞肺癌の全生存期間を延長した貴重な治療です。
 2nd lineで標準治療に対して全生存期間の優越性を証明したのはこれが初めてではないでしょうか。

2)Erlotinib+Bevacizumabのランダム化第2相試験
 以前も取り上げましたが、やっぱり第三相試験の計画は頓挫しているようです。
 理由はズバリ、「治療対象となる患者さんには、より魅力的な新しい薬の臨床試験があるから」だそうです。
 だから、第III相試験をやったほうがいいのはみんなわかっているけど、実際に参加する気にはなれないんだとか。
 いまのところ、Erlotinib+Bevacitumab併用療法の全生存期間延長効果は確認できていません。
 Bevacizumabを追加して、毒性とコストが増える以上は、全生存期間延長効果がはっきりしなければ標準治療とはしがたいです。
 今のところ、今回のランダム化第2相試験の結果から、医師各自で適用するかどうか判断してもらうしかない、とのことですが・・・うーん。

3)Nintedanib
 これも以前取り上げました。
 特発性肺線維症に対する肺機能低下抑制効果は既に確認されており、近々米国食品医薬品局に承認されると聞いています。
 肺癌の領域では、マルチターゲットの血管新生因子阻害薬ですが、LUME-Lung 1試験において2nd line nintedanib+docetaxel for advanced NSCLCが有意に無増悪生存期間を延長し、腺癌においては全生存期間も延長したとのこと。
 これを受けて、腺癌のみを対象に再検するLUME-COLUMBUS studyが走っているそうです。
 一方、国内では近畿大学と九州がんセンターでnintedanib+docetaxelの第Ⅰ相試験が行われ、推奨用量はnintedanibは体表面積毎に設定(対表面積1.5㎡以下なら150mg/日、1.5㎡以上なら200mg/日)され、docetaxelは75mg/㎡と通常臨床より多めに設定されました。
 nintedanibはともかく、docetaxelの推奨用量を増やしたのには、座長の木浦先生も難色を示していました。
 有害事象としては、下痢と肝障害が問題になるそうです。

4)FGFR kinase阻害薬
 扁平上皮癌にも分子標的薬の波がやってきています。
 小分子化合物としては、FGFRを治療標的としたAZD4547、BGJ398, JNJ42756493など、複数の治療薬が既にあるそうです。
 まだまだこれからです。

5)扁平上皮癌と化学療法
 現在、3種類の臨床試験が走っています。
 ・WJOG7512L:肺扁平上皮癌をCBDCA+S1→maintenance S1で治療する群と、CBDCA+S1を比較する臨床試験。
  maintenance S1に意義があるのかどうかを見る試験です。
 ・CAPITAL study:70歳以上の高齢扁平上皮がん患者に対して、docetaxel単剤とCBDCA+nabPTX併用を比較する臨床試験。
 ・WJOG5208L:未治療扁平上皮癌を対象に、CDDP+docetaxelとCDGP+docetaxelの比較試験。
  患者集積が終了し、来年にはOSの効果も報告できそうな展望だそうです。

6)扁平上皮癌とCDDP+VNR+DE-766併用療法
 大分大学の腫瘍内科からも1例参加していたのですが、治療関連死が多かったので臨床試験が早期中止になってしまいました。
 今回の学会で概要が報告されました。
 102例登録時点で4例の治療関連死が発生し、これらが全てDE-766併用群であったため、毒性中止となりました。
 肺炎、放射線肺臓炎、喀血が主たる死因のようですが、ちゃんと感染症がコントロールできていないままにプロトコール治療が行われた、いわば患者適格性の問題が少なからずあったようです。

7)LUX-Lung 8
 扁平上皮癌の二次治療としてafatinibとerlotinibの比較をする第3相試験でしたが、無増悪生存期間はafatinibで延長し、全生存期間は変わらなかったとのこと。

8)SQUIRE
 未治療進行扁平上皮癌を対象に、CDDP+GEMにヒトIgG1抗EGFR抗体であるnecitumumabを上乗せする意義を検証した第III相試験。
 PS2の患者さんも含んでいます。 
 主要評価項目は全生存期間、副次評価項目は無増悪生存期間。
 どちらもnecitumumab群で有意に良好だったそうです。
 ただし、それぞれのハザード比は0.84および0.85で、インパクトはREVEL試験のramcirumabと同程度です。
 necitumumabの維持療法までできた人はnecitumumab群の50%。
 70歳以下、男性、caucasian人種、喫煙者、EGFR H score > 200でnecitumumabが有効な傾向あり。
 44-47%は後治療を受けていますが、3rd lineまでいけた人が15%、4th lineまでいけた人が5%。
 低マグネシウム血症、発疹、血栓症(動脈血栓 5.4%, 静脈血栓 9.1%)が特徴的な有害事象。

 あと、来年初夏に改訂予定のWHO肺癌組織分類の話や、plenary sessionに参加しましたが、内容が多くて書ききれないので別の項でまた。

   

Posted by tak at 07:55Comments(4)その他

2014年11月14日

肺癌学会初日

 今日から、今年の肺癌学会総会が開幕しました。
 寒いっ!
 コート持ってきてよかった。

 例年に比べて、今年の学会は国際色豊かな感じがします。
 会長の中川先生の意向が出ているのでしょうね。
 ASCOやESMOの刷り直しの内容もありますが、国内で行われた第III相試験の結果などもあり、見所が多いです。
 それでは、今日の学習内容を箇条書き。

1)バイオマーカーと臨床試験
 香港のTony Mok先生、最近日本で講演してくださる機会が増えました。
 IPASS study以降、EGFR-TKI臨床試験の分野を牽引しておられます。
 治療効果予測因子となるバイオマーカーに必要な条件、バイオマーカーをからめた臨床試験のデザインの仕方など、興味深いお話でした。
 EGFR遺伝子変異やALK再構成、ROS1、RET、BRAFなどなど、本当にそのバイオマーカーが妥当なのかどうか確認するためには、陰性の患者も治療の対象にしないと本質が見えてこない、とのこと。
 確かにその通りですが、患者さんに説明するときには慎重にならなければなりませんね。
 「あなたの検査結果から判断すると多分この薬は利かないと思うけれど、実はもしかすると効くかもしれないから、臨床試験に参加しませんか?」
なんて言って、参加する人は・・・たぶんいませんよね。
 そういう意味では、臨床試験デザインを以下に上手に組んで、陰性の患者さんも無理なく参加できるようにしなければなりません。

2)稀な遺伝子変異と治療開発
 BRAF, HER2, ROS1, NTRK1/2/3, RETに対する分子標的薬、さらには耐性化後の治療開発まで、お話がありました。
 それぞれに対応する分子標的薬が既に開発されており、着々と臨床試験が進んでいる様子。
 HER2増幅を認める患者さんには、afatinib+trastuzumabという組み合わせの臨床試験が走っているとか。
 それから、crizotinibの誘導体で、中枢神経系への移行率が高いPF06463922なんて変わりダネのお薬の話も出ていました。

3)免疫チェックポイントの薬
 Tリンパ球をがん細胞に対するanergy(免疫寛容)においやってしまうCTLA4, PD-1に関わるお話。
 この話題は、国立がん研究センター中央病院の軒原先生から伺う頻度が増えたような気がします。
 CTLA4経路に関しては、ipilimumabについての臨床試験が進んでいます。
 第II相試験の結果、有望だった扁平上皮癌と小細胞癌で第III相試験が走っているとか。
 扁平上皮癌に対して、カルボプラチン+パクリタキセルを2コース行い、3コース目からipilimumabを上乗せ。
 小細胞癌に対しては、シスプラチン+エトポシドもしくはカルボプラチン+エトポシドを2コース行い、3コース目からipilimumabを上乗せ。
 有望な結果が得られれば、分子標的・抗体医薬が泣かず飛ばずだったこれらの組織型にはささやかな福音になりそうです。
 
4)IMPRESS study
 ESMOでみんなをガックリさせたstudyです。
 gefitinib投与、PDとなったのちに、CDDP+PEMに加えてbeyond PDのgefitinibを加えるか加えないかの試験。
 今回は、近畿中央胸部疾患研究センターの安宅先生のご発表でした。
 端的に言うと、主要評価項目のPFSでbeyond PD gefitinibの優越性は示せず、eventが少なくてimmatureとは言いながら、OSでは有意差をもってbeyond PD gefintinibが負けています。
 生存期間中央値にして、CDDP+PEM群は17.2ヶ月、CDDP+PEM+gefitinib群は14.8ヶ月と、2.4ヶ月の開きがあります。
 survival curveを見る限り、このまま負けることはあっても逆転することはないでしょう。
 しかも、消化器毒性などはbeyond PD gefitinib群で増強しています。
 "less effective, more toxic"なわけで、完全なbeyond PD gefitinibの敗北です。
 いろんなところで走っているbeyond PDのEGFR-TKIに関するstudyは、見直しをしている真っ最中でしょうね。

5)CSPOR LC-2
 国立がん研究センター中央病院→三井記念病院→日本赤十字医療センターと移られた國頭英夫先生の肝煎りで開始された、EGFR-TKI投与開始後の治療経緯に関する観察研究です。
 効果判定上のPD(病勢進行)-RECIST PDと臨床症状もしくは経過からのPD-clinical PDを別々に定義し、どの段階でEGFR-TKIから次の治療に移ったか、その選択が、どのように病状経過に反映されたか、実地臨床で見ようとした研究です。
 577人が解析されました。
 患者さんを、以下の5群に分けています。
 A群:RECIST PDとclinical PDが同時で、直ちにEGFR-TKIを中止し、治療を切り替えた人(169人、29%)
 B群:RECIST PDになったけどclinical PDには至っておらず、でもEGFR-TKIは中止し、治療を切り替えた人(184人、32%)
 C群:RECIST PDになったけどclinical PDには至っておらず、EGFR-TKIを継続した人(98人、17%)
 D群:RECIST PD、clinical PD以外の理由でEGFR-TKIを中止した人(79人、14%)
 E群:RECIST PDにならず、治療を継続した人(47人、8%)
 いくつか、面白い現象が見られています。
 RECIST PDになったけれどclinical PDには至っていない人、つまりB群+C群は計282人です。
 臨床試験であればこの時点で試験治療は中止ですが、今回の観察研究では、C群の人たちはそのまま治療を続けています。
 その割合は実に35%です。
 そして、A群、B群、C群、D群の生存期間中央値はそれぞれ約20ヶ月、23ヶ月、27ヶ月、14ヶ月でした。
 C群が最も長生きしています。
 また、C群が実際にclinical PDとなって治療変更を余儀なくされるまで、すなわちRECIST PDからclinical PDまでの期間は150日だったそうです。
 150日といったら、5ヶ月です。
 RECIST PDとなっても5ヶ月は治療変更までに猶予期間があるということです。
 RECIST PDになったら、一旦長期旅行にでかけて、今後のあり方をじっくり考えましょう。
 ちなみに、EGFR-TKIを中止した途端に極端な病勢悪化を見る、いわゆる「フレア現象」が確認されたのはわずか1.3%だそうです。
 
6)eribulin
 個人的に、ちょっと注目していた臨床試験です。
 いまのところ、非小細胞肺癌に対して、殺細胞性抗癌薬として二次治療でエビデンスがあるのはdocetaxel、pemetrexedくらいですが、三次治療以降ではエビデンス自体がありません。
 eribulinは、乳がんの領域で、担当医の任意選択治療に対して、三次化学療法以降の優越性が証明された薬です。
 今回非小細胞肺癌でも同様に、担当医の任意選択治療に対して、三次化学療法以降の優越性が検証されました。
 結論としては優越性が示せずnegative studyに終わってしまいましたが、これは試験デザインが間違っていたのだと思います。
 三次治療として標準治療がない以上は、erlotnibのBR21試験がそうであったように、プラセボ対象試験とするべきです。
 これで治療開発が終わることなどないように祈っています。

 明日は朝8時から始まって、イブニングセミナーが終わるのは夜7時、それから京都駅まで移動して、大分大学の腫瘍内科の先生方とお食事の予定です。

  

Posted by tak at 21:51Comments(0)その他

2014年11月05日

再検査でも新出転移なし!

 肺炎後の廃用症候群で入院していた肺がん患者さんが、いよいよ退院を迎えようとしています。
 退院後ただちに、定位放射線照射の適応があるかどうかの受診をしたいとのことで、今週は再評価をしています。
 昨日のPETでは、原発巣以外に異常集積なし。
 本日の頭部造影CT(脳動脈瘤クリッピング後でMRI不可)でも、明らかな転移巣はありませんでした。
 しかし、この半年間で数mmは増大し、胸膜への浸潤が強まっているような画像所見があり、のんびり待っていると胸膜播種・がん性胸膜炎につながりそうで、ひやひやしています。

 週末に病状説明をして、来週には退院、定位照射が可能な施設を受診されます。
 いまだにPSは4ですが、治療していただけることを願っています。  

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2014年11月05日

シスプラチン+ペメトレキセド+丸山ワクチン併用療法②コース終了

 シスプラチン+ペメトレキセド+丸山ワクチン併用療法の患者さん、初回の治療効果判定をしました。
 丸山ワクチンの併用は②コース目からです。
 原発巣、リンパ節転移巣を標的病変としたところ、RECIST相当で22%縮小の効果が得られていました。

 とても涙もろい患者さんで、治療開始前の病状説明の際は(前医で同じ説明を受けていたにもかかわらず)悔し涙で涙ぐんで、絶句しておられました。
 今回も、「治療効果が出て、腫瘍はある程度小さくなっていますよ」とお話しすると、うれし涙で涙ぐんでおられました。

 幸い、毒性は非常に軽く、投与翌日-翌々日の食欲低下と便秘が見られる程度で、安全に治療できています。
 心・腎機能に問題がないため、輸液は少なめ(いわゆるshort hydration)で、シスプラチン併用でありながら正味3時間強で終わる内容で、衛生管理上の配慮から蓄尿・尿量測定もしていませんが、心不全や腎機能障害なども起こりませんでした。
 来週から、③コース目に入る予定です。

 月・水・金と、丸山ワクチン接種のために、距離にして20km強を来ていただくのは申し訳ないのですが、流石に自宅で自己注射というわけにもいきません。
 自ら選ばれた道なので、頑張って頂きたいところです。  

Posted by tak at 17:15Comments(0)個別化医療