2015年01月28日
薬剤性間質性肺炎とMUC4遺伝子多型
2002年、イレッサが肺がんの実地臨床に導入されてから、その効果もさることながら、(薬剤性)間質性肺炎にもスポットが当てられました。
我々呼吸器内科医にとっては、間質性肺炎は馴染み深い疾患ですが、一般にはあまり知られていない疾患だと思います。
いわゆる「肺炎」における炎症の場は、「肺の実質」すなわち、肺の中で、空気が出入りするところです。
言葉で書いてもピンとこないと思うので、写真で示します。

肺は、左右併せて3-5億個ともいわれる肺胞-血管やリンパ管、細胞、結合組織で裏打ちされた、直径0.2-0.3mm程度の小さな風船-が集まってできています。
図では「肺胞嚢」と示していますが、この中を空気が出入りします。
「肺の実質」とは、この肺胞嚢の中身をさします。
ですから、「肺の実質」はすなわち「肺胞の中の空間」であり、なんだか矛盾したことを言っているような気になります。
しかし、ひとたびこの中に炎症が起これば、中身は空気ではなくて、細菌や炎症細胞を含んだ膿、すなわち痰になります。

こうなってしまうと、痰に埋め尽くされた肺では空気の出入りがなくなり、呼吸ができなくなります。
典型的なCT画像では、炎症を起こした肺がペンキで塗りつぶしたようにベッタリと白くなります。

この変化が広範囲に及ぶと、呼吸が苦しくなります。
一方、間質性肺炎では、「肺の間質」に炎症が起こります。
「肺の間質」はすなわち「肺の実質」以外の場所であり、肺胞を裏打ちする血管、リンパ管、細胞、結合組織ということになります。
ここに炎症が起こって、厚みを増して、空気と血液との間でガス交換(酸素のやり取り)ができなくなるのが間質性肺炎です。

CT画像での現れ方は、すりガラス状の陰であったり、網目状の陰であったり、さまざまです。

原因は多岐にわたりますが、代表的なものに医薬品や化学薬品が含まれます。
ジェムシタビンやドセタキセル、イリノテカンといった肺癌領域で用いられる抗がん薬もしばしば薬剤性間質性肺炎を起こしますが、各種分子標的薬も高い頻度で間質性肺炎を起こします。
前置きが長くなりましたが、ゲフィチニブによる間質性肺炎が社会問題化したこともあり、その背景を探る取り組みがずっと続けられてきました。
埼玉医科大学の萩原先生のグループでは、全国から薬剤性間質性肺炎の患者さんの血液を集めて、基礎研究を続けてこられました。
昨年の日本肺癌学会において、同じグループの椎原淳先生から報告があったので、今回取り上げます。
以下、学会抄録に少し改変してあります。
背景:上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)による薬剤性間質性肺炎(ILD)は本邦において他国よりも圧倒的に高い頻度で認められており、民族特異的な遺伝素因の関与が考えられていた。
方法と結果:EGFR-TKIによるILDを全国多施設から収集し、臨床経過、画像ともに典型的と考えられる症例を36人抽出した。同じような病態を示す特発性肺線維症急性増悪45人も抽出し、これらの末梢血DNAを用いて全エクソンシークエンス(遺伝子配列調査)を行った。既にデータがあった70人の正常日本人の全エクソンシークエンスデータを対照として使用した。以上の疾患患者81人、正常日本人70人の遺伝子配列データにおいて、計180215か所のアミノ酸置換を伴う遺伝子変異を抽出した。さらに、既知の疫学データ(日本人の非小細胞肺がん患者におけるEGFR-TKI使用時のILD発症割合5%程度、②欧米人におけるEGFR-TKI使用時のILD発症頻度は日本人の1/10から1/100、③中国人における頻度は日本人より少ない)を全て満たすという条件を踏まえ、欧米人、中国人の正常DNAと比較しながら候補遺伝子を絞り込んだところ、78か所に絞られた。さらに、これら78か所の遺伝子変異について、遺伝子の機能や臓器局在性を踏まえてさらに絞り込んだところ、ILDに関連している可能性が高いのはMUC4遺伝子のみであった。MUC4はエクソン2に大きな可変長タンデムリピート領域(VNTR)を有する構造をとり、遺伝子変異はこの領域に集中していた。MUC4はERBB2/3と会合し、シグナル伝達に関わる可能性がある。また、MUC4遺伝子変異がhomoで認められる場合、EGFR-TKI-ILD、IPF、抗がん薬関連ILDいずれも高頻度に合併することが分かった。

EGFR-TKI-ILDは、喫煙者・男性・間質性肺炎の既往あり、などの疫学的な危険因子は知られていましたが、発症予測のバイオマーカー開発につながりそうな知見はこれまでほとんどありませんでした。
MUC4のみで全てを予測できるかどうかは分かりませんが、現在椎原先生たちは血液検査によるMUC4遺伝子変異同定の実用化に向けて取り組んでおられるそうです。
MUC4遺伝子変異陽性だったらEGFR-TKIは使わないのか?と言われると、効果と副作用のバランスを考えればこれはこれで悩みますが・・・。
我々呼吸器内科医にとっては、間質性肺炎は馴染み深い疾患ですが、一般にはあまり知られていない疾患だと思います。
いわゆる「肺炎」における炎症の場は、「肺の実質」すなわち、肺の中で、空気が出入りするところです。
言葉で書いてもピンとこないと思うので、写真で示します。

肺は、左右併せて3-5億個ともいわれる肺胞-血管やリンパ管、細胞、結合組織で裏打ちされた、直径0.2-0.3mm程度の小さな風船-が集まってできています。
図では「肺胞嚢」と示していますが、この中を空気が出入りします。
「肺の実質」とは、この肺胞嚢の中身をさします。
ですから、「肺の実質」はすなわち「肺胞の中の空間」であり、なんだか矛盾したことを言っているような気になります。
しかし、ひとたびこの中に炎症が起これば、中身は空気ではなくて、細菌や炎症細胞を含んだ膿、すなわち痰になります。

こうなってしまうと、痰に埋め尽くされた肺では空気の出入りがなくなり、呼吸ができなくなります。
典型的なCT画像では、炎症を起こした肺がペンキで塗りつぶしたようにベッタリと白くなります。

この変化が広範囲に及ぶと、呼吸が苦しくなります。
一方、間質性肺炎では、「肺の間質」に炎症が起こります。
「肺の間質」はすなわち「肺の実質」以外の場所であり、肺胞を裏打ちする血管、リンパ管、細胞、結合組織ということになります。
ここに炎症が起こって、厚みを増して、空気と血液との間でガス交換(酸素のやり取り)ができなくなるのが間質性肺炎です。

CT画像での現れ方は、すりガラス状の陰であったり、網目状の陰であったり、さまざまです。

原因は多岐にわたりますが、代表的なものに医薬品や化学薬品が含まれます。
ジェムシタビンやドセタキセル、イリノテカンといった肺癌領域で用いられる抗がん薬もしばしば薬剤性間質性肺炎を起こしますが、各種分子標的薬も高い頻度で間質性肺炎を起こします。
前置きが長くなりましたが、ゲフィチニブによる間質性肺炎が社会問題化したこともあり、その背景を探る取り組みがずっと続けられてきました。
埼玉医科大学の萩原先生のグループでは、全国から薬剤性間質性肺炎の患者さんの血液を集めて、基礎研究を続けてこられました。
昨年の日本肺癌学会において、同じグループの椎原淳先生から報告があったので、今回取り上げます。
以下、学会抄録に少し改変してあります。
背景:上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)による薬剤性間質性肺炎(ILD)は本邦において他国よりも圧倒的に高い頻度で認められており、民族特異的な遺伝素因の関与が考えられていた。
方法と結果:EGFR-TKIによるILDを全国多施設から収集し、臨床経過、画像ともに典型的と考えられる症例を36人抽出した。同じような病態を示す特発性肺線維症急性増悪45人も抽出し、これらの末梢血DNAを用いて全エクソンシークエンス(遺伝子配列調査)を行った。既にデータがあった70人の正常日本人の全エクソンシークエンスデータを対照として使用した。以上の疾患患者81人、正常日本人70人の遺伝子配列データにおいて、計180215か所のアミノ酸置換を伴う遺伝子変異を抽出した。さらに、既知の疫学データ(日本人の非小細胞肺がん患者におけるEGFR-TKI使用時のILD発症割合5%程度、②欧米人におけるEGFR-TKI使用時のILD発症頻度は日本人の1/10から1/100、③中国人における頻度は日本人より少ない)を全て満たすという条件を踏まえ、欧米人、中国人の正常DNAと比較しながら候補遺伝子を絞り込んだところ、78か所に絞られた。さらに、これら78か所の遺伝子変異について、遺伝子の機能や臓器局在性を踏まえてさらに絞り込んだところ、ILDに関連している可能性が高いのはMUC4遺伝子のみであった。MUC4はエクソン2に大きな可変長タンデムリピート領域(VNTR)を有する構造をとり、遺伝子変異はこの領域に集中していた。MUC4はERBB2/3と会合し、シグナル伝達に関わる可能性がある。また、MUC4遺伝子変異がhomoで認められる場合、EGFR-TKI-ILD、IPF、抗がん薬関連ILDいずれも高頻度に合併することが分かった。

EGFR-TKI-ILDは、喫煙者・男性・間質性肺炎の既往あり、などの疫学的な危険因子は知られていましたが、発症予測のバイオマーカー開発につながりそうな知見はこれまでほとんどありませんでした。
MUC4のみで全てを予測できるかどうかは分かりませんが、現在椎原先生たちは血液検査によるMUC4遺伝子変異同定の実用化に向けて取り組んでおられるそうです。
MUC4遺伝子変異陽性だったらEGFR-TKIは使わないのか?と言われると、効果と副作用のバランスを考えればこれはこれで悩みますが・・・。
2015年01月07日
IV期の肺がん患者さんと定位照射
先だって、「胸膜播種を伴うIV期の肺がんで、原発巣を放射線照射で叩くことに意義があるのか」という質問を頂き、ひとつ記事を書きました。
たまたま以下のような文献に出会ったので、参考までに取り上げます。
堂々とJournal of Clinical Oncologyに掲載されており、興味深いうえに希望が持てる報告です。
Phase II Trial of Stereotactic Body Radiation Therapy Combined With Erlotinib for Patients With Limited but Progressive Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer
Puneeth Iyengar, Brian D. Kavanagh, Zabi Wardak, Irma Smith, Chul Ahn, David E. Gerber, Jonathan Dowell, Randall Hughes, Ramzi Abdulrahman, D. Ross Camidge, Laurie E. Gaspar, Robert C. Doebele, Paul A. Bunn, Hak Choy and Robert Timmerman
JCO December 1, 2014 vol. 32 no. 34 3824-3830
方法:一次治療ののちに進行したIV期の非小細胞肺がんの患者は、無増悪生存期間および全生存期間について予後不良であり、たいていの場合は原発巣が悪化する。体幹部定位放射線照射(stereotactic body radiation therapy (SBRT))による腫瘍減量により、薬物療法による増悪抑制効果を高めることができるかもしれない。
方法:IV期の非小細胞肺がんで、頭蓋外に6個以下の転移巣を有し、少なくとも1レジメンの化学療法ののちに再燃もしくは進行し、体幹部定位照射とエルロチニブ投与を病勢進行まで同時に行える患者を対象として、単アームの第II相試験を計画した。エルロチニブ開始後は、全ての照射対象病巣に対して等量の分割照射を行った。無増悪生存期間、全生存期間をはじめとした諸項目について評価を行った。
結果:24人(男性13人、女性11人)の患者が登録され、その年齢中央値は67歳(56-86歳)、追跡期間中央値は11.6ヶ月だった。全ての患者が、プラチナ併用化学療法後に進行した患者だった。計52か所の病巣が体幹部定位照射の治療対象となり、24人中16人の患者が1つ以上の病巣に対して照射を受けた。ほとんどの患者で、肺実質が照射範囲に含まれた。無増悪生存期間中央値は14.7ヶ月、全生存期間中央値は20.4ヶ月だった。ほとんどの患者で新規病変の出現による病勢進行を認めたが、体幹部定位照射の照射野内に再燃したのは、47ヶ所のの測定可能病変中3ヶ所だけだった。Grade 3の放射線治療関連有害事象を2例認めた。EGFR遺伝子変異を検索しえた13人の患者においては、一人も変異陽性者はいなかった。
結論:EGFR遺伝子変異の状態によらず、IV期の非小細胞肺がん患者の二次治療以降において、エルロチニブと体幹部定位照射の併用療法は、再発様式を劇的に変え、忍容性は良好で、長期の無増悪生存期間および全生存期間を示し、薬物療法のみの治療よりも優れている可能性がある。
不勉強で恥ずかしいのですが、転移性肺腫瘍やIV期の肺がん患者さんを対象とした定位照射の報告というのは、結構あるものなんですね。
さらに、我々は体幹部定位照射=肺の病巣への照射、という固定観念がありますが、今回の検討では、体幹部の転移ならどこでも治療対象としているようで、本当に効果があるのなら応用範囲はとても広く、治療戦略を考える上でのインパクトはとても大きいと思います。

プロトコールを作成するのは大変かもしれませんが、できれば第III相試験で検証してほしい内容です。
今回の論文の引用文献を見ると、類似する報告が結構な数ありました。
今回はエルロチニブと定位照射の報告でしたが、下記のごとくクリゾチニブを使用しているALK陽性肺がん患者さんに対する中枢神経外転移への体幹部定位照射の効果を示した文献もあるようですよ。
手元にはないですが、手に入ったら読んでみたい文献です。
Gan GN, Weickhardt AJ, Scheier B, et al:Stereotactic radiation therapy can safely and durably control sites of extra-central nervous system oligoprogressive disease in anaplastic lymphoma kinasepositive lung cancer patients receiving crizotinib.
Int J Radiat Oncol Biol Phys 88:892-898, 2014
たまたま以下のような文献に出会ったので、参考までに取り上げます。
堂々とJournal of Clinical Oncologyに掲載されており、興味深いうえに希望が持てる報告です。
Phase II Trial of Stereotactic Body Radiation Therapy Combined With Erlotinib for Patients With Limited but Progressive Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer
Puneeth Iyengar, Brian D. Kavanagh, Zabi Wardak, Irma Smith, Chul Ahn, David E. Gerber, Jonathan Dowell, Randall Hughes, Ramzi Abdulrahman, D. Ross Camidge, Laurie E. Gaspar, Robert C. Doebele, Paul A. Bunn, Hak Choy and Robert Timmerman
JCO December 1, 2014 vol. 32 no. 34 3824-3830
方法:一次治療ののちに進行したIV期の非小細胞肺がんの患者は、無増悪生存期間および全生存期間について予後不良であり、たいていの場合は原発巣が悪化する。体幹部定位放射線照射(stereotactic body radiation therapy (SBRT))による腫瘍減量により、薬物療法による増悪抑制効果を高めることができるかもしれない。
方法:IV期の非小細胞肺がんで、頭蓋外に6個以下の転移巣を有し、少なくとも1レジメンの化学療法ののちに再燃もしくは進行し、体幹部定位照射とエルロチニブ投与を病勢進行まで同時に行える患者を対象として、単アームの第II相試験を計画した。エルロチニブ開始後は、全ての照射対象病巣に対して等量の分割照射を行った。無増悪生存期間、全生存期間をはじめとした諸項目について評価を行った。
結果:24人(男性13人、女性11人)の患者が登録され、その年齢中央値は67歳(56-86歳)、追跡期間中央値は11.6ヶ月だった。全ての患者が、プラチナ併用化学療法後に進行した患者だった。計52か所の病巣が体幹部定位照射の治療対象となり、24人中16人の患者が1つ以上の病巣に対して照射を受けた。ほとんどの患者で、肺実質が照射範囲に含まれた。無増悪生存期間中央値は14.7ヶ月、全生存期間中央値は20.4ヶ月だった。ほとんどの患者で新規病変の出現による病勢進行を認めたが、体幹部定位照射の照射野内に再燃したのは、47ヶ所のの測定可能病変中3ヶ所だけだった。Grade 3の放射線治療関連有害事象を2例認めた。EGFR遺伝子変異を検索しえた13人の患者においては、一人も変異陽性者はいなかった。
結論:EGFR遺伝子変異の状態によらず、IV期の非小細胞肺がん患者の二次治療以降において、エルロチニブと体幹部定位照射の併用療法は、再発様式を劇的に変え、忍容性は良好で、長期の無増悪生存期間および全生存期間を示し、薬物療法のみの治療よりも優れている可能性がある。
不勉強で恥ずかしいのですが、転移性肺腫瘍やIV期の肺がん患者さんを対象とした定位照射の報告というのは、結構あるものなんですね。
さらに、我々は体幹部定位照射=肺の病巣への照射、という固定観念がありますが、今回の検討では、体幹部の転移ならどこでも治療対象としているようで、本当に効果があるのなら応用範囲はとても広く、治療戦略を考える上でのインパクトはとても大きいと思います。

プロトコールを作成するのは大変かもしれませんが、できれば第III相試験で検証してほしい内容です。
今回の論文の引用文献を見ると、類似する報告が結構な数ありました。
今回はエルロチニブと定位照射の報告でしたが、下記のごとくクリゾチニブを使用しているALK陽性肺がん患者さんに対する中枢神経外転移への体幹部定位照射の効果を示した文献もあるようですよ。
手元にはないですが、手に入ったら読んでみたい文献です。
Gan GN, Weickhardt AJ, Scheier B, et al:Stereotactic radiation therapy can safely and durably control sites of extra-central nervous system oligoprogressive disease in anaplastic lymphoma kinasepositive lung cancer patients receiving crizotinib.
Int J Radiat Oncol Biol Phys 88:892-898, 2014
2015年01月07日
がんの既往と臨床試験参加資格
臨床試験に携わっていると、一般の診療をしながら、絶えず「この患者さん、なにか臨床試験に参加できないかな・・・」という見方をします。
それぞれの臨床試験に、
・適格基準:こんな患者さんは、この臨床試験に参加できますよ、という基準
・除外基準:こんな患者さんは、この臨床試験には参加できませんよ、という基準
が設定されています。
除外基準の中によく見かけるのに「過去に今回診断された肺がん以外の悪性腫瘍の既往がない」というものがあります。
無再発生存期間が評価項目だったとき、他臓器の再発病巣が出てきたら、過去のがんによるものなのか、今回の肺がんによるものなのか、生検診断しない限りは結論が出ません。
全生存期間が評価項目だったとき、仮にそれが悪性腫瘍の再発によるものだったとしたら、それが過去のがんによるものなのか、今回の肺がんによるものなのか、生検診断しない限り結論は出ません。
生検不能な場所に転移再発することは往々にしてありますし、そもそも再発時の生検診断自体がまだ完全に浸透しているわけでもありません。
そうすると、過去のがんの既往がある患者さんは除外した方が、臨床試験の結論としてはクリアカットなものが得られることになります。
では、そうやって臨床試験から除外される、過去に悪性腫瘍の既往がある患者さんは、どの程度いるのか。
そんな疑問に答えるのが、今回紹介する論文です。
Impact of Prior Cancer on Eligibility for Lung Cancer Clinical Trials
David E. Gerber, Andrew L. Laccetti, Lei Xuan, Ethan A. Halm and Sandi L. Pruitt
JNCI J Natl Cancer Inst (2014) 106 (11): dju302 doi: 10.1093/jnci/dju302
背景:悪性腫瘍における臨床試験では、試験の管理運営や試験結果に悪影響があるため、過去にがんの既往がある患者を除外することが当然のことと考えられている。今回、実際の臨床試験においてこういった除外規定がどのくらいの割合で、どのように行われているのか、そのことが臨床試験における患者集積にどの程度影響を与えているかを調査することにした。
方法: Eastern Oncology Cooperative Group(ECOG)が関わり、がんの既往歴が除外規定に関わる肺癌の臨床試験をレビューした。また、Surveillance Epidemiology and End Results (SEER)-Medicareデータベースにアクセスして、肺がんと診断された患者のうち他のがんの既往がある患者の割合を調べた。臨床試験の特徴とがん既往歴除外規定の関連をカイ二乗検定で評価した。
結果:51件の臨床試験(対象患者は13072人)を対象とした。41件(80%)の臨床試験では、過去にがんと診断された患者を除外していた。内訳は、過去にがんの既往がある患者を全て除外したものが14%、5年以内にがんと診断された患者を除外するものが43%、2-3年以内にがんと診断された患者を除外するものが7%、現在も肺がん以外のがんに関しても担がん状態にある患者を除外するものが16%だった。SEER-Medicare データベースの検討(対象となった肺がん患者数= 210509人)では、他のがんの既往がある肺がん患者のうち56%は、肺がんの診断から5年以内に他のがんと診断されていた。全ての臨床試験を横断的にみると、過去のがんの既往により臨床試験から除外された患者の数は臨床試験ひとつあたり0-207人、除外された患者の、全体の患者に占める割合は0-18%と見積もられた。 生存期間が主要評価項目である臨床試験の94%、生存期間以外が主要評価項目である臨床試験の73%で、がんの既往がある患者が除外されていた(p=0.06)
結論:相当数の患者が、過去のがんの既往を理由に肺がんの臨床試験対象から除外されていた。この除外規定はさまざまな臨床試験で広く取り入れられており、生存期間を主要評価項目としない臨床試験ですら、その三分の二で取り入れられていた。
一方、臨床試験が行われた年次別にみると、徐々にがんの既往がある患者さんも臨床試験に組み入れる方向に移りつつあるようです。1986年から1999年に行われた26の臨床試験では、実に92%でがんの既往がある患者さんが除外されていますが、2000年から2013年に行われた25の臨床試験では、68%に留まっているようで、この2つの期間では有意差がついています(p=0.04)。
試験の相によっても違いがあります。第II相臨床試験では83%、第III相臨床試験では88%ががんの既往がある患者さんを除外していますが、第I相試験やパイロット試験では25%に留まっています。組織型では、小細胞がんの臨床試験では89%、非小細胞肺がんの臨床試験では75%ががんの既往がある患者さんを除外していたようです。
その他、局所進行肺癌の臨床試験では、その全てにおいて過去にがんの既往がある患者さんが除外されていました。
根治を目指す治療を評価するための臨床試験なので、やむを得ないかもしれません。
以下に示すTable 3を見ると、結構な割合の肺がん患者さんが、過去にがんの既往があることがわかりますね。
腫瘍縮小効果を見るための臨床試験などは、もっと積極的にこれらの患者さんを組み入れることを考えてもいいかもしれません。


それぞれの臨床試験に、
・適格基準:こんな患者さんは、この臨床試験に参加できますよ、という基準
・除外基準:こんな患者さんは、この臨床試験には参加できませんよ、という基準
が設定されています。
除外基準の中によく見かけるのに「過去に今回診断された肺がん以外の悪性腫瘍の既往がない」というものがあります。
無再発生存期間が評価項目だったとき、他臓器の再発病巣が出てきたら、過去のがんによるものなのか、今回の肺がんによるものなのか、生検診断しない限りは結論が出ません。
全生存期間が評価項目だったとき、仮にそれが悪性腫瘍の再発によるものだったとしたら、それが過去のがんによるものなのか、今回の肺がんによるものなのか、生検診断しない限り結論は出ません。
生検不能な場所に転移再発することは往々にしてありますし、そもそも再発時の生検診断自体がまだ完全に浸透しているわけでもありません。
そうすると、過去のがんの既往がある患者さんは除外した方が、臨床試験の結論としてはクリアカットなものが得られることになります。
では、そうやって臨床試験から除外される、過去に悪性腫瘍の既往がある患者さんは、どの程度いるのか。
そんな疑問に答えるのが、今回紹介する論文です。
Impact of Prior Cancer on Eligibility for Lung Cancer Clinical Trials
David E. Gerber, Andrew L. Laccetti, Lei Xuan, Ethan A. Halm and Sandi L. Pruitt
JNCI J Natl Cancer Inst (2014) 106 (11): dju302 doi: 10.1093/jnci/dju302
背景:悪性腫瘍における臨床試験では、試験の管理運営や試験結果に悪影響があるため、過去にがんの既往がある患者を除外することが当然のことと考えられている。今回、実際の臨床試験においてこういった除外規定がどのくらいの割合で、どのように行われているのか、そのことが臨床試験における患者集積にどの程度影響を与えているかを調査することにした。
方法: Eastern Oncology Cooperative Group(ECOG)が関わり、がんの既往歴が除外規定に関わる肺癌の臨床試験をレビューした。また、Surveillance Epidemiology and End Results (SEER)-Medicareデータベースにアクセスして、肺がんと診断された患者のうち他のがんの既往がある患者の割合を調べた。臨床試験の特徴とがん既往歴除外規定の関連をカイ二乗検定で評価した。
結果:51件の臨床試験(対象患者は13072人)を対象とした。41件(80%)の臨床試験では、過去にがんと診断された患者を除外していた。内訳は、過去にがんの既往がある患者を全て除外したものが14%、5年以内にがんと診断された患者を除外するものが43%、2-3年以内にがんと診断された患者を除外するものが7%、現在も肺がん以外のがんに関しても担がん状態にある患者を除外するものが16%だった。SEER-Medicare データベースの検討(対象となった肺がん患者数= 210509人)では、他のがんの既往がある肺がん患者のうち56%は、肺がんの診断から5年以内に他のがんと診断されていた。全ての臨床試験を横断的にみると、過去のがんの既往により臨床試験から除外された患者の数は臨床試験ひとつあたり0-207人、除外された患者の、全体の患者に占める割合は0-18%と見積もられた。 生存期間が主要評価項目である臨床試験の94%、生存期間以外が主要評価項目である臨床試験の73%で、がんの既往がある患者が除外されていた(p=0.06)
結論:相当数の患者が、過去のがんの既往を理由に肺がんの臨床試験対象から除外されていた。この除外規定はさまざまな臨床試験で広く取り入れられており、生存期間を主要評価項目としない臨床試験ですら、その三分の二で取り入れられていた。
一方、臨床試験が行われた年次別にみると、徐々にがんの既往がある患者さんも臨床試験に組み入れる方向に移りつつあるようです。1986年から1999年に行われた26の臨床試験では、実に92%でがんの既往がある患者さんが除外されていますが、2000年から2013年に行われた25の臨床試験では、68%に留まっているようで、この2つの期間では有意差がついています(p=0.04)。
試験の相によっても違いがあります。第II相臨床試験では83%、第III相臨床試験では88%ががんの既往がある患者さんを除外していますが、第I相試験やパイロット試験では25%に留まっています。組織型では、小細胞がんの臨床試験では89%、非小細胞肺がんの臨床試験では75%ががんの既往がある患者さんを除外していたようです。
その他、局所進行肺癌の臨床試験では、その全てにおいて過去にがんの既往がある患者さんが除外されていました。
根治を目指す治療を評価するための臨床試験なので、やむを得ないかもしれません。
以下に示すTable 3を見ると、結構な割合の肺がん患者さんが、過去にがんの既往があることがわかりますね。
腫瘍縮小効果を見るための臨床試験などは、もっと積極的にこれらの患者さんを組み入れることを考えてもいいかもしれません。


2015年01月05日
胸膜播種・胸水貯留
胸膜播種・胸水貯留について質問を頂いたので、お答えします。
①そもそも胸膜播種は他の部位への転移と比較してどれほど生存期間やQOLの観点からタチの悪いものなのでしょうか。
胸膜播種、わかりやすく言いかえれば、「肺を包む胸膜(胸腔)に、がん細胞がばらまかれている」ということです。
いい方にとれば、「病変が胸の中にとどまっている」ととれます。
わるい方にとれば、「病変が肺からまわりにばらまかれて、肺の外側全体をおおっている」ととれます。
誤解を恐れずに言うならば、「胸の中にとどまっている」分だけ、「胸の他にまで広がっている」よりいいです。
一方で、「肺の外側全体をおおっている」分だけ、「肺の中にとどまっている」よりタチが悪いです。
肺がんの病期分類(進行度分類、ステージ分類)は、定期的に見直されています。
最近では2009年に見直され、それが現在も用いられている「UICC分類第7版」ですが、胸膜播種・胸水貯留が「遠隔転移」として位置づけられたのは、この第7版からです。
われわれ臨床医は、胸膜播種・胸水貯留を有する患者さんの治療成績は、他臓器への遠隔転移を有する患者さんとあまり変わらない、という感触を以前から持っていましたので、この改訂は素直に受け入れられるものでした。
ただし、他臓器への遠隔転移の患者さんよりは、胸膜播種・胸水貯留の患者さんの方が若干成績がいいようです。
裏付けとなるデータが手元にとぼしくて申し訳ないのですが、参考資料として以下を示します。
Validation Study of the Proposed IASLC Staging Revisions of the T4 and M Non-small Cell Lung Cancer Descriptors Using Data from 23,583 Patients in the California Cancer Registry
Ou, Sai-Hong Ignatius; Zell, Jason A.
Journal of Thoracic Oncology. 3(3):216-227, March 2008.
良くも悪くも、IV期の患者さんに期待できる治療成績(生命予後)を明示してあるので、今回は文献を紹介するまでに留めます。
胸膜播種・胸水貯留によるIV期を「IVA期」、遠隔転移によるIV期を「IVB期」として区別して解析しています。
少なくとも、生存期間に関しては参考になるでしょう。
②分子標的薬による治療後、現在の胸膜はキレイに見えますが、おそらくCTには映っていないがんが残っている可能性が大いにあります。そんな状況で原発からの「追加的な」胸膜へのバラマキを阻止することに利点はありますでしょうか。
原発からの「追加的な」胸膜へのバラマキを阻止することに利点があるかどうか。
一般的な回答として、「薬物療法によるバラマキ阻止には利点がある」とお答えします。
現在されている、分子標的薬による治療は、これに相当します。
しかし、原発巣だけにターゲットを絞った局所療法、すなわち「手術による原発巣切除」や「原発巣への放射線照射」の効果には疑問が残ります。
少なくとも、標準治療とは言いかねます。
精巣腫瘍や腎細胞癌など、遠隔転移があっても原発巣の切除が生命予後を改善する癌もありますが、肺癌では行われません。
③原発を放射線でツブすことが(胸膜含め)他への転移リスクを下げる効果はあるのでしょうか。
(胸膜播種を含めた)遠隔転移を有する患者さんにおいて、原発巣を放射線で治療することにどのくらいの意味があるのか。
現時点で意味があると言えるのは「薬物療法では原発巣による症状の緩和が得られず、放射線照射によって原発巣が縮めば症状の緩和が得られるかもしれない」場合くらいでしょうか。
往々にして、こういった場合の放射線治療は「緩和的照射」とされ、転移リスクを下げることを目的としてはいません。
ただ、診断当初は根治照射不能と判定されながら、分子標的薬で著明な縮小効果が得られ、経過中に原発巣への根治照射を挟んで、多発肝転移や脳転移、腹膜播種を合併しながらも、5年を超えて生存した患者さんの経験はあります。
患側の胸水貯留がありながら、胸水穿刺では悪性細胞が検出されず、放射線化学療法をして原発巣・リンパ節転移巣のコントロールは良好なものの、上大静脈症候群を合併しながらもステント留置で乗り切り、胃・結腸・膀胱・脳に転移しながらもそれぞれの病巣に手術や放射線照射をしながら、約4年生存して、今でも化学療法を続けている患者さんの経験もあります。
否定的な見方をする先生からは、「照射しなくても長期生存したんじゃないの?」と言われそうですが、そこはもう治療効果を信じるか信じないかの問題でしょうね。
どちらが標準的な治療ですか?と言われたら、「根治不能なIV期で、臨床症状を伴わない原発巣には、放射線照射はしない」というのが模範解答だと思います。
転移リスクを下げる効果があるか?と問われるとあるとは言い切れませんが、私の少ない経験上、生命予後を延長する効果はあるかもしれません。
①そもそも胸膜播種は他の部位への転移と比較してどれほど生存期間やQOLの観点からタチの悪いものなのでしょうか。
胸膜播種、わかりやすく言いかえれば、「肺を包む胸膜(胸腔)に、がん細胞がばらまかれている」ということです。
いい方にとれば、「病変が胸の中にとどまっている」ととれます。
わるい方にとれば、「病変が肺からまわりにばらまかれて、肺の外側全体をおおっている」ととれます。
誤解を恐れずに言うならば、「胸の中にとどまっている」分だけ、「胸の他にまで広がっている」よりいいです。
一方で、「肺の外側全体をおおっている」分だけ、「肺の中にとどまっている」よりタチが悪いです。
肺がんの病期分類(進行度分類、ステージ分類)は、定期的に見直されています。
最近では2009年に見直され、それが現在も用いられている「UICC分類第7版」ですが、胸膜播種・胸水貯留が「遠隔転移」として位置づけられたのは、この第7版からです。
われわれ臨床医は、胸膜播種・胸水貯留を有する患者さんの治療成績は、他臓器への遠隔転移を有する患者さんとあまり変わらない、という感触を以前から持っていましたので、この改訂は素直に受け入れられるものでした。
ただし、他臓器への遠隔転移の患者さんよりは、胸膜播種・胸水貯留の患者さんの方が若干成績がいいようです。
裏付けとなるデータが手元にとぼしくて申し訳ないのですが、参考資料として以下を示します。
Validation Study of the Proposed IASLC Staging Revisions of the T4 and M Non-small Cell Lung Cancer Descriptors Using Data from 23,583 Patients in the California Cancer Registry
Ou, Sai-Hong Ignatius; Zell, Jason A.
Journal of Thoracic Oncology. 3(3):216-227, March 2008.
良くも悪くも、IV期の患者さんに期待できる治療成績(生命予後)を明示してあるので、今回は文献を紹介するまでに留めます。
胸膜播種・胸水貯留によるIV期を「IVA期」、遠隔転移によるIV期を「IVB期」として区別して解析しています。
少なくとも、生存期間に関しては参考になるでしょう。
②分子標的薬による治療後、現在の胸膜はキレイに見えますが、おそらくCTには映っていないがんが残っている可能性が大いにあります。そんな状況で原発からの「追加的な」胸膜へのバラマキを阻止することに利点はありますでしょうか。
原発からの「追加的な」胸膜へのバラマキを阻止することに利点があるかどうか。
一般的な回答として、「薬物療法によるバラマキ阻止には利点がある」とお答えします。
現在されている、分子標的薬による治療は、これに相当します。
しかし、原発巣だけにターゲットを絞った局所療法、すなわち「手術による原発巣切除」や「原発巣への放射線照射」の効果には疑問が残ります。
少なくとも、標準治療とは言いかねます。
精巣腫瘍や腎細胞癌など、遠隔転移があっても原発巣の切除が生命予後を改善する癌もありますが、肺癌では行われません。
③原発を放射線でツブすことが(胸膜含め)他への転移リスクを下げる効果はあるのでしょうか。
(胸膜播種を含めた)遠隔転移を有する患者さんにおいて、原発巣を放射線で治療することにどのくらいの意味があるのか。
現時点で意味があると言えるのは「薬物療法では原発巣による症状の緩和が得られず、放射線照射によって原発巣が縮めば症状の緩和が得られるかもしれない」場合くらいでしょうか。
往々にして、こういった場合の放射線治療は「緩和的照射」とされ、転移リスクを下げることを目的としてはいません。
ただ、診断当初は根治照射不能と判定されながら、分子標的薬で著明な縮小効果が得られ、経過中に原発巣への根治照射を挟んで、多発肝転移や脳転移、腹膜播種を合併しながらも、5年を超えて生存した患者さんの経験はあります。
患側の胸水貯留がありながら、胸水穿刺では悪性細胞が検出されず、放射線化学療法をして原発巣・リンパ節転移巣のコントロールは良好なものの、上大静脈症候群を合併しながらもステント留置で乗り切り、胃・結腸・膀胱・脳に転移しながらもそれぞれの病巣に手術や放射線照射をしながら、約4年生存して、今でも化学療法を続けている患者さんの経験もあります。
否定的な見方をする先生からは、「照射しなくても長期生存したんじゃないの?」と言われそうですが、そこはもう治療効果を信じるか信じないかの問題でしょうね。
どちらが標準的な治療ですか?と言われたら、「根治不能なIV期で、臨床症状を伴わない原発巣には、放射線照射はしない」というのが模範解答だと思います。
転移リスクを下げる効果があるか?と問われるとあるとは言い切れませんが、私の少ない経験上、生命予後を延長する効果はあるかもしれません。