2012年01月26日

骨転移とDenosumab

今日は、骨転移・骨病変について考える一日でした。
一昨年、左脚の転移性骨腫瘍を契機に診断に至った肺腺癌患者さんと、今後の治療方針について話し合いました。
整形外科に脊椎の病的骨折で入院され、肺に影があるからと相談を受けていた患者さんの胸水から、腺癌が検出されました。
右肺尖部原発、胸椎浸潤を伴うPancoast腫瘍の患者さんが入院され、今後の治療に関する面談を行いました。
みなさんに共通しているのは、診断時点で骨転移に伴う疼痛のため、生活の質(QoL)も日常生活動作(ADL)も損なわれていた点です。

骨転移に対する治療薬としては、いわゆるビスフォスフォネート製剤が1990年代から使用されていました。
アレンドロネート(アレディア)は初期の薬ですが、500ml程度の輸液に溶かして2時間以上かけて点滴しなければならないという制約がありました。
数年前からゾレドロン酸(ゾメタ)が使用されるようになり、点滴は100ml、滴下時間は15分以上ということで、患者さんのアメニティーは大きく向上しました。
骨転移を伴う肺癌患者さんには、現在ゾレドロン酸が広く使われていると思います。

そんな中、骨転移に対する新たな抗体医薬として、デノスマブが登場しました。
骨病変において、骨吸収(骨破壊)に関連するとされる破骨細胞の活動に関わるRANK ligandを押さえ込む抗体です。
乳腺腫瘍、前立腺癌の領域では、ゾレドロン酸より優れた治療効果が証明されています。
→J Clin Oncol 2010, 28:5132-5139
→Lancet 2011; 377: 813–22

一方、肺癌を含む上記以外の固形腫瘍と多発性骨髄腫を対象とした大規模臨床試験では、ゾレドロン酸と治療効果が同等と結論されました。
→J Clin Oncol 2011, 29:1125-1132.
【背景】本研究は、乳腺腫瘍と前立腺癌を除く、骨転移を伴う進行固形癌もしくは多発性骨髄腫の患者における骨関連イベントの発生を遅らせる、もしくは予防する目的で、ヒト型抗receptor - activator of nuclear factor kappa-B ligand(RANKL)抗体であるデノスマブとゾレドロン酸を比較するものである。
【対象と方法】二重盲検、ダブルダミーの試験デザインで、デノスマブ群886人→うち350人は非小細胞肺癌(120mg/回皮下注射を月に1回)またはゾレドロン酸群890人→うち352人は非小細胞肺癌(4mg/回、あるいは腎機能で補正した用量を点滴静注、月に1回)のいずれかに適格患者を無作為に割り付けた。連日のカルシウム、ビタミンD摂取を強く推奨した。主要評価項目は治療開始から骨関連事象(病的骨折、骨に対する放射線治療または外科手術、脊髄圧迫)発生までの期間とした。
【結果】主要評価項目において、デノスマブのゾレドロン酸に対する非劣性(≒同等性)が証明された(ハザード比0.84、95%信頼区間 0.71-0.98、p=0.0007)。ただし、最初の骨関連事象発生までの期間を遅らせること、それに引き続く2回目以降の骨関連事象発生までの期間を遅らせることについて、優越性は証明できなかった。全生存期間や病勢進行については両群間で同等だった。低カルシウム血症はデノスマブ群でより頻回に認められた。 顎骨壊死の頻度は両群共に低く、1%程度の発症率だった。投与後の急性期反応はゾレドロン酸初回投与時に頻回に認められた。また、ゾレドロン酸投与後の腎機能障害、血清クレアチニンの上昇が認められた。
【結論】デノスマブは、骨転移を伴う進行癌患者もしくは骨髄腫患者における骨関連事象の遅延・予防においてゾレドロン酸と同等であり、デノスマブは皮下注射でよい、腎機能モニタリングやそれに伴う容量調整の必要がないといった有利や点もあり、治療上の新たな選択肢のひとつである。

 実際のところ、デノスマブはまだ市場に出てきませんので、当面はゾレドロン酸で様子を見ることになりそうです。
 ただし、ごく近い将来に使えることになりそうで、点滴でなく皮下注射で済むので、利便性はさらに向上します。
 抗体医薬ですから薬価は高くなるかもしれませんが、治療選択枝が増えるのはいいことですよね。
   

2012年01月13日

個人情報保護

つい先ほど、担当患者さんがご永眠されました。
確定診断から474日目、混合型肺小細胞癌と特発性肺線維症を合併した方でした。
非常に厳しいご病状でした。
しかしながら、最後の化学療法から実に9ヶ月を経過しており、その間に特発性肺線維症の急性増悪(死亡率は80%といわれます)も経験されながら、最後の2-3ヶ月は自宅で友人とマージャンを楽しみながら、ゆったりと余生を過ごされたようです。
ご冥福をお祈りします。

叔父のかつての上司にあたる方だったのですが、個人情報保護のため叔父には伝えられずじまいでした。
止むを得ないとわかってはいても、我々にとっては辛いものです。  

Posted by tak at 21:03Comments(0)その他

2012年01月09日

そうそう、もうひとつ。

そうそう、もうひとつ。
スティーブ・ジョブズの伝記に感動して何度も涙腺が緩みましたが、もうひとつ最近涙腺がゆるんだ文章がありました。
里見清一先生の「偽善の医療」から。

私の涙腺が緩んだ文章は、「安楽死を人殺し扱いしないでくれ」という章に収められた、つぎの一段落です。
「近畿大学の小児科だったと記憶しているが、末期の小児患者がいよいよという時には、すべての生命維持のための管を外すという。なんのために?最期の瞬間、親に抱いてもらうために。私はこの記事を読んで、心の底から感動した。」
私も感動しました。
  

Posted by tak at 16:30Comments(3)その他

2012年01月09日

スティーブ・ジョブズ

周知のことですが、昨年アップル・コンピューターの創始者のひとりであるスティーブ・ジョブズが亡くなりました。
膵臓の神経内分泌腫瘍だったとのことでした。
そして、これまた異例の速さといっていいと思いますが、ジョブズ公認の伝記が昨年出版されました。
私は伝記はあまり好きではなく、伝記らしきものといえば司馬遼太郎の「竜馬が行く」くらいしか読んだことがありません。
ですが、このスティーブ・ジョブズの伝記は、自信を持ってお勧めできます。
Macintosh, iPod, iPhone, iPadを愛用している方。
トイ・ストーリーやファインディング・ニモ、カーズなど、さまざまなPIXERのアニメーションをお子さんとともに見たことがある方。
是非この伝記を手にとって読んでみてください。
我々と同じ時代を生きた人物の伝記を、時代の空気を吸いながら紐解く体験など、なかなかできません。
ジョブズと言う人物、そして彼を取り巻く人々と時代の空気を感じてください。

人間として尊敬できるかどうかはともかくとして、彼がどれほどの情熱を注いで愛する子供であるアップル・コンピューターとPIXERを、そのプロダクトを育み、守ろうとしたか、ときに人から恨まれてでもそれを大切にしたか。
心を打つものがあります。

昨年末、先輩、同僚、部下に、読んでみるように勧めました。
今年は、形に残る「めちゃくちゃスゴイ」「とびっきりクールな」なにかを作る努力をしたいと思います。  

Posted by tak at 16:20Comments(0)その他

2012年01月07日

日本と世界の肺がん手術成績の比較

日本の肺がん手術成績は極めて高い水準にあります。
このことは、もっと大きく取り上げられていいはずです。
日本国内の肺がん手術成績は、2005年以降ほぼ3年ごとに公表されています。
以下に、2005年、2008年、2011年に公表されたデータと、TNM分類が現行の第7版に改訂された際にIASLCで集計された全世界の手術成績をまとめます。
それぞれのデータを比較するために、TNM分類は第6版を使用して記載しました。

【出典】
・Lung Cancer 50: 227—234, 2005
・J Thorac Oncol. 2: 706–714, 2007
・J Thorac Oncol. 3: 46–52, 2008
・J Thorac Oncol. 6: 1229–1235, 2011

もともとわが国の手術成績は優れている上、見事に3年ごとに成績が向上しています。
「手術をすれば、あるいは海外の論文データよりも多くを期待できるのでは・・・?」と考えたくもなります。  

Posted by tak at 02:40Comments(0)その他

2012年01月05日

局所進行非小細胞肺癌に対する個別化医療再考

single station N2の患者さんに、放射線化学療法後の根治手術を目指しているという話を以前書きました。
そろそろ呼吸器外科医の意見を聞いてみようということで、治療開始からday25を迎える本日、相談してみました。
返ってきたコメントは、
「放射線治療は35Gyまで継続で可、化学療法はできれば①コース終了がよい、手術は最低でも放射線化学療法後6週間あけて、術式は右下葉切除で可能と考える。」
とのことでした。

術後化学療法の有用性を示す論文が相次いで報告された2000年代半ば以降、世間で進行中であった手術単独群を含むいくつかの臨床試験は中止に追い込まれました。
手術単独群に対して術後化学療法を行わないのは、倫理的に許されないとの配慮からでした。
予定登録数に満たずに途中終了となったこれら試験の結果が、ぼつぼつと報告されています。
stage IB-IIIAの患者さんを対象としたS9900試験は、術前にカルボプラチン+パクリタキセルを3コース行い、その後に手術をするグループと手術単独のグループを比較するものでした。
→ J Clin Oncol 28:1843-1849,2010.
無増悪生存期間の中央値は、前者が33ヶ月、後者が20ヶ月と前者の方が有望な印象でしたが、目標登録数600人に対して354人で途中終了となってしまい、有意差を示すには至りませんでした。
ですが、生存曲線は綺麗に分かれており、目標症例数まで集積されていたら、と考えたくなります。
一方、同様のデザインで、IB期、II期、T3N1M0のIIIA期の患者さんを対象に術前化学療法群、術後化学療法群、手術単独群の3群を比較したNATCH trialは完全にnegative studyに終わっています。
→ J Clin Oncol 28:3138-3145,2010.
一方、最近報告されたIB期,II期,IIIA期の患者さんを対象に術前シスプラチン+ジェムシタビン③コースを行う群と手術単独群の比較試験では、総登録数270人の小規模な試験ながら、無増悪生存期間、全生存期間共に術前化学療法群が有意に優っていたと報告されており、術後化学療法が標準と目されている現状にあって一石を投じることになりそうです。
→ J Clin Oncol 29, 2012, published ahead of print online.

さて、今回の患者さんはこれらの試験内容とは様相が異なります。
術前「放射線」化学療法を行っているからです。
患者さんと我々の最大関心事は、
「このまま放射線化学療法で押し切るべきか、手術に移行していくか」です。
放射線化学療法後に手術を行ったとの臨床試験は、私の知る限り1報のみです。
→ Lancet 2009; 374: 379–86
T1-3N2M0, stage IIIAの患者さん(さらにいえば、そのうち75%はsingle station N2です)を対象に、シスプラチン+エトポシド併用放射線化学療法(放射線照射は45Gyまで)を2コース行ったのち、①進行していなければ治療終了後3-5週間の後に根治的手術を行い、その後シスプラチン+エトポシド併用化学療法を2コース追加する群、②放射線照射をそのまま計61Gyまで継続し、その後シスプラチン+エトポシド併用化学療法を②コース追加する群を比較する試験です(書いてて頭がこんがらがってきます)。
ざっくりいえば、我々が関心を持っている、放射線化学療法後に手術をする意義があるかを調べる試験ということです。
結論は
・主要評価項目である全生存期間には差が出なかった(①=②)。
・副次評価項目である無増悪生存期間には有意差が出た(①>②)。
・治療関連死は①で8%、②で2%に認められた。
・切除範囲が肺葉切除で済んだ患者さんだけで解析すると、①の方が有意に全生存期間が延長した。
ということでした。
本患者さんは、肺葉切除が可能なため、試験結果の解釈によって結論がかわってきます。
-試験全体としては全生存期間に差が出なかったので、より安全な放射線化学療法単独を選ぶ。
-肺葉切除可能な患者さんとして考えれば全生存期間が延長する可能性があり、5年生存割合は手術を行うことにより18%から36%まで向上するが、もれなく8%の治療関連死の可能性というおまけがついてくる。

2コース目の治療開始は1月11日の予定です。
1週間もありませんが、担当医グループと呼吸器外科医、患者さん・家族の間でじっくり話し合ってみます。  

Posted by tak at 22:18Comments(0)個別化医療

2012年01月04日

ROS1 rearrangements

2012年1月3日付けのJournal of Clinical OncologyにROS1 rearrangementsについての論文が掲載されていました。
ROS1というのは、insulin receptor familyに属するとあります。

ROS1 Rearrangements Define a Unique Molecular Class of Lung Cancers
http://jco.ascopubs.org/content/early/2012/01/03/JCO.2011.38.3224.abstract

【目的】ROS1受容体チロシンキナーゼ遺伝子を含む染色体転座は、最近になって非小細胞肺癌の一部で認められると報告された。ROS1転座が関連する腫瘍についてはあまり知られておらず、今回はROS1染色体転座を有する非小細胞肺癌患者の臨床的特徴と治療反応性を調査することを目的とした。
【方法】ROS1-FISH assayを用いて、1073人の非小細胞肺癌患者をスクリーニングし、ROS1染色体転座と臨床的特徴、全生存期間、さらいはもし可能ならばALK染色体転座との関連性を調査した。In vitroの研究ではROS1染色体転座を有する細胞株のcrizotinibに対する反応性を調べた。ROS1染色体転座を有する非小細胞肺癌患者1人について、第Ⅰ相試験の延長としてcrizotinibに対する治療反応性を調べた。
【結果】1073人の患者をスクリーニングし、18人(1.7%)でROS1染色体転座をFISHで確認し、31人(2.9%)においてALK染色体転座を確認した。ROS1陰性グループと比較して、陽性グループでは有意に若年者、非喫煙者が多かった。全てのROS1陽性患者は腺癌であり、組織学的グレードが高い傾向が認められた。ROS1陽性および陰性のグループにおける全生存期間に差は見られなかった。ROS1転座を有するHCC78細胞株と、CD74-ROS1が導入された293個の細胞では、crizotinibに対する感受性が認められた。crizotinibで治療された患者では腫瘍縮小が認められ、ほぼ完全奏効するまでに至った。
【結論】ROS1染色体転座陽性非小細胞肺癌は、ALK染色体転座を有する非小細胞肺癌で認められたのと同様に際立った臨床的特徴を有する一群である。crizotinibはin vitroでも、臨床的にもROS1染色体転座を有する非小細胞肺癌に対して有効であった。

ALK転座とROS1転座をあわせると非小細胞肺癌全体の約5%になります。
この5%を見つけ出すために、全ての患者さんにALK転座とROS1転座の検査を行うのか。
近い将来議論になりそうです。  

Posted by tak at 23:00Comments(0)個別化医療