2012年04月03日

緩和医療-亡くなられた患者さんのご家族とのやり取りから

 がんという病気は、一箇所だけでも大変な病気なのに、ときに複数の箇所に出てくることがあります。
 時間的に別々の時期に出てくる場合を異時重複癌、同じ時期に出てくる場合を同時重複癌といいます。
 今日のお話は、他の臓器の癌と診断され、同時重複の肺癌も疑われて私に紹介された患者さんと、そのご家族との手紙のやり取りの話です。
 非常にご高齢の患者さんで、他の臓器の癌もぎりぎり手術できるか出来ないか、出来たとしてもそれによる治癒はほぼ見込めないような状況で、しかも肺癌は画像診断上確実に治癒不能の進行癌でした。
 こういった場合、より進行している癌に対する標準治療を行うのが原則で、他の臓器の癌はQOLの改善が見込める場合にのみ何らかの手を加えるのが定石です。
 治癒不能の進行癌があり、体力が温存されているなら高齢者を対象とした化学療法を選択するのがベストです。
 しかしながら、この患者さんにおいては、本人・ご家族と具体的な生命予後まで含めて話し合った上で(もちろん、予後告知については本人の強い希望を確認した上で伝えましたが)、「地元での緩和医療」を選択しました。
 「地元での緩和医療」となると、結局地域の医師への診療丸投げじゃないか、と思われるかもしれませんが、患者さんが地元でストレスなく緩和医療を受けられるように、自分が築いてきたネットワークをフル活用して環境を整えて差し上げるのも専門医としてのひとつの仕事です。昨年大分へ講演にお越しくださった大阪府立呼吸器・アレルギー医療センターの肺腫瘍内科部長、平島智徳先生(大分医科大学の卒業生です)も、地域で終末期ケアを担ってくださる先生方との連携構築に大きなエネルギーを注いでおり、頻繁に勉強会や懇親会をやっているとおっしゃっていました。

 この患者さんの息子さんとのやり取りでは、私もいろいろと勉強させていただきました。息子さんのご了解を頂き、個人情報を全て秘匿した上でやりとりの全てを公開しますので、長文ですが是非ご一読いただきたく思います。



某年某月

先生へ

さきほど父の病状の件で御連絡を頂いた〇〇です。お忙しいところ御迷惑をおかけして申し訳ありません。

両親とも高齢で、またこれまで数人の先生に症状の説明を受けた関係で本人たちも混乱しており、私としましても状況が把握できずに困っていたところでした。さきほどの先生のご説明と、FAXで大体理解できました。御尽力ありがとうございます。

父とは話をしてみます。最後は本人の意志だとは思いますが、なにぶん高齢ですし、大がかりな手術は心身共に大きな負担になると私自身は考えております。
今後も御迷惑をおかけするとは思いますが、両親ともどもよろしくお願いいたします。



某年(某+1)月

先生へ

さて、父の方は本日××病院に診療に出向く予定です。本人は年末年始に色々と頭を整理したようで、今のところ心身共に落ち着いているように見えます。80代の半ばまで大病もせず、元気に過ごしていただけに、口には出しませんが驚いたのだと思います。昨年には初めての孫が誕生しただけに、本人も色々思うところもあるようです。

これからどういう風に話が進んでいくのか、私も母も不安ではありますが、父にはできるだけ穏やかな最期が迎えられるよう、できる範囲でサポートしていければと考えております。

先生には本当に感謝しております。多くの病院で検査を受け、父も疲弊していたときに先生にかけて頂いた丁寧な御言葉がありがたかったようです。今後診察をお願いする機会はないと思いますが、もし御助言など頂けるようでしたら、またよろしくお願いいたします。


某年(某+1)月

〇〇さま

 お父様は、まだ大きな症状もなく過ごしておられるので、1日でも今の状態が維持できればとお祈りするばかりです。
 今後は、時の流れとともに治療よりもケアが必要になるであろうと思います。
 ××病院への受診も大事ですが、むしろかかりつけの△△先生を基点とした方がうまく行くような気がします。
 もともと××病院の□□科は常勤医が少なく、その分診療が不十分になる恐れがあります。早くから緩和医療を受けるのであれば(早期に緩和医療を導入した方が寿命が延びるという報告が、昨年前半のトピックスでした)●●病院がいいでしょう。

 私に出来ることがあればお手伝いさせて頂きますので、お困りの際はどうぞお声かけください。



某年(某+1)月

先生へ

〇〇です。色々とお手数おかけして申し訳ありません。

さて、父は年明けから左膝が腫れ、歩行が困難になってきました。熱も続いており、本人も相当にきつそうです。ただ膝以外に痛みなどはないようです。口腔や肺、胃に症状が出ず、なぜ膝なのかと思いますが、段々とこういう症状が出てくるのでしょうか。

××病院には次回も受診予約をしているようですが、●●病院に行った場合、××病院も出かけた方がよろしいでしょうか?先生からご紹介を受けたので、失礼がないように対応したいと考えております。



某年(某+1)月

〇〇さま

 左膝の腫れと口腔、肺の病変に因果関係があるかどうか分かりません。
 骨転移の可能性はあると思います。
 左膝の腫れに対する診療のみで●●病院に行かれたのであれば、××病院の予約受診はした方がいいと思います。
 一方、△△先生からのお取り計らいで、膝の診療と併せて緩和ケア外来も受診されたということであれば、その旨××病院の先生に報告した方がいいと思います。
 △△先生がかかりつけ医であることは××病院の先生にもお知らせしてありますので、特に問題にならないと思いますし、それでは●●病院に一括してお願いしましょうか、という流れになるかもしれません。

 いずれにせよ、まず△△先生に今後の対応を相談するのがベストだと思います。私見ですが、参考になれば幸いです。


某年(某+1)月

先生へ

△△先生のお取り計らいで、緩和ケア外来を受診しております。
父はこれまで痛みがないためか、緩和ケア外来に対して積極的ではなかったのですが、膝の痛みからようやく重い腰をあげたようです。
やはり骨への転移が考えられるのですか・・・。
癌とは恐ろしいものですね・・・。
色々御教授ありがとうございます。また結果を報告させて頂きます。



某年(某+1)月

先生へ

父は先日●●病院を受診したそうです。当日は具体的な治療方針は示されなかったようですが、とりあえず来週からしばらく入院することになるそうです。ここで検査や今後の方針を決めるのかもしれません。
今のところまだ元気です。ただ一度横になると容易に起きあがれなくなる点を母は気にしています。現状はこういった感じです。先行きが不安ですが、こればかりはどうしようもありません。

取り急ぎ報告させて頂きました。



某年(某+1)月

〇〇さま

 こんにちは。
 ご連絡、ありがとうございます。

 膝の転移は、頻度はそんなに多くありません。
 もしかしたら単なる関節炎かもしれませんし、入院検査後の結果を待つという事で良いと思います。
 ●●病院に1度入院して、スタッフと知り合いになっておくといいですね。



某年(某+3)月

先生へ

〇〇です。御無沙汰しております。その後はお変わりありませんでしょうか。

父が永眠いたしました。孫を抱くことができ、最期は穏やかに終われたようです。御報告が遅れて申し訳ありませんでした。

経緯を簡単に報告させて頂きます。
亡くなる数日前から不安定になり始めたとの報告を受けました。
当夜は意識もしっかりしており、ベッドで半身を起こして孫を抱いたり、話しかけたりできていました。多少言語は不明瞭でしたが、意識もしっかりしており、会話も成立していました。
我々家族が見る限り元気でしたし、その日は一度病院を辞して帰宅し、食事を取り、家族全員が翌日の見舞いの打ち合わせをして就寝した直後に●●病院から危篤の連絡を受けました。30分ほどで駆けつけたのですが、そのときはもう息を引き取った後でした。

看護師さんの話では、亡くなる10分前に笑いながら中空を指さし、誰かがいるような仕草をしたそうです。そしてその後静かに呼吸が途絶えていったと聞きました。その看護師さんに「苦しまず、これほど静かに終われた患者は見たことがない」と言われたことが、息子の誇りでもあります。

一ヶ月ほど前に面会した時に、亡くなった後の段取りなど一切の指示を受けておりました。「大分大学の先生に余命3~4カ月と言われたが、まだ5カ月生きているよ」と笑っていたのが印象的でした。その時に「先生には大変お世話になった、●●病院を教えて頂き、またそこに入ることができて大変よかった」と喜んでおりました。

本人はもう一度退院して、自宅に戻る気だったようですが、やはり最期は覚悟していたのだと思います。

長くなりましたが、経緯は以上のようなものでした。
お忙しい先生にこのような報告をするのは失礼かと思いましたが、父も母も大変感謝しておりました。▲▲病院に検査入院して異常なしと言われたにもかかわらず、直後に癌の診断を受け、医師不信に陥っていた父も、先生にお会いして、最期の数ヶ月を病気と向き合うことができたようです。
父に代わりまして、感謝申し上げます。

人の命というのは不思議なものですね。元気な人が数時間後には冷たくなる。そのような過酷な現場で日々活動している医療関係者の皆様には改めて頭が下がる気持ちで一杯です。

先生には大変お世話になりました。息子として、老いた父に暖かい言葉をかけて頂いたこと、終生忘れません。ありがとうございました。



某年(某+3)月

〇〇さま

 こんばんは。
 お返事が遅くなりました。

 お父様、亡くなられたのですね。
 ご冥福をお祈りします。
 お孫さんと触れ合えたとのことで、故人はなにより嬉しかったのではないでしょうか。

 〇〇さんもご両親もなぜか私に感謝してくださるとのことですが、面映いような、不思議なような、なんだか変な気持ちです。
 こう申し上げては身も蓋もありませんが、初対面で「治癒不能」「進行肺癌」「余命は限られている」なんて嫌なことをずけずけと話すような医師は、私だったら張り倒したくなります。
 でも、私のような癌診療を専門とする医師は、それが大切な仕事なのです。
 治療をしたら長生きできる人、治療をすると寿命が縮む人を適切に見分け、それぞれがもっとも充実した余生を送れるようにお手伝いすること。
 そして、それをできるだけ無理なく、将来の希望を失わないように、患者さんに必要十分なだけお伝えするのが腕の見せ所です。
 
 最後の半年足らず、お父様の納得の行く人生が過ごせていたらと願うばかりです。



某月(某+3)月

先生へ

お返事ありがとうございました。先生のメールを読んで、医師と患者、またその家族の感じ方は違うものだなと、改めて感じました。

仰られるように初対面で「治癒不能」と告知する側から見れば、先生のように捉えられるのだと思います。
ただ、患者から言わせてもらえば、大学病院で癌治療を行うという段階で、ある程度の覚悟というか、思いがあって医師の前に出向くわけです。
そこで曖昧な表現を使われたり、ハッキリとものを言われないと、逆に患者は医師不信に陥ってしまいます。父母の場合は▲▲病院での対応がそうだったわけです。おそらく▲▲病院の先生もそれに近いことは言ったのだと思われます。私は同席していないので分かりませんが。ただ、それが両親には全く伝わっていません。しかも土日を挟んだ一週間の検査入院ではシロと告知され、その数ヶ月後に大分大学でガンと診断されたわけですから、両親の▲▲病院に対する不信感は相当なものがありました。

前にもお話ししましたが、▲▲病院で検査入院の後、問題なしと判定されて、父は大変喜んでいました。検査の直後に「シロだったよ」と嬉しそうに電話してきて、孫の誕生を楽しみにしていました。ところがその後すぐに体調が思わしくなくなり、××病院や歯科、△△内科などを何件も訪問し、ようやく大分大学にたどり着いたときには心身共に疲弊していました。そこでガン宣告されたわけですから、告知当初はショックも受けたでしょう。

ただあの時、先生が正直にお話して頂けなかったら、父は覚悟が定まらず、結局気づいたときは何もできない状態に陥って悔やんで死んでいく。そういう最期だったと思います。父は最期の半年、父なりに納得できたと思います。緩和ケアを受けられたことも感謝しておりましたし。

私が先生にこんなことを申し上げるのは大変失礼だとは思いますが、医師と患者というのは信頼関係が構築できなければどうしようもありません。
この当たり前のことが、世の中はどれほどできていないか。医師である先生もご理解頂けると思います。

 ご依頼のメール公開の件、私は構いません。父と同じように悩み、苦しむ患者さんのために御利用下さい。手術もせず、抗ガン薬も使わなかったため最期のスピードは速かったのかもしれません。それでも息子に遺言を伝え、亡くなる直前には孫をしっかりと抱いて話しかけることもできました。そのことを同じ病で悩まれている他の皆様にお伝え頂ければ幸いです。

〇〇

  

Posted by tak at 22:40Comments(0)緩和医療