2014年09月30日

IMPRESS

 IMPRESS studyの結果が欧州臨床腫瘍学会で報告されました。
 EGFR遺伝子変異陽性、gefitinibによる初回治療ののちに病勢が進行した患者さんを対象に、gefitinibを服用しながらシスプラチン、ペメトレキセド併用療法を受ける人、gefitinibを中止してシスプラチン、ペメトレキセド併用療法を受ける人の2群で治療効果を比較する試験です。
 主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)は副次評価項目とされています。

 FaceBook上にupされていた生存曲線の写真を以下に示します。

 PFSでは有意差はつかず。


 OSについては、まだデータ解析には時期尚早とはいいながら、現時点では有意差をもってgefitinibを併用しない方が長生きできるようです。
 来年までには、OSについても信頼できるデータが出てくるでしょう。

 EGFR遺伝子変異陽性の患者さんを対象にした「beyond PDでのgefitinibやerlotinibの使用は有望ではないか」「gefitinibやerlotinibと化学療法の併用療法は有望ではないか」というのが大方の見解だと思いますが、今回の試験結果はそこに一石を投じることになりそうです。  

2014年09月29日

クライオプローブ

 9月もあと少し。
 スペインでは欧州臨床腫瘍学会が行われており、盛り上がっているようです。
 私はといえば、腰椎圧迫骨折で入院したベトナム語しか通じないおばあちゃんと、四苦八苦しながらやりとりしています。

 あまりにも机の上が散らかっているので、当直の間に片付けようと思ったら、今春の気管支鏡学会で企業展示されていた資料を発掘しました。

 肺がん疑いの患者さんを内科で診断する際は、気管支鏡を使うのがふつうです。
 気管支鏡で肺がんの組織をとってくる際に、生検鉗子という道具を使います。
 細い針金の先に組織をつかんでちぎり取るための洗濯バサミがついている、といった感じです。
 参考までに、以下に消化器内視鏡用の生検鉗子の写真を示します。

 気管支鏡用の通常の生検鉗子でとれる組織の大きさは、せいぜい1mm程度、大きくても2mm程度です。
 小さい分、顕微鏡を使って診断する病理専門医の先生も大変です。
 なぜなら、病理専門医の先生の診断が根拠となって、患者さんが「がん」と診断されてしまうわけですから。
 診断が正しくても、万が一間違っていても、病理専門医の責任の大きさたるや、相当なものです。
 ですから、「こんなちっちゃな組織じゃ、診断なんてできないよ」というコメント、クレームがつくこともしばしばです。
 最近は、その小さな組織の、病理診断に使ったさらにその残りで、EGFRやALKを調べたり、研究目的で新しい遺伝子異常を探したりするわけです。
 「気管支鏡でより大きな腫瘍組織を採取する」という命題は、様々ながん遺伝子異常やそれに対応した薬物が引きも切らずに登場する現在では、いまや喫緊の課題です。

 そんな中、ここ数年話題に上っているのが、クライオプローブという新しい生検手段です。
 簡単に言えば、「鉗子で肺組織をちぎり取る」かわりに「クライオプローブで肺組織を凍結させてちぎり取る」のです。
 クライオプローブがなんといっても優れるのは、採取できる組織の大きさです。

V. Pajares, et al.
Diagnostic Yield Of Transbronchial Cryobiopsy In Diffuse Lung Disease: A Randomised Trial,
ATS 2013, May 20, 2013,Thematic Poster Session

 上記発表によると、組織標本の面積比にして5:1もの圧倒的な差が生まれています。
 診断率が高まる分、出血や気胸の合併症頻度もやや高いようですが、それでも魅力的な検査だと思います。

 医療機器会社の営業の方から頂いた事前情報で、「2014年の気管支鏡学会でクライオプローブの実物が試せるらしい」と聞いた私は、今春京都で開催された学会に、小躍りして乗り込みました。
 折しもSTAP細胞問題で渦中にあったバカンティ教授の特別講演は完全にすっぽかしてしまいましたが、クライオプローブはちゃんと見て、触れてきました。

 

 本体の外観はこんな感じです。
 医療用ガスのボンベがもれなく2本もくっついてきます。
 でも、移動式です。
 


 コントロールパネルはこんな感じです。
 シンプルな構成です。



 気管支内に挿入されるプローブそのものは、径1.9mmと2.4mmの2種類が準備されています。
 EBUSガイドシースとの併用もできそうです。



 学会上では、紙コップの中に水が張られ、いくつかのピーナッツが沈められています。
 「実際の組織生検をここでしていただくわけにはいきませんが、そのピーナッツで試してみてください」
とのこと。
 プローブを水に沈め、ピーナッツと接触させて、フットペダルを踏み込みます。
 そのまま静かにプローブを引き上げると・・・なるほど、ピーナッツがプローブとともに持ち上がってきました。
 このサイズの組織が取れたら、肺がんの組織診断や遺伝子診断はもちろんのこと、間質性肺炎の病理診断にも威力を発揮しそうです。
 一方で、このサイズの組織だとガイドシースの中は通りませんので、止血はやりにくそうですね。

 メーカーのパンフレットには、クライオプローブの3通りの使い方が示されていました。

 ①生検


 ②気管・気管支の狭窄解除


 ③腫瘍の壊死・除去(ステント内への腫瘍組織発育に対する凍結凝固壊死・除去を想定しているようです)


 内科的にも外科的にも用途はありそうで、我が国でも早く使えるようになるといいですね。
   

Posted by tak at 21:14Comments(0)検査法

2014年09月17日

多発骨転移、原発不明→受け入れ困難

 今朝、整形外科の先生から受けた相談から。
 80台後半で、施設入所中の患者さん。
 先週初めから右太ももが痛くなったとのことで、嘱託医の先生から整形外科の先生に相談がありました。
 レントゲンでは異常なし。
 MRIを撮影してみると、腰椎、腸骨、両側大腿骨の骨髄に虫食い状に異常信号が多発していて、一見して転移性骨腫瘍の所見。
 整形外科の先生から病診連携室を通して別府・大分の基幹病院に精査依頼したところ、
 「原発巣の診断がついてから紹介してください」
 「当院の腫瘍内科は肺腫瘍しか診療しません」
などの理由で、ことごとく断られたとのこと。

 ・・・それぞれの病院に事情はあると思いますが、ちょっと悲しい思いをしました。
 私の方で引き取って、当院でできる範囲で調べてみます。
  

Posted by tak at 18:24Comments(0)地域医療

2014年09月12日

稀なタイプのEGFR遺伝子変異と各EGFRチロシンキナーゼ阻害薬

 先だって、afatinib(ジオトリフ)は稀なタイプのEGFR遺伝子変異にも有効そうだ、という記事を書きました。
 gefitinib(イレッサ)、erlotinib(タルセバ)の効果がどうかも記載しないと不公平なので、調べてみました。



 稀な変異の中でも比較的頻度が高いとされる、Exon 18 G719変異と、Exon 20 L861変異を取り上げています。
 "treatment"の略号は、"gef."=gefitinib、"erl."=erlotinib、"afa."=afatinibを示します。
 それぞれ、post hoc.あるいはretrospectiveな検討である上に、症例数が少ないので参考程度にしかなりません。
 ですが、僕なら
 ・Exon 18 G719ならafatinib
 ・Exon 20 L861ならerlotinib
を使いそうな気がします。
 Watanabe先生が報告されているNEJ002試験のpost hoc studyのgefitinibの成績は明らかに他より劣っていそうなので選択肢から外れます。
 逆に、LUX-Lung 2,3,6の結果解析から得られたD'Acangelo先生の報告では、afatinibのExon 18 G719への治療効果がはっきりと抜きんでています。
 Exon 20 L861に対する効果は、afatinibもgefitinib/erlotinibもそんなに差がなさそうなので、そうすると毒性の点で有利そうなerlotinibを選びたくなります(NEJ002の結果を踏まえると、gefitinibを選ぶ気にはなれません)。
 
 毒性はgefitinib<erlotinib<afatinibと強まっているので、major mutationを持つ高齢患者さんやExon 21 L858Rならgefitinibを、Exon 19変異やExon 18 G719ならafatinibを、それ以外ではerlotinibを、という風に使い分けるのがいいのかな、など、ちょっとややこしいことを考え始めた今日この頃です。
  

2014年09月05日

ジオトリフとminor mutation

 先日ベーリンガーインゲルハイムの方と接見しましたが、大分県内でもぼちぼちジオトリフが使われ始めているようです。
 効果は概ね良好のようですが、有害事象の対応に難渋しているみたいですね。
 下痢は前評判通り、爪囲炎は一般に言われているより発現時期が早い、といった傾向があるようです。
 2014年8月22日現在までの全国副作用報告一覧を拝見すると、下痢・口内炎・爪囲炎・食欲不振が目につきます。
 間質性肺炎は11件の報告がありました。
 
 ジオトリフはExon 19 deletionに対して効果が高く、Exon 21 point mutationに対してはそれほどでもない、という報告がありました。
 それでは、その他のminor mutationに対してはどうなんですか、と疑問を投げかけたところ、以下の文献を紹介していただきました。
 free articleなので、ご一読ください。
 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4003149/

 

 ジオトリフ関連の臨床試験、LUX-Lung 2/3/6の参加者において、minor mutationの患者にどの程度の治療効果があったかを示しています。
 "Exon 19 del + Exon 21 point mut"は、いわゆるmajor mutationのことです。
 "Exon 20 insertion"および"De novo T790M"は、前者が治療後獲得された耐性変異、後者が診断時既にあった耐性変異を示しているものと思われ、どちらに対しても治療効果は限定的です。
 しかし、それ以下の3群は、患者数こそ少ないものの、まずまずの治療効果が得られています。
  

2014年09月02日

タルセバとアバスチンの併用-JO25567 study

 JO25567試験が論文化されていたので、掲載します。

 Erlotinib alone or with bevacizumab as fi rst-line therapy in patients with advanced non-squamous non-small-cell lung cancer harbouring EGFR mutations (JO25567): an open-label, randomised, multicentre, phase 2 study

 Takashi Seto, Terufumi Kato, Makoto Nishio, Koichi Goto, Shinji Atagi, Yukio Hosomi, Noboru Yamamoto, Toyoaki Hida, Makoto Maemondo, Kazuhiko Nakagawa, Seisuke Nagase, Isamu Okamoto, Takeharu Yamanaka, Kosei Tajima, Ryosuke Harada, Masahiro Fukuoka, Nobuyuki Yamamoto

 Lancet Oncol 2014, Published Online, August 28, 2014

<背景>EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌患者にEGFR-TKIを使用することにより、生存期間中央値は12か月まで延長した。しかし、この患者群には許容可能な毒性・忍容性でより無増悪生存期間、全生存期間を延長する新たな治療戦略が望まれる。今回は、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞・非扁平上皮患者に対して、タルセバ・アバスチン併用療法の有効性と安全性をタルセバ単剤療法と比較した。
<方法>オープンラベル、無作為化、多施設共同、第2相試験として、日本国内30施設において行った。IIIB/IV期もしくは術後再発のEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞・非扁平上皮癌患者を対象にした。ECOG-PS 0-1、進行癌に対する化学療法の既往がない患者を対象に、タルセバ150mg/日+アバスチン15mg/kg、3週毎のタルセバ・アバスチン併用療法か、タルセバ150mg/日単独治療を、初回治療として、明らかな病勢進行を認めるか忍容不能の毒性が出現するまで施行した。主要評価項目は無増悪生存期間とし、評価は独立した効果評価委員会で行った。無作為化は動的割付法にて行い、結果の分析にはmodified intention to treatアプローチを用いた。
<結果>20011年2月21日から2012年3月5日の期間に、154人の患者が登録された。77人はタルセバ・アバスチン群に、77人はタルセバ群に割り付けられた。タルセバ・アバスチン群のうち75人、タルセバ群のうち77人は効果判定の対象に含まれた。無増悪生存期間中央値はタルセバ・アバスチン群で16か月(95%信頼区間:13.9-18.1か月)の一方、タルセバ単独群は9.7か月(5.7-11.1か月)であった(ハザード比0.54、95%信頼区間0.36-0.79、log-rank test p=0.0015)。Grade3以上の有害事象は皮疹(タルセバ・アバスチン群で19人(25%)、タルセバ単独群で15人(19%)であり、その他には高血圧(45人(60%) vs 8人(10%)、蛋白尿(6人(8%) vs 0)。重篤な有害事象が起こるリスクは領治療群とも同等であった(タルセバ・アバスチン群で18人(24%)、タルセバ群で19人(25%))。
<結論>タルセバ・アバスチン併用療法は、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌に対する初回治療として考慮し得る。より詳細な検討が望まれる。

 以下のように、PFSの生存曲線は綺麗に分かれています。
 

 フォレストプロットでは、どの患者群でもタルセバ・アバスチン併用療法が優れていそうです。
 

 腫瘍縮小効果は、併用してもあまり違いはなさそうです。
 

 water fall plotを見ると、30%以上縮小しているにもかかわらず部分奏効と評価されなかった人が、タルセバ単独群では結構いらっしゃいます。
 これは、一旦は30%以上縮小したものの、再評価の段階でその縮小効果を維持できなかった人だと思います。
 タルセバ・アバスチン併用群には、再評価時も縮小効果を維持できた人が多いようです。
 

 全生存期間は、まだ解析できる状態にはないようで、もう少し時間が要ります。
 

 毒性評価は、以下の通りです。
 
 
 あと、面白いデータとしては、EGFR遺伝子変異がExon 19 欠失変異とExon 21 点突然変異のいずれかによっても治療成績が異なりそうです。
 Exon 19 欠失変異においては、タルセバ・アバスチン併用群のPFSは18か月、タルセバ単独群のPFSは10.3か月、一方でExon 21 点突然変異については、タルセバ・アバスチン併用群のPFSは13.9か月、タルセバ単独群のPFSは7.1か月でした。
 やはり、Exon 21の疾患予後はExon 19よりも悪いようです。

 また、本試験は第2相試験、つまり、第3相試験においての試験治療群としてどれが相応しいかを見極めるものであったため、統計学的前提において、αエラーを0.20、検出力を0.80としています。
 これは、同じ臨床試験を5回繰り返したとして、1回は「本来は有意でない結果を有意である」と判定してしまい、1回は「本来は有意な結果を有意でない」と判定してしまう、というデザインであることを意味します。
 第2相試験だからこれでいいのですが、この結果を第3相試験と同じように論じるのは無理があります。
 本来は、要約の最後に記載されているように、更なる検証が必要です。

 しかし、実際のところは、第3相試験でこの結果を再検証する、といった動きはないようです。
 The bar is dropping.
 本試験の結果を見て実地臨床に導入するか否かは、各医師の判断に委ねられました。

  

2014年09月01日

非小細胞肺癌の第III相臨床試験の質と解釈・・・The Bar Is Dropping(再掲)

 以前、fc2ブログの中で記載した内容なのですが、消えたら勿体ないので再掲します。
 ここ30年くらいの臨床試験の経緯を思い、これから30年をどうすべきなのか考える上で、とても大切な内容です。
 ときどき振り返って、自分の思考を整理するために、ここに残しておきます。
 臨床試験の方法論に関する記事なので、一般の皆さんには理解しがたいかも知れませんが、がんの臨床試験結果の解釈が必要な実地臨床家の医師にはぜひ一度は考えてほしい内容です。



 
  先だってFaceBookでも取り上げましたが、Journal of Clinical Oncologyに下記の論文が発表されました。

http://jco.ascopubs.org/content/early/2014/03/03/JCO.2013.52.7804.full.pdf+html

 私自身、あんまり熱心に論文をチェックする正確ではないのですが、この誌面に"processed as a rapid communication manuscript"として扱われるものは、あまり多くないのではないでしょうか。
内容が、臨床試験についてここ数年常々考えていたことを見事に代弁してくれていたので、掲載します。
 決して長くない論文(本体はTable1つ、Figure1つを含めてわずか3ページ半です)で、Table 1さえ見れば大体のことは分かるので、是非原著に目を通していただきたい。
 非小細胞肺癌の臨床試験デザイン、結果の解釈にまつわる、現代の大きな問題点が、ここに凝縮されています。

 本論文の目的は、「進行非小細胞肺癌領域では、新しい治療薬を用いた多数の臨床試験があるにも関わらず、生命予後は不良なままであるが、本研究では進行非小細胞肺癌の臨床試験のデザインや結果の解釈が経時的にどのように変わってきたかを検証する」とされています。
臨床試験のデザインや結果の解釈の手法が不適切で、非小細胞肺癌の治療成績向上にブレーキをかけているのではないか、と受け取れる、なかなか刺激的な内容です。

 1980年から2010年までに論文発表された、進行非小細胞肺癌の治療に関する無作為化第III相臨床試験をPubMedで検索し、主要評価項目、アウトカム、統計学的有意性、試験の結論について調査した、とあります。

 解析をするにあたって、1980年-1990年、1991年-2000年、2001年-2010年と、3つの期間に区切り、それぞれの期間を比較検討しています。

 スクリーニングの段階で245件の臨床試験が抽出され、そのうち203件が実際の解析に供されました。

 

 行われる第III相臨床試験の数は時代を追って増加しており、1980年-1990年は32件、1991年-2000年は53件、2001年-2010年では118件と、実に3倍以上まで増加しています。

 また、それぞれの臨床試験自体が年々大規模化しており、参加する患者さんの数がどんどん増えています。



 上のグラフは、臨床試験に参加した患者さんの数の平均値を示したものですが、1980年-1990年では152人、1991年-2000年では184人、2001年-2010年では413人です。
 1980年-1990年の期間で最大の臨床試験では参加者が743人でしたが、2001年-2010年の期間では1725人で、桁がひとつ違います。

 わずかずつですが、それぞれの臨床試験に参加した患者さんの生存期間中央値の平均値は向上しています。



 1980年-1990年の期間では6.7ヶ月だったのが、1991年-2000年には7.9ヶ月、2001年-2010年には9.5ヶ月となっています。
 最近の大規模臨床試験では、高い効果が得られると分かっている患者に対する分子標的薬の検討や、治療効果が高かったと分かった患者さんのみに治療を延長して、その患者さんの生存データのみを解析する維持療法の検討が多いため、見かけ上は生存期間が延びていて、1年半から2年程度の生存期間を報告する論文が増えてきましたが、非小細胞肺癌患者さん全体の生存解析となると、上に示されたようなデータがより実臨床に近いように感じます。

 実際のところ、試験治療群の内容には経時的な変化が現れています。

 

 上のグラフは、臨床試験において、試験治療群としてどのような治療が採用されたか、その割合を示しています。
 1980年台に行われていた3剤、4剤併用等の多剤併用化学療法の割合は経年的に減少しています。
 いわゆる"(platinum) doublet chemotherapy"の割合はほぼ変わっていません。
 単剤化学療法、もしくは分子標的薬の割合は、経年的に増加傾向です。
 PS不良患者さんや高齢患者さんの臨床試験が増えてきたこと、2000年代になって分子標的薬が臨床現場に登場し、紆余曲折はあったものの確かな足場を築いたことが関連していると思われます。

 ここからの内容が、本論文の重要な部分です。
 次のグラフは、「試験治療群は有望である」と報告された割合を示しています。

 

 1980年-1990年には全体の31%でしたが、1991年-2000年では70%、2001年-2010年には75%の臨床試験が「試験治療群は有望である」と結論しています。
 ふつうの感覚で判断すると、「それって、どうなの?」と思ってしまいます。
 実感として、そんなにどんどん有望な治療が世に出てきている印象はありません。
 進歩がないとは言いませんが、まだまだ進行非小細胞肺癌の治療成績はそんなによくありません。
 日本人の悪性新生物による死因としては、首位を保っていますから。

 それでは、「主要評価項目に関して、統計学的に妥当であるため」「試験治療群は有望である」と報告された割合を次に示します。

 

 1980年-1990年では全体の28%で、これは前段落の内容とそれほど乖離はありません。
 しかし、1991年-2000年では全体の53%、2001年-2010年では全体の32%です。
 すると、「主要評価項目に関して、統計学的に妥当ではないが」「試験治療群は有望である」と報告された割合は、1980年-1990年では3%、1991年-2000年では17%、2001年-2010年ではなんと43%です。
 新世紀に入ってから、「有望である」と報告された試験治療群の実に4割強は、統計学的に妥当ではないのに有望と結論され、中にはそのまま標準治療となってしまったものが含まれている、ということになります。
 ・・・「粉飾決算」もいいところです。

 「試験治療群が有望である」と評価された臨床試験のうち、全生存期間の改善がなかった報告の割合は次のグラフに示されます。

 

 生存期間の改善がないにも関わらず「有望」と判断された治療は、1980年-1990年は9%、1991年-2000年は17%、2001年-2010年は40%と、経年的に増加しています。
 臨床試験の目的は「進行非小細胞肺癌患者さんの生存期間の延長、もしくはQOLの改善を叶える新しい治療を発掘する」ためだと思いますが、それではQOLを主要評価項目とした臨床試験が増えたということでしょうか。
 これも、肺癌の世界を見続けてきた者として、そんな実感はありません。

 では、どういった理由で「主要評価項目に関して、統計学的には妥当でないが」「試験治療群は有望である」と結論されているのでしょうか。
 次のグラフは「統計学的に有意ではないが、全生存期間に関して試験治療群が良さそうな傾向がある」と結論された報告の数です。
 当然のことながら、「統計学的処理」には「傾向を見る」ための一面があり、それで否定された以上は「・・・の傾向がある」といった結論は導き出せません。
 しかし、新世紀に入り、こういった報告が急に増えているのがわかっていただけると思います。

 

 次のグラフは「主要評価項目に関しては統計学的に有意ではないが、副次評価項目に関しては有意であった」という報告の数です。
 これは、明らかに経年的に増加しています。
 副次評価項目としてよく取り上げられるのは、「無増悪生存期間」「毒性」等です。

 

  「全生存期間に関しては統計学的妥当性は証明できなかったが、副次評価項目の無増悪生存期間や毒性については、標準治療群よりも有望であった」という言い回しは、分子標的薬やペメトレキセドが世に出てきて、よく耳にするようになりました。
 しかし、副次評価項目に関する解析や、サブグループ解析は、以後の臨床試験のデザインに活かす基礎データとすべきもので、当該試験の結論の評価に用いるべきではないと思います。

 次のグラフは、「非劣性が厳密には証明されていないにも関わらず、非劣性であると結論された」報告の数を示しています。

 

 標準治療に対して試験治療群が、「少なくとも劣ってはいない」ということを証明するためには、主要評価項目に関する治療群間の差について、95%信頼区間が事前に設定した一定の範囲に収まっていなければならないというルールがあります。
 この点を満たしていないにも関わらず非劣性と結論された報告が、これも経年的に増えていることを示した図です。

 こういった状況にあって、「統計学的に有意だった臨床試験において、試験治療群が改善した生存期間の平均値」を示すのが次のグラフです。

 


 1980年-1990年には3.9ヶ月だったのが、1991年-2000年には2.4ヶ月、2001年-2010年には2.5ヶ月と、1991年以降は若干幅が縮まっているきらいはありますが、着実に生存期間は延びています。

 同じことを、「試験治療群が有望と結論された全ての臨床試験において、試験治療群が改善した生存期間の平均値」として解析すると、次のグラフになります。

 

 1980年-1990年には3.9ヶ月だったのが(これは変わっていませんね)、1991年-2000年には2.0ヶ月、2001年-2010年には0.9ヶ月と、さきぼそる一方です。
 臨床試験結果の「解釈」が、いかに大きな影を投げかけているか、分かっていただけると思います。

 全生存期間が一般的な主要評価項目とされているのは今も昔も同様ですが、無増悪生存期間が主要評価項目とされる臨床試験が明らかに増えていて、1980年-1990年、1991年-2000年には皆無だったのが、2001年-2010年には全体の13%まで増加しています。
 二次治療以降の内容や分子標的薬によって患者さんの全生存期間が大きく左右されるようになり、無増悪生存期間を主要評価項目にせざるを得ない状況はあります。
 米国食品医薬品局は、2011年に発表した声明において、
「無増悪生存期間は、薬剤承認において主要評価項目となり得る可能性があるが、臨床試験の正確性、再現性、そして実臨床における妥当性について検討の余地がある」
としています。
 また、こちらもJCOに掲載され最近しばしば取り上げられる「臨床的に意義のある治療効果とはいったい何なのか」を論じた論文では、
 「進行非扁平上皮癌なら全生存期間・無増悪生存期間で3-4か月、ハザード比で0.76-0.8」
 「進行扁平上皮癌なら全生存期間・無増悪生存期間で2-3か月、ハザード比で0.77-0.8」
程度は改善効果を見込んで臨床試験のデザインをするように推奨しています。

 

 裏を返せば、それ以下の改善効果であればあまり意味がないと断じていることになります。
 http://jco.ascopubs.org/content/32/12/1277.full.pdf+html?sid=59424cd1-3b2a-4676-bdd9-1f9bbe3c7039

 腫瘍内科学を取り巻く環境や、この分野における医薬品業界のあり方が変化し、臨床試験のデザインや解釈に影響が出ていて、それがこうした現実に結びついているのだと思います。

 臨床試験結果やガイドラインの解釈については、報告の内容をそのまま鵜呑みにせず、結果を正しく判断する「眼力」が実地臨床医に求められています。

  

Posted by tak at 22:50Comments(0)その他