2020年08月29日

合併症のコントロールとがん薬物療法

 当たり前のことなのだが、がん薬物療法はできるだけ体調を整えた上で臨みたい。
 肺気腫を合併していて呼吸状態が悪いなら、肺気腫の治療を加えてから。
 症状を伴う脳転移があるのなら、脳転移の治療を行ってから(ドライバー遺伝子変異があればこの限りではないが)。
 胸水貯留があるのなら、胸水を制御してから。
 心嚢液があるのなら、心嚢液を制御してから。

 とくに、手術を行う予定ならば、術前に肺の状態が整っているに越したことはない。
 禁煙もその一環。
 肺気腫の薬物療法を加えるのもその一環。
 ときには、間質性肺炎に対して術前に抗線維化薬を始めることもある。

 胸水貯留による呼吸不全があるのなら、できれば胸水ドレナージをしておきたい。
 貯留速度が早ければ、胸膜癒着術を先行するのも一案である。
 
 呼吸器内科医や腫瘍内科医がときどき困るのは、がん性心膜炎、心嚢液貯留である。
 有症状のがん性心膜炎患者に対して、何の策も講じずにプラチナ併用化学療法などの輸液負荷のかかるがん薬物療法を行うと、すべからく心不全を招いてしまう。
 心臓血管外科や循環器内科が院内になければ自分でドレナージしてしまうのだろうが、こうした専門診療科があれば、どうしても相談せざるを得ない。
 がん薬物療法を行う立場からすると、がん薬物療法を安全に行いたいがために治療開始前に相談する。
 心臓血管外科や循環器内科の立場からすると、頻脈、血圧低下、浮腫などの緊急性の高い症状がないと、往々にして心嚢ドレナージは後回しになり、「原疾患の治療を優先してください」となる。
 挙句の果てに、原疾患の治療を優先した結果、心不全が悪化して緊急心嚢ドレナージ、という成り行きになってしまう。
 悲しい話。
 きっと、緊急性がないとドレナージしない、という専門診療科に対して、原疾患の治療上どうしても必要、でないと患者の状態が悪化してしまう、挙句の果てに深夜に緊急ドレナージをお願いしなければならなくなるかもしれない、と食い下がる姿勢が必要なのだろう。

 我が国発のブレオマイシンによる心膜癒着術も、実際の臨床の場で行われているのはあまり見たことがない。
 心嚢ドレナージの処置自体は専門診療科にお願いせざるを得ないにしても、心膜癒着術くらい自分でやりたい。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e897758.html

 繰り返しになるが、ただでさえリスクを伴うがん薬物療法、できるだけいい状態で臨むに越したことはない。
 合併症治療にこだわるあまりに治療のタイミングを逸してはならないが、講じ得る手立ては講じた上で治療に入りたいものだ。  

Posted by tak at 20:45Comments(0)個別化医療支持療法

2020年08月26日

KEYNOTE-604 やっぱり「アリ」だろうか・・・

 以前、進展型肺小細胞がんに対するプラチナ製剤+エトポシド+ペンブロリズマブ併用療法について検証したKEYNOTE-604試験のことについて書いた。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e969016.html
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e974740.html
 中央値のデータ上、無増悪生存期間、全生存期間共に延長効果はわずかで、費用対効果は乏しいと断じた。

 ・・・が、改めて論文と生存曲線を見てみて、早計かなあという気がしてきた。
 免疫チェックポイント阻害薬の特徴である、あとになるほど差が開くという特性が、今回も伺われる。
 全生存期間については、長期追跡後の結果を見ないと結論が出せない。
 男性、遠隔転移は3ヶ所以上、脳転移はなし、という人がいれば、このレジメンを使いたい。
 

Pembrolizumab or Placebo Plus Etoposide and Platinum as First-Line Therapy for Extensive-Stage Small-Cell Lung Cancer:
Randomized, Double-Blind, Phase III KEYNOTE-604 Study

Charles M. Rudin, MD, PhD et al., J Clin Oncol 38, no. 21 (July 20, 2020) 2369-2379.
DOI: 10.1200/JCO.20.00793

目的:
 ペンブロリズマブ単剤療法は小細胞肺がんに対する抗腫瘍効果を示す。今回のKEYNOTE-604試験は、未治療の進展型肺小細胞がん患者を対象に、プラチナ製剤+エトポシド併用療法へペンブロリズマブを上乗せすることの有効性を検証した第III相プラセボ併用ランダム化二重盲検試験である。

方法:
 適格患者をP群(プラチナ製剤+エトポシド併用療法4コースに加えて、ペンブロリズマブ200mg/回を3週間に1回、最長35コースまで)とS群(プラチナ製剤+エトポシド併用療法4コースに加えて、生理食塩水を3週間に1回、最長35コースまで)に1:1の比率で割り付けた。主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)とし、intention-to-treat解析を行った。奏効割合(ORR)と奏効持続期間(DoR)は副次評価項目とした。有意水準はPFSでp=0.0048、OSでp=0.0128と規定した。

結果:
 453人の患者が参加し、P群に228人、S群に225人が割り付けられた。P群では有意にPFSが改善した(ハザード比 0.75、95%信頼区間0.61-0.91、p=0.0023)。12ヶ月無増悪生存割合はP群で13.6%、S群で3.1%だった。P群では全生存期間が延長したものの、有意水準に達しなかった(ハザード比0.80、95%信頼区間0.64-0.98、p=0.0164)。24ヶ月生存割合はP群で22.5%、S群で11.2%だった。ORRはP群で70.6%、S群で61.8%だった。奏効した患者のうち、12ヶ月時点でも奏効が持続している患者の割合はP群で19.3ヶ月、S群で3.3ヶ月だった。Grade 3-4の有害事象発生割合はP群で76.7%、S群で74.9%だった。Grade 5(死亡)はP群の6.3%、S群の5.4%で認められた。治療途中で継続を断念する人も、P群の14.8%、S群の6.3%で認められた。





  

2020年08月24日

ペンブロリズマブ、6週間隔投与可能に

 ペンブロリズマブの添付文書が今月改訂され、癌腫を問わず、6週間隔投与ができるようになったらしい。
 これまでは3週間間隔で200mg点滴だった。
 これからは6週間間隔で400mgでもいいのだとか。

 https://www.msdconnect.jp/static/mcijapan/images/pi_keytruda_inf.pdf  

2020年08月14日

ALK陽性肺がんとEnsartinib

 ALK陽性肺がんに対する新規治療薬、Ensartinib。
 アレクチニブよりもEnsartinibを優先的に使用する機会が、我が国であるかどうか。
 



PHASE III RANDOMIZED STUDY OF ENSARTINIB VS CRIZOTINIB IN ANAPLASTIC LYMPHOMA
KINASE (ALK) POSITIVE NSCLC PATIENTS: EXALT3

G. Selvaggi et al., 2020 WCLC presidential symposium, Abstract #2

背景:
 Ensartinib(X-396)は新規の第2世代ALKチロシンキナーゼ阻害薬(ALK-TKI)だ。ALK-TKI未治療、もしくはクリゾチニブやその他の第2世代ALK-TKI治療歴のある患者を対象にEnsartinibを使用した第I / II相試験の結果は有望で、脳転移巣に対しても治療効果を示した。Ensaritinibは安全性の点でも優れており、Grade 1/2相当の皮疹、掻痒症、浮腫、抗トランスアミナーゼ血症が頻度の高い有害事象だった。今回は、局所進行もしくは進行ALK陽性非小細胞肺がん患者で、ALK-TKI未治療、化学療法未治療、あるいは1レジメンまでの化学療法歴のあるものを対象に、Ensaritinibとクリゾチニブの効果と安全性を比較する第3相オープンラベルeXalt3試験の中間解析結果について報告する。

方法:
 ALK陽性非小細胞肺がん患者を対象に、E群(Ensartinib 250mg/日)とC群(クリゾチニブ250mg/日)に1:1の比率で無作為に割り付けた。治療群間のクロスオーバーは認めないこととした。割付調整因子は前治療での化学療法レジメン、PS、脳転移の有無、患者の居住地域とした。全患者集団をITT集団とし、Abbott FISH testを用いてALK融合遺伝子を中央判定した患者集団をmITT集団とした。主要評価項目は、独立した効果判定委員会による無増悪生存期間(PFS)とした。副次評価項目は全生存期間(OS)、奏効割合(ORR)、脳転移巣よる治療打ち切り期間(TTF for brain)とした。ITT集団における無増悪生存期間イベントが予定の75%(143/190)発生した時点で、1回だけ中間解析を行うことにしていた。

結果:総計290人の患者が無作為割付を受けた(E群143人、C群147人)。患者背景について、2群間に偏りはなかった。年齢中央値は54.1歳、全体の26%が化学療法治療歴あり、全体の36%が脳転移巣を合併しており、5%が脳転移巣に対する放射線治療を受けていた。mITT集団は247人で、E群121人、C群126人だった。2020年7月1日の時点でデータカットオフを行った。E群の64人(45%)、C群の25人(17%)が治療を継続していた。ITT集団では139件(73%)、mITT集団では119件(63%)のPFSイベントが発生していた。ITT集団においてE群23.8ヶ月、C群20.2ヶ月の観察期間中央値の段階で、PFS中央値はE群で25.8ヶ月、C群で12.7ヶ月で、ハザード比は0.52、95%信頼区間は0.36-0.75、p=0.0003だった。mITT集団におけるPFS中央値は、E群は未到達、C群は12.7ヶ月で、ハザード比0.48、95%信頼区間は0.32-0.71、p=0.0002だった。mITT集団におけるORRは、E群で75%(91/121)、C群で67%(85/126)だった。脳に測定可能病変を有する患者集団では、頭蓋内病変奏効割合はE群で54%(7/13)、C群で19%(4/21)だった。治療開始前の段階で脳転移巣のなかった患者における、脳転移による治療打ち切り割合は、12ヶ月経過時点でE群4%、C群24%とE群で優れていた(ハザード比0.33、p=0.0016)。mITT集団において、生存期間中央値は両群ともに未到達だった(ハザード比0.91)。24ヶ月生存割合は両群ともに78%だった。安全性についての新規知見はなかった。

結論:
 ALK陽性非小細胞肺がん患者において、Ensaritinibはクリゾチニブに対して有意に無増悪生存期間を延長し、安全性プロファイルについてもまずまずで、この患者集団に対する新たな初回治療選択肢と考えてよい。
  

2020年08月12日

Sintilimab

 中国の製薬会社、Innovent Biologicsとイーライリリーが共同で開発した抗PD-1阻害薬、Sintilimabが、非扁平上皮非小細胞肺がんに対する一次治療として、プラチナ+ペメトレキセド併用化学療法への上乗せで有意に無増悪生存期間を延長したとのこと。
 我が国の実地臨床への影響がどの程度あるかはわからないが、本臨床試験が中国で行われたことを考えると、中国におけるペメトレキセドとSintilimabの需要は今後増すのではないだろうか。
 なんといっても人口が多いだけに、このインパクトは大きい。
 こういったところが、グローバルな製薬企業はたくましいというか、したたかであると感じる。

http://www.kawamotobbp.jp/articles/1184



ORIENT-11: SINTILIMAB + PEMETREXED + PLATINUM AS FIRST-LINE THERAPY FOR LOCALLY ADVANCED OR METASTATIC NON-SQUAMOUS NSCLC

L. Zhang et al., 2020 WCLC presidential symposium, Abstract #1

背景:
 抗PD-L1抗体であるSintilimabは、ペメトレキセドとプラチナ製剤に併用することで、非扁平上皮非小細胞肺がんに対して有望な治療活性を示すことが第Ib相試験において示された。今回の二重盲検第III相臨床試験(ORIENT-11試験)では、ペメトレキセド+プラチナ製剤併用療法にSintirimabを併用する群(S群)とプラセボを併用する群(P群)の効果と安全性を比較した。

方法:
 未治療の局所進行、もしくは進行非扁平上皮非小細胞肺がん患者で、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子を持たない患者を対象として、S群とP群に2:1の割合で割り付けた。ペメトレキセド+プラチナ製剤併用療法は4コースまでとして、それ以後はS群ではSintilimab+ペメトレキセド維持療法、P群ではプラセボ+ペメトレキセド維持療法を行った。割り付け調整因子は性別(男性 vs 女性)、併用したプラチナ製剤(シスプラチン vs カルボプラチン)、PD-L1発現状態(TPS 1%以上 vs 1%未満)とした。病勢進行後の治療クロスオーバーは、治療担当医の判断で可能とした。主要評価項目は独立画像判定委員会評価による無増悪生存期間とした。

結果:
 2018年8月23日から2019年7月30日までの期間で、397人の患者を登録し、S群に266人、P群に131人を割り付けた。2群間に、患者背景の偏りはなかった。観察期間中央値は8.9ヶ月で、最終判定に必要とした263イベント中の198イベント(75.3%)が発生した。無増悪生存期間中央値はS群で有意に延長していた(S群8.9ヶ月 vs P群5.0ヶ月、ハザード比0.482、95%信頼区間0.362-0.643、p<0.00001)。生存期間はいまだ中央値に達していないが、S群で有意な改善を認めた(ハザード比0.609、95%信頼区間は0.400-0.926、p=0.01921)。無増悪生存期間に関するサブグループ解析では、TPSに関わらずS群が優位だった。奏効割合はS群で51.9%(95%信頼区間は45.7-58.0%)、P群で29.8%(95%信頼区間は22.1-38.4%)だった。Grade 3以上の有害事象は、S群の61.7%、P群の58.8%で認めた。盲検下での免疫関連有害事象は、S群で43.2%、P群で36.6%だった。安全性に関する新規の知見は特になかった。

結論:
 根治的治療の対象とならない局所進行、もしくは進行非扁平上皮非小細胞肺がん患者に対し、化学療法にSintilimabを上乗せすることにより、無増悪生存期間は改善し、毒性は許容範囲内だった。
  

2020年08月03日

「Class IIIB」を異なる立場で見てみると

 我々気管支鏡診断に携わる者は、細胞診で「class IIIB」という結果が返ってくるとどうにもやりきれない気分になる。
・そもそも、class IIIB-IVって、IIIBとIVのどっちなのよ
・adenocarcinomaが否定できないって、どの位否定できないってニュアンスでいってんのよ
・「精査を希望します」って、精査した結果得られたのが今回の細胞診検体なんだってば
と叫びたくて叫びたくて、でもその気持ちをぐっとこらえて我慢する。
 なぜ出血や気胸のリスクを負ってでも細胞診断でなく組織診断にこだわるのか、ガイドシース越しの生検にもためらう若い先生方に是非考えてほしい。
 遺伝子変異検索やPD-L1検索に供するため、という以前に、そもそも正確な診断をするために、やっぱり組織採取は必要なのだ。

 以下、細胞診を受託する検査会社のHPより抜粋、一部追記。
http://test-guide.srl.info/hachioji/common/otherdata/d140-010-L196-02.html

 「細胞診報告書」の検査結果,所見,細胞成分,細胞検査士名等を記入して報告いたします。 なおClass判定について,Ⅰ,Ⅱを陰性,Ⅲ,Ⅲa,Ⅲbを疑陽性,Ⅳ,Ⅴを陽性と読み換えることが可能です。 又,ClassⅡR (陰性再検) 必要に応じて使用します。

1. Class判定
Class Ⅰ
: Abscence of atypical or abnormal cells:異型/異常細胞を認めない
Class Ⅱ
: Atypical cytology but no evidence of malignancy.:異型細胞を認めるが悪性の所見はない
Class Ⅲ
: Cytology suggestive of, but not conclusive for maignancy.:疑わしいものの、悪性とは断定できない
Class Ⅲa
: Probably benign atypia.:多分良性範囲内の異形成
Class Ⅲb
: Malignancy suspected.:悪性が疑われる
Class Ⅳ
: Cytology strongly suggestive of malignancy.:悪性を強く示唆する
Class Ⅴ
: Cytology conclusive for malignancy.:悪性と断定する

 さて、「class IIIB」、精査を希望しますとの回答が返ってきて、組織診断をしていなかったらどうするか。
 もう一回患者さんに懇願して気管支鏡をさせてもらうか。
 それでも結果が出せなかったら、どうするのか。
 
 「そもそも、class IIIBなんて中途半端な診断しやがって!」
という短絡的なことを言ってはいけない。
 その前に、自分でプレパラートを見てみなくてはならない。
 そうしないと、診断してくださった細胞診検査士さんや指導医の先生の気持ちはわからない。
 class IIIBをつけたくなる気持ちは、細胞診断する側の立場に立ってみないと、やっぱりわからないのだ。
 
 肺がんの気管支鏡診断に携わる者は、できる限り自分で採取した病理標本は自分で見ておきたい。
 環境が許すなら、細胞診検査士さんや指導医、病理診断医の先生方とときどき病理標本を供覧して、顕微鏡に親しんでおきたい。
 私の経験上、きちんとお約束をしてお伺いすれば、みなさん丁寧に手ほどきをしてくださる。
 こうすることで相互理解も深まるし、診断の流れをスムーズにするためのアイデアも自然と出てくる。
 多分、気管支鏡検査で良質な検体を採取しなくてはというモチベーションも向上する。  

Posted by tak at 22:26Comments(0)検査法