2024年12月09日

2022年01月04日の記事より・・・終末期医療におけるささやかな目標





 2021年末から終末期医療を続けている患者さんが2人いらっしゃいます。

 ひとりは高度の認知症を背景とした進行肺小細胞がんの患者さんです。

 実家の近所にお住まいで、私が子供のころ、血縁の方に子供会や自治会の行事であちこち連れて行っていただきました。

 病気に対する本人の理解は全く得られず、できることは対症療法のみでした。

 確定診断から3ヶ月くらいしか持たないでしょうと当初ご家族にはお話ししましたが、すでに半年を経過しました。

 今年に入って食事、内服、意思疎通ができなくなり、いよいよお別れのときが近づいてきていたようです。

 浮腫のためふつうの点滴治療ができなくなり、ご家族と相談の末、最期まで苦痛緩和目的の治療ができるようにと、年始早々からではありますが右脚の付け根から中心静脈輸液を開始しました。

 結局あくる日の未明に亡くなりましたが、お見送りの際にお話したところ、十分に手を尽くした、ということでご家族は納得されたようでした。

 もうおひとりは、末期腎盂がんの患者さんです。

 側腹部痛を契機に腎盂がんと診断しましたが、紹介先で摘出術をしたところ切除不能のリンパ節転移が明らかとなり、手つかずの部分を残したまま退院してこられました。

 リハビリを続けていたのですが、晩秋に多発脊椎転移が明らかとなりました。

 その後は衰弱の一途をたどり、満足に食事もできなくなりました。

 「ここまできたらじたばたしても仕方がない」

 「病院で寂しい最期を迎えるよりは、家族と一緒に住み慣れた環境で過ごしたい」

 「お茶漬け、赤だし、おしんこを食べたい」

と希望され、中心静脈点滴、在宅酸素療法、訪問診療、訪問看護等を整備して、年の瀬を迎える前になんとか在宅医療に持ち込むことができました。

 退院してもごはんは喉を通りません。

 退院してもほとんどご家族と会話を交わしません。

 でも、明らかに表情が柔らかくなりました。

 喉を通らなくても、ほんの数口でも、自ら希望して食事をとるようになりました。

 新型コロナウイルスオミクロン株の市中感染が確認された都道府県から帰省されたご家族とも、一緒に年末年始を過ごすことができました。

 治療やケアもさることながら、同じ時間・空間をご家族と共有できる環境を整えることも、われわれスタッフの使命なのでしょう。  

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2021年10月15日

悪性胸水に対しOK-432(ピシバニール)を用いた胸膜癒着術

 終日臥床状態、意思疎通ほぼ不能の患者のがん性胸膜炎制御に忙殺されている。
 毎日1000-1500mlの胸水が出続けるので、週末返上で頑張っている。
 
 胸膜癒着術を行おうにも体位変換ができないので、今週から取り掛かり始めた胸膜癒着術に何を使おうか難渋した。
 まずは毒性のマイルドなミノサイクリンから取り組んでみたのだが、全くの鳴かず飛ばず。
 昨日はピシバニール(OK-432)を10KE使用し、お決まりの高熱に苛まれたが、これまでのところ胸水は減少傾向にある。
 なるべくならこのまま凌ぎたい。
 タルクを使ってもよいが、体位変換が満足にできない以上、おそらく癒着効果は背側のみに留まるだろう。

 ピシバニールに関する国内外の臨床試験結果をまとめておく。
 胸膜癒着術に期待できる効果を患者・家族に示すにあたり、根拠となる数字が示されている。



Comparison of OK-432 and mitomycin C pleurodesis for malignant pleural effusion caused by lung cancer. A randomized trial

K T Luh et al., Cancer. 1992 Feb 1;69(3):674-9.
doi: 10.1002/1097-0142(19920201)69:3<674::aid-cncr2820690313>3.0.co;2-5.

背景:
 胸膜癒着術の有効性について、2種の新規薬剤(OK-432、マイトマイシンC)を比較する前向き無作為化臨床試験を行った。

方法:
 悪性胸水を合併した肺がん患者53人を対象とした。試験参加中は、化学療法や放射線治療は行わなかった。胸水ドレナージによる排液後、参加者をOK-432群(OK-432を 10KE(Klinische Einheit)単位/回、毎週胸腔内投与)とMMC群(マイトマイシンCを8mg/回、毎週胸腔内投与)に無作為に割り付けた。胸水の排液がなくなるか、連続して4回の治療を行った段階で治療終了とした。

結果:
 OK-432群に26人、MMC群に27人が割り付けられた。患者背景(年齢、性別、組織型、PS、胸膜癒着術の前に行われた治療)は両群間で同等だった。OK-432群の方が完全胸水制御率が高かった(OK-432群73%、MMC群41%)。胸水制御率(完全制御+部分制御)は両群とも同等だった(OK-432群88%、MMC群67%)。完全胸水制御に至るまでに必要だった治療回数は、OK-432群の方が少なかった(OK-432群 1.9±0.9回、MMC群2.8±0.9回)。生存期間中央値は両群間で有意差を認めなかった(OK-432群5.8ヶ月、MMC群5.1ヶ月)。胸水無増悪期間はOK-432群が有意に長かった(OK-432群7.0ヶ月、MMC群1.5ヶ月)。合併症発生率は、OK-432群の方が高かった(OK-432群80%、MMC群30%)。一過性の発熱反応が最も頻度の高い合併症だった。免疫学的検証を行ったところ、OK-432群では末梢血中のリンパ球数が増加し、CD4/CD8比が低下していた。一方、MMC群では末梢血中のリンパ球数が軽度低下し、CD4/CD8比には有意な変化を認めなかった。

結論:
 OK-432による胸膜癒着術は、悪性胸水を合併した肺がん患者の胸水制御に有効である。



Randomized phase II trial of three intrapleural therapy regimens for the management of malignant pleural effusion in previously untreated non-small cell lung cancer: JCOG 9515

Kimihide Yoshida et al., Lung Cancer. 2007 Dec;58(3):362-8.
doi: 10.1016/j.lungcan.2007.07.009. Epub 2007 Aug 22.

背景:
 治療歴のない非小細胞肺がん患者に合併した悪性胸水貯留の胸膜癒着術に使う薬として、ブレオマイシン(BLM)、OK-432(加熱殺菌処理を施したStreptococcus pyogenesを粉砕処理した薬品)、シスプラチン+エトポシドの3群の効果と毒性を評価した。

方法:
 適格条件を満たした患者を各治療群に無作為割り付けした。BLM群はBLM 1mg/kg(最高用量60mg / body)、OK-432群は0.2KE / kg(最高用量10KE / body)、PE群はシスプラチン80mg/㎡+エトポシド80mg/㎡とした。胸水制御割合は4週間ごとに規定の判定基準で評価した。胸膜癒着術が成功した患者には、シスプラチン+エトポシド併用化学療法を3-4週間ごとに2コース以上行った。無作為割り付けから、胸水の再増悪が認められるか、患者が死亡するまでの期間を胸水無増悪生存期間と定義した。主要評価項目は、4週間経過時点での胸水無増悪生存割合とした。

結果:
 105人の患者が登録され、102人の患者が効果判定対象となった。4週胸水無増悪生存割合はBLM群で68.6%、OK-432群で75.8%、PE群で70.6%だった。生存期間中央値はBLM群で32.1週間、OK-432群で48.1週間、PE群で45.7週間だった。各治療群間で、これら評価項目に有意差を認めなかった。BLM群に1名、間質性肺炎による治療関連死を認めたが、それ以外の毒性は許容範囲だった。

結論:
 本試験結果から、4週胸水無増悪生存割合が最も高かったOK-432を今後の臨床試験における標準治療群とする。

  

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2021年09月13日

病勢進行後の治療をどう考えるか

 肺がんの治療が多様化し、治療の考え方はとても複雑になった。
 病勢進行後の治療をどう考えるかについて、散文的にはなるが書き記しておきたい。

1)「病勢進行」をどうとらえるか
 病勢進行の定義をRECIST効果判定の考え方に沿って端的に書き下すなら、「一定以上の病巣増大、あるいは新規病巣の出現」である。
 薬の腫瘍縮小効果を評価する臨床試験においては、この基準が厳密に適用される。
 とはいえ、それさえも絶対的なものではない。

〇主観の問題 
 画像診断に基づいて腫瘍縮小効果を判定するといっても、評価者の主観に左右される。
 患者・家族と喜びも悲しみも分かち合う担当医と、まったく診療に関わらない効果判定委員会では、どうしても測定結果に相違がある。
 効果判定委員会の評価を仮に真の測定結果とするならば、患者・家族の心情を慮って測定結果をいい方にとってしまう担当医もいるだろう。
 逆に、臨床試験の厳格さを重視するあまりに、却って測定結果を悪い方にとってしまう担当医もいるだろう。
 そうした評価のブレがつきものだが、最近はあえて効果判定委員会の評価ではなく、担当医の評価を主要な評価項目に据える臨床試験も散見する。
 これは私の推測だが、プロトコール治療が効果・安全性両面で優れていれば、担当医は長くプロトコール治療を続けたいと思うだろうし、逆に効果・安全性いずれかに問題があれば(診療をしていてそのように感じるならば)担当医は早くプロトコール治療をやめて、次の治療を提供したいと考えるだろう。
 そうした担当医の主観が、敢えて効果判定に持ちこまれるようにしているのかもしれない。
〇タイミングの問題
 治療の効果発現時期が効果判定のタイミングとうまく合致するとは限らない。
 双極にあるのが、ドライバー遺伝子変異に対する分子標的薬と、免疫チェックポイント阻害薬である。
 分子標的薬は一般に効果発現が早く、適切に使えば治療初期は劇的に病巣が縮小することが多い。
 一方で、免疫チェックポイント阻害薬では、有効な場合にも一過性に病巣が増大することがある(Pseudo-Progression)。
 そのため、免疫チェックポイント阻害薬で効果判定を急ぎすぎると、せっかく有効なのに早期に中止してしまう可能性がある。
〇過大評価の問題
 RECIST効果判定では、「ベースライン(治療開始前)径和に比して、標的病変の径和が30%以上減少したら奏効と判定する」、「(治療)経過中の最小の径和(ベースライン径和が経過中の最小値である場合、これを最小の径和とする)に比して、標的病変の径和が20%以上増加、かつ径和が絶対値でも5mm以上増加したら病勢進行と判定する」という規定が存在する。
 よく言われることだが、100mmあった病巣が、治療により10mmまで縮小し奏効と判定され、その後20mmまで増大したら、RECIST規定上はその時点で病勢進行である。
 治療開始前からすれば1/5まで病巣が縮小した状態を保っているのだが、最も病巣が縮小した時点を基準とすれば病巣は2倍に増大している。 
 10mmまで縮小するのに1ヶ月、その後20mmまで増大するのに3年かかったとしても、RECIST効果判定上は病勢進行である。
 この時点で治療をやめるのは誰が考えてもナンセンスだと思うのだが、ここまで極端でないにしても、似たようなことは実臨床で行われている可能性がある。
 100mmあった病巣が、治療により70mmまで縮小し奏効と判定され、そこから84mmまで増大してもやはり病勢進行である。
 この場合も、治療開始前より腫瘍が縮小しているにもかかわらず、治療は変更されることになる。
 RECIST効果判定に従う限り、一旦奏効と判定された後の病勢進行は過大評価されがちであることがわかると思う。
〇評価確定の問題
 RECIST効果判定においては、完全奏効や奏効の判定は、一定程度の腫瘍縮小が2回の効果判定にわたって連続的に確認されることで初めて確定する。
 一方、病勢進行は1回の効果判定で基準を満たせば直ちに確定である。
〇病理学的な確認の問題
 とくに新規病巣が出現した場合には要注意である。
 その病巣が転移巣とは限らない。
 実際に生検してみたら単なる良性病変だった、ということはしばしばある。
 
 他にもまだ様々な問題はあると思うが、これらを踏まえると実地臨床においてはRECIST基準を厳密に守る必要はない。
 とはいえ、各担当医の主観に完全に委ねてしまうと、担当医間、診療施設間でのバラつきがあまりに大きくなってしまい、都合が悪い。
 RECISTはもともと化学療法の効果判定のために定められた性質が強いが、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬のような新しいメカニズムの治療が一般化している以上、もはやRECIST自体が現状に合わなくなっている感が強い。
 実地臨床でも応用可能な効果判定基準の策定に向けて、見直しをすべき時期に来ているように思う。
 願わくば、患者の状態の代替指標として有効に機能する測定値の経過の追い方や、時間(縮小速度、増悪速度)の概念を新しい基準では盛り込んでほしい。

2)「病勢進行」後の治療をどのように考えるか
 病勢進行、と判定しても、その後の治療の考え方は千差万別である。
 ここでは、検討すべき項目を述べ、コメントを付すにとどめる。

〇考え得る治療
 往々にして、初期に行われる治療の方が効果が高く、二次、三次、四次治療と進むにつれて期待できる効果は薄れていく。
 病巣が大きくなっているにしても、治療前に比べると増大スピードが緩やかになっているようであれば、敢えてその治療をできる限り続けるという戦略もあるだろう。
〇年齢
 90代の患者に対し、分子標的薬が効かなくなったからと言って、安易に化学療法に切り替えるのが良いとは限らない。
 化学療法に切り替えるくらいなら、有害事象の軽い分子標的薬を使い続けて、それで効かなくなったら運命と思ってあきらめる、という人は多い。
〇体力(PS)
 言いたいことは年齢の項と同様である。
〇治療薬の種類
 点滴なのか、内服なのか。
 化学療法なのか、分子標的薬なのか、血管増殖因子阻害薬なのか、免疫チェックポイント阻害薬なのか。
 病勢進行後、次に使うとしたらどのような薬を想定しているのか。
 それぞれの要素によって、おのずと考え方は変わってくるだろう。
 例えば、免疫チェックポイント阻害薬使用後に分子標的薬に切り替えるのは、間質性肺炎のリスクを考えると勇気がいる。
 敢えて間に化学療法を挟んで免疫チェックポイント阻害薬の影響が薄れるのを待つというのも戦略としてあり得るだろう。
〇脳転移による病勢進行
 遠隔転移の中でも、脳転移については特別視することが多い。
 脳転移以外は病勢進行を認めない、というときは、脳転移巣のみ放射線治療で対処し、薬物療法は変更しないということは多い。

 薬物療法の進歩とともに、病勢進行の判定、その後の治療計画策定は一筋縄ではいかなくなった。
 とは言え、これは決して悪いことではないように思う。
 肌感覚としてかなりの確度を以て言えるのだが、担当医が「これはもういよいよ治療を変えなければまずい」とはっきり感じる場合を除いて、病勢進行時に急いで治療を変える必要はない。
 そのくらい、肺がん領域における薬物療法は効果とその持続時間、安全性の両面から質が高くなっているように感じられる。
  

2021年09月05日

抗がん薬治療における植物との付き合い方

 私も年を取ったのか、はたまた引きこもり生活が長くなったためか、植物と仲良くすることが多くなった。
 小さな植木鉢を買ってきて、ヤマボウシやイロハモミジの種を拾ってきて植えて、小さな苗を日々可愛がっている。
 初夏のころ、葉を全て落としてしまったヤマボウシの茎を見て途方に暮れていたが、最近になって新たな葉が生えてきた。
 諦めずに毎日水をやっていた立場からすると、ささやかなことだがとても嬉しい。

 とは言え、がん薬物療法で白血球減少を経験する患者さんの立場からすると、植物とはあまり仲良くしない方がいいようだ。
 以前は、入院中の患者さんへの差し入れとして生花は定番で、病院の入り口に花屋さんが軒を構えるくらいだったが、最近は目にしなくなった。
 むしろ、病院管理側から生花持ち込みをお断りするくらいである。

 あまり調べたことはなかったのだが、ちょっと検索してみたらいくつか文献が引っかかった。
 どうも真菌感染を懸念してのことらしい。
 確かに、生花を持ちこんだことにより、侵襲性肺アスペルギルス症なんぞを合併してしまったら目も当てられない。
 そこまで高度の免疫抑制は肺がん化学療法では陥りにくいが、気を付けるに越したことはないだろう。


Antimicrobial Prophylaxis for Adult Patients With Cancer-Related Immunosuppression: ASCO and IDSA Clinical Practice Guideline Update

J Clin Oncol. 2018 Oct 20;36(30):3043-3054.
doi: 10.1200/JCO.18.00374. Epub 2018 Sep 4.

質問4:
 手指衛生、空気フィルター、好中球減少中の患者用に配慮された食事など、追加予防策を講じた場合には、そうでない場合、あるいは他の予防策を講じた場合に比べて好中球減少症患者の感染リスクを減らせるか?

推奨事項4.1.
 全ての医療従事者は、医療環境におけるエアロゾルや、直接・間接に患者に接触することを介した病原微生物の伝播リスクを減らすため、手指衛生、呼吸衛生/咳エチケットガイドラインに従うべきである。

推奨事項4.2.
 抗がん薬治療による好中球減少症を合併した外来患者は、空気中に浮遊している真菌胞子を高濃度に含むような環境(建設現場、解体工事現場、ガーデニングや土を掘る作業を通して土壌に密に触れること、家のリフォーム作業など)に長時間身を置くことは避けなければならない



Preventing fungal infections in immunocompromised patients

E Johnson et al., Br J Nurs. 2000 Sep 28-Oct 11;9(17):1154-6, 1158-64.
doi: 10.12968/bjon.2000.9.17.16236.

 免疫抑制状態にある患者の全身性真菌感染症は、この20年間(1980年以降ということでしょう)に増加傾向にある。骨髄移植を受ける患者、化学療法による好中球減少が遷延している患者は、とりわけ真菌や真菌胞子が存在する環境において最もリスクが高い。感染予防策としては、空気フィルターを使用すること、手指洗浄を徹底すること、身の回りに花やある種の食品を置かないこと、予防的抗真菌薬を使用することが挙げられる。・・・以下略。

  

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2021年09月02日

髄膜癌腫症と姑息的全脳全脊髄放射線照射

 ときどき、髄膜癌腫症に対して全脳全脊髄放射線照射という治療が行われることがある。
 転移性脳腫瘍に対する全脳照射は一般的な治療だが、肺がん領域で全脳全脊髄照射をする例はあまり見たことがない。
 1年くらい前だったか、がんセンターに勤める医師に髄膜癌腫症の治療について意見を求めたところ、全脳全脊髄照射をしてみては、という答えが返ってきた。
 
 どの程度の治療効果が期待できるのか、ちょっと文献の要約をかじってみた。
 全脳全脊髄照射にそれほど劇的な効果が期待できるわけではない。
 例外的に、61.5ヶ月以上の長期生存が得られている非小細胞肺がん患者がいたが、詳細に書かれていないものの、おそらくはドライバー遺伝子変異を有する患者だろう。
 髄膜癌腫症を発症してからの平均的な生命予後は1.5-5ヶ月、予後のよい患者でも7-8ヶ月程度の生命予後である。
 今回取り上げた2件の文献は、いずれも全脳全脊髄照射の有効性を統計学的に証明したものではないので、これを以て本治療を積極的に進める根拠にはならない。
 正直言って、労多くして益少なし、という印象を受けた。
 とはいえ、もし本治療を検討するときには、治療に期待できる効果を患者に指し示すにあたっては参考になるデータだろう。



Craniospinal irradiation(CSI) in patients with leptomeningeal metastases: risk-benefit-profile and development of a prognostic score for decision making in the palliative setting

Michal Devecka et al., BMC Cancer. 2020 Jun 1;20(1):501.
doi: 10.1186/s12885-020-06984-1.

背景:
 本研究の目的は、髄膜癌腫症(leptomeningitis, LM)を合併した患者に対して全脊髄照射あるいは全脳全脊髄照射(CranioSpinal irradiation,CSI)を行った際の忍容性、治療効果を調べることと、どんな背景を持つ患者が本治療の恩恵を受けるのか予測可能なスコアリングシステムを提案することである。

方法:
 我々の施設でCSIを施行した19人の患者を評価対象とした。患者背景、がん原発巣の状態、CSIによる治療効果と毒性を後方視的に検討した。中枢神経系以外の病状は、CSI施行前に行った病期判定時のCTで評価した。患者のPSや臨床病期に基づいた層別化によりスコアリングシステムを作成し、治療効果予測を行った。

結果:
 全生存期間に関する経過観察期間中央値は3.4ヶ月(0.5-61.5)だった。生存期間中央値は、LM合併乳がん患者で4.7ヶ月、LM合併非小細胞肺がん患者で3.3ヶ月だった。非小細胞肺がん患者は5人含まれていて、それぞれの生存期間中央値は1.5ヶ月、1.5ヶ月、3.3ヶ月、4.2ヶ月、61.5ヶ月だった。①KPS<70 or KPS≧70、あるいは②中枢神経系外病変あり or なし、によって層別化したところ、①・②いずれも予後不良因子がない患者の生存期間中央値は7.3ヶ月、①・②どちらか一方の予後不良因子を有する患者の生存期間中央値は3.3ヶ月、①・②いずれの予後不良因子を有するものの生存期間中央値は1.5ヶ月だった。CSIによる非血液毒性は軽微だった。

結論:
 CSIにより臨床的に意義のある生存期間が得られ、抗がん薬髄腔内投与による治療効果と遜色なかった。簡単な予後予測スコアリングシステムにより、全脳全脊髄照射の恩恵が得られる患者の選別ができそうだった。



A systematic review of craniospinal irradiation for leptomeningeal disease: past, present, and future

L Maillie et al., Clin Transl Oncol. 2021 Oct;23(10):2109-2119.
doi: 10.1007/s12094-021-02615-8. Epub 2021 Apr 21.

背景:
 髄膜癌腫症(leptomeningeal dissemination,LMD)は、中枢神経系の髄膜と脳脊髄液に腫瘍細胞がばらまかれる、稀ではあるが致死的な合併症である。全脳全脊髄照射(CranioSpinal irradiation, CSI)は中枢神経系全てのくも膜下腔を照射野におさめる治療であり、LMDにおける最後の治療手段として時に用いられる。

方法:
 今回は、成人の固形癌あるいは血液腫瘍に起因するLMDに対するCSIの役割について記述した文献についてまとめた。2020年9月1日までに論文化された報告をPubMedデータベースで検索した。

結果:
 262件の文献がヒットした。LMDに対してCSIが施行された計275人の患者を含む13件の研究を解析対象とした。CSI照射時点での年齢中央値は43歳、ほとんどの患者のKPSは70以上だった。LMDを合併した悪性腫瘍で頻度が高かったのは、急性リンパ性白血病、乳がん、急性骨髄性白血病だった。CSI線量の中央値は30Gyで、全体の18%の患者が陽子線治療を受けていた。52%の患者で、神経学的症候の安定化もしくは改善が認められた。全患者集団における生存期間中央値は5.3ヶ月だった。骨髄回避陽子線治療を受けた患者における生存期間中央値は8ヶ月だった。頻度の高かった有害事象は血液毒性と胃腸毒性だった。

結論:
 薬物療法や放射線治療が進歩したにもかかわらず、LMDは依然として様々な悪性腫瘍における破滅的な終末期合併症だった。治療関連有害事象はCSI遂行における障壁となり得る。一部のLMD患者において、骨髄回避陽子線治療はより安全な緩和医療となり得るし、生命予後延長効果もあるかも知れない
  

2021年07月15日

肺がん診療におけるステロイド薬の使い方

 少し前と比べると、肺がん診療におけるステロイド薬の使い方、考え方はとても複雑になった。
 例を挙げて考えてみたい。

1)化学療法施行時の制吐薬として
 デキサメサゾンが一般的に用いられるが、各治療の催吐性リスクに応じて、他の制吐薬とともに使用量が変わる。
 とはいえ、この用途ではかなり明確にガイドラインに定められており、少なくとも初回治療時に悩むことはあまりない。
 さらに言えば、初回治療時に良好に嘔気が制御されたら、その後用量調整をすることはほぼないだろう。

2)悪液質に対する支持療法として
 最近になってアナモレリンが使えるようになったが、悪液質対策としてはステロイド薬の方が遥かに歴史が長く、使用している医師は多いだろう。
 使用するステロイド薬、使用する量は医師によってさまざまである。
 
3)がん性リンパ管症に対する支持療法として
 呼吸器領域では、がん性リンパ管症に対する支持療法としてステロイド薬がしばしば用いられる。
 患者体重1kg当たり0.5mgのプレドニゾロンを使用するのが一般的ではないだろうか。

4)放射線肺臓炎に対する治療として
 感覚として、胸部放射線治療後1-3ヶ月程度で放射線肺臓炎が顕在化することが多いように感じる。
 放射線肺臓炎はそもそも長く続く病態なので、患者体重1kg当たり0.5mgのプレドニゾロンを開始し、病状に合わせて漸減しながら月単位で継続することが多い。
 厄介なのは、放射線肺臓炎がまだ落ち着いていないうちに肺がんの病勢が悪化したときだ。
 一般に10mg/日以上のプレドニゾロンを投与しながらがん薬物療法を行うのは困難なので、どこかで折り合いをつけなければならない。
 しかし、一昔前に比べれば、前後対向二門→off cord planningで計60Gyという古典的な照射方法から、定位照射、サイバーナイフ照射、重粒子線と照射法が多様になり、少なくとも定位照射やサイバーナイフでは放射線肺臓炎が軽微に抑えられ、治療の必要がないか、あるいはプレドニゾロンを使ってもより少量、より短期間に抑えられるようになった。
 また、これも傾向として、間質性肺炎の治療時のようにじっくり時間をかけて漸減するよりも、比較的短期間で減量、中止を目指し、再燃したら一定量からまた再開、という使い方をされることが増えたように感じる。

5)化学療法による薬剤性肺障害に対して
 肺がんのみならず、多領域のがん種の化学療法においても、薬剤性肺障害はしばしば経験する。
 薬剤性肺障害が発生したら被疑薬は中止、状況に応じてステロイドを投与し、効果が出るように天を仰ぐ。
 深刻な場合は、メチルプレドニゾロンパルス療法まで行う。

6)分子標的薬による薬剤性肺障害に対して
 お手軽、安全、安心をモットーに、2002年夏(もう20年も経つのか!)ゲフィチニブを嚆矢としてデビューした分子標的薬だが、上市されて間もなく、我々は薬剤性肺障害の脅威を知ることになった。
 ざっと発症率5%、死亡率3%という特徴があり、我が国でも訴訟問題に発展し、海外では薬事承認取り消しにまで追い込まれた。
 結局治療は被疑薬の中止とステロイド投与しかないというのが実情で、これは今も昔も変わらない。
 
7)免疫チェックポイント阻害薬による各種有害事象に対して 
 近年大きく変わったのはここだろう。
 甲状腺機能異常やインシュリン依存性糖尿病といった、生理活性物質の制御もしくは補充で対応するしかないものはともかくとして、多くの免疫関連有害事象にはまずステロイドが使用される。
 長く効き続ける免疫チェックポイント阻害薬の性質上、免疫関連有害事象も放射線肺臓炎と同様長期にわたり続くことが多く、いったん始めたステロイドをどのくらいの期間で中止に持っていくかというのは、なかなか難しい命題である。

 1)は決まりきった使い方があるし、2)、3)は言ってしまえば患者が天寿を全うするまでひたすら一定量を使い続けるだけなので、そんなに困らない。
 もっとも、3)ならば状況が許せばステロイドより先にがん薬物療法を行い、効果に期待するだろう。
 問題は4)以下である。
 ステロイド薬を使うにあたり、次なるステップのがん薬物療法に適確につなげるために、出口戦略を考えなければならない。
 ステロイド薬を早く減らし過ぎればそれぞれの有害事象がぶり返すし、かといってダラダラとステロイド薬を続ければ次治療のタイミングを失ってしまう恐れがある。
 


  

2021年06月22日

アナモレリンの効果について

 振り返ってみると、アナモレリンの開発にはそれなりに時間がかかっている。 
 2015年に一度、アナモレリンに関する記載を残していた。
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e828753.html
 これを読んだだけでも、開発に難航していたことがよく分かる。

 結局のところ、アナモレリンを使用すると体重減少と食欲不振、血中プレアルブミン濃度は改善するものの、運動機能の改善には至らないとのこと。
 比較的運動機能の保たれた、悪液質を伴う進行非小細胞肺がん患者がよい適応ということなのだろうか。
 繰り返しになるが、使い始めるタイミングが意外と難しい薬である。



Anamorelin (ONO-7643) for the treatment of patients with non-small cell lung cancer and cachexia: Results from a randomized, double-blind, placebo-controlled, multicenter study of Japanese patients (ONO-7643-04)

Nobuyuki Katakami et al., Cancer. 2018 Feb 1;124(3):606-616.
doi: 10.1002/cncr.31128. Epub 2017 Dec 4.

背景:
 体重(主として除脂肪体重(lean body mass, LBM))の減少や食欲不振といったがん悪液質の症状は、進行がんの患者ではよく見られるものである。今回の試験では、がん悪液質を伴う日本人がん患者において、新規の選択的グレリン受容体作動薬であるアナモレリン(ONO-7643)の有効性と安全性を検証することを目的とした。

方法:
 今回の二重盲検臨床試験(ONO-7643-04)では、がん悪液質を伴う切除不能III / IV期非小細胞肺がん患者174人を対象とした。患者はアナモレリン群(アナモレリンを連日100mg内服)とプラセボ群に割り付けられ、12週間のプロトコール治療を受けた。主要評価項目は12週間経過時点での、ベースラインの除脂肪体重からの変化量とした。除脂肪体重は、二重エネルギーX線吸収測定法を用いて測定した。
→※二重エネルギーX線吸収測定法:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssmn/53/4/53_119/_pdf/-char/ja
 副次評価項目は、食欲・体重・QoL・握力・6分間歩行負荷試験結果の変化量とした。

結果:
 ベースラインから12週間後の除脂肪体重の最小二乗平均(±標準誤差)は、アナモレリン群で1.38±0.18、プラセボ群で-0.17±0.17で、アナモレリン群で有意に増加していた(p<0.0001)。ベースラインからの変化量は、除脂肪体重、体重、食欲不振症状のいずれにおいても、全ての評価時点においてアナモレリン群とプラセボ群で有意差を認めた。アナモレリン群では治療開始3週間時点、9週間時点で血中プレアルブミンが増加していた。握力や6分間歩行負荷試験の測定値は両群で差がなかった。アナモレリンによる12週間の治療は、非小細胞肺がん患者においては安全で忍容性良好だった。

結論:
 日本人進行非小細胞肺がん患者において、アナモレリンは有意に除脂肪体重を増加させ、食欲不振の兆候や栄養状態を改善したが、運動機能は改善しなかった。がん悪液質に対する有効な治療法はこれまでなかったため、アナモレリンは有益な治療選択肢になりうる。

  

Posted by tak at 22:14Comments(3)緩和医療支持療法

2021年06月22日

アナモレリン、意外と使いどころが難しい・・・

 がん悪液質に対するアナモレリン、今度こそきちんと使おうと準備していたのだが・・・。
 またコケてしまった。

 肺がん領域では、適応患者は「下記の悪性腫瘍によるがん悪液質:非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌」・・・。
 なんと、肺小細胞癌は適応外ではないですか。
 三次治療までやりつくして進退窮まった肺小細胞癌の患者さんに使おうとしたのだが、考えが甘かった。
 気をつけないと。  

Posted by tak at 21:40Comments(0)緩和医療支持療法

2021年06月19日

ラムシルマブの胸水制御効果・・・ベバシズマブよりは劣るか

 ベバシズマブに胸水制御効果があるのなら、果たしてラムシルマブではどうか、というのがこの後方視的研究の一つの注目点だろう。
 既治療進行非小細胞肺がんに対してドセタキセル+ラムシルマブ併用療法を施行された患者を集積して調べたところ、胸水に関する奏効割合は7.7%、病勢コントロール割合は53.8%で、本治療で胸水が減少に転じる患者は少なかった様子。胸水コントロール割合が91.3%だったカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブ併用療法に比べると見劣りしてしまう。



Impact of docetaxel plus ramucirumab on metastatic site in previously treated patients with non-small cell lung cancer: a multicenter retrospective study

Kinnosuke Matsumoto et al., Transl Lung Cancer Res. 2021 Apr;10(4):1642-1652.
doi: 10.21037/tlcr-20-1263.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8107751/

背景:
 ドセタキセル(DTX)+ラムシルマブ(RAM)併用療法は、既治療非小細胞肺がんに対する最適な治療の1つとして推奨されている。しかし、実地臨床におけるDTX+RAM併用療法の報告はほとんどなく、ECOG-PS改善効果や遠隔転移巣制御効果については未だよく分かっていない。

方法:
 2016年06月から2020年3月にかけて、日本国内4施設からDTX+RAM併用療法を施行された非小細胞肺がん患者を集積した。後方視的に奏効割合(ORR)、病勢コントロール割合(DCR)、無増悪生存期間(PFS)を調査し、PFSについて単変数ないし多変数解析を行い、独立した予後因子を抽出した。がん性胸水に関する効果は、胸水穿刺を行わずとも明らかに胸水が減少したときは部分奏効(PR)、DTX+RAM併用療法開始から6週間経過しても明らかな胸水増加がなければ病勢安定(SD)とした。対象とした患者は、2020年06月30日まで追跡調査した。

結果:
 計237人の患者を集積した。年齢中央値は66歳(範囲は33‐82歳)、75歳以上が30人(12.7%)、女性が87人(36.7%)、腺がんが180人(75.9%)、扁平上皮がんが38人(16.0%)、ECOG-PS 0/1/2はそれぞれ28人(11.8%)/161人(67.9%)/40人(16.9%)、EGFR遺伝子変異陽性は66人(29.5%)、がん性胸水貯留を伴う患者は71人(30.1%)、肺内転移を伴う患者は100人(42.2%)、肝転移を伴う患者は38人(16.0%)、脳転移を有する患者は60人(25.4%)だった。全患者集団におけるORRは25.2%、DCRは63.9%、PFSは4.5ヶ月、生存期間中央値(OS)は13.4ヶ月だった。がん性胸水貯留を伴う患者でのORRは7.7%、DCRは53.8%、肺内転移を有する患者でのORRは30.3%、DCRは77.5%、肝転移を有する患者でのORRは48.6%、DCRは71.4%だった。多変数解析を行ったところ、がん性胸水貯留、肺内転移、肝転移はPFSの予後不良因子とはならなかった。しかしながら、ECOG-PS≧2(ハザード比1.66、95%信頼区間1.14-2.40、p=0.008)、脳転移(ハザード比1.71、95%信頼区間1.23-2.37、p=0.001)はPFS短縮に関連する有意な独立予後不良因子だった。

結論:
 DTX+RAM併用療法はがん性胸水、肺転移、肝転移を有する既治療非小細胞肺がん患者の最適な治療の1つとなり得るが、ECOG-PS≧2や脳転移を有する患者ではより慎重に適応判断するべきと考えられた。 

  

2021年06月19日

がん性胸膜炎、悪性胸水貯留と血管増殖因子阻害薬(ベバシズマブ、ラムシルマブ)

 無増悪生存期間延長効果に優れるものの、全生存期間延長効果はそれほどでもない血管増殖因子阻害薬(ベバシズマブ、ラムシルマブ)。
 ある先生は製薬企業主催のランチョンセミナーで「このカテゴリーの薬は、ふりかけと思って使ってもらったらいい」と秀逸なコメントをされていた。
 もっとオシャンティーに言えば、トッピングというところだろうか。
 個人的には、腫瘍縮小を急ぎたいとき、悪性胸水や腹水を伴う時に考えるべきトッピングだと思っている。

 以前そんな記事を書いたのだが、探すのにかなり手間取ってしまった。
 今後の検索を容易にするために、2013年12月当時の記事を一部修正して、7年半ぶりに移植する。



 2008年に修行先から大分へ帰ってきてからずっとお付き合いしていた患者が、当時がん性腹水貯留で苦しんでいた。
 2007年末に局所進行原発性肺腺癌と診断されたが、放射線治療不能でシスプラチン+ジェムシタビン併用療法を施行し、有害事象(副作用)で継続困難となった。
 この段階で若手医師から診療を引き継いだ。
 この時点で自己免疫性肝炎を併発し、通常の化学療法は困難な状況だった。
 確定診断した病院から資料を取り寄せて詳しく調べたところ、EGFR遺伝子変異陽性であることが判明し、直ちにゲフィチニブを開始、良好な腫瘍縮小効果が得られ、放射線科医と再協議の末、一旦ゲフィチニブを中止の上で根治的胸部放射線療法を行った。
 結局、後に肝転移、骨転移で再燃し、その後はペメトレキセド単剤療法、エルロチニブ単剤療法と治療内容を変更してきた。
 後にエルロチニブの皮膚障害に耐え切れずに一旦中止、その後急速にがん性腹水貯留が進行した。
 エルロチニブを減量して再開し、間欠的に腹水を除去しながら経過を見た。
 当時はアファチニブの薬事承認、薬価収載を間近に控えていたころで、少しずつでも腹水がたまる速度が低下してくれれば、アファチニブに期待をかけられるだろうと我慢の治療を強いられていた。
 今ならばT790M耐性変異をチェックし、陽性であればオシメルチニブを使用していたことだろう。
 結局この患者は、病状悪化のため次の治療には移行できずに亡くなった。

 もうひとつ、可能性があるなら試しておきたい治療があった。
 血管上皮成長因子抗体であるベバシズマブは、胸水貯留を伴う肺癌患者に対して胸水コントロール効果が高いことが知られていた。
 2013年の夏に開催された日本臨床腫瘍学会総会において、胸水貯留患者に対するカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブの効果を検証する第II相試験の結果が報告された。参加した患者23人を検証したところ、奏効割合は60.8%、病勢コントロール割合は87%、無増悪生存期間中央値は7.1ヶ月、全生存期間中央値は11.7ヶ月、胸水コントロール割合は91.3%とのことだった。EGFR遺伝子変異陽性患者は4人、EML4-ALK陽性患者は1人含まれていた。

Phase2 study of bevacizumab with carboplatin-paclitaxel for non-small cell lung cancer with malignant pleural effusion.
Tamiya M, Tamiya A, Yamadori T, Nakao K, Asami K, Yasue T, Otsuka T, Shiroyama T, Morishita N, Suzuki H, Okamoto N, Okishio K, Kawaguchi T, Atagi S, Kawase I, Hirashima T.
Med Oncol. 2013;30(3):676.

 また、二次治療としてのエルロチニブ+ベバシズマブ併用療法の意義を検討した大規模第III相試験として、BeTa traialが知られていた。636人の患者がエルロチニブ+ベバシズマブ併用療法とエルロチニブ単独療法のいずれかに振り分けられたが、それぞれの無増悪生存期間中央値は3.4ヶ月と1.7ヶ月、全生存期間中央値は9.3ヶ月と9.2ヶ月で、無増悪生存期間は併用療法群が有意に良好だったけれど、主たる評価項目である全生存期間ではベバシズマブの上乗せ効果は認められなかった。併用療法の意義はないと結論されたが、本試験の参加者で、EGFR遺伝子変異の状態が判明していた患者は355人(55.8%)、そのうちEGFR遺伝子変異陽性患者は30人(355人中の8.5%)しか含まれていなかった。数が少なくて参考程度にしかならないが、EGFR遺伝子変異陽性患者だけで解析すると併用療法群の生存期間中央値は未到達(95%信頼区間は22.6ヶ月-未到達)、エルロチニブ単独療法群では中央値は20.2ヶ月(95%信頼区間は16.4ヶ月-31.1ヶ月)であり、そのハザード比は0.44(0.11-1.67)だった。論文投稿時点において、すなわち主たる評価項目について十分な結論が出ている段階で、生存期間中央値が計測できない、すなわち少なくとも半数以上のEGFR遺伝子変異陽性の併用療法群の患者はこの時点で生存していた、というのはとても希望が持てる事実だと感じた。

Efficacy of bevacizumab plus erlotinib versus erlotinib alone in advanced non-small-cell lung cancer after failure of standard first-line chemotherapy (BeTa): a double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial.
Herbst RS, Ansari R, Bustin F, Flynn P, Hart L, Otterson GA, Vlahovic G, Soh CH, O'Connor P, Hainsworth J.
Lancet. 2011 May 28;377(9780):1846-54

 本来は、「胸水/腹水貯留を伴うEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞・非扁平上皮肺癌患者を対象としたエルロチニブ+ベバシズマブ併用療法の臨床試験」を組んで、改めて検証するべきだろう。  

2021年06月01日

アナモレリン、間に合わず。

 このところ手元のデータの統計解析ばかりしていたので、ブログらしく久しぶりに日記を書く。

 先ほど、勤め先から電話連絡があった。
 数年にわたって無治療経過観察で見守ってきた胃がんの患者さんの命の灯が、間もなく消えようとしている。
 齢は100を数え、大往生と言えばそれまでだが、関連症状が出始めてからの経過は本当に早かった。
 食事がとれなくなって、アナモレリンを使って少しでも食べられるようになればと思ったが、市販後調査の手続きにかなり時間がかかるようで、間に合わなかった。
 当直明けで体はきついけれど、これから着替えて看取りに行くことにする。  

Posted by tak at 22:37Comments(0)緩和医療

2021年01月13日

がん病状悪化時の対応と、他疾患による急変時の対応と、治療関連急変時の対応

 今週の当直勤務中、他の先生が担当していた入院患者さんが急変した。
 急変時の対応をどのように行うか、患者・家族・担当医の間で申し合わせがなかったので、全力で対応した。
 肋骨が次々に折れる鈍い感触を感じながら心臓マッサージを行う。
 AEDの自動音声が「心電図を確認します、患者から離れてください」と冷たく響くたびに、手を離してふっと我に返る。
 吐物の海にまみれながら、気管内挿管をして用手的人工換気をする。
 蘇生処置開始から約20分後、ベッドサイドにお越しになった家族から、「もう充分です、私が責任を持ちますので、やめてください!」との悲痛な声を聞き、気まずい沈黙とともに全てが終わった。
 
 認知症高齢者や重症脳梗塞後遺症、反復する誤嚥性肺炎の患者を担当していると、こうしたことは本当にしばしば起こる。
 起こるたびに注意喚起して、できる限り急変時の対応を患者・家族と事前協議しておくように各担当医に求めるのだが、なかなか徹底されない。
 病気の急性期を乗り越えて、さあこれから元気になるためにリハビリに取り組もう、という患者・家族をつかまえて急変時対応について話し合うのは、確かに難しいことではある。

 同じことは、当然肺がん患者にもいえる。
 遠隔転移を有する肺がん患者は、原則として治癒不能である。
 どのタイミングで話をするかはとても難しいが、治癒不能の病態である以上は、患者の心身に負担がかかる救急蘇生処置(人工呼吸管理、心マッサージ、AED)は極力行わないようにしている。
 理解してもらえるように丁寧に、繰り返し、患者・家族と話をする。

 というのがこれまでのスタンスだったのだが、考え直すべき時期が来ているような気もする。
 ドライバー遺伝子変異を有する進行期肺がん患者が、5年を超えて長生きすることは決して珍しくない。
 PD-L1高発現の進行非小細胞肺がん患者なら、免疫チェックポイント阻害薬単剤治療を規定量やり切れば、5年生存割合が80%を超えるなんて報告すら存在する。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e980235.html
 中には、進行期肺がんの治療を続けながら、異時多発がんに対して手術を受けたり、他の薬物療法を受けたりする患者までいる。
 治癒不能ではあるけれど、長期生存が見込める、あるいはすでに長期生存している患者に対して、十把一からげに「蘇生処置はお勧めしません」と断じてもいいものだろうか。

 5年生存している進行期肺がん患者が急性心筋梗塞を起こしたらどうだろう。
 5年生存している進行期肺がん患者が胃潰瘍による出血性ショックを来したらどうだろう。
 5年生存している進行期肺がん患者が新型コロナウイルスによる重症肺炎を合併したらどうすべきだろう。
 どれも蘇生処置や高度の医療を必要としうる病態だが、治癒不能の進行肺がんがあるので支持療法しかしません、と言えるだろうか。

 最近診断された肺がんに対する手術後に急変したら、どうすればいいだろう。
 単発の縦隔リンパ節転移を伴うIIIA期の非小細胞肺がん、背景に慢性閉塞性肺疾患とごく軽度の間質性肺炎がある患者。
 手術をしてみたら、胸膜播種の所見を認めたため、予定術式を行えずに手術を終えた。
 術後に急性呼吸不全を来し、人工呼吸管理が必要となったとき、治癒不能の肺がんと診断がついたので、人工呼吸管理はお勧めしませんと我々は言えるだろうか。
 
 最近診断された肺がんに対する薬物療法後に急変したら、どうすればいいだろう。
 多発肺内転移を伴うIVA期の進行非小細胞肺がん、無症状でPS0、ドライバー遺伝子変異陰性、TPS 5%。
 化学療法+免疫チェックポイント阻害薬併用で治療をしたら、退院3日後に急性呼吸不全を来し、救急搬入された。
 明らかに薬剤性肺障害の所見であるとともに、多発肺内転移は急速に増大している。
 急場をしのげば、ステロイドパルス療法が著効するとともに、pseudo-progressionを経てがんの病巣も縮小に転じるかもしれない。
 激烈な免疫関連有害事象を経験したその先に、長期生存が待っているかもしれない。
 そこまで考えたとき、治癒不能の肺がんで、人工呼吸管理はお勧めしませんと我々は言えるだろうか。

 肺がんの病態が緩やかに悪化した場合は、その後をどうするかを関係者みんなが考える時間がある。
 しかし、他疾患による急変、治療関連有害事象による急変のとき、時間的にも精神的にもゆとりがない中、どうするのが最善だろうか。
 治療が複雑化し、がん拠点病院でなければ治療を受けにくいいまのわが国で、更には新型コロナウイルスの問題も抱えながら、遠方から通って治療を受けている患者に対して、病状悪化時の備えをどのようにするのが正解なのだろうか。
 今日の入院患者・家族と急変時対応の話をしながら、ふと考えた。  

2020年12月09日

緩和ケア病棟の閉鎖

 先日、近隣の医療機関からこんな文書連絡があった。

 「当院の緩和ケア病棟を閉鎖します」

 ここは準公的医療機関であり、この地域では唯一、緩和ケア専門病棟を有していた。
 旧知の医師が病棟責任者を務めていて、彼の前職のころから、私は何度も助けていただいた。

 なぜ閉鎖に至ったかというと、紛れもなく新型コロナウイルス感染症の流行が直接の原因である。
 この医療機関は大分県がん診療連携協力病院であるとともに、第二種感染症指定医療機関でもある。
 新型コロナウイルス感染症患者が地域で発生したときには、真っ先に受け入れなければならない立場にある。
 感染確定患者もくれば、疑い患者も来る。
 確定患者は専用病棟に隔離できるのだが、疑い患者はそうはいかない。
 疑い患者は診断が確定するまでの間、どこの病棟に入院させればよいか、ということになり、結局受け入れ先が緩和ケア病棟になったようなのだ。
 4月以降そうした形で緩和ケア病棟が新型コロナウイルス感染疑い患者病棟として運用されることになった。
 当然のことながら、緩和ケア病棟スタッフの業務は縮小される。

 収束の見通しが立っていれば、一時的な経過措置として我慢もできる。
 ただ、少なくとも我が国政府・社会は、国民経済を守るためという理由で、徹底的な封じ込めは行っていない。
 国家予算を組んで、旅行や会食、ショッピングを推奨して、結果として最悪の時期に今年最高の流行を招くことになった。
 本日大分県では過去最高の1日21人の新規患者が報告され、流行は収束するどころか拡大の一途をたどっている。
 緩和ケア病棟の業務を再開する見通しは全く立たず、病棟責任者の医師は退職を決意したようだ。

 その医師に電話をして心境を聞いてみた。
 「残念ながら、再開の見通しは立ちません」
 「私は緩和ケア診療をするためにここに赴任したので、この状況ではここにいる意味はありません」
 「退職後は旧知の医師を頼って、在宅緩和医療のお手伝いを始めてみます」
とのことだった。

 また一つ、大分での肺がん診療に新型コロナウイルスの爪痕が残された。
   

Posted by tak at 20:04Comments(0)緩和医療

2020年04月22日

終末期ケアとCoVID-19緊急事態宣言のせめぎあい

 がんの種類を問わず、社会復帰を目指したリハビリテーションを希望する患者、あるいは住み慣れた地域での終末期医療を希望する患者は、できるだけ受け入れるように努力している。
 今日は、婦人科がんの患者受け入れについて、県外の医療機関から要請があった。
 全国的に緊急事態宣言が発出されている中での、県外からの患者受け入れ要請。
 こちらからの要望をお返事にまとめて、できるだけいい形でお受け入れできるように、先方でも当院でも準備を進めることにした。

 現在の入院担当患者で、背景は様々ながら終末期と言ってよい患者は、5人いる。
 進行肺がん、進行胃がん、気管支拡張症、認知症及び反復性胆道感染症といった背景である。
 目下のところ一番つらそうなのは、黄疸が急速に進行しつつある胃がんの患者と、呼吸不全が進行しつつある気管支拡張症の患者だ。
 ことに後者は、苦しい、きつい、早く死なせてくれ、と、診察の度に眉間にしわを寄せて切々と訴える。

 患者もつらいが、家族もつらい。
 緊急事態宣言を受けて、当院でも院長と感染対策委員会の指導のもと、院内感染予防対策を行っている。
 面会は原則禁止、不要不急の病状説明も禁止、どうしても必要なら外来スペースを用いて短時間で病状説明を、という指導内容だった。
 ましてや、関東や関西、福岡からの家族帰省・面談などもってのほか、という状況である。
 実際、私自身の親族も現在良性疾患で入院中だが、県外在住の親族には、こちらで責任もって面倒見るから帰ってくるなと伝えている。

 しかし、日頃患者に会えていない終末期がんのご家族ほど、せめて最後のひとときだけはと、現下の状況においても面会を切望する。
 お気持ちはわかるのだけど、何とかしてあげたい気もするのだけど。
 でも、なぜ今まで、こうした社会情勢になるまでに、会ってあげなかったの、という気にもなる。
 
 実際のところ、病棟診療をしている最中、黄昏時になって、外来から発熱患者の診療依頼があった。
 ここ3-4日にわたり、微熱だけが続いている70代後半の患者。
 かかりつけの2病院に受診相談をしたところ、どちらからも受け付けの段階で(担当医への相談もなく)断られたとのこと。
 保健所に相談したところ、自宅住所の最寄りの医療機関が当院だから、という理由で、当院受診を指示されたらしい。
 県外・海外への移動歴なく、県外・海外の人との接触歴もなく、新型コロナウイルス感染確定者との接触歴もない。
 それでも各種臨床検査を行ったところ、新型コロナウイルス肺炎が極めて疑わしいレントゲン、CT所見だった。
 保健所に報告して、SARS-CoV-2 PCR検査用の検体を採取し、解熱薬を処方して自宅待機していただくこととした。
 結果がはっきりするまで、どうか病状が急速に進行しないようにと祈るばかりである。

 たとえ外来対応であっても、こうした形で前触れなくCoVID-19疑い患者と接する機会があると思うと、並行して他の外来・病棟診療をどのように進めていくか、とても悩んでしまう。
 
 県外からの紹介患者は道義的に受け入れざるを得ないにせよ、大都市圏在住の家族の面会の件は、本当に頭が痛い。
 

   

Posted by tak at 18:54Comments(0)緩和医療地域医療

2020年02月04日

がん疼痛薬物療法

 これもBest of ASCO 2019から。
 WHOの疼痛緩和ガイドラインが改訂されたことは、意外と知られていないのではないか。 
 少なくとも私は、このノートを見直すまでは思い出せなかった。
 不覚。


・2018年2月から3月にかけておこなった遺族調査:死亡前1ヶ月間、患者の疼痛管理の状況はどうだったか
 19%:痛み刺激に反応せず
 18%:痛みなし
 17%:少し痛みあり
 18%:まあまあ痛みあり
 17%:ひどい痛みあり
 11%:とてもひどい痛みあり
→まあまあ、ひどい、とてもひどいを合計すると、46%になる

・WHOのがん疼痛緩和ガイドラインが2019年1月に改訂された
 Cancer pain management...pharmacologic and radioterapeutic
 がん疼痛緩和の5原則:
  経口で(by mouth)
  定刻に(by the clock)
  いつでも使えるように(available and affordable)
  それぞれにあわせて(for the individual)
  注意深く、より繊細に(with attention and in detail)
 →段階的に(by the ladder、いわゆるがん疼痛緩和の3 step ladder...非オピオイド→弱オピオイド→強オピオイド)、は削除された
 →3 step ladderは十分に普及して、概念としてはその役割を終えたと考えられている

〇オピオイドの有害事象

・便秘(opioid induced bowel dysfunction, OIBD もしくはopioid induced constipation, OIC)
 OICはフェンタニルやタペンタドールに比べると、経口モルヒネの方が強いといわれている
 OICの発症頻度(Tokoro, Imai et al., Cancer Med 2019)
  オピオイド開始1週間後:予防薬を服用していれば43.1%、使用していなければ52.4%
  オピオイド開始2週間後:予防薬を服用していれば47.7%、使用していなければ65.0%
 末梢性オピオイド受容体アンタゴニスト( peripheral anti-opioid receptor antagonist, PAMORAs)は日本発の薬
 →スインプロイク、272.10円 / 錠
 →第III相臨床試験、Osako, Satomi et al., ESMO open access 2019
 ASCO 2019 Abst.#11582
  スインプロイク市販後実態調査、対象患者数は204人、うち腹部腫瘍の患者は43%
  スインプロイク投与後24時間以内に自発排便があった患者は71.6%
  62.8%で1週間当たりの排便回数が増えた
  90%の患者は1週間継続服用できた

・OINV(opioid-induced nausea and vomitting)
 オピオイド使用例の20-40%に出現
 POINT study ... Tsuku-ura et al., Oncologist 2015
  ノバミン投与の意義は乏しい
 オランザピンやスインプロイクでOINVを抑制できないか?

〇 オピオイドの長期投与の問題点
 ASCO guideline for survivors of adult cancers 2016  

Posted by tak at 20:41Comments(2)緩和医療支持療法

2020年01月22日

スタッフが流す涙

 先日、「がんと老衰」という記事を書いた。
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e968813.html

 2件目に扱った90歳過ぎの女性も、結局この記事を書いた翌日に永眠された。
 例によって、私と看護スタッフ、リハビリスタッフ、医療ソーシャルワーカーが集まって、フェアウェル・カンファレンスを行った。

 私からは
・患者が夫と二人で暮らしていたこと
・15年前に夫に先立たれてから一人暮らしをしていたこと
・徐々に認知症が進み独居生活ができなくなったこと
・5年前から息子さん夫婦と同居していたこと
・息子さんは本人の病状経過を「これからリハビリをして元気になるだろう、なってほしい」と楽観的に捉えていたこと
・お嫁さんは「これまでの経過を見て、意思疎通もできない高度の認知症と治療適応のない進行胃癌、慢性腎不全を抱えた義母が元気になるわけがない」と現実を見据えていたこと
・主治医としては、この病状で、経鼻栄養を維持するために身体抑制を続けながら経管栄養を継続するのは心が痛んだが、リハビリ継続のためにやむを得ず栄養継続したこと
・病状が悪化してからは、少しでも本人の苦痛をとるために、経鼻胃管を抜いて、身体抑制を解除したこと
・この方にリハビリや経管栄養をすることが、医学的にも倫理的にも意味があることだったのか、今でも悩んでいること
・かといって、リハビリ適応がないからと転院受け入れを断るのは、急性期病院の立場を考えると忍びなかったこと
・リハビリ継続のために転院してきた当院で、いきなり終末期医療に舵を切る決断ができなかったこと
などを話した。

 リハビリのスタッフは口をそろえて、短期間の介入で、しかも本人との意思疎通はほとんどはかれず、何もしてあげられなかったと話していた。

 そして、看護スタッフが話し始めるのを聞いて、参加していた誰もが絶句した。
 まだキャリアの浅いスタッフだが、意思疎通もできなかった患者を思い起こして、A4の用紙にまとめた思いの丈を、しゃくりあげながら語り始めた。
・意思疎通はほとんどできなかった
・事故防止のためにやむを得ず身体抑制を継続していたが、身体抑制が解除できないかユニット会議で絶えず話し合い続けた
・2時間ごとの体位変換、経管栄養により際限なく続く下痢の対処、褥瘡予防のスキンケア、その他の介入を一所懸命に続けた
・全部本人のためにと思ってやってきたが、病状が悪化したときに経鼻胃管も抑制も解除して、その時になって初めて、本人の眉間に寄っていた深いしわがなくなり、優しい表情になって最期を迎えた
・病状悪化時、主治医から説明があったとき、まだ息子さんが治療に希望を持っているのを感じた
・主治医はこれ以上無理な治療をして苦しませない方がいい、自然な形で見守ってあげた方がいいと言っていたが、息子さんの立場になってみれば、もう少し粘り強く治療してあげてもよかったんじゃないかと思った

 その場に重苦しい沈黙が漂った。
 険悪な、という意味ではなく、ああ、この人は、意思疎通もできなかったこの患者さんのために、こんなに溢れるような気持ちを抱いてくれていたんだなあと、そんな思いに浸るような雰囲気が漂っていた。

 思わず、私の頭をよぎったのは、「悪いニュースの伝え方:SPIKES」の「E」だった。
 別に悪いニュースを伝えているわけでもないし、目の前にいるのは患者でも家族でもなく、ともに働くスタッフなのだが、グリーフケアをしている気分になった。
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e355848.html
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e534618.html

 しばしの沈黙ののち、私から看護スタッフに問いかけた。
 「私も最善の治療ができたとは思っていなくて、冒頭にお伝えしたように今でも悩んでいます」
 「私は肺がんの内科診療を専門分野としてきただけに、どうしてもこの患者さんのような方を見ると、緩和医療的・終末期医療的な立場で物事を考えてしまいます」
 「進行期肺がんの内科診療と比べて、認知症高齢者の医療が難しいのは、ときに本人の意向が確認できないということです」
 「今回の患者さんの経過を振り返って、あなたは経管栄養の継続を含めて、最大限できる治療を続けることと、最後の一時期のように医療行為を中止して、安らかに最期を迎えて頂くことと、どちらが本人が幸せだと思いますか?」
 その看護スタッフは、しばし考えたのち、本人の表情を見ていたら、やはり最後のひと時の方が幸せだったように思うと答えた。
 
 その後、私からは以下のようにお話をした。
・我々医療者の不文律としてよく言われることに、"First, do no harm."という言葉がある
・治療云々を語る前に、まず医療行為によって患者が不利益を被らないようにしなければならない
・不利益は受け取る側にとっても変わり得るけれど、まずは本人が不利益と感じるかどうかが大事だろう
・今回のこの方の病状で、経鼻経管栄養による延命・それに伴う長期の身体抑制は、私は"harm"だったと思い、反省している
・どれが"harm"で、どれが"treatment"なのかは、患者や家族を診ながら、その都度判断していくしかない
・誰もが認める「正解の診療」なんて、そもそもどこにもない
・進行期肺がんの患者の診療では、いつまで"harm"となり得る積極的治療をして、いつから患者の苦痛緩和を唯一の判断基準とする支持療法期に移行するべきか、絶えず考えている
・これからもみんなで知恵を出し合いながら、より医療の質を高めていきたい

 たくさん患者を診ていると、やがて麻痺してしまいがちな、初めて担当患者をこの手で看取ったときの気持ちを、今日のフェアウェル・カンファレンスは取り戻させてくれた。
 社会人になって私が最初に看取った患者は、胸水貯留に苦しむ80代前半の、自動車修理工場経営者の進行期肺がん患者だった。
 いろいろなことを教えてもらった。
 多職種で集まってカンファレンスを行うとよい知恵が出ることが多いが、多職種フェアウェル・カンファレンスは、知恵だけではなくて感情や経験を共有できる、という意味で、とても意義のある取り組みだと思う。
   

Posted by tak at 17:47Comments(0)緩和医療支持療法

2019年03月23日

L858R, Exon 19 deletion以外のEGFR遺伝子変異

 記事を書くのをサボっている間に、世間は淡々と動いていたようだ。
 ブログにコメントを下さった方が丁寧に教えてくれたので、ESMO 2018の要約を眺める気になった。

 今回記載するのは、L858R、Exon 19 deletion以外のいわゆる稀なEGFR遺伝子変異の実態調査をした研究。
 予後のいい変異、予後の悪い変異があるのはともかくとして、この患者群には化学療法から開始する方が治療成績がいいらしい。
 それも小さな差ではなく、化学療法から開始した群はEGFR-TKIから開始した群に比べて、約11ヶ月は生命予後が改善したらしい。
 それから、単一の遺伝子変異をもつ患者よりも、複数の遺伝子変異が相乗りしている患者の方が予後がいいというのも意外な感じ。
 遺伝子変異が複数あった方が、かえって予後が悪くなるような気がするけれど。
 この患者群にEGFR-TKIを使用するならアファチニブ、ということになるのだろうが、まずは化学療法から始めるのがよさそうだ。


LBA60 - Uncommon EGFR mutations in lung adenocarcinomas: clinical features and response to tyrosine kinase inhibitors
Aurélien Brindel et al., ESMO 2018

背景:
 EGFR遺伝子変異のような癌化に関わる遺伝子変異が見出され、チロシンキナーゼ阻害薬のような分子標的薬が開発されるようになった。そんな中でも、発現頻度の低い遺伝子変異は、今後も研究が必要で、臨床的意義について未だによくわかっていない。今回、フランスのリヨンで診断、精査された腺癌の患者を対象に、EGFR遺伝子変異の中でも頻度の低いものについて、その臨床的な特徴と同様に、出現頻度、病理学的特徴についてレトロスペクティブに検討した。

方法:
 リヨン大学病院で、総数7,539件の遺伝子変異検索を行った。サンガー法と、2,009年から2,017年までは次世代シーケンサーで検索し、EGFRのエクソン領域18-21までを対象とした。L858R点突然変異、Exon 19欠失変異、T790M変異、Exon 20挿入変異は除外した。遺伝子変異検索の結果は、2人の病理医が確認した。臨床データは患者のカルテから抽出した。

結果:
 857件(全体の11.4%)のEGFR体細胞変異を同定した。そのうち95件(11%)を頻度の低いEGFR遺伝子変異と判定した。Exon 18遺伝子変異が47件(50%)あり、E709X(15%)、G719X(35%)を含んでいた。Exon 20変異は26件(27%)で、S768I(9%)、A767_V769 duplication(18%)を含んでいた。Exon 21 L861Q変異は22件(23%)認められた。興味深いことに、27人(28%)は他の遺伝子変異を併せ持っており、そのうちL858R変異を併せ持つものは9人だった。こうした患者のうち、初回治療を化学療法で開始した患者では、EGFR-TKIで開始した患者よりも生存期間が長くなる傾向が見られた。今回の検討対象となった頻度の低いEGFR遺伝子変異を持つ患者全員を対象とすると、全生存期間中央値は化学療法群で27.7ヶ月(95%信頼区間は21.6-35)、EGFR-TKI群で16.9ヶ月(95%信頼区間は13.6-25.9)、p=0.075だった。全生存期間は遺伝子変異のタイプと相関していた。Exon 18変異とExon 20変異は比較的予後良好であり、Exon 21 L861Q変異は予後不良だった。複数の遺伝子変異を有する患者では、有意差を持って予後良好だった(p=0.002)。

結論:
 今回の検討で、頻度の低いEGFR遺伝子変異を有する患者では、EGFR-TKIと比べて化学療法の方が生命予後を改善する傾向が見られた。興味深いことに、いくつかの遺伝子変異ではその他の遺伝子変異よりも生命予後良好で、複数の遺伝子変異が共存している場合も同様だった。
   

2018年11月28日

フェントステープとアブストラル

 疼痛コントロールを続けている入院患者の治療内容がなかなかまとまらない。
 転院当時はオキシコンチン+オキノームの組み合わせで治療していたが、眠気やだるさが強いとのことで、フェントステープに切り替えてみた。
 疼痛緩和と眠気のバランスのいいところで、8mgで維持することにしたが、それでも突出痛を完全にはコントロールできない。
 レスキューはオキノームを継続使用していたが、使用薬物を統一するためにアブストラルを使うことにした。

 フェントステープは麻薬フェンタニールの貼付薬で、アブストラルは同じく麻薬フェンタニールのレスキュー使用のための舌下崩壊錠である。
 オキシコンチンを使っていた時よりも、フェントステープに代えてからの方が眠気やだるさが軽減していたので、アブストラルでも同じような効果を期待した。

 実際に使い始めてみると、他の麻薬のレスキュー使用とは異なる考え方が必要なことが分かった。
 定時使用の麻薬の量によらず、アブストラルのレスキュー使用量は一律に決められている。
 定時使用の麻薬が多かろうが少なかろうが、アブストラル開始時点の初回投与量は100μg/回と決められている。
 使用して痛みの緩和が不十分なら30分以内にもう1回分追加可能、それ以降は2時間経過しないと再投与不可。
 1日での総投与回数は4回まで。
 はっきりいって、使いにくい。
 4回使用してしまうとその後はレスキューが使えず、患者が我慢しなければならない時間が長くなる。
 下記のように、定時の麻薬使用量とアブストラル頓用の至適投与量が相関しないからというのが理由らしい。

 しかし、経口モルヒネ換算で360mg/日以上の高用量を使用していた場合、アブストラルの至適投与量は300μg以上である。
 今回の患者についていえば経口モルヒネ換算で240mg/日相当だったので該当しないのだが、開始用量については市販後調査でもう少し検討した方がいいような印象を受けた。

 また、薬の特性なのかもしれないが、吸収が速やかで、鎮痛効果も傾眠効果も早く訪れる。
 痛みが軽くなると同時に患者が眠ってしまい、活動不能になる。
 起きたときには痛みも甦っている。
 下記の薬物動態の資料を見ると、用量によらず、最高血中濃度に達するまでの時間は30-60分、最高血中濃度と経時的血中濃度積算量(AUC)は用量依存的に上がり、半減期は400μg/回以上では延長しないようだが、曲線を見る限りは用量が多い方が効果持続時間も長そうだった。

 ただ、患者の感想を素直に受け止めると、効きは早いが効果が切れるのも早い、とのことだった。

 痛みを抑えるには定時用量を増やしたいし、眠気を抑えるには定時用量を減らしたいし、突出痛を速やかに抑えるにはアブストラルがいいけど、効果持続時間(=レスキューを使わずに済む時間)を優先しようとすればオキノームの方が有利そうだし・・・とジレンマに陥っている。
 ここまでの感触から言えば、フェントステープとオキノームの組み合わせに戻した方が本人の満足度は高くなりそうな印象だ。
  

Posted by tak at 18:41Comments(3)緩和医療

2018年09月19日

白菊会

 膵臓癌術後再発で、入院緩和医療をしていた患者さんが、先ほど旅立たれた。
 次女さんと仲のいいご友人に見守られて、逝った。
 血液検査以上をきっかけに発見し、手術ができたものの局所進行度が高く、手術から3年8カ月で亡くなられた。
 がん性腹膜炎のため消化管通過障害を来し、肺癌ではあまり見られないような、呼吸困難とはまた違った辛さだった。

 生前から、
 「自分の最期は、先生に看取ってほしい」
 「死んだあとは、白菊会に献体をしたい」
と常々おっしゃっていた。

 各大学の医学部に設置されている白菊会。
 善意のもとに、自分の遺体を解剖実習に役立ててほしいという方が登録される。
 白菊会に登録している、という患者さんには幾人もお目にかかったが、実際に自分の患者さんが亡くなって、白菊会に引き取っていただくのは、今回が初めてだ。

 ご遺体の移送は時間外となってしまったため、ご遺体の引き取りに来られたのは、時間外の事務手続きを委託されている業者さんと、ご遺体の搬送を委託されている葬儀社の方。
 こんなことまでアウトソーシングなのね。

 患者さんはクリスチャンで、ご遺体が移送される直前に、牧師さんが病室までお祈りを捧げに来てくださった。
 牧師さん、ありがとうございました。  

Posted by tak at 20:22Comments(0)緩和医療

2018年01月06日

反省会

 今日は、自分自身実に17年ぶりの参加となる、特殊な院内会議に出席した。
 「デス・カンファレンス」。
 亡くなった患者さんに関する、事例検討会だ。
 2017年12月末に亡くなった患者さんについて、関連したそれぞれの職種に思うところがあり、開催することとなった。
 本ブログで過去二度にわたり取り上げた以下の患者について。

 70代前半の女性、右肺上葉原発の中枢型肺扁平上皮癌、上大静脈症候群、がん性心膜炎、両側がん性胸膜炎合併。
 前医で姑息的胸部放射線治療施行。
 当院で心膜癒着術、右胸膜癒着術、リハビリ施行。
 その後、放射線肺臓炎を発症して、ステロイド内服を開始。
 喫煙経験者、扁平上皮癌、放射線治療後、TPS 50%と、免疫チェックポイント阻害薬が効く条件は揃っていた。
 一旦退院して、放射線肺臓炎が落ち着くであろう秋になるのを待って、ペンブロリズマブを使用するつもりでいた。
 しかし、11月になると原発巣が増大して、かなりの気管狭窄を来たした。
 パフォーマンス・ステータスが落ちる前に、早くペンブロリズマブを始めなければ、と考えるものの・・・。
 万が一pseudo-progressionを招いたら、逆に気道閉塞を助長してしまう。
 近所の急性期病院の呼吸器外科の先生に泣きついて、その翌週にはステントを入れていただけた。 
 だが、不幸にもその直後に敗血症を発症し、治療が一段楽したときにはほぼ寝たきり、簡易気管切開、経鼻経管栄養の状態となっていた。
 不可抗力の経過だし、気道確保・窒息回避の目的は達した。
 しかし、払った代償は大きかった。
 抗がん薬物療法に臨める状況ではなく、ステント挿入前より遥かに悪化した全身状態を目の当たりにして、ご家族の態度は硬化していた。
 その状態で当院へ再転院してこられた。
 ステントを入れてくださった先生からは、以下のようなコメント。
 「かなりタフな経過を辿ったが、どうにか急場は凌いだ」
 「厳しい病状だが、どうかわれわれの心意気を汲んで、早期にペンブロリズマブを開始してほしい」
 「従来の抗がん薬と違って骨髄抑制の心配などはないのだから、PSが悪くても早く治療を始めるべきだ」
 本人:
 「リハビリをして体力を回復させてから、薬物療法を受けたい」
 「今のままでは薬物療法を受ける自信はない」
 家族:
 「今回入院してからは、正直言って状態が悪くなる一方」
 「これ以上本人の体を鞭打つような治療は受け入れられない」
 話し合いの結果、本人の意向を優先し、リハビリをして体力の回復を待って薬物療法を行う、という方針となった。
 しかし、体力は回復しなかった。
 気管の閉塞は回避したが、主病巣の再増大による両側反回神経麻痺・声門狭窄と上大静脈症候群の再増悪に見舞われた。
 そのため、離床・摂食嚥下訓練は進まず、呼吸状態は徐々に悪化した。
 意識障害も進み、抗がん薬物療法どころではなくなった。
 結局、本人の意向を確認できない状態で終末期医療に舵を切ることになり、年を越すことなく最期を迎えてしまった。

 以下、事例検討会での各職種の発言。

<担当医>
・効果が期待できる治療があり、その治療を患者も希望していた
・担当医として治療してあげたい一方で、PS不良のため再転院時点で治療適応はなかった
・患者本人、家族、担当医、ステントを挿入した医師それぞれに意向があったが、患者の意思を尊重することにした
・結果として不幸な転帰をたどった
・今から考えれば、リハビリをしてもPS改善はまず見込めない状況で、担当医判断で薬物療法に踏み切るか、緩和医療に徹するか決断するべきだったかもしれない

<担当看護師>
・とにかく患者の不安が強かった
・連日、深夜帯に何十回というナースコールが繰り返され、現場も疲弊していた
・もっと時間をとって患者の訴えに傾聴し、不安を和らげることができなかったかと思うと悔やまれる

<看護主任>
・後悔の残るケース
・本人の望む治療やケアを提供できたかと言われると、はなはだ疑問
・もともとが人目を気にするような性格の方だっただけに、最期には何もかもを他人に委ねなければならない状況で、かなり不本意だったのではないか
・途中まで見込みの乏しいリハビリに励んでいた人が、状態が悪化した途端に終末期医療に切り替わり、かと思えば中心静脈路確保をしたり、昇圧薬を使ったり、現場にはそこまでしなくてもいいのでは、という意見も少なからずあった
・最期の数日はこれまで見舞いに来たことのない人々がたくさん押しかけてくる一方、ずっとキーパーソンだった家族の対応が急に冷淡になり、家族との連携のあり方にも禍根を残した

<担当理学療法士>
・医師の指示のもと、離床を進める努力をしたが、10分程度の車椅子座位をとらせるのが精一杯だった
・言語聴覚士も、楽しみレベルの食事摂取が限界と考えていて、PS1まで回復させるような短期的な見通しはなかった
・血圧、脈拍が不安定で、一般の基準からすればリハビリを行うことすら難しかった

<担当ソーシャルワーカー>
・もともと別府市外で独居生活を送っていた患者
・前回入院時は、自宅を引き払った状態で(退院後の住まいが決まっていない状態で)転院してきたため、ソーシャルワーキングを進めるのにかなり不安だった
・結果的に軽費老人ホームに入居し、たまたま郷里が近い職員がいたこともあり、本人は満足していた
・11月に病状が悪化するまでには身辺をきれいに整理しておられ、そうした点ではそつのない方だった

<看護師長・看護部長>
・当院に転院してきた当初から本人が病状説明に参加し、内容をきちんと把握していたようだ
・担当医と患者・家族の間の認識は、カルテを見る限りではよく共有されていたのではないか
・その認識を、医師以外の職種とも同じように共有できていたかという点には課題が残る
・ただし、一連のプロセスはちゃんとカルテ記事に残されている
・終末期のご家族の振る舞いは気になるところだが、おそらく半年、1年と時間がたつにつれて、後悔の念が増してくるだろうし、そのときにグリーフケアの観点に立って、出来る範囲で力になってあげなければ

 以上を踏まえ、担当医から追加のコメントをした。
・施設入所前のリハビリ入院の段階で、緩和ケア病棟への転医の選択肢も提示していたが、本人は当院の療養環境を気に入っていて、最期までここで見守って欲しいと常々話していた
・なまじ効果が期待できる治療があったために、終末期緩和医療への適切な移行時期を見誤ったのではないかと言われると、反論できない
・本人への意思確認が難しくなった段階で、家族の意向に沿って抗がん薬物療法を目指したリハビリから終末期医療に大きく舵を切ったため、そのプロセスが唐突に見えたのもその通りかもしれない
・キーパーソンがつい最近義理の父を亡くして、その後事にも忙殺されていたこと、自身の体調も崩していたこと、遠方から見舞いに来る高齢の親族の体調を慮っていたこと(中には見舞いの際に体調を悪くし、当院外来を受診していた人もいた)など、心身ともに余裕がなかったことが、最期の数日間の振る舞いに影響していたかもしれない

 今後の診療に当たっては、進行期のがん患者が入院した場合には、入院早期(入院から1-2週間以内)に多職種カンファレンスを行って、診療・ケアの方向性を相互確認することとなった。
 また、「デス・カンファレンス」については、今後継続して開催することになった。
 医療従事者にとってのグリーフケア、という意味でも、辛いけれどこうした振り返りをして、思いを吐露し、共有することは大切だろう。