2020年11月30日

免疫チェックポイント阻害薬とHLA

 HLA(Human Leukocyte Antigen, ヒト白血球型抗原)は、白血球の血液型と言えるものであり、自己と非自己の識別に関与する重要な免疫機構として働いている。
 免疫学の領域では重要なキーワードであるが、これが出てくるのは後天性免疫不全症候群(AIDS)や臓器移植時の拒絶反応について考えるときくらいで、肺がんの診療においてHLAを意識することなんて皆無だった。
 しかし、今回の報告を見ると、少し興味がわいてくる。
 PD-L1≧50%の患者でも免疫チェックポイント阻害薬の効果が悪いことが一定の割合でみられ、治療開始からの3か月間が勝負といわれるが、HLAを調べることによってそうした予後不良の患者群を事前に予測できるのではないかという気になる。 
 末梢血好中球 / リンパ球比率も同様で、こうした予後不良因子を認めた場合には、PD-L1≧50%であっても化学療法を併用する、という方法論は成り立つかもしれない。





301MO - Genomic HLA as a predictive biomarker for survival among non-small cell lung cancer patient treated with single agent immunotherapy

Afaf Abed et al., ESMO Asia 2020

背景:
 PD-1 / PD-L1単剤療法を受けた切除不能局所進行、もしくは進行非小細胞肺がん患者における、HLA-I / IIのホモ接合性が生存期間延長に寄与するかどうかを検証した。

方法:
 オーストラリア西部の2か所の主要ながんセンターから、免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けた肺がん患者170人の血液サンプルを集めた。白血球を分離して高品質のDNAを抽出し、HLA-I / IIのタイピングに用いた。HLA-I / IIのタイプ、全生存期間、無増悪生存期間の間の関連性について、log-rankテストを用いた単変数解析を行った。HLA-Iと全生存期間、無増悪生存期間との相関や、全生存期間解析におけるHLA-Iホモ接合性の効果に影響を与えうる変数(年齢、PD-L1発現状態、ECOG-PS、治療モダリティー)についてのサブグループ解析について、Cox比例ハザードモデルを用いて多変数解析を行った。さらに、個々の患者のHLA-AおよびHLA-Bのサブタイプと全生存期間の相関について、log-rank検定を用いて解析した。

結果:
 単変数解析においては、1つあるいはそれ以上のHLA-I特定領域のホモ接合性と、治療に用いられた免疫チェックポイント阻害薬の種類(抗PD-1抗体 vs 抗PD-L1抗体)のみが統計学的有意な生命予後不良因子だった(前者のハザード比は2.17、95%信頼区間は1.13-4.17、p=0.02、後者のハザード比は3.16、95%信頼区間は1.66-5.99)。HLA-1遺伝子型は、PD-L1≧50%の患者集団に限定した解析ではさらに強い予後不良因子だった(ハザード比3.93、95%信頼区間は1.30-11.85、p<0.001)。多変数解析では、HLA-I遺伝子型(ハザード比2.07、95%信頼区間は1.07-4.01、p=0.03)とともに、治療開始前の末梢血好中球・リンパ球比(NLR)も生命予後予測因子となった(ハザード比2.17、95%信頼区間は1.12-4.20、p=0.02)。無増悪生存期間においても、PD-L1発現状態とHLA-I遺伝子型の間の交絡を調整してもなお、1つあるいはそれ以上のHLA-I特定領域のホモ接合性は予後不良因子だった(ハザード比2.37、95%信頼区間は1.12-5.01、p=0.02)。HLA-I遺伝子型と治療内容には相関は見られず、多変数解析にこれら因子を含めても解析結果に影響はなかった。HLA-A02の存在は、唯一の生命予後良好因子だった(ハザード比0.56、95%信頼区間は0.34-0.93、p=0.023)。

結論:
 1つあるいはそれ以上のHLA-I特定領域のホモ接合性は、免疫チェックポイント阻害薬単剤療法を受けた進行非小細胞肺がん患者における全生存期間、無増悪生存期間双方の予後不良因子だった。PD-L1発現≧50%の患者集団では、更にその傾向が顕著になった。HLA-A02の存在は唯一の予後良好因子だった。



  

2020年11月29日

METエクソン14スキップ変異陽性アジア人非小細胞肺がん患者に対するテポチニブの効果

 METエクソン14スキップ変異陽性アジア人非小細胞肺がん患者に対するテポチニブの効果。
 患者背景を説明する修飾語は、年々長くなる一方だ。
 テポチニブが薬事承認されてすでに半年以上経過するが、まだこの遺伝子変異が見いだされ、テポチニブを使用している患者を見たことはない。
 METエクソン14スキップ変異の認知と検査実施が、足元ではあまり進んでいないように思われる。
 


383MO - Tepotinib in Asian patients (pts) with advanced NSCLC with MET exon 14 (METex14) skipping

James Chih-Hsin Yang et al., ESMO Asia 2020

背景:
 METエクソン14スキップ変異を有する進行非小細胞肺がんに対して持続的な効果を示した、1日1回服用で高い選択性と潜在能力wo
有するMET阻害薬であるテポチニブは、日本で薬事承認(2020/03/25)された。
https://www.merckgroup.com/jp-ja/press/mbj/2020/200325_News_Release_Tepotinib-Japan-Approval_JP.pdf
 第II相VISION試験では、奏効割合は独立効果判定委員会評価で44.5-47.4%、担当医評価では54.7-58.3%だった。ほとんどの患者で、腫瘍縮小効果は治療開始から6週間以内に観察された。今回は、アジア人患者集団における治療効果について報告する。

方法:
 組織生検もしくはリキッドバイオプシーでEGFR遺伝子変異陰性、ALK融合遺伝子陰性、METエクソン14スキップ変異陽性と診断された進行非小細胞肺がん患者を対象とし、テポチニブ500mgを経口投与した。病勢進行、忍容不能の毒性、本人意思による治療の中止のいずれかに至るまでは治療を継続した。主要評価項目は独立効果判定委員会評価による奏効割合(初回の奏効確認から4週間以上空けて再度奏効が確認された場合を奏効確定例とする)とした。副次評価項目は担当医評価による奏効割合、奏効持続期間、無増悪生存期間、安全性とした。Pts evaluable for ORR had ≥2 post-baseline assessments or discontinuation for any reason.

結果:
 2020年1月1日のデータカットオフ時点で、効果判定可能だったアジア人患者は38人だった。年齢中央値は70歳(52-85歳)、32%が女性で、39%が非喫煙者、32%は過去に治療歴がない患者だった。国別の内訳は、日本が50%、韓国が26%、台湾が13%、スペインが3%、米国が8%だった。アジア人患者に対するテポチニブの有効性は全体集団と同様で、独立効果判定員会評価による奏効割合は47.4%(95%信頼区間は31.0-64.2%)だった。担当医評価による奏効割合は60.5%(95%信頼区間は43.4%-76.0%)だった。独立効果判定員会評価による奏効持続期間は未到達、担当医評価による奏効持続期間は10.9ヶ月(95%信頼区間は9.7ヶ月-未到達)だった。病勢コントロール割合(完全奏効、部分奏効もしくは病勢安定の状態が12週間以上持続した患者の割合)は独立効果判定員会評価で68.4%(95%信頼区間は51.3-82.5%)、担当医評価で81.6%(95%信頼区間は65.7-92.3%)だった。いまだデータは不十分だが、無増悪生存期間中央値は11.0ヶ月(95%信頼区間は4.9ヶ月-未到達)だった。まだ効果判定時期に至っていない患者も含めると、全体で50人のアジア人が少なくとも1回のテポチニブ内服投与を受けていた。主な有害事象は末梢浮腫、血清クレアチニン上昇、下痢だった。Grade 3以上の治療関連有害事象は患者の26%に認められた。治療関連有害事象のうち、投与量減量が必要だったのは28%、一時的な治療中断が必要だったのは36%、治療中止に至ったのは10%だった。

結論:
 テポチニブはMETエクソン14スキップ変異陽性のアジア人非小細胞がん患者に対して、確たる持続的な臨床効果を示した。有害事象はおしなべてマイルドかつ管理可能で、治療中止に至る割合はわずかだった。VISION試験は最終的に、アジア人を55人組み入れる予定となっている。

  

2020年11月28日

EGFR-TKI治療で病勢増悪後のABCP療法の第II相試験

 EGFR-TKI治療後に病勢進行に至った患者に対するアテゾリズマブ+ベバシズマブ+カルボプラチン+ペメトレキセド(ABCP)療法の第II相試験。
 私の苦手な4剤同時併用てんこ盛り治療の臨床試験だが、効果は高い様子。
 第III相臨床試験で再現できるかどうか。


380MO - A phase II trial of atezolizumab, bevacizumab, pemetrexed and carboplatin combination for metastatic EGFR-mutated NSCLC after TKI failure

Tai Chung Lam, et al., ESMO Asia 2020

背景:
 チロシンキナーゼ阻害薬に対する獲得耐性はEGFR遺伝子変異陽性進行肺がんにおける重要な未解決問題である。今回の臨床試験では、こうした背景をもつアジア人患者集団で、抗VEGF抗体+免疫チェックポイント阻害薬+プラチナ併用化学療法の有効性を検証した。

方法:
 EGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がん患者で、少なくとも1種類のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬治療後に病勢進行に至った患者を対象とした。T790M耐性変異を有する患者においては、オシメルチニブ使用後に放射線画像診断で進行が確認されていることを参加条件とした。アテゾリズマブ(1200mg / body)+ベバシズマブ(7.5mg / kg)+ペメトレキセド(500mg / ㎡)+カルボプラチン(AUC 5)を3週間ごとに病勢進行に至るまで継続した。評価項目は奏効割合、無増悪生存期間、全生存期間とした。

結果:
 40人の患者が組み入れられた。年齢中央値は62歳で、半数以上(57.5%)の患者がオシメルチニブ投与後の病勢進行を経験していた。治療開始前の段階で、病状の安定している脳転移を有する患者が22.5%に及んだ。PD-L1発現が1%未満だった患者は52.5%だった。追跡期間中央値は11.0ヶ月で、奏効割合は62.5%だった。無増悪生存期間中央値は9.43ヶ月(95%信頼区間は7.62-12.1ヶ月)だった。プロトコール治療中に病勢進行に至った31人の患者において、11人は中枢神経系病変の増悪のみが病勢進行の原因だった。生存期間中央値は未到達で、1年生存割合は72.5%だった。Grade 3以上の治療関連有害事象は、37.5%におよび、1人だけプロトコール治療が中止となった、7人(17.5%)は治療薬の減量が必要となり、1人(2.5%)は心筋梗塞合併のために死亡した。Grade 2の高血圧は、27.5%の患者で認められた。2人は無症候性の肺動脈血栓塞栓症を合併していた。深部静脈血栓症を合併した患者も1人いた。こうした3人の患者においては、血栓症の治療が終了したのちにプロトコール治療を再開した。免疫関連有害事象は32.5%の患者で出現した。Grade 3の一過性の肝機能障害を来した1人、Grade 4の多発神経炎を合併した1人を除けば、全ての免疫関連有害事象はGrade 1-2のマイルドな甲状腺機能低下症もしくは亢進症と、副腎皮質ホルモンの分泌障害だった。
 
結論:
 ABCP療法は、チロシンキナーゼ耐性化後にEGFR遺伝子変異陽性進行非小細胞肺がんの病勢が進行した場合の治療として、有望な結果を残した。

  

2020年11月28日

進展型小細胞肺がんにおけるIMpower133レジメンとCASPIANレジメン

 ほんのちょっとしたことなのだが、気づいたので書き留めておく。
 進展型小細胞肺がんに対するIMpower133レジメンとCASPIANレジメン。
 IMpower133レジメンは、カルボプラチン+エトポシド+アテゾリズマブ導入療法3週ごと4コース後のアテゾリズマブ維持療法3週ごと。
 CASPIANレジメンは、カルボプラチン+エトポシド+デュルバルマブ導入療法3週ごと4コース後のデュルバルマブ維持療法4週ごと。
 微妙に維持療法の治療間隔が異なっていた。

 それでは、投与間隔や投与回数の点で、デュルバルマブの方が患者負担が少ないので優れるかというと、そう単純な話ではない。
 コストが大きく異なる。
 1コース当たりにかかる薬価を計算してみる。
 導入療法終了後、1年間無増悪で維持療法を続けたとすると、アテゾリズマブ投与は計21コース、デュルバルマブは17コース。
 アテゾリズマブ導入療法から1年間無増悪でアテゾリズマブを継続した際のアテゾリズマブの薬価は計21コース分で13,380,192円。
 デュルバルマブ導入療法から1年間無増悪でデュルバルマブを継続した際のデュルバルマブの薬価は計17コース分で23,829,495円。
 1年間では約10,500,000円の差になる。
 デュルバルマブの1コース当たり薬価は1,401,735円、アテゾリズマブの1コース当たり薬価は637,152円と、デュルバルマブの薬価はアテゾリズマブの2.2倍であることが大きく関わっている。

 効果が同等であるなら、この差は納税者のひとりとしては、ちょっと受け入れがたい。
 本音を言えば、そもそも患者が喫煙経験者なら、どちらも使ってほしくない。  

2020年11月28日

抗PD-1抗体のcemipilimab、初回治療で化学療法より生存期間を延長

 トルコの先生からの報告。
 新規抗PD-1抗体のcemipilimabが化学療法と比較して、進行非小細胞肺がんの初回治療で有意に生存期間を延長したとのこと。
 要約を素直に読むと、PD-L1発現状態を考慮しなくても生存期間を延長しているようだが、わざわざPD-L1≧50%の患者集団についてスポットを当てているということは、結局既存の同効薬と同じ傾向だったということだろうか。



378MO - EMPOWER-Lung 1: Phase III first-line (1L) cemiplimab monotherapy vs platinum-doublet chemotherapy (chemo) in advanced non-small cell lung cancer (NSCLC) with programmed cell death-ligand 1 (PD-L1) ≥50%

Ahmet Sezer et al., ESMO Asia 2020

背景:
 EMOPOWER-Lung 1試験は多施設共同、オープンラベルの国際共同第III相臨床試験であり、腫瘍細胞表面のPD-L1発現割合≧50%のIIIB / IIIC / IV期の未治療扁平上皮 / 非扁平上皮非小細胞肺がん患者を対象として、抗PD-1抗体であるcemipilimabについて検証する試験である。

方法:
 本試験に参加する患者は、cemipilimab 350mgを3週間に1回投与する群(cemi群)と担当医により選択された化学療法を行う群(chemo群)に1:1の割合で無作為割り付けされた。chemo群の患者の病勢進行が確認されたのち、治療をcemipilimabに切り替えるクロスオーバーは可とされていた。主要評価項目は全生存期間と、独立した委員会により判定される無増悪生存期間とされた。予定された生存イベントの50%に至った段階で、規定されていた中間解析を行った。今回示すデータは、ITT解析によるものと、PD-L1≧50%の患者群でのITT解析に関するものである。2020年3月1日にデータカットオフを行った。

結果:
 全体のITT解析において、経過観察期間中央値13.1ヶ月の段階で、生存期間中央値はcemi群(356人)で22.1ヶ月(95%信頼区間は17.7ヶ月-未到達)、chemo群(354人)で14.3ヶ月(95%信頼区間は11.7-19.2ヶ月)、ハザード比0.68、95%信頼区間0.53-0.87、p=0.002と、cemi群で有意に優れていた。無増悪生存期間中央値はcemi群で6.2ヶ月(95%信頼区間は4.5-8.3ヶ月)、chemo群で5.6ヶ月(95%信頼区間は4.5-6.1ヶ月)、ハザード比0.59、95%信頼区間0.49-0.72、p<0.0001と、こちらもcemi群で有意に優れていた。PD-L1≧50%の患者群においては、経過観察期間中央値10.8ヶ月の段階で、生存期間中央値はcemi群(283人)で未到達(95%信頼区間は17.9ヶ月-未到達)、chemo群(280人)で14.2ヶ月(95%信頼区間は11.2-17.5ヶ月)、ハザード比0.57、95%信頼区間0.42-0.77、p=0.0002で、有意にcemi群で優れていた。無増悪生存期間はcemi群で8.2ヶ月(95%信頼区間は6.1-8.8ヶ月)、chemo群で5.7ヶ月(95%信頼区間は4.5-6.2ヶ月)、ハザード比0.54、95%信頼区間0.43-0.68、p<0.0001で有意にcemi群が優れていた。chemo群で、cemiplimabへクロスオーバーした患者の割合は73.9%に上った。全体のITT解析において、cemi群では奏効割合が高く(36.5% vs 20.6%)、奏効持続期間が長く(21.0ヶ月 vs 6.0ヶ月)、患者背景に関わらずGrade 3以上の有害事象が少なかった(37.2% vs 48.5%)。

結論:
 本試験では、PD-L1≧50%の患者集団において、高いクロスオーバー割合にも拘わらず、cemipirimab単剤療法が有意に全生存期間と無増悪生存期間を延長した。

  

2020年11月28日

新型コロナウイルス感染症における重症度と病床使用率

 データと実態の乖離が世間の認識をミスリードすることは珍しいことではないが、標記の話題は極めて深刻だ。
 強い危機感を抱いている。

 この話題について、朝日新聞デジタルの記事から引用すると、
・厚生労働省の集計では、新型コロナの重症者は2020年11月26日時点で435人。
・半月で約2倍となった。
・自治体が確保した重症者用ベッドの重症者の使用率(2020年11月26日時点)は、大阪府で52%、東京都で40%、神奈川県で32%、愛知県で31%、兵庫県で29%だった。
・重症者用ベッドの重症者の使用率「25%以上」がステージ3(感染急増段階)の目安になる。
・東京都は人工呼吸器か体外式膜型人工肺(ECMO(エクモ))を装着した患者を重症者と定義し、26日現在で60人。
・東京都の重症者用の確保ベッドは「150床」とする。
・しかし、「確保」は必ずしも今使えることを意味しておらず、人手不足などですぐに使えないものが含まれる。

 この記事をどのように汲み取るか。
 乱暴な例えかもしれないが、原発性肺がんが疑われる患者が半月で2倍になったら、もうお手上げだ。
 まず検査の予定が組めず、診断が遅れる。
 治療導入の段階になったら、さらに医療供給体制は逼迫する。
 肺がんは感染症に比べると、一般に病状の進行が緩やかなのでそれでもやりくりできるかもしれないが、新型コロナウイルス感染はそうはいかない。
 診断も治療も、来週や再来週まで待つ、ということができない。
 
 そして、「重症者」の定義が問題だ。
 厚生労働省が公表している「新型コロナウイルス感染症診療の手引き 第3版」から重症度分類について抜粋する。



 この分類によると、酸素投与を要し、かつICU管理や人工呼吸管理を「していない」患者は中等症IIに分類される。
 ポイントは、ICU管理や人工呼吸管理が「必要でない」患者ではなく「していない」患者は中等症IIに分類されるということだ。
 非侵襲的陽圧呼吸管理やネーザルハイフローといった人工呼吸管理に準ずる治療を受けている患者は、一般的な感覚からすれば十分に重症だが、この重症度分類ではグレーゾーンながら中等症IIに分類されてしまう。
 こうしたグレーゾーン中等症IIに分類される患者は、疾患背景や年齢、認知機能、患者の意思など様々な理由で人工呼吸管理の適応から除外された患者を考慮すると、おそらく結構な数にのぼるのではないだろうか。
 本来は、最下段のフローチャートにあるように、「酸素マスクによるO2(5L/分までの)投与でもSpO2≧93%を維持できなくなった場合、ステロイド薬やレムデシビルなどの効果をみつつ、人工呼吸への移行を考慮する」にあたる患者が「重症者」と定義されるべきだろう。
 2020年11月27日時点で、大分県では入院予定・宿泊療養者を含めて70人の入院中患者がいると県が公表しているが、そのうちどの程度が重症者で、どのように県内医療機関・宿泊療養施設に分散しているかは公表されていない。
 しかし、一定数の重症者は当然いるはずで、私が知る限り、人工呼吸管理はともかくとして、新型コロナウイルス感染症患者に対応可能なICUやECMOを利用できる医療機関は大分県では極めて限られており、連日10人近い新規患者が発生している現状は深刻と言わざるを得ない。

・大分県におけるPCR等検査実施人数及び患者状況
https://www.pref.oita.jp/site/covid19-oita/covid19-pcr.html

 また、新型コロナウイルス感染症用の確保ベッドとして公表された病床が、全て直ちに使用できるわけではない。
 平時は一般病棟として運用している病床を、新型コロナウイルス感染患者が増えてきたら、専用ベッドとしてやりくりするわけだ。
 当然のことながら、もともと入院していた患者が退院するなり、他の病床に移るなりしないと、専用ベッドは準備できない。
 他の病床に移るということは、ときには他病院に転院させるということを意味するわけだが、転院先のベッド稼働状況にも依存する。
 私の勤務先はそういった「転院先」としてこのところ入院患者受け入れ要請が後を絶たないが、寒くなって一般の呼吸器感染症や骨折などで緊急入院する患者が増えていて、現在既に満床の状態にあり、これ以上の転院受け入れができなくなっている。
 どの地域でもこうした事情はあるはずで、ただでさえ新型コロナウイルス感染症患者の軽症・中等症患者用のベッドのやりくりすら大変なはずなのに、「ICUに入室 or 人工呼吸管理が必要」な重症者用ベッドがそんなに簡単に確保できるわけがない。
 ベッドがあっても、医療機器や職員が確保できない。
 
 そういうわけで、本来重症と判定されるべき患者はより多く、実働可能な重症者用ベッドはより少ないはずで、使用率は公表された数字よりも遥かに逼迫しているはずだ。

 大分県では、会食によるクラスターの連鎖が今回の第3波のかなりの部分を占めており、当面やむ気配にない。
 そして、信じがたいことに、こうした状況下においてもGo To ナントカに便乗して県外にレクレーションで移動しようという人は少なからずいるようだ。
 私の実家は宿泊施設なので、母親に予約状況を聞くとこうしたことを実感する。
 家業が細るのは寂しい限りだが、この状況で県外に移動して新型コロナウイルスの拡散リスクを高めるのは、医療従事者の一人として本当に勘弁してもらいたい。  

Posted by tak at 01:06Comments(0)その他

2020年11月25日

免疫関連有害事象の起こり方と生存期間延長効果

 免疫関連有害事象が発生した方が、免疫チェックポイント阻害薬の生存期間延長効果は強くなる、というお話。
 背景は不明だが、この報告にある内容は、多かれ少なかれ誰もが実感として感じている内容ではないだろうか。
 免疫関連有害事象のマネジメントは大変だけれど、頑張れば報われる。


Multisystem Immune-Related Adverse Events and Disease Outcomes Among Patients With NSCLC Treated With Immunotherapy
The ASCO Post
By Matthew Stenger
Posted: 11/4/2020 11:50:00 AM
Ref.:
Multisystem Immune-Related Adverse Events Associated With Immune Checkpoint Inhibitors for Treatment of Non–Small Cell Lung Cancer
Bairavi Shankar et al., JAMA Oncol. Published online October 29, 2020. doi:10.1001/jamaoncol.2020.5012

JAMA Oncology誌に公表された後方視的研究においてShankarらは、III期もしくはIV期の非小細胞肺がん患者に対して抗PD-1 / 抗PD-L1免疫チェックポイント阻害薬を使用したのちに多系統免疫関連有害事象を経験した患者では、無増悪生存期間および全生存期間が改善していたと報告した。
 本試験には、全世界の5施設から623人の患者データが集積された。対象者は、2007年1月から2019年1月の間に、抗PD-1 / 抗PD-L1免疫チェックポイント阻害薬を単独で、あるいは他の抗腫瘍薬と併用で使用された者とした。
 多系統免疫関連有害事象は、個別の免疫関連有害事象の組み合わせ、あるいは個別の臓器合併症の組み合わせと特徴づけられた。
 623人(男性60%、白人77%、年齢中央値66歳)の患者中、527人は抗PD-1 / 抗PD-L1抗体単剤療法を、96人は抗PD-1 / 抗PD-L1抗体+他の抗腫瘍薬の併用療法を受けていた。全体で、148人(24%)は1種類の免疫関連有害事象を合併し、58人(9.3%)は多系統免疫関連有害事象を合併していた。全ての多系統免疫関連有害事象は逐次的に発生していた。
 抗PD-1 / 抗PD-L1抗体単剤療法を受けた患者では、135人が1種類の免疫関連有害事象を合併し、51人が多系統免疫関連有害事象を合併していた。多系統免疫関連有害事象を合併した患者において多かった有害事象の組み合わせは、肺臓炎+甲状腺炎(7人、14%)、肝炎+甲状腺炎(5人、10%)、皮膚炎+肺臓炎(5人、10%)、皮膚炎+甲状腺炎(4人、8%)だった。
 抗PD-1 / 抗PD-L1抗体+他の抗腫瘍薬の併用療法を受けた患者では、13人が1種類の免疫関連有害事象を合併し、7人が多系統免疫関連有害事象を合併していた。こうした患者の多系統免疫関連有害事象には、これといった有害事象の組み合わせの傾向は見られなかった。
 多系統免疫関連有害事象と独立した相関関係を持っていた因子は、ECOG-PS 0 /1 vs 2(補正オッズ比0.27、p=0.04)、免疫チェックポイント阻害薬使用継続期間(補正オッズ比 1.02、p<0.001)だった。
 無増悪生存期間中央値は、多系統免疫関連有害事象を合併した患者集団では10.9ヶ月、1種類の免疫関連有害事象のみを合併した患者集団では5.1ヶ月、全く免疫関連有害事象を合併しなかった患者集団では2.8ヶ月だった(p<0.001)。1年無再発生存割合はそれぞれ44%、28%、16%だった。免疫チェックポイント阻害薬の使用期間について補正して、無増悪生存期間に関する多変数解析を行ったところ、全く免疫関連有害事象を合併しなかった患者集団に対する補正ハザード比は、1種類の免疫関連有害事象を合併した患者集団では0.68(p<0.001)、多系統免疫関連有害事象を合併した患者集団では0.39(p<0.001)だった。
 生存期間中央値は、多系統免疫関連有害事象を合併した患者集団では21.8ヶ月、1種類の免疫関連有害事象を合併した患者集団では12.3ヶ月、全く免疫関連有害事象を合併しなかった患者集団では8.7ヶ月だった。免疫チェックポイント阻害薬の使用期間について補正して、全生存期間に関する多変数解析を行ったところ、全く免疫関連有害事象を合併しなかった患者集団に対する補正ハザード比は、1種類の免疫関連有害事象を合併した患者集団では0.86(p<0.26)、多系統免疫関連有害事象を合併した患者集団では0.57(p<0.005)だった。
 全体として、免疫関連有害事象のイベントの数と無増悪生存期間(ハザード比0.67、p<0.001)および全生存期間(ハザード比0.79、p=0.003)の間に有意な正の相関があることがわかった。
  

2020年11月23日

RET肺がんとpralsetinib

 もうひとつのRET阻害薬、pralsetinibについて。
 有効性はともかく、有害事象に関する注意事項がとても多い。
 致死的な有害事象が5%で認められたという。


Pralsetinib for NSCLC With RET Gene Fusions

ASCO post
By Matthew Stenger
October 10, 2020

2020年9月4日、pralsetinib(Gavreto)は、米国食品医薬品局(FDA)が承認した検査法で診断された成人のRET融合遺伝子陽性進行非小細胞肺がん患者に対する迅速承認を取得した。FDAは同時に、pralsetinibのコンパニオン診断法として、Oncomine Dx Target testを承認した。
 今回の承認は、多施設共同、オープンラベル、マルチコホートの臨床試験であるARROW試験の結果に基づいている。本臨床試験では、RET融合遺伝子陽性進行非小細胞肺がん患者のうち、過去にプラチナ併用化学療法を行った後に病勢進行に至った患者集団と、過去に治療歴のない患者集団を別々のコホートとして組み入れている。試験参加者は全て、pralsetinibを1日1回400mg内服し、病勢進行もしくは忍容不能の有害事象に見舞われるまでは継続することとした。主要評価項目は独立効果判定委員会の判定による奏効割合と奏効持続期間とし、RECIST ver. 1.1を用いて評価した。
 プラチナ併用化学療法治療歴のあるコホート87人において、奏効した人数は50人(奏効割合57%、95%信頼区間は46-68%)で、完全奏効は5.7%認められた。奏効持続期間中央値は未到達(95%信頼区間は15.2ヶ月-未到達)だった。少なくとも6ヶ月以上奏効が持続している患者の割合は、奏効した患者のうち80%だった。
 本試験参加前に、プラチナ併用化学療法と同時併用、あるいは逐次併用でPD-1/PD-L1阻害薬を用いた患者39人に対する探索的サブグループ解析を行ったところ、奏効割合は59%(95%信頼区間は42-74%)で、奏効持続期間中央値は未到達(95%信頼区間は11.3ヶ月-未到達)だった。治療開始前に測定可能な中枢神経系病変を有していた8人の患者において、中枢神経系病変の奏効割合は4人(50%、うち、完全奏効は2人)で、4人中3人では、腫瘍縮小が6ヶ月後にも持続していた。
 過去に治療歴のない27人においては、奏効した人数は19人(奏効割合70%、95%信頼区間は50-86%)で、完全奏効は11%に認められた。無増悪生存期間中央値は9.0ヶ月(95%信頼区間は6.3ヶ月-未到達)だった、6ヶ月経過した段階で、奏効が持続しているのはこのうち58%にのぼっていた。
 pralsetinibは野生型RET、RET融合遺伝子(CCDC6-RET)、RET遺伝子変異(RET V804L, RET V804M, RET V918T)に対するキナーゼ阻害薬である。RET阻害に必要な血中濃度よりも高い、しかし臨床的には到達可能な血中濃度において、pralsetinibはDDR1、TRKC、FLT3、JAK1-2、TRKA、VEGFR2、PDGFRb、FGFR1といった他のドライバーも阻害する。細胞株を用いた検討では、RETを阻害するのに必要なpralsetinibの濃度はVEGFR2を阻害するのに必要な濃度の14分の1、FGFR2の40分の1、JAK2の12分の1であるという。
 RET融合遺伝子やRET遺伝子変異の産物である蛋白は、それより下部のシグナル伝達系を活性化することにより腫瘍化を促進し、制御不能な細胞浸潤を引き起こす。pralsetinibはKIF5B-RET、CCDC6-RET、RET M918T、RET C634W、RET V804E、RET V804L、RET V804MといったRET融合遺伝子、RET遺伝子変異を有する培養細胞株、あるいは腫瘍移植動物モデルにおいて、抗腫瘍活性を示した。加えて、pralsetinibはKIF5B-RETもしくはCCDC6-RETを発現させた腫瘍を脳に移植したマウスモデルにおいても、マウスの生存期間を延長した。

 pralsetinibを使用するにあたり、FDAの承認を得た検査法を用いてRET融合遺伝子を検出しなければならない。pralsebinitの推奨容量は400mg1日1回で、空腹時に服用することとされており、病勢進行もしくは忍容不能の有害事象が出現するまで継続する。有害事象が発生した際には、300mg、200mg、100mgと100mg刻みで減量する。100mgでも忍容不能となった場合には、使用を中止する。使用説明書には、薬剤性肺障害、高血圧、肝障害、出血性合併症など、grade 3 / 4の有害事象が発生した際の対処法について細かく記載されている。
 強力なCYP3A阻害薬、p-グリコプロテインとCYP3A阻害薬の複合体、強力なCYP3A作動薬はpralsetinibとの併用を避ける必要がある。やむを得ず併用する際のpralsetinibの減量の仕方についても使用説明書に記載されている。
 ARROW試験に参加した220人の患者における安全性データが報告されている。患者の年齢中央値は60歳(26-87歳)、52%は女性で、50%は白人で、41%はアジア人だった。4%はヒスパニック系/ラテン系だった。
 全グレードの有害事象の中で主なもの(25%以上に認められたもの)は、AST上昇(69%)、貧血(54%)、リンパ球減少(52%)、好中球減少(52%)、ALT上昇(46%)、クレアチニン上昇(42%)、ALP上昇(40%)、倦怠感(35%)、便秘(35%)、筋肉痛(27%)、リン酸低下(27%)、血小板減少(26%)だった。
 grade 3-4の有害事象で主なものは、高血圧(14%)、肺炎(8%)、下痢(3.2%)、リンパ球減少(20%)、好中球減少(10%)、リン酸低下(9%)だった。
 患者の45%で深刻な有害事象を認めた。これらのうち、少なくとも2%以上を占めたのは肺炎、薬剤性肺障害、敗血症、尿路感染症、発熱だった。患者の60%でpralsetinibの中断が必要だった。このうち原因の2%以上を占めたのは、好中球減少、薬剤性肺障害、貧血、高血圧、肺炎、発熱、AST上昇、クレアチンキナーゼ上昇、倦怠感、白血球減少、血小板減少、嘔吐、ALT上昇、敗血症、呼吸困難だった。患者の36%でpralsetinibの減量が必要だった。このうち原因の2%以上を占めたのは、好中球減少、貧血、薬剤性肺障害、倦怠感、高血圧、肺炎、白血球減少だった。患者の15%でpralsetinibの中止が必要だったが、その原因の主なものは薬剤性肺障害(1.8%)、肺炎(1.8%)、敗血症(1%)だった。致死的な有害事象は全体の5%に認められ、そのうち3人は肺炎、2人は敗血症だった。
 pralsetinibには薬剤性肺障害、高血圧、肝障害、出血性合併症、創治癒遅延、催奇形性が警告事項として付されている。
 反復する薬剤性肺障害、もしくはgrade 3 / 4の薬剤性肺障害が見られた場合には、それ以降pralsetinibは使用してはならない。高血圧のコントロールができていない患者にはpralsetinibを開始してはならない。血圧は治療開始前に適正にコントロールされなければならず、治療開始後1週間、更にその後も少なくとも月に1回と必要な時にモニタリングされなければならない。ALTとASTは治療開始前、治療開始後3か月間は2週間ごと、治療開始後4か月目以降は毎月と必要な時にモニタリングされなければならない。重篤な、致命的な出血性合併症に見舞われたら、それ以降pralsetinibは使用してはならない。待機手術の少なくとも5日前、大きな手術後の少なくとも2週間、手術創が治癒するまではpralsetinibの使用は見合わせなければならない。pralsetinib使用中は授乳は避けなければならない。
  

2020年11月23日

RET肺がんとSelpercatinib

 ROS1肺がん同様、発現頻度は決して高くはないRET肺がん。 
 新規治療が開発されたとしても、肺がん診療全体に及ぼすインパクトは大きくない。
 そのため、話題に取り上げるのを避けてきたが、今日は取り上げる。

 SelpercatnibはRET融合遺伝子もしくはRET遺伝子変異を有する非小細胞肺がんと甲状腺がんに対し、2020/05/08付で米国食品医薬品局により承認された。
 LIBRETTO-001試験結果に基づく。
 非小細胞肺がんのわずか1-2%(おそらく、実感としてはもっと少ないだろう)のみのRET融合遺伝子陽性肺がんを以下に粘り強く探し続けるかが、医療従事者にとっての最初の試練だろう。




Efficacy of Selpercatinib in RET Fusion-Positive Non-Small-Cell Lung Cancer
Drilon et al., N Engl J Med. 2020 Aug 27;383(9):813-824.
DOI: 10.1056/NEJMoa2005653

背景:
 RET融合遺伝子は、非小細胞肺がんの1-2%に認めるとされるドライバー遺伝子変異である。RET融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんにおいて、選択的RET阻害薬の有効性と安全性はわかっていない。

方法:
 過去にプラチナ併用化学療法を受けたことがある、あるいは過去に治療歴のないRET融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺がん患者を対象に、別々にselpercatinibの第1-2相臨床試験に組み入れた。主要評価項目は独立効果判定員会により判定された奏効割合とした。副次評価項目は奏効持続期間、無増悪生存期間、安全性とした。

結果: 
 プラチナ併用化学療法を受けたことのあるRET融合遺伝子陽性の非小細胞肺がん患者集団の最初の105人において、奏効割合は64%(95%信頼区間は54-73%)だった。奏効持続期間中央値は17.5ヶ月(95%信頼区間は12.0ヶ月-未到達)で、経過観察期間中央値12.1ヶ月時点では、63%の患者で縮小効果が持続していた。過去に治療歴のない患者集団39人においては、奏効割合は85%(95%信頼区間は70-94%)で、6ヶ月経過時点で90%の患者で縮小効果が持続していた。治療開始前に測定可能な中枢神経系病変を有していた11人の患者において、中枢神経系病変の奏効割合は91%(95%信頼区間は59-100%)だった。grade 3以上の有害事象のうち主なものは、高血圧(14%)、ALT上昇(12%)、AST上昇(10%)、低ナトリウム血症(6%)、リンパ球減少(6%)だった。531人中12人(2%)は有害事象を理由にselpercatinibの使用を中止した。

結論:
 プラチナ併用化学療法歴のある、もしくは過去に治療歴のないRET融合遺伝子陽性非小細胞肺がん患者において、selpercatinibは持続性のある腫瘍縮小効果を有し、中枢神経系病変にも有効で、毒性は概ね軽微だった。 

(Funded by Loxo Oncology and others; LIBRETTO-001 ClinicalTrials.gov number, NCT03157128.).  

2020年11月17日

あれから20年も、この先10年も

 ネット上に、米国の抗腫瘍薬開発のオピニオンリーダーから以下のようなコメントが寄せられていたので引用してみた。
 かなり意訳してしまった。
 この20年は、私の社会人としてのキャリアとぴったり重なるので、とても感慨深い。




Lung Cancer: Precision Therapies at the Forefront
By Suresh S. Ramalingam, MD, FACP, FASCO
November 10, 2020

 この20年間で、なんと大きな変化が起こったことだろうか。
 ECOG1594試験の結果は、2000年の米国臨床腫瘍学会年次総会のプレナリーセッションで報告された。進行非小細胞肺がん患者に対する初回治療として、4種のプラチナ併用化学療法はどれも同等の効果を示すとされた。各治療の奏効割合はおしなべて20%程度で、生存期間中央値はたった8ヶ月だった。その1年前、進行非小細胞肺がん患者のサルベージ療法(二次化学療法)としてドセタキセル単剤療法が薬事承認されたが、これは10%未満の奏効割合と8ヶ月程度の生存期間中央値という結果に基づいたものだった。
 当時は、進行非小細胞肺がんの患者に対して、そもそも薬物療法を提案するべきか否かという論争があった。肺がん患者に対して長期生存もしくは治癒の可能性があるとするなら、それは早期の段階で外科切除を行い、それにより確定診断がついたときだった。しかし、有効なスクリーニング手段がないため、早期に診断される肺がん患者は少なかった。
 もっとも楽観的な見通しを持っていた胸部腫瘍医でさえ、個別改良により進行がんの患者が長期生存できるようになるモデルケースの役割を肺がんが担うようになると予測するのは難しかっただろう。肺がんによる死亡率は2013年以降というもの、年率3-6%ずつ減少しており、1991年以降の米国でがん死亡率が29%減少-この30年間でがん関連死亡者数が300万人減少-したことの主たる要因と考えられている。
 2020年だけでも、米国食品医薬品局は肺がんに対して9種の新規治療を承認した。そのうち4種(selpercatinib, pralsetinib, lurbinectedin, capmatinib)は初めて医薬品として承認された化学物質である。また3種は、既存の免疫チェックポイント阻害薬の新たな適応拡大だった。非小細胞肺がんの治療はここ数年で様変わりした。ほとんどの進行非小細胞肺がんの患者において、QoLを悪化させずに長期生存を目指すことは、現実的な治療目標になった。次世代シーケンサーによる分子標的の検索により、治療標的となり得る少なくとも7種の「分子ドライバー」の検出が可能になった。こうした分子標的薬を用いることにより、奏効割合は50-85%、無増悪生存期間中央値は10-25ヶ月は見積もられるようになった。
 個別化医療への第一歩は、上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬の開発と、治療感受性が活性化遺伝子変異と相関していることの発見だった。続いて、より高い有効性と、耐性化変異の克服のために、新世代のEGFR阻害薬が開発された。異常蛋白への特異性を増すことにより、EGFR阻害薬の安全性プロファイルが改善した。また、脳転移に対する効果が改善したこともまた、新世代のEGFR阻害薬開発の成功のためのキーポイントだった。
 2007年に、肺がん患者の一部でALK遺伝子再構成がドライバー遺伝子変異として働いていることが発見されたことは、もう一つの重要な節目だった。この発見からほとんど時を置かず、劇的な治療効果を示すALK阻害薬の評価がなされた。この患者集団において、6種の異なるALK阻害薬が強力な抗腫瘍活性を示し、生存期間中央値は5年を超える。
 最近では、KRAS G12Cがん遺伝子を直接の標的とした治療が有望な結果を残している。かつてKRAS遺伝子変異は治療標的期とはなりがたいと考えられていたが、新規の薬剤を用いると奏効割合は約32%に達することが分かった。また、抗体-薬物複合体を用いた治療により、HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がん患者では60%以上の奏効割合が、現在進行中の臨床試験で示されている。
 こうした諸々の治療により、プレシジョン・メディシンを達成するための標的分子の数は近い将来2ケタに達すると考えられ、我々が長い間渇望していた個別化医療に前進をもたらすだろう。
 また一方で、免疫チェックポイント阻害薬の開発もまた、肺がん治療の進歩のもう一つの節目と言える。現在、日々の実地臨床において5種の免疫チェックポイント阻害薬が使用されている。
 進行非小細胞肺がんの患者のうち約30%を占めるPD-L1高発現の患者に対して、ペンブロリズマブ単剤療法を行った際の5年生存割合は32%である。ここでもまた、バイオマーカーに基づいた治療選択が、免疫チェックポイント阻害薬単剤療法、もしくは免疫チェックポイント阻害薬と化学療法の併用療法による便益を最大化するのに役立っており、この治療戦略はPD-L1発現状態に依拠している。イピリムマブとニボルマブの併用療法は、免疫チェックポイント阻害薬同士の併用療法として、初めて化学療法を含まない形での併用療法として米国食品医薬品局に認可された。治療耐性化を克服するために、また免疫チェックポイント阻害薬療法による便益をさらに拡大するために、こうしたコンセプトの併用療法はこれから先も多く実地臨床に導入されることが望まれる。
 免疫チェックポイント阻害薬はまた、切除不能のIII期非小細胞肺がん患者への治療にもうまく組み込まれている。この患者集団においては、この20年で最初の大きな成果といってよく、化学放射線療法後のデュルバルマブ維持療法により、4年生存割合は約47%に達した。また、根治切除後の術後補助療法として免疫チェックポイント阻害薬の意義を検証する臨床試験が行われているが、結果の公表が強く待ち望まれている。
 こうした治療上の進歩を我々は祝福するべきだが、一方で我々は、ルーチンワークの負担増大、研究予算の縮小、(治療費の高騰により患者負担が大きくなってしまったがために)治療方針選択の主導権が規制当局や生命保険会社へのシフトといった逆境にも関わらず、この分野への関与を続ける研究者および医療チームのたゆまぬ努力と献身を決して忘れてはならない。同様に、こうした治療開発の成功は、肺がんに対する悲観的なマインドセットを変化させるために努力してきた患者やコミュニティーの代表者に負うところもまた大きい。
 これから10年間、我々の課題ははっきりしている。
1、効果的な喫煙規制政策を推し進めることにより肺癌罹患のリスクを低下させること、とりわけ、ティーンエイジャーへの電子たばこ利用増加に対して警鐘を鳴らすこと
2、肺がんの早期発見を促すため、ハイリスク集団に対するCT検診の適用を拡大すること、現在はこうした集団の5%以下にしか適用できていない
3、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬に対する耐性化克服のための新たな治療開発を推し進めること
4、微小転移や残存病変を検出するためのリキッドバイオプシー体制を実用化すること
5、人種等に起因する肺がん治療格差を理解して、その解消に取り組むこと
6、臨床試験への参加を促し、有望な発見を実地臨床へ持ち込む過程を加速すること
  

2020年11月16日

臨床像を信じるか、病理像を信じるか

 先日、ちょっと考えさせられることがあった。

 高血糖の患者の精査中に胸部異常陰影が見つかった。
 気管支鏡下生検で腺がんと診断された。
 腫瘍マーカーを測定したところ、CEA(腺がんのマーカー)とproGRP(小細胞がんのマーカー)が上昇している。
 血糖コントロールの悪化の原因を調べると、どうも副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が異常高値を示している。
 全身精査の結果、進行期であることがわかった。

 生検病理診断は腺がんと確定しているが、腫瘍マーカー上昇のパターン、ACTH高値の所見からは、小細胞がんの存在も疑われる。
 手術可能な病期なら、外科切除して病巣を丸ごと顕微鏡で検索すれば全体像がはっきりするが、進行期では手術をするわけにはいかない。
 この場合、どのように治療に結びつけるべきか。

 まずは、型のごとくドライバー遺伝子変異の有無とPD-L1発現状態を調べ、結果に応じて治療を組み立てるべきだろう。
 また、できれば遠隔転移部位を別に生検し、腺がんと小細胞がんのどちらが出てくるか確認するべきだろう。

 ドライバー遺伝子変異とPD-L1発現状態を度外視して考えて、遠隔転移部位は不幸にも生検不能な場所だったと仮定すると。
 ACTH異常高値の状態がそのまま続くと、肺がん薬物療法の合併症が難治性になる可能性がある。
 そのため、個人的には初回治療として、小細胞がんに準拠した治療をしたい。
 気管支鏡による生検診断は「木を見て森を見ず」かも知れない。
   

Posted by tak at 22:51Comments(0)検査法