2015年02月18日

進展型小細胞肺がん、五次治療

 先日、以下のようなコメントを頂きました。
 回答が長くなりそうですし、他の方にも参考になるかと思い、若干本文を修正した上で転載します。
 その後、2014年版肺癌診療ガイドラインの内容も踏まえながら、私見を述べます。

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 進展型小細胞肺がん患者の男性(50代)です。
 告知より1年5ケ月がすぎ、現在4thライン11回目のアブラギサン投与を終えたところですが、2月4日の腫瘍マーカー(ProGRP522 NSE9.1)が上昇し、増悪の可能性が大きいと思われます。 
 5thラインの候補抗がん剤を検討模索中ですが、小細胞肺癌進展型で5thラインとなると症例数も少ない様子でweb上でも情報がほとんど得られないためどうしたらよいか困っております。私のようなケースで奏効率の高い抗癌剤など何かご存じでいらっしゃいましたら ご指導賜ればと思い書き込みをさせていただきました。

簡単な治療履歴ですが
1stライン カルボプラチン+イリノテカン4クール goodPR、PCI
経過観察一月半ほどで増悪
2ndライン アムルビシン6クール 増悪にて中止
3rdライン イリノテカン2クール途中で中止 初回から奏効せず
4thライン アブラキサン4クール、途中で脳転移 ガンマナイフ1回施行、腫瘍マーカー上昇傾向

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 さらに、47歳で虚血性心疾患、49歳で白血病の既往があるそうです。
 喫煙歴は20歳から1日20本、17年間、その後は禁煙されたとのこと。
 禁煙した方にお話ししても身も蓋もありませんが、虚血性心疾患と小細胞がんの発症には、喫煙が関連していると思います。
 白血病治療による二次発癌の可能性もあると思いますが、これまた言っても詮無きことです。

 我が国の進展型肺小細胞癌に対する1st line 標準治療は、シスプラチン+イリノテカン併用療法です。
 今回は虚血性心疾患の既往があるのでシスプラチンでなくカルボプラチンを選択されたのでしょう。
 カルボプラチン+イリノテカン併用療法は実地臨床ではよく行われる治療です。
 カルボプラチン+イリノテカン併用療法とカルボプラチン+経口エトポシド併用療法の第III相比較試験において、それぞれ生存期間中央値は8.5ヶ月、7.1ヶ月と、有意差を以て前者の方が優れることが示されています。
 ただし、ガイドライン上はカルボプラチン+イリノテカン併用療法は推奨されておらず、それどころか話題にすら上っていません。
 我が国で行われたシスプラチン+イリノテカン併用療法とシスプラチン+エトポシド併用療法の第III相比較試験において、それぞれ生存期間は12.8ヶ月と9.4ヶ月でしたから、それに比べると見劣りしてしまいます。
 ただ、シスプラチンを使えない理由があるのなら、それは致し方ないと思います。
 
 カルボプラチン+イリノテカン併用療法4コース後good PR、その後に予防的全脳照射を受けられたとのこと。
 予防的全脳照射の取り扱いについては、我が国と欧州では完全に見解が異なります。
 小細胞肺癌で、化学療法後に完全緩解に至った場合は、限局型・進展型を問わず予防的全脳照射を行うのが標準治療とみなされていました。
 しかし、進展型の患者さんにおいては、その効果が疑問視されていました。
 2007年の米国臨床腫瘍学会で、Slotmanらは初回化学療法により腫瘍縮小が得られた進展型肺小細胞癌患者を対象に予防的全脳照射を行うか行わないかの第III相比較試験を行い、行う方が生存期間中央値を1ヶ月延長する(6.7ヶ月 vs 5.4ヶ月)と報告しました。
 しかし、我が国で同様の追試が行われ、2014年の米国臨床腫瘍学会で九州がんセンターの瀬戸先生がSlotmanとは全く逆の結果を報告しました。
 中間解析の段階で、治療1年後の転移性脳腫瘍の出現頻度は32.4% vs 58.0%と予防的全脳照射群の方が優れていましたが、生存期間中央値は10.1ヶ月 vs 15.1ヶ月と、非照射群の方が優れていました。
 この結果を踏まえ、進展型肺小細胞癌の患者さんについて、我が国では予防的全脳照射を推奨しない、という結論になっています。

 経過観察1ヶ月半で増悪。
 予防的全脳照射の期間を考慮したとしても、化学療法終了後3ヶ月以内であろうと思われますので、refractory relapseに該当します。
 3か月以上経ってから再燃するsensitive relapseであれば初回治療のre-challengeやシスプラチン+イリノテカン+エトポシド併用療法を考えるのですが、この場合は2nd lineとしてアムルビシンを選択されたのは妥当だと思います。

 3rd line以降は、もはやエビデンスとは無縁の領域です。
 小細胞肺癌のキードラッグ(シスプラチン、カルボプラチン、イリノテカン、アムルビシン、エトポシド、ノギテカン)をどのように使いまわしていくのか、試行錯誤を繰り返すことになります。
 私なら、この時点でシスプラチン+エトポシド併用療法、もしくはカルボプラチン+エトポシド併用療法を検討します。
 どちらも高齢者やPS不良の患者さんに対しても我が国のエビデンスがある治療ですし、一度はエトポシドの効果を試してみたいところです。
 
 4th lineのアブラキサン単剤療法は、背景になるエビデンスを知りません。
 再燃小細胞癌に対するパクリタキセル単剤療法については、我が国の小規模な第II相試験の報告があり、生存期間中央値は5.8ヶ月、reflactory relapse症例に対する奏効割合は2/10=20%とされています。
 これを踏まえて、アブラキサン単剤療法を選択されたのだと思います。

 さて、腫瘍マーカーの上昇が確認されて、次の治療をどうするか、という疑問について。
 まずは、ガンマナイフ終了後の腫瘍マーカーがどう推移しているかを、アブラキサン療法を続けながら確認した方がいいでしょう。
 あるいは、今の時点で脳以外の病変の再評価を行い、明らかな増悪があれば、5th lineを検討してもいいでしょう。
 5th lineの治療ですが、上述のごとく、エトポシドを絡めた治療を試してみたいところです。
 カルボプラチンによる骨髄毒性が危惧されるとのことであれば、シスプラチン分割投与の方が望ましいかも知れません。
 シスプラチン分割投与+エトポシド併用療法は、高齢進展型小細胞癌の標準治療のひとつですし、制吐薬やマグネシウム負荷を適切に行えば、安全に使用できるかもしれません。
 私の予想以上に腎機能障害があるのなら、シスプラチンは使えないかもしれませんが。
 ノギテカンはかなり骨髄毒性が強いうえに、それほど効果は期待できないので、私は現時点ではあまりお勧めしません。

 いろいろと勝手なことを述べましたが、参考になれば幸いです。

   

Posted by tak at 18:49Comments(6)その他

2015年02月10日

クリゾチニブ後のアレクチニブ

 昨日、中外製薬の営業の方とお話ししましたが、アレクチニブはまだあまり処方されていないようです。
 ALK陽性肺癌に関しては、クリゾチニブのエビデンスが先行しているだけに、止むを得ないでしょうね。
 EGFR遺伝子変異陽性肺癌におけるエルロチニブのマーケティングと同じような苦しみなのかもしれませんが、対象患者さんの数が更に少ないので、一層苦戦を強いられるでしょうね。

 そうはいいながら、臨床試験におけるアレクチニブの抗腫瘍効果は目覚ましいものがあります。
 今日は以下の論文をご紹介。
 クリゾチニブ耐性のALK陽性肺癌に対して、中枢神経系を有する症例を含めて、アレクチニブが有効であるとする報告です。
 まだ第I相試験結果の報告に過ぎないのでこれをもって最終結論とするのは早計ですが、既にクリゾチニブが効かなくなってしまった、二次治療はアレクチニブにしようか、化学療法にしようか、と迷っている方には、参考になると思います。

Safety and activity of alectinib against systemic disease and brain metastases in patients with crizotinib-resistant ALK-rearranged non-small-cell lung cancer (AF-002JG): results from the dose-finding portion of a phase 1/2 study.

Shirish M Gadgeel*, Leena Gandhi*, Gregory J Riely, Alberto A Chiappori, Howard L West, Michele C Azada, Peter N Morcos, Ruey-Min Lee,Linta Garcia, Li Yu, Frederic Boisserie, Laura Di Laurenzio, Sophie Golding, Jotaro Sato, Shumpei Yokoyama, Tomohiro Tanaka,Sai-Hong Ignatius Ou

Lancet Oncol 2014; 15: 1119–28


背景:ALK陽性非小細胞肺癌の患者は、ALK阻害薬であるクリゾチニブを使用すると一般に8-11ヶ月の無増悪生存期間が得られるとされる。しかし、耐性化は避けられず、脳転移が見つかって進行が確認されることが多い。中枢神経系の転移に対する効果があり、忍容性に優れる、より潜在力のあるALK阻害薬が望まれている。アレクチニブはALKに対する選択性が高い新規のALK阻害薬で、クリゾチニブによる前治療歴のないALK陽性非小細胞肺癌患者への臨床的有用性が示されている薬である。今回、クリゾチニブ耐性もしくは毒性により継続不能となった患者を対象に、第II相試験におけるアレクチニブの推奨用量設定および効果確認のための第I/II相試験を行った。

方法:クリゾチニブ耐性もしくは毒性によりクリゾチニブ継続不能となったALK陽性非小細胞肺癌患者を対象とした。第I相部分では、アレクチニブ内服量について何段階かの用量設定をし(300-900mg、1日2回)、第II相試験における推奨用量を確認した。効果判定においてはRECIST ver.1.1を用いて評価し、全ての患者において治療開始前および少なくとも治療開始後1回はCTもしくはMRIを行い、脳転移を有する症例については画像診断委員会におけるセントラルレビューを行った。一度でもアレクチニブを内服したものは安全性評価対象とした。今回は、第I相試験部分における推奨用量設定までを報告する。第II相試験部分は現在も進行中である。

結果:47人が本試験に参加した。アレクチニブの忍容性は良好で、頻度が高かった有害事象は疲労(14人(30%)、全てGrade 1-2)、筋肉痛(8人(17%)、全てGrade 1-2)、末梢の浮腫(7人(15%)はGrade 1-2、1人(2%)はGrade3)だった。用量制限毒性はアレクチニブを1回900mg、1日2回服用のコホートの2人で認められ、1人はGrade 3の頭痛、1人はGrade 3の好中球減少を示した。Grade 3-4の毒性としては、γGTPの上昇(2人(4%))、好中球減少(2人(4%))、低リン血症(2人(4%))だった。3人の患者において計4回の、アレクチニブとは無関係と思われるGrade 4の有害事象(急性腎不全、胸水貯留、心嚢液貯留、脳転移)を認めた。集計時点(経過観察中央値は126日間)において、44人の患者で治療効果を評価できた。担当医が奏効と判定した患者は24人(55%)で、完全奏効確定の患者が1人(2%)、部分奏効確定の患者が14人(32%)、未確定ながら部分奏効の患者が9人(20%)だった。16人(36%)は病勢安定の状態で、残る4人(9%)は病勢進行だった。中枢神経系病変についてだけ評価すると、治療開始時点で中枢神経系への転移があった21人(参加者全体の45%)において、11人(52%)では同病変について奏効していた。6人(29%)では完全奏効(3人は未確定)、5人(24%)は部分奏効(1人は未確定)、8人(38%)は病勢安定、残る2人(10%)は病勢進行だった。薬物動態学データは、アレクチニブ血中濃度曲線下面積は分割投与時の用量依存性であることを示していた。

結論:アレクチニブは忍容性良好で、クリゾチニブ耐性のALK陽性非小細胞肺癌に対して有望な抗腫瘍活性を示し、中枢神経系転移を有する患者においても効果が得られた。今回の結果を踏まえ、推奨用量を600mg1日2回として、第II相試験が進行中である。

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 以下、図表をべたべた貼っておきます。

 第I相部分、用量設定過程のシェーマです。
 よく見ると、第II相部分の患者適格条件について、「クリゾチニブの前治療歴と、1レジメン以上の化学療法歴」と記載されています。


 患者背景です。
 若くてタバコを吸わない方が多いですね。
 脳転移を有する方が多いのも目につきますね。
 driver mutationを有する患者さんの病勢が進行した場合、次治療に入る前に脳転移検索をするのは必須です。


 有害事象一覧です。
 間質性肺炎はなかったようですね。


 効果判定の詳細です。
 各用量段階ごとに示されていますが、760mgコホートの内容を見る限り、必ずしも用量依存性に効果が高くなるわけでもなさそうです。
 全体の奏効割合が54%、病勢コントロール割合が91%、クリゾチニブ耐性後患者さん対象の成績と考えると、素晴らしいと思います。


 各患者の最良縮小効果を棒グラフで横に並べたwater fall plotです。
 93%の患者でなにがしかの縮小効果が得られています。


 治療開始前から脳転移を有していた患者さんの背景です。
 21人中12人が中枢神経系の測定可能病変を有しないようで、腫瘍縮小効果を評価しにくいのが難しいところです。
 70%強の患者さんは100日以上アレクチニブを服用継続できているようです。


 中枢神経系に測定可能病変を有した9人についてのwater fall plotです。
 わずか9人の評価なので参考までに。


 アレクチニブの血中濃度と脳脊髄液中濃度の相関を示したグラフです。
 概ね比例関係にあります。
 ということは、服用量が増えるほど(血中濃度が高くなるほど)脳脊髄液中の濃度も高くなるということです。