2018年11月28日

フェントステープとアブストラル

 疼痛コントロールを続けている入院患者の治療内容がなかなかまとまらない。
 転院当時はオキシコンチン+オキノームの組み合わせで治療していたが、眠気やだるさが強いとのことで、フェントステープに切り替えてみた。
 疼痛緩和と眠気のバランスのいいところで、8mgで維持することにしたが、それでも突出痛を完全にはコントロールできない。
 レスキューはオキノームを継続使用していたが、使用薬物を統一するためにアブストラルを使うことにした。

 フェントステープは麻薬フェンタニールの貼付薬で、アブストラルは同じく麻薬フェンタニールのレスキュー使用のための舌下崩壊錠である。
 オキシコンチンを使っていた時よりも、フェントステープに代えてからの方が眠気やだるさが軽減していたので、アブストラルでも同じような効果を期待した。

 実際に使い始めてみると、他の麻薬のレスキュー使用とは異なる考え方が必要なことが分かった。
 定時使用の麻薬の量によらず、アブストラルのレスキュー使用量は一律に決められている。
 定時使用の麻薬が多かろうが少なかろうが、アブストラル開始時点の初回投与量は100μg/回と決められている。
 使用して痛みの緩和が不十分なら30分以内にもう1回分追加可能、それ以降は2時間経過しないと再投与不可。
 1日での総投与回数は4回まで。
 はっきりいって、使いにくい。
 4回使用してしまうとその後はレスキューが使えず、患者が我慢しなければならない時間が長くなる。
 下記のように、定時の麻薬使用量とアブストラル頓用の至適投与量が相関しないからというのが理由らしい。

 しかし、経口モルヒネ換算で360mg/日以上の高用量を使用していた場合、アブストラルの至適投与量は300μg以上である。
 今回の患者についていえば経口モルヒネ換算で240mg/日相当だったので該当しないのだが、開始用量については市販後調査でもう少し検討した方がいいような印象を受けた。

 また、薬の特性なのかもしれないが、吸収が速やかで、鎮痛効果も傾眠効果も早く訪れる。
 痛みが軽くなると同時に患者が眠ってしまい、活動不能になる。
 起きたときには痛みも甦っている。
 下記の薬物動態の資料を見ると、用量によらず、最高血中濃度に達するまでの時間は30-60分、最高血中濃度と経時的血中濃度積算量(AUC)は用量依存的に上がり、半減期は400μg/回以上では延長しないようだが、曲線を見る限りは用量が多い方が効果持続時間も長そうだった。

 ただ、患者の感想を素直に受け止めると、効きは早いが効果が切れるのも早い、とのことだった。

 痛みを抑えるには定時用量を増やしたいし、眠気を抑えるには定時用量を減らしたいし、突出痛を速やかに抑えるにはアブストラルがいいけど、効果持続時間(=レスキューを使わずに済む時間)を優先しようとすればオキノームの方が有利そうだし・・・とジレンマに陥っている。
 ここまでの感触から言えば、フェントステープとオキノームの組み合わせに戻した方が本人の満足度は高くなりそうな印象だ。
  

Posted by tak at 18:41Comments(3)緩和医療

2018年11月28日

がん薬物療法専門医資格更新試験

 2018/11/23、今年度のがん薬物療法専門医資格更新試験が、東京は御茶ノ水のソラシティ・カンファレンスセンターで行われた。
 私の場合、本来は来年度が資格更新年次だが、制度上は更新年次の1年前から試験を受けられることになっている。
 今年度は子供も高校受験を受けることになっていて、少しでも試験勉強の辛酸を分かち合おうと、総合内科専門医資格更新のためのセルフトレーニング問題とともに、本試験にも取り組んだ。
 実際のところ、どんな風に勉強したかというと、がん診療レジデントマニュアルを流し読んで過去の記憶を掘り起こし、日本臨床腫瘍学会がオンラインで会員に提供している教育セミナーAセッション、Bセッションを閲覧し(オンラインとは言え、結構な長丁場)、まじめにノートをとって試験直前に復習した。

 資格更新試験は今回が2回目の受験だが、様式は前回と同様だった。
 10時に会場に集合、10時30分に試験開始、30分経過後は途中退席可、50分経過後は途中退席不可、60分経過の11時30分には試験終了。
 問題数は50問で、一律に5択の選択肢から1択の回答を選び、マークシートで回答する形式。
 試験問題は持ち帰り不可、試験問題を口外してはならない、ネットに乗せてもいけない、とのことだったので、印象だけ書き残しておく。
 大雑把に言って、全体の2/10はがん薬物療法の一般的な設問で、統計や緩和医療に関する設問は少なかった。
 この副作用が起こる可能性があるのはこの薬、という感じの設問が多かった印象。
 とくに、分子標的薬・抗体医薬の副作用については整理しておいた方がよさそうだった。
 全体の7/10程度は血液がん、消化器がん、肺がん、乳がんの設問が均等に出題されていた感じ。
 それぞれの2/3程度は一般問題、1/3程度は臨床問題。
 他の領域はともかくとして、肺がん領域に関して所感を述べると、不適切問題が一部含まれているような感じだった。
 進展型小細胞癌の初回治療についての設問は、肺癌を専門に取り扱っている者からするととても違和感が残った。
 一方で、知識偏重では解けないような良問(画像診断の所見から治療選択)もあった。
 残る1/10はその他の領域からの出題。
 設問数の振り分けが、そのまま日本臨床腫瘍学会が重視している領域を反映している気がした。

 長考して、閃いて、答えにたどり着く、という感じの設問ではなく、ほとんどは知ってるか知らないかが全てのような問題だった。
 解答を選択するだけなら30分程度で終わってしまう。
 長々考え続けても仕方がなさそうだったし、制限時間満了とともに一斉退席となると込み合いそうだったので、途中退席した。
 あとはまっすぐ帰路についた。
 都内でムンク展をやっていて、有名な「叫び」を鑑賞して帰りたかったが、時間がないので諦めた。

 具体的な試験問題を口外しているわけではないのでこのくらいは許してもらえると思うのだが、学会からクレームがついたらまた考える。
 不惑を過ぎて試験を受けるのは辛かったが、周りを見渡すともっと年配の先生方も多数参加しておられたので、まだまだ頑張んなきゃな、と気が引き締まった。
 
   

Posted by tak at 18:10Comments(4)その他

2018年11月21日

お誕生日おめでとう

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e946171.html

 この記事のときに、患者さんがお誕生日を迎えられた、ということを書いた。
 お部屋に飾られていたご家族による飾りつけ、素敵だったので許可を得て掲載させていただくことにした。



 お誕生日、おめでとうございます。
   

Posted by tak at 20:23Comments(0)その他

2018年11月21日

インフルエンザとゾフルーザ

 今年も、もうすぐインフルエンザの季節がやってくる。
 昨年は、免疫チェックポイント阻害薬とインフルエンザワクチンに絡めて、こんな記事を書いた。

http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e920450.html
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e920876.html

 昨年はワクチンが品薄だったが、今年は順調に供給されているようだ。
 私も接種したが、翌日から風邪をひいて、1週間くらい調子が悪かった。

 今年は、1回内服するだけで治療が完結するインフルエンザ内服治療薬、「ゾフルーザ」が使えるようになった。
 1回だけで治療が終わる、という薬は、点滴のラピアクタ、吸入のイナビルが既に使用可能だが、内服ではゾフルーザが初である。
 これでタミフルの使用頻度は格段に減るだろう。

 関連資料を眺めていたら、「内服後、ウイルス排出停止までの時間のKaplan-Meier曲線」という、とても魅力的な資料が出てきた。
 

 臨床試験における副次評価項目だった様子。
 治療開始後、ウイルスを排出する患者の割合が半分になるまでの期間はゾフルーザで1日、タミフルで3日、抗ウイルス薬未使用で4日。
 治療開始後、ウイルスを排出する患者の割合が1割以下になるまでの期間はゾフルーザで4日、タミフルで7日、抗ウイルス薬未使用で8日。

 臨床試験における主要評価項目はインフルエンザ罹病期間で、抗ウイルス薬未使用よりもゾフルーザの方が短縮し、タミフルとゾフルーザでは同等だったとのこと。
 
 がん患者さんへの伝播を予防する、という点では、患者さんのご家族がインフルエンザに罹った場合、ご家族にゾフルーザを使用して患者さんにうつすリスクを低下させる、という戦略はありだろう。
   

Posted by tak at 20:16Comments(0)その他支持療法

2018年11月21日

縮小手術か、定位放射線照射か

 こんなご質問を頂いた。

 「早期肺癌の高齢者に対して、縮小手術と定位放射線照射、どっちがいいんでしょうか」
 「下記の2つ文献では全く違った結果ですが先生はこの結果の差はどこから出てくるとお考えですか」
 「また手術できるなら先生は手術を勧められますか」
とのこと。

https://www.haigan.gr.jp/journal/am/2017a/17a_ws040WS4-2.html

http://ascopubs.org/doi/abs/10.1200/JCO.2017.75.6536

 どちらも、リンク先の要約から判断できる内容だけ書いてみる。

 この2つの文献は、研究の背景も違えば対象患者数も確認しようとしている結論も異なるので、どっちがいいとも悪いとも言えない。
 前者は縮小手術と定位照射それぞれを行った患者の背景因子や生命予後を後方視的に検討している。
 縮小手術の方が定位照射よりも予後が良かったとのこと。

 後者は手術(肺葉切除78%、部分切除20%、片肺切除2%)と定位照射それぞれを行った患者の治療後30日、90日時点での死亡率、つまるところは治療関連死の割合を後方視的に検討している。
 手術の方が定位照射よりも治療関連死の割合が多かったとのこと。

 じゃあ手術の方がハイリスク、ハイリターンなのかという話になるが、この2つの文献の比較ではそんな結論は出てこない。
 研究の目的も異なるし、患者背景が大きく異なるし、かたや手術患者の全例が縮小手術、かたや大半が標準手術だし、そもそも癌研有明病院と欧米では明らかに癌研有明病院の方が手術手技が優れているだろうし、どうにもこうにも比較ができない。
 
 それでもあえて言うならば、我が国で治療を受けるのであれば、欧米よりも癌研有明病院の成績の方が参考になるだろう。

 それからもうひとつ。
 手術をして、がんの病巣の組織型や遺伝子変異情報、PD-L1発現情報が分かっていれば、万が一再発したときの治療指針を考える上で役に立つ。
 手術をしてみたら、実は他の臓器からの転移だったことが分かり、原発巣の発見につながることだって少なくない。
 治療前に気管支鏡生検をして、病巣の性質を明らかにしておけば差はないだろう、という意見もあるかも知れないが、そもそも縮小手術や定位照射の対象になる患者は病巣が小さく、気管支鏡診断が困難なことが多い。
 診断がついたとしても、手術で採れる組織に比べて、絶対的に量が少なく、遺伝子変異検索やPD-L1発現検索をフルに、成功裏に行える確率は低くなる。
 これは決定的な差だと思う。
 手術可能なのに定位照射をあえてする、という選択肢をとるのなら、手術侵襲のあるなしとともに、がん病巣の情報がより多く得られるか得られないかという点も理解しておく必要があるだろう。

 手術を過大評価するつもりも、定位照射を過小評価するつもりもないけれど、それぞれの治療のメリット・デメリットは整理しておくべきだ。
 その上で、どちらを行うのか、患者背景や治療後合併症を睨みつつ、個別に決断をすることだ。
   

Posted by tak at 18:35Comments(4)個別化医療

2018年11月19日

「緩和ケア」という言葉

 ずっと考えていたんだけど、「緩和ケア」という言葉は本当に必要な語彙なんだろうか。

 患者の苦痛を和らげる、というのは、医療従事者にとっては当たり前の使命であって、わざわざがん患者の診療のときに切り分けて考える必要があるんだろうか。

 痛いと困っているときに、痛みを和らげる治療をするのは当たり前。
 吐き気で困っているときに、それを止めてあげようと努力するのは当たり前。
 息苦しさで困っているときに、酸素や薬で和らげてあげようとするのは当たり前。
 
 むしろ、こういったことができないとき、その人に医療従事者として仕事を続ける資格があるんだろうか。

 どうしても緩和ケアという言葉を使いたいのなら、それは患者と初めて会った時から始まり、ご家族の心が落ち着くまで続くものだろう。
 ありふれた疾患に対して日々淡々と続けられている医療こそが、本来の緩和ケアなのではないだろうか。
 たまたま患者ががんだからって、突然「緩和ケア」という言葉を持ち出すのは、かえって今のがん医療をゆがめているように感じる。
 「緩和医療」=「終末期医療」とか、「緩和ケア病棟」=「終末期ケア病棟」という図式が独り歩きしているような気がしてならない。

 最近、1年半くらい診療していた80代後半、90代後半の肺がん患者さんが相次いで亡くなられた。
 前者は認知症のため住宅型有料老人ホームに入居しておられ、後者はお子さんたちにより手厚く介護をされながら、外来に通っておられた。
 ホームの職員の方も、ご家族の方も、本当によく患者さんのお世話をしてくださった。
 前者のご家族も、ホームに入居するまではご家庭で介護をしておられたのだが、ご自宅で本人によるボヤ騒ぎがあったり、入院中にも徘徊や火災報知器を誤作動させるなどの問題行動があったため、やむを得ずホームに入居していただいた。
 お二方とも、状態が悪化して緊急入院してから、48時間以内に亡くなられた。
 本当にギリギリの段階までホームやご自宅で見ていてくださったのだ。
 我々よりも遥かに充実したケアをしてくださっていたのだ。

 最近転院してきた患者さんも、いろいろと医療用麻薬や一般薬を調整して、PSが4から2くらいまで上がってきた。
 ほとんど食事をとれなかったのが、ケ〇タッキーフライド・チキンやグラタンを平らげられるくらいまでになった。
 病院最上階のお風呂で、子供さんたちと一緒に温泉を楽しむこともできた。
 ご本人のお誕生日をお祝いすることもできた。

 でも、どっちかというと薬のおかげというよりは、療養環境の変化とご家族の協力の方が大きいのだ。
 担当医として、ご家族と病棟スタッフには頭が上がらない。

 今度は一人でゆっくり大浴場を満喫することと、外出しておいしいものを食べに行くことが目標だと話している。
 ・・・もともとは終末期緩和ケアを受けに来た患者さんだったが、もうちょっと頑張れるんじゃ?
 その次はお家で子供さんたちと過ごすクリスマス、お正月を目指してほしい。
 あえて言うなら、こういうのが本当の緩和ケアなんじゃないだろうか。
 症状を緩和して、自宅復帰を目指す緩和ケア病棟があってもいい。
 私の勤務先には、かつてあった緩和ケア病棟はなくなってしまったけれど、病棟スタッフの間にはその精神は脈々と受け継がれているようだ。  

Posted by tak at 21:17Comments(2)個別化医療