2011年10月31日

治癒を目指す

いまさら確認するまでもありませんが、肺癌は予後不良の代名詞のような悪性腫瘍です。
だからこそ、診断から携わる呼吸器内科医には「いかにして治癒を目指すか」という姿勢が必要です。

先週、相次いで2人の患者の相談を受けました。
ひとりはホルモン産生腫瘍で、そのホルモンによりさまざまな合併症が出ています。
全身倦怠感や脱力があり、日常生活に軽度の介助を要します。
急速に腫瘍が増大していますが、今のところ他の内臓への転移は見つかっていません。

もうひとりは多発脳転移を指摘されて入院した患者です。
全身精査で肺に病巣が見つかり、そちらに対する精査を依頼されました。
軽度の症状はありますが、日常生活はなんとか自立しています。

上記の2人のうち、治癒を目指して関係者一丸とならねばならないのは、前者です。
なんとか迅速に確定診断し、できれば手術にもっていきたいと願っています。
さまざまな合併症に早めはやめの対応をしつつ、「治りうる治療」につなげていけたらと思います。  

Posted by tak at 22:46Comments(0)個別化医療

2011年10月23日

2011年10月17日の月曜日のことです。
20時ごろにデスクで仕事をしていると、実家の母から電話がかかりました。
「ちょっと相談があるんだけどいま時間ある?」
ということで話を聞くと、左の乳房に小さなしこりがあるのに気づき、病院を受診したら乳癌と診断をうけたとのこと。
私もそれなりに乳腺腫瘍の知識があるだけに、いろいろと想像しました。
早速主治医の先生にメールで連絡をし、面談の約束をしました。
主治医の先生は私の仕事のことも考え、わざわざ休日に面談の機会を設けてくださいました。
翌朝は出勤前に実家に行き、30分ほど母と話をしました。
母は県外に住む二人の姉にも電話で報告しました。
そして今朝、母、すぐ上の姉、叔父とともに病状説明を受けに行きました。

母の細かい病状はここでは触れませんが、固形癌(白血病などの血液腫瘍以外)の中では乳腺腫瘍の領域が最も研究や治療の体系が発達しています。
患者さんの状況に応じて治療内容が非常に細分化されており、担当する医師には幅広い知識と経験が要求されます。
薬物療法のみを担当しても非常に複雑であるのに、いまの日本の医療界ではほとんどの場合、乳腺外科医が手術をして、術後の薬物療法その他の管理も行っています。
とても大変な仕事です。
いみじくも腫瘍内科医を語る医師であれば、腫瘍医学の体系を知る上でも、外科医の負担を減らすためにも、社会貢献という意味でも、積極的に関わらなければならない領域だと思います。

私は9年前に父が体を悪くしたのを契機に出身大学の人事を離れ、大分に帰ってきました。
とはいえ、体の不自由な叔母や父の身の回りの世話、家業の仕事を全て母が一手に引き受けてくれて、これまでずっと仕事に没頭させてもらいました。
ですが、手術はともかく、術後補助化学療法や放射線治療が必要となった場合には、母もこれまでのようには生活できなくなるでしょう。
私は長男ですから、今回のことをきっかけに、自分の仕事の仕方、実家への関わり方を、姉や親戚筋とも相談しながら再考したいと思っています。  

Posted by tak at 15:12Comments(0)その他

2011年10月21日

間質性肺炎とセルベックス

昨日から、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬による間質性肺炎(EGFR-TKI-ILD)とheat shock protein70(HSP70)の話題が駆け巡っています。
慶応大学、熊本大学、日本医科大学のグループがEGFR-TKI-ILDとHSP70の関連性をつきとめ、米国の科学雑誌PLoS ONEへの掲載が決定したと慶應義塾大学が昨日付けでプレスリリースしました。

さまざまな細胞へのストレスとそれによる炎症反応、線維化に対し、HSP70はそれらの影響を弱める働きを示すそうです。
上記の研究グループはマウスでEGFR-TKI依存性に肺の線維化を起こすことに成功し、この線維化にHSP70 の減少が関わっていることを証明しました。
さらに、HSP70 を増やす作用を持つ胃薬のゲラニルゲラニルアセトン(テプレノン)を用いて、この肺の線維化を抑えることに成功しました。
余談ですが、本学の脳神経外科学講座では、同じゲラニルゲラニルアセトンが脳保護効果を持つとして、5年前に特許を取得しています。
http://www.j-tokkyo.com/2006/A61K/JP2006-335744.shtml

このグループは、抗腫瘍薬ブレオマイシンによる間質性肺炎マウスモデルでも同様のことを証明して昨年論文化しており、今回の成果はその延長線上にあるものと思われますが、EGFR-TKIが肺癌診療で広く浸透しているだけに、今回の発見の方がよりマスコミの注目を引いたのでしょう。

http://www.sciencedirect.com/science?_ob=MiamiImageURL&_cid=271311&_user=8320869&_pii=S0006295210003898&_check=y&_origin=&_coverDate=15-Sep-2010&view=c&wchp=dGLbVlk-zSkWA&md5=46b373140fc2ad8c36747942feebf8c8/1-s2.0-S0006295210003898-main.pdf

これまで疫学的な知見しかなかった分野なので、非常に興味深いですね。

  

Posted by tak at 20:31Comments(10)その他

2011年10月07日

患者さんの自己決定は、”権利”か”義務”か!?

「患者さんの自己決定権」という言葉が使われるようになって久しいですね。
肺癌患者さんの治療を考える上で、患者さんの治療意志はとても大事です。
しかし、私は最近、この「自己決定」というのは、「権利」というよりは「治療を行うにあたって最低限必要な能力」ととらえるべきではないかと感じています。

肺癌診断後、患者さんにはじめて病状説明を行うにあたって、最近では以下のことをまとめてから方針を決めるようにしています。
1)肺癌の組織型
2)肺癌の病期分類
3)非小細胞肺癌であれば、EGFR遺伝子変異の有無
4)患者さんの体力(Performance status)
5)ご自身の病状に対する、患者さんの理解
6)肺癌以外の合併症

ゲフィチニブ、エルロチニブに関する大規模臨床試験の結果が出た以上、1)-4)は必須の内容です。
ただ、実地臨床では5)、6)というのも非常に大切なポイントです。
どんなに早期の段階で見つかった肺癌であっても、危険な有害事象を伴う可能性がある治療を計画するなら、患者さん自身に病状を正しく知っていただく必要があります。
「なぜ自分は、大した症状もないのにこんな辛い治療を受けなければならんのか」
理解が乏しければ患者さんにこんな気持ちが芽生えて、不要なトラブルを引き起こしかねません。
6)に関しても医療者、患者さんとご家族の双方が正しく理解しておくことが重要です。

私の場合、肺癌自体がどんな病状であっても#5が得られない以上は根治切除、根治放射線照射、抗がん薬治療といった積極的治療はお勧めしないことにしています。
緩和医療なら考えてよいと思います。  

Posted by tak at 15:04Comments(0)高齢者肺癌

2011年10月03日

driver mutation

がん細胞における治療標的分子と治療薬の関係において、EGFRやALKのように、治療標的分子の設計図である遺伝子の変異が治療効果と密接に関わっていることが明らかになってきました。
「細胞をがん化の方向へ動かす、治療の標的となり得る重要な遺伝子変異」というくらいの意味で、"driver mutation"といった用語があります。
今年の6月に行われた米国臨床腫瘍学会で、米国の肺癌の患者さん1000人を集めて、driver mutationがどれくらい見つかるか、といった検討がなされました。
ここでお示しするのはそのうち422人の腺癌の患者さんに関する解析結果です。
EGFR遺伝子変異が約23%、ALK転座が約3%を占めています。
その他にも様々な遺伝子変異が見つかっていますが、EGFRやKRASに比較すると比率は少ないようです。
全く何も見つからなかった人も40%含まれていて、この中には未知の遺伝子異常を内在している人がいるかも知れません。
日本国内では、もっとEGFR遺伝子変異の患者が多いのではないかといわれています。

いまや、分子標的治療の概念は実地臨床において確固たる地位を築いています。
遺伝子変異の適切な診断を行い、より有効な治療を提供することは、われわれ呼吸器内科医の使命です。  

Posted by tak at 09:31Comments(0)個別化医療