2016年11月26日
テレビの影響
いまさらだが、テレビというメディアの影響は大きい。
インターネット社会になり、「詳しくはネットで」といううたい文句が当たり前になった。
それでも、肺がんにかかる年齢層の大部分は、情報媒体としてはネットよりもテレビや書籍に頼ることが多いだろう。
自宅にいながらにして、スイッチを入れれば自然と映像・音声情報が流れてくる手軽さは、テレビ独自のものだろう。
NHKスペシャルでLC-SCRUMやONCOPRIME(http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e846830.html)が紹介され、私の勤める私立病院ですら数件の問い合わせがあった。
多くの患者さんが集まる基幹病院では対応に苦労していることだろう。
その数件の問い合わせについて、それぞれ少し触れる。
・肺腺癌、IV期、EGFR遺伝子変異陽性で、LC-SCRUMへの参加を担当医に希望したら、「あれは稀な遺伝子変異のための検査だから」と断られた
→LC-SCRUMでは、肺腺癌の場合は原則として「EGFR遺伝子変異を持たない患者」を対象としている。
したがって、この患者は対象にならない。
それでも網羅的遺伝子解析を希望するならば、京都大学や北海道大学等で行われている自費診療、ONCOPRIMEへの参加を検討するべきだろう。
・進行期の乳癌、肺転移あり、LC-SCRUMに参加できないか
→LC-SCRUMは原発性肺がんの患者が対象であり、他の臓器から発したがんが肺に転移した場合は対象外である。
これも網羅的遺伝子解析をするならば、ONCOPRIMEへ。
・進行期の大腸がん、LC-SCRUMに参加できないか
→大腸がんであればSCRUM-Japan内のGI-SCREENで対応できる可能性がある(http://epoc.ncc.go.jp/scrum/gi_screen/)。
この方は四国からお問い合わせくださったので、四国がんセンターに問い合わせるようにアドバイスした。
・肺腺癌、IV期、症状を伴う脳転移あり、数次にわたる化学療法とニボルマブまで行ったが病勢進行に至った
→この方は、適切な生検検体さえ採取できれば、LC-SCRUMへの参加ができそう。
しかし、症状を伴う脳転移があると、仮になにかの遺伝子変異が見つかり、それに対応した治験があっても、参加できない可能性がある。
転移巣の外科的摘出、他の部位からの生検等を検討するために、まずは本人・家族と面談することにした。
・診断未確定、CT画像では肺がん・胸膜播種が疑われる、初回診断時からLC-SCRUMに参加できないか
→生検検査自体のリスクを考えると、初回診断時点から網羅的遺伝子解析を受けたいと思うのは人情だ。
しかし、肺がんと診断され、組織型やEGFR遺伝子変異の有無までは判明しないとそもそも試験参加申請自体が出来ない。
検体を凍結保存できる設備があればまだしもだが、当院には-80℃保存できるフリーザーなんて置いていない。
生検組織の凍結保存を検査会社に一時委託できないか、週明けに問い合わせる予定にした。
インターネット社会になり、「詳しくはネットで」といううたい文句が当たり前になった。
それでも、肺がんにかかる年齢層の大部分は、情報媒体としてはネットよりもテレビや書籍に頼ることが多いだろう。
自宅にいながらにして、スイッチを入れれば自然と映像・音声情報が流れてくる手軽さは、テレビ独自のものだろう。
NHKスペシャルでLC-SCRUMやONCOPRIME(http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e846830.html)が紹介され、私の勤める私立病院ですら数件の問い合わせがあった。
多くの患者さんが集まる基幹病院では対応に苦労していることだろう。
その数件の問い合わせについて、それぞれ少し触れる。
・肺腺癌、IV期、EGFR遺伝子変異陽性で、LC-SCRUMへの参加を担当医に希望したら、「あれは稀な遺伝子変異のための検査だから」と断られた
→LC-SCRUMでは、肺腺癌の場合は原則として「EGFR遺伝子変異を持たない患者」を対象としている。
したがって、この患者は対象にならない。
それでも網羅的遺伝子解析を希望するならば、京都大学や北海道大学等で行われている自費診療、ONCOPRIMEへの参加を検討するべきだろう。
・進行期の乳癌、肺転移あり、LC-SCRUMに参加できないか
→LC-SCRUMは原発性肺がんの患者が対象であり、他の臓器から発したがんが肺に転移した場合は対象外である。
これも網羅的遺伝子解析をするならば、ONCOPRIMEへ。
・進行期の大腸がん、LC-SCRUMに参加できないか
→大腸がんであればSCRUM-Japan内のGI-SCREENで対応できる可能性がある(http://epoc.ncc.go.jp/scrum/gi_screen/)。
この方は四国からお問い合わせくださったので、四国がんセンターに問い合わせるようにアドバイスした。
・肺腺癌、IV期、症状を伴う脳転移あり、数次にわたる化学療法とニボルマブまで行ったが病勢進行に至った
→この方は、適切な生検検体さえ採取できれば、LC-SCRUMへの参加ができそう。
しかし、症状を伴う脳転移があると、仮になにかの遺伝子変異が見つかり、それに対応した治験があっても、参加できない可能性がある。
転移巣の外科的摘出、他の部位からの生検等を検討するために、まずは本人・家族と面談することにした。
・診断未確定、CT画像では肺がん・胸膜播種が疑われる、初回診断時からLC-SCRUMに参加できないか
→生検検査自体のリスクを考えると、初回診断時点から網羅的遺伝子解析を受けたいと思うのは人情だ。
しかし、肺がんと診断され、組織型やEGFR遺伝子変異の有無までは判明しないとそもそも試験参加申請自体が出来ない。
検体を凍結保存できる設備があればまだしもだが、当院には-80℃保存できるフリーザーなんて置いていない。
生検組織の凍結保存を検査会社に一時委託できないか、週明けに問い合わせる予定にした。
2016年11月25日
肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き
「肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き」が2016年11月2日付で改訂された。
https://www.haigan.gr.jp/uploads/photos/1283.pdf
「手引き」と書くとマニュアルっぽくて面白くなさそうだが、EGFRの理解を深める読み物として読んだほうがいい。
とてもタイムリーな改訂で、つい最近の学会発表内容まで盛り込まれている。
この分野に興味がある方には一読を勧める。
本手引きにもうたわれているが、リキッドバイオプシーでT790Mが検出された場合、米国ではOsimertinibが使用可能になったようだ。
9月のことらしい。
迂闊にも、知らなかった。
http://www.cobasegfrtest.com/
https://www.haigan.gr.jp/uploads/photos/1283.pdf
「手引き」と書くとマニュアルっぽくて面白くなさそうだが、EGFRの理解を深める読み物として読んだほうがいい。
とてもタイムリーな改訂で、つい最近の学会発表内容まで盛り込まれている。
この分野に興味がある方には一読を勧める。
本手引きにもうたわれているが、リキッドバイオプシーでT790Mが検出された場合、米国ではOsimertinibが使用可能になったようだ。
9月のことらしい。
迂闊にも、知らなかった。
http://www.cobasegfrtest.com/
2016年11月25日
Osimertinibの市販後副作用発生状況
Osimertinibの市販後副作用発生状況が公表されていた。
将来的にOsimertinibを使う可能性がある人は、できるだけニボルマブの使用を避けたほうがよさそうだ。
http://med2.astrazeneca.co.jp/safety/download/TAG16.pdf
・間質性肺疾患発症:88人
過去に間質性肺疾患の既往あり:8人
過去に肺への放射線治療歴あり:10人
過去にEGFR-TKI使用歴あり:80人
過去に化学療法歴あり:70人
過去に免疫チェックポイント使用歴あり:32人
過去にニボルマブ使用歴あり:30人(うち26人は、Osimertinibの直前治療でニボルマブを使用)
・間質性肺疾患発症後死亡:10人
過去に間質性肺疾患の既往あり:4人
過去に肺への放射線治療歴あり:4人
過去にニボルマブ使用歴あり:5人(うち4人は、Osimertinibの直前治療でニボルマブを使用)
・間質性肺疾患発症者の95%以上は、Osimertinib開始から100日以内に発症している
将来的にOsimertinibを使う可能性がある人は、できるだけニボルマブの使用を避けたほうがよさそうだ。
http://med2.astrazeneca.co.jp/safety/download/TAG16.pdf
・間質性肺疾患発症:88人
過去に間質性肺疾患の既往あり:8人
過去に肺への放射線治療歴あり:10人
過去にEGFR-TKI使用歴あり:80人
過去に化学療法歴あり:70人
過去に免疫チェックポイント使用歴あり:32人
過去にニボルマブ使用歴あり:30人(うち26人は、Osimertinibの直前治療でニボルマブを使用)
・間質性肺疾患発症後死亡:10人
過去に間質性肺疾患の既往あり:4人
過去に肺への放射線治療歴あり:4人
過去にニボルマブ使用歴あり:5人(うち4人は、Osimertinibの直前治療でニボルマブを使用)
・間質性肺疾患発症者の95%以上は、Osimertinib開始から100日以内に発症している
2016年11月20日
がん治療革命
本日午後9時からのNHKスペシャル、「“がん治療革命”が始まった ~プレシジョン・メディシンの衝撃~」を視聴した。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20161120
家族に反対されるかと思いきや、幸いこの時間帯は競合する番組がなく、平和に視聴できた。
網羅的遺伝子解析が一部の患者さんの福音となっていることは間違いない。
しかし、未だにハードルは高く、多い。
① 患者さんが自分の病気のことをよく理解する
② 患者さんが治験や臨床試験のことをよく理解する
③ 患者さんが網羅的遺伝子解析が出来る病院にたどり着く
④ 患者さんから網羅的遺伝子解析が出来るがん組織が得られる
⑤ 担当医が適切にがん組織を取り扱い、検査に提出する
⑥ 提出されたがん組織が網羅的遺伝子解析に耐える良質な組織である
⑦ 網羅的遺伝子解析で治療対象となる遺伝子異常が見つかる
⑧ 治療対象となる遺伝子異常に有効な治療薬が使用可能である、あるいは参加可能な治験・臨床試験が進行している
⑨ 治療薬が使用可能な病院、あるいは治験・臨床試験が行われている病院に患者さんが行ける
⑩ 患者さんの病状が、治療可能な状態に保たれている。
パッと考え付くだけでも以上のようなハードルがある。
これまでに自分の診療やブログでの相談の中で、それぞれの段階でひっかかっている方々に遭遇した。
検査を行ってから網羅的遺伝子解析の結果が判明するまでに3-4週間を要するが、私が初めて網羅的遺伝子解析に参加してもらった患者さんは、治療対象となる遺伝子異常が見つかったものの、適切な治療を受けられる病院は岡山か北海道にしかなく、これらの病院を受診する体力は既に患者さんには残されていなかった。
現場で働く医師にとっては、⑤も大きなハードルだ。
普通の個人病院では、経気管支肺生検を行っているその隣に-80℃のフリーザーなんて置いていない。
それどころか、超音波気管支鏡診断装置もないし、ガイドシースもないし、迅速細胞診が出来る体制もない。
しかし実際には、
「確実に腫瘍細胞が含まれている腫瘍組織を、採取後直ちに-80℃で保存して、EGFR遺伝子変異が陰性であることを確認した後に検査会社へ提出すること」
と要求されているため、これを満たそうと思ったらそれなりの検査体制が整っていることが望ましい。
だからこそ、声を大にしていいたい。
思い立ったが吉日である。
少なくとも、網羅的遺伝子解析に参加できる病院は、全国どの都道府県にもある。
しかし、治験・臨床試験に参加できる病院は各地方を代表する大都市にしかない。
地方に住む患者さんほど、もし意思があるのなら、早めに網羅的遺伝子解析を受けて、チャンスがあれば体力があるうちに、少しでも若いうちに、病状が進まないうちに治験や臨床試験に参加して欲しい。
10年前は治験・臨床試験といえば、それを勧める医師ですら
「まだ毒とも薬ともいえないものを使った治療になるかもしれない」
と説明していたが、今は少なくとも分子標的治療の領域では、
「あなたにはこの薬が有効であろう遺伝子異常が事前検索で見つかっているので、有効性がかなり期待できる」
という説明に変わりつつある。
そして、もし患者が求めるなら、インターネット他のいろいろな情報源を使って、自分が参加しようとしている治験・臨床試験がどんなものなのか、現時点でどんな位置づけにあるものなのかを調べられるようになった。
実際に、本ブログにコメントを寄せてくださる患者さん・ご家族の知識のなんと深いことか、いつも思い知らされる。
おそらく、文字通り血眼になって情報を探されているのだろう。
今週は、未診断・非喫煙者・女性・高齢の肺がん疑い患者が2人外来を受診することになっている。
幸いPSはよさそうなので、同意していただけるなら万難を排してLC-SCRUMへの参加を勧めたい。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20161120
家族に反対されるかと思いきや、幸いこの時間帯は競合する番組がなく、平和に視聴できた。
網羅的遺伝子解析が一部の患者さんの福音となっていることは間違いない。
しかし、未だにハードルは高く、多い。
① 患者さんが自分の病気のことをよく理解する
② 患者さんが治験や臨床試験のことをよく理解する
③ 患者さんが網羅的遺伝子解析が出来る病院にたどり着く
④ 患者さんから網羅的遺伝子解析が出来るがん組織が得られる
⑤ 担当医が適切にがん組織を取り扱い、検査に提出する
⑥ 提出されたがん組織が網羅的遺伝子解析に耐える良質な組織である
⑦ 網羅的遺伝子解析で治療対象となる遺伝子異常が見つかる
⑧ 治療対象となる遺伝子異常に有効な治療薬が使用可能である、あるいは参加可能な治験・臨床試験が進行している
⑨ 治療薬が使用可能な病院、あるいは治験・臨床試験が行われている病院に患者さんが行ける
⑩ 患者さんの病状が、治療可能な状態に保たれている。
パッと考え付くだけでも以上のようなハードルがある。
これまでに自分の診療やブログでの相談の中で、それぞれの段階でひっかかっている方々に遭遇した。
検査を行ってから網羅的遺伝子解析の結果が判明するまでに3-4週間を要するが、私が初めて網羅的遺伝子解析に参加してもらった患者さんは、治療対象となる遺伝子異常が見つかったものの、適切な治療を受けられる病院は岡山か北海道にしかなく、これらの病院を受診する体力は既に患者さんには残されていなかった。
現場で働く医師にとっては、⑤も大きなハードルだ。
普通の個人病院では、経気管支肺生検を行っているその隣に-80℃のフリーザーなんて置いていない。
それどころか、超音波気管支鏡診断装置もないし、ガイドシースもないし、迅速細胞診が出来る体制もない。
しかし実際には、
「確実に腫瘍細胞が含まれている腫瘍組織を、採取後直ちに-80℃で保存して、EGFR遺伝子変異が陰性であることを確認した後に検査会社へ提出すること」
と要求されているため、これを満たそうと思ったらそれなりの検査体制が整っていることが望ましい。
だからこそ、声を大にしていいたい。
思い立ったが吉日である。
少なくとも、網羅的遺伝子解析に参加できる病院は、全国どの都道府県にもある。
しかし、治験・臨床試験に参加できる病院は各地方を代表する大都市にしかない。
地方に住む患者さんほど、もし意思があるのなら、早めに網羅的遺伝子解析を受けて、チャンスがあれば体力があるうちに、少しでも若いうちに、病状が進まないうちに治験や臨床試験に参加して欲しい。
10年前は治験・臨床試験といえば、それを勧める医師ですら
「まだ毒とも薬ともいえないものを使った治療になるかもしれない」
と説明していたが、今は少なくとも分子標的治療の領域では、
「あなたにはこの薬が有効であろう遺伝子異常が事前検索で見つかっているので、有効性がかなり期待できる」
という説明に変わりつつある。
そして、もし患者が求めるなら、インターネット他のいろいろな情報源を使って、自分が参加しようとしている治験・臨床試験がどんなものなのか、現時点でどんな位置づけにあるものなのかを調べられるようになった。
実際に、本ブログにコメントを寄せてくださる患者さん・ご家族の知識のなんと深いことか、いつも思い知らされる。
おそらく、文字通り血眼になって情報を探されているのだろう。
今週は、未診断・非喫煙者・女性・高齢の肺がん疑い患者が2人外来を受診することになっている。
幸いPSはよさそうなので、同意していただけるなら万難を排してLC-SCRUMへの参加を勧めたい。
2016年11月19日
Pembrolizumab+プラチナ併用化学療法
Pembrolizumabの国内承認の手続きが棚上げになっている。
まずはNivolumabの薬価の件を片付けてから手をつけようということだろうか。
今朝の日本経済新聞の朝刊の社説で、
「政府は、超高額の抗がん剤オプジーボの公定価格、緊急的な措置として来年2月から今の半額にすることを決めた」
と述べられていた。
その同じページの広告欄に、Nivolumab亡国論を主張してきたK先生(作家としてはS先生というべきか?)の著書のことが載っていた。
意図的に成された紙面構成なら、なかなか気が利いている。
そんな中、Pembrolizumabの話題はまだ尽きない。
PD-L1高発現ならプラチナ併用化学療法を凌駕する、ということは示されたが、今回のPembrolizumab+カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法は、PD-L1発現状態に関わらず一定の効果を示しているようである。
第III相試験が2本進行中で(KEYNOTE-189:プラチナ+ペメトレキセド±Pembrolizumab、KEYNOTE-407:扁平上皮癌に対するカルボプラチン+パクリタキセル(nabも含む)±Pembrolizumab)、これらがpositiveになると、分子標的薬の対象とならない非小細胞肺がんではほぼ全てPembrolizumabを使うことになり、プラチナ製剤と同様の位置づけに収まることになるかもしれない。
Carboplatin and pemetrexed with or without pembrolizumab for advanced, non-squamous non-small-cell lung cancer: a randomised, phase 2 cohort of the open-label KEYNOTE-021 study.
Langer CJ et al, Lancet Oncol. 2016 Nov;17(11):1497-1508.
背景:
非小細胞肺がんの初回治療において、プラチナ併用化学療法に加えてさらに他の薬剤を追加することにより臨床効果に改善が得られるかどうかについては、これまでのところエビデンスが限られている。抗PD-1抗体であるPembrolizumabは進行非小細胞肺がん患者に対する単剤治療で有効性を示し、化学療法と毒性プロファイルが異なる。今回は進行非扁平非小細胞肺がんに対して、プラチナ併用化学療法にpembrolizumabを上乗せすることにより有効性が高まるかどうか検証した。
方法:
今回の無作為化オープンラベル第II相マルチコホート臨床試験(KEYNOTE-021)において、米国と台湾の計26施設から患者が集積された。化学療法歴がなく、sEGFRmやALKrを有さないIIIB / IV期の非扁平非小細胞肺がんの患者を、腫瘍のPD-L1発現状態(<1% vs ≧1%)で層別化し、無作為・均等に併用群(Pembrolizumab 200mg + カルボプラチン 5AUC + ペメトレキセド 500mg/㎡を3週ごと、4コース投与した後にPembrolizumab維持療法を24ヶ月と、ペメトレキセド維持療法を行う)と非併用群(カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法を4コースの後ペメトレキセド維持療法を行う)に割り付け、計4群とした。主要評価項目は奏効割合とした。有意水準は片側検定でp<0.025とした。本試験は既に患者集積を終了したが、いまだ追跡期間中である(ClinicalTrials.gov, number NCT02039674)。
結果:
2014年11月25日から2016年1月25日にかけて、123人の患者が登録された。60人は併用群に、63人は非併用群に割り付けられた。併用群の奏効割合は55%(60人中33人、95%信頼区間は42-68%)で、非併用群の奏効割合は29%(63人中18人、95%信頼区間は18-41%)だった。その差は26%(95%信頼区間は9-42%、p=0.0016)だった。Grade 3以上の治療関連有害事象の割合は両群で同等だった(併用群で39%(59人中23人)、非併用群で26%(62人中16人))。Grade 3以上の有害事象の内訳は併用群では貧血(12%)、好中球減少(5%)、急性腎障害(3%)、リンパ球減少(3%)、疲労(3%)、敗血症(3%)、血小板減少(3%)だった。非併用群では貧血(15%)、好中球減少(3%)、汎血球減少(3%)、血小板減少(3%)だった。併用群のうち1例は敗血症で死亡し、非併用群のうち2例はそれぞれ敗血症と汎血球減少で死亡した。
結論:
Pembrolizumab+カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法は進行非扁平非小細胞肺がんの一次治療の選択肢として有望である。現在、国際無作為化第III相臨床試験でさらに検証中である。
まずはNivolumabの薬価の件を片付けてから手をつけようということだろうか。
今朝の日本経済新聞の朝刊の社説で、
「政府は、超高額の抗がん剤オプジーボの公定価格、緊急的な措置として来年2月から今の半額にすることを決めた」
と述べられていた。
その同じページの広告欄に、Nivolumab亡国論を主張してきたK先生(作家としてはS先生というべきか?)の著書のことが載っていた。
意図的に成された紙面構成なら、なかなか気が利いている。
そんな中、Pembrolizumabの話題はまだ尽きない。
PD-L1高発現ならプラチナ併用化学療法を凌駕する、ということは示されたが、今回のPembrolizumab+カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法は、PD-L1発現状態に関わらず一定の効果を示しているようである。
第III相試験が2本進行中で(KEYNOTE-189:プラチナ+ペメトレキセド±Pembrolizumab、KEYNOTE-407:扁平上皮癌に対するカルボプラチン+パクリタキセル(nabも含む)±Pembrolizumab)、これらがpositiveになると、分子標的薬の対象とならない非小細胞肺がんではほぼ全てPembrolizumabを使うことになり、プラチナ製剤と同様の位置づけに収まることになるかもしれない。
Carboplatin and pemetrexed with or without pembrolizumab for advanced, non-squamous non-small-cell lung cancer: a randomised, phase 2 cohort of the open-label KEYNOTE-021 study.
Langer CJ et al, Lancet Oncol. 2016 Nov;17(11):1497-1508.
背景:
非小細胞肺がんの初回治療において、プラチナ併用化学療法に加えてさらに他の薬剤を追加することにより臨床効果に改善が得られるかどうかについては、これまでのところエビデンスが限られている。抗PD-1抗体であるPembrolizumabは進行非小細胞肺がん患者に対する単剤治療で有効性を示し、化学療法と毒性プロファイルが異なる。今回は進行非扁平非小細胞肺がんに対して、プラチナ併用化学療法にpembrolizumabを上乗せすることにより有効性が高まるかどうか検証した。
方法:
今回の無作為化オープンラベル第II相マルチコホート臨床試験(KEYNOTE-021)において、米国と台湾の計26施設から患者が集積された。化学療法歴がなく、sEGFRmやALKrを有さないIIIB / IV期の非扁平非小細胞肺がんの患者を、腫瘍のPD-L1発現状態(<1% vs ≧1%)で層別化し、無作為・均等に併用群(Pembrolizumab 200mg + カルボプラチン 5AUC + ペメトレキセド 500mg/㎡を3週ごと、4コース投与した後にPembrolizumab維持療法を24ヶ月と、ペメトレキセド維持療法を行う)と非併用群(カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法を4コースの後ペメトレキセド維持療法を行う)に割り付け、計4群とした。主要評価項目は奏効割合とした。有意水準は片側検定でp<0.025とした。本試験は既に患者集積を終了したが、いまだ追跡期間中である(ClinicalTrials.gov, number NCT02039674)。
結果:
2014年11月25日から2016年1月25日にかけて、123人の患者が登録された。60人は併用群に、63人は非併用群に割り付けられた。併用群の奏効割合は55%(60人中33人、95%信頼区間は42-68%)で、非併用群の奏効割合は29%(63人中18人、95%信頼区間は18-41%)だった。その差は26%(95%信頼区間は9-42%、p=0.0016)だった。Grade 3以上の治療関連有害事象の割合は両群で同等だった(併用群で39%(59人中23人)、非併用群で26%(62人中16人))。Grade 3以上の有害事象の内訳は併用群では貧血(12%)、好中球減少(5%)、急性腎障害(3%)、リンパ球減少(3%)、疲労(3%)、敗血症(3%)、血小板減少(3%)だった。非併用群では貧血(15%)、好中球減少(3%)、汎血球減少(3%)、血小板減少(3%)だった。併用群のうち1例は敗血症で死亡し、非併用群のうち2例はそれぞれ敗血症と汎血球減少で死亡した。
結論:
Pembrolizumab+カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法は進行非扁平非小細胞肺がんの一次治療の選択肢として有望である。現在、国際無作為化第III相臨床試験でさらに検証中である。
2016年11月18日
小細胞がんとipilimumab
今回取り上げる論文に対する論説には、
「ここ20年というもの、小細胞肺がんに対する新規医薬品の申請はなかった」
ととてもさびしいコメントが寄せられている。
このipilimumab併用療法の第III相臨床試験、CA184-156試験には日本からも参加者があった。
参加のためのスクリーニングを受けた人が1,414人、実際にランダム化され治療に割り付けられたのは1,132人だった。
これだけ大規模な臨床試験でありながら、それも免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいとされる喫煙関連がん=小細胞がんにターゲットを絞りながらも、意味のある結果が出なかったのは本当に残念である。
Phase III randomized trial of ipilimumab plus etoposide and platinum in Extensive stage small cell lung cancer.
Reck et al.
J Clin Oncol, 34(31), 3740-3748, 2016
背景:
進展型小細胞肺がん患者は、一次治療でプラチナ製剤とエトポシドの併用化学療法を行っても、生命予後は悪い。今回、二重盲見無作為化比較試験のデザインで、プラチナ+エトポシド±Ipilimumabの第III相試験を行った。
目的:
参加者は1:1の比率でプラチナ製剤+エトポシド+ipilimumabを3週間ごとに使用する群(Ipilimumab群)とプラチナ製剤+エトポシド+プラセボを使用する群(プラセボ群)に割り付けられた。化学療法は1から4コース目で、Ipilimuabとプラセボは3コース目から6コース目まで使用した。その後は、12週ごとにIpilimumabかプラセボを使用した。主要評価項目は、少なくとも一度のプロトコール治療(Ipilimumabまたはプラセボ)を受けた患者の全生存期間とした。
方法:
無作為割付された1,132人のうち、954人が少なくとも1コースのプロトコール治療を受けた。Ipilimumab群は478人、プラセボ群は476人だった。生存期間中央値はIpilimumab群で11.0ヶ月、プラセボ群で10.9ヶ月、ハザード比0.94、95%信頼区間0.81-1.09, p=0.3775と全く振るわなかった。無増悪生存期間中央値はIpilimumab群で4.6ヶ月、プラセボ群で4.4ヶ月、ハザード比は0.85、95%信頼区間は0.75-0.97だった。有害事象は、Ipilimumab群でしばしば見られた下痢、発疹、腸炎をのぞいては、両群ともにほぼ同様だった。治療に関連した有害事象による治療中断は、Ipilimumab群でより顕著だった(18% vs 2%)。Ipilimumab群では5人、プラセボ群では2人の治療関連死が発生した。
結論:
標準化学療法にIpilimumabを併用しても、全生存期間が延長しないことが分かった。
「ここ20年というもの、小細胞肺がんに対する新規医薬品の申請はなかった」
ととてもさびしいコメントが寄せられている。
このipilimumab併用療法の第III相臨床試験、CA184-156試験には日本からも参加者があった。
参加のためのスクリーニングを受けた人が1,414人、実際にランダム化され治療に割り付けられたのは1,132人だった。
これだけ大規模な臨床試験でありながら、それも免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいとされる喫煙関連がん=小細胞がんにターゲットを絞りながらも、意味のある結果が出なかったのは本当に残念である。
Phase III randomized trial of ipilimumab plus etoposide and platinum in Extensive stage small cell lung cancer.
Reck et al.
J Clin Oncol, 34(31), 3740-3748, 2016
背景:
進展型小細胞肺がん患者は、一次治療でプラチナ製剤とエトポシドの併用化学療法を行っても、生命予後は悪い。今回、二重盲見無作為化比較試験のデザインで、プラチナ+エトポシド±Ipilimumabの第III相試験を行った。
目的:
参加者は1:1の比率でプラチナ製剤+エトポシド+ipilimumabを3週間ごとに使用する群(Ipilimumab群)とプラチナ製剤+エトポシド+プラセボを使用する群(プラセボ群)に割り付けられた。化学療法は1から4コース目で、Ipilimuabとプラセボは3コース目から6コース目まで使用した。その後は、12週ごとにIpilimumabかプラセボを使用した。主要評価項目は、少なくとも一度のプロトコール治療(Ipilimumabまたはプラセボ)を受けた患者の全生存期間とした。
方法:
無作為割付された1,132人のうち、954人が少なくとも1コースのプロトコール治療を受けた。Ipilimumab群は478人、プラセボ群は476人だった。生存期間中央値はIpilimumab群で11.0ヶ月、プラセボ群で10.9ヶ月、ハザード比0.94、95%信頼区間0.81-1.09, p=0.3775と全く振るわなかった。無増悪生存期間中央値はIpilimumab群で4.6ヶ月、プラセボ群で4.4ヶ月、ハザード比は0.85、95%信頼区間は0.75-0.97だった。有害事象は、Ipilimumab群でしばしば見られた下痢、発疹、腸炎をのぞいては、両群ともにほぼ同様だった。治療に関連した有害事象による治療中断は、Ipilimumab群でより顕著だった(18% vs 2%)。Ipilimumab群では5人、プラセボ群では2人の治療関連死が発生した。
結論:
標準化学療法にIpilimumabを併用しても、全生存期間が延長しないことが分かった。
2016年11月16日
SCRUM-JAPANとNHKスペシャル
肺がん・消化器がんの網羅的遺伝子解析に関するNHKスペシャルが今週末に予定されています。
Check it out !!
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20161120
Check it out !!
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20161120
2016年11月13日
ニボルマブとCIMAVaxワクチン
肺がんを腫瘍ワクチンで治療しようという試みは、なかなか前進しない。
ずいぶん前の話になるが、ある先生ががんセンターに講演にお越しになった際、
「腫瘍ワクチンは、病巣の表面くらいにしか機能しない印象がある」
「進行期の患者に対する腫瘍縮小よりも、手術後の患者に対する再発予防の方が有望な気がする」
とおっしゃっていた。
米国食品医薬品局が、ニボルマブと腫瘍ワクチン併用療法の臨床試験を承認したようである。
進行期の患者を対象としたこのマリアージュ、果たしてうまく行くか。
単に薬品同士のマリアージュというだけでなく、政治的にも米国とキューバが仲良くなったから実現したマリアージュなのだろう。
うまくいくといいな。
試験の概要は以下を参照。
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02955290?term=cimavax&rank=1
対象はIIIB/IV期もしくは再発の非小細胞肺がん患者で、主要評価項目は安全性、全生存期間、抗体誘導能である。
FDA Approves US Trial of Cuban Lung Cancer Vaccine
Nick Mulcahy
October 28, 2016
米国食品医薬品局はキューバで開発された肺がんワクチンを用いた臨床試験実施を承認した。
この肺がんワクチン「CIMAVax」は、非小細胞肺がんに対する治療薬として2011年にキューバで使用可能となった。
今回承認された第I/II相試験は、治療歴のある進行非小細胞肺がん患者に対し、CIMAVaxとニボルマブを併用するものである。2016年11月に試験を開始し、2020年6月までに136人を集積する予定である。
CIMAVaxは上皮成長因子(EGF)を治療標的としたワクチンである。EGFRは非小細胞肺がんの約40-80%で過剰発現している。EGFRの過剰発現は生存期間の短縮や治療抵抗性と相関している。CIMAVaxは内因性のEGFに対する自己抗体を誘導し、EGFがEGFRに結合するのを妨害する。
CIMAVaxは25年前から開発されてきた。これまでの臨床試験は、緩和治療に比べてCIMAVaxに生存期間延長効果があることを示してきた。にも拘らず、主要なメディアがCIMAVaxを大きく取り上げたにも拘らず、その臨床効果は実臨床にさして大きな影響を与えないと考えられてきた。
CIMAVaxはこれまでに全世界で4000人程度の患者に使用されてきた。ボスニア・ヘルツェゴビナ、コロンビア、キューバ、パラグアイ、ペルーで承認・使用されている。
進行非小細胞肺がんを対象とした第III相臨床試験では、CIMAVax群は緩和医療群に対して有意な生存期間延長効果を示した(生存期間中央値はそれぞれ12.4ヶ月、9.4ヶ月、p=0.04)(Clin Cancer Res 2016, 22, 3782-3790)。また、サブグループ解析では、上皮成長因子の血中濃度が高い患者では、CIMAVax群の生存期間中央値は14.6ヶ月とさらに延長していた。
ずいぶん前の話になるが、ある先生ががんセンターに講演にお越しになった際、
「腫瘍ワクチンは、病巣の表面くらいにしか機能しない印象がある」
「進行期の患者に対する腫瘍縮小よりも、手術後の患者に対する再発予防の方が有望な気がする」
とおっしゃっていた。
米国食品医薬品局が、ニボルマブと腫瘍ワクチン併用療法の臨床試験を承認したようである。
進行期の患者を対象としたこのマリアージュ、果たしてうまく行くか。
単に薬品同士のマリアージュというだけでなく、政治的にも米国とキューバが仲良くなったから実現したマリアージュなのだろう。
うまくいくといいな。
試験の概要は以下を参照。
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT02955290?term=cimavax&rank=1
対象はIIIB/IV期もしくは再発の非小細胞肺がん患者で、主要評価項目は安全性、全生存期間、抗体誘導能である。
FDA Approves US Trial of Cuban Lung Cancer Vaccine
Nick Mulcahy
October 28, 2016
米国食品医薬品局はキューバで開発された肺がんワクチンを用いた臨床試験実施を承認した。
この肺がんワクチン「CIMAVax」は、非小細胞肺がんに対する治療薬として2011年にキューバで使用可能となった。
今回承認された第I/II相試験は、治療歴のある進行非小細胞肺がん患者に対し、CIMAVaxとニボルマブを併用するものである。2016年11月に試験を開始し、2020年6月までに136人を集積する予定である。
CIMAVaxは上皮成長因子(EGF)を治療標的としたワクチンである。EGFRは非小細胞肺がんの約40-80%で過剰発現している。EGFRの過剰発現は生存期間の短縮や治療抵抗性と相関している。CIMAVaxは内因性のEGFに対する自己抗体を誘導し、EGFがEGFRに結合するのを妨害する。
CIMAVaxは25年前から開発されてきた。これまでの臨床試験は、緩和治療に比べてCIMAVaxに生存期間延長効果があることを示してきた。にも拘らず、主要なメディアがCIMAVaxを大きく取り上げたにも拘らず、その臨床効果は実臨床にさして大きな影響を与えないと考えられてきた。
CIMAVaxはこれまでに全世界で4000人程度の患者に使用されてきた。ボスニア・ヘルツェゴビナ、コロンビア、キューバ、パラグアイ、ペルーで承認・使用されている。
進行非小細胞肺がんを対象とした第III相臨床試験では、CIMAVax群は緩和医療群に対して有意な生存期間延長効果を示した(生存期間中央値はそれぞれ12.4ヶ月、9.4ヶ月、p=0.04)(Clin Cancer Res 2016, 22, 3782-3790)。また、サブグループ解析では、上皮成長因子の血中濃度が高い患者では、CIMAVax群の生存期間中央値は14.6ヶ月とさらに延長していた。
2016年11月12日
電磁ナビゲーション気管支鏡システム・・・
最近よく話題として取り上げる再生検のみならず、そもそも気管支鏡手技自体、以前よりはるかに多くの手間をかけるようになった。
私が研修医だった世紀末の頃は、高解像度CTの黎明期で、肺がん診断のための気管支鏡前準備にはレントゲン断層撮影を用いていた。
今ではすっかり行われなくなったが、断層撮影というのは、
「体の中心部から左へ1cmの位置」
「背中から5cmの位置」
など、特定の部分に焦点を置いて胸部レントゲン写真を撮影する方法である。
通常のレントゲンは、撮影される範囲にあるもの全ての合成像が1枚の写真に納まっているわけだが、断層写真ではより「薄い」範囲が写真に納まっている。
その分だけ、通常のレントゲンよりは気管支の断面が鮮明に記録される。
各位置で撮影した数十枚に及ぶレントゲンを並べて、目指す病変に向かう気管支を追いかけていくわけである。
「じっくりと時間をかけて断層写真とにらめっこして、気管支鏡を進める気管支の枝分かれを見極めろ」
「ここで手を抜けば、その分気管支鏡検査中に患者さんにきつい思いをさせることになるぞ」
と方言のきつい上級指導医に発破をかけられながら枝読みをしていた。
そして、時は流れる。
もはや、通常の実地臨床でレントゲン断層撮影をすることはなくなった。
レントゲンはフィルムに撮影されなくなり、1cm単位のレントゲン断層撮影は1mm単位の高解像度CT撮影に完全にとってかわられた。
今日の高解像度CTの品質に接して、それでもレントゲン断層撮影にこだわるのは、もはやノスタルジー以外の何者でもないだろう。
レントゲン断層撮影は縦断像、高解像度CT撮影は基本的に横断像という違いはあるが、これらにうつる気管支の断面を思い描きながら、気管支鏡検査のときにたどるべき道筋をシュミレーションする、という手順だけは、今も昔も変わらない。
ところが、もはやこうした枝読みも、ワークステーションが代行してくれるようになって久しい。
気管支鏡ナビゲーションシステムが枝読みを肩代わりして、目指す病変までの道筋を指し示してくれる。
しかし、気管支鏡ナビゲーションシステムは、高解像度CT画像をもとに再構成するものなので、元のCT画像の質が悪いとお手上げである。
そして、元データが良くても、かならずしもナビゲーションがうまく出来るとは限らない。
ときには自分で枝読みをしたほうがうまく行くこともある。
また、たどるべき道筋に正確に気管支鏡を進める手技が大切なことは言うまでもない。
気管支鏡検査を行うとき、診断率向上のために私は最大限の前準備を要求している。
①高解像度CT撮影(+気管支枝読み)+②気管支鏡ナビゲーション+③超音波気管支鏡プローブ併用+④ガイドシース併用+⑤経気管支肺腫瘍生検+⑥検査中の迅速細胞診(ROSE)
という組み合わせが一般的である。
②、③、④、⑥は私が研修医の頃には行われていなかった手順であり、はっきりいってかなりの手間隙をかけている。
生検で採取する検体の量も、病理診断、遺伝子変異診断に供するために多くとらなければならなくなっており、今後PD-L1評価や網羅的遺伝子変異検索、あるいはその他のバイオマーカー検索が必要になると、さらに多くが要求されるようになるだろう。
それでは、手間をかけただけ診療報酬上報われるようになったかというと、決してそうではない。
CT撮影時に細かく枝読みをしても診療報酬は0円である。
数百万円のワークステーションを購入して、時間をかけて②気管支鏡ナビゲーションをしても診療報酬は0円である。
③初期投資に1000万円を投入し、30-50回の検査ごとにぶっこわれる1本数十万円の超音波プローブを使って、④1キット14,500円程度のガイドシースキットを使って検査をしても、診療報酬は5,000円であり、検査をすればするほど病院は赤字になる。
⑥検査中の迅速細胞診は診断率の向上、ひいては気管支鏡検査のやり直しを回避する上、検査の質を担保する上ででとても大切な取り組みだと思うのだが、診療報酬は0円である。
要約すれば、気管支鏡検査の質の向上のために様々な取り組みをして、時間・手間・費用のどれをとっても負担が増えているにも関わらず、少なくとも診療報酬という点では医師個人も病院も全く報われていない。
親方日の丸の公的医療機関に勤めている頃には気付かなかったが、こんなの個人病院では絶対に普及しない。
やればやるほど自分たちの頚を絞めるからである。
今回取り上げる電磁ナビゲーション気管支鏡は、2015年末に我が国でも薬事承認され、診療報酬上の議論も一応は終わっているようである。
https://www.covidien.co.jp/wpcms/wp-content/uploads/2016/01/SuperD_201601071.pdf#search='superdimension'
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000128265.pdf#search='superdimension+%E4%BE%A1%E6%A0%BC'
従来の気管支鏡ナビゲーションシステムに加え、実際の検査中に気管支鏡先進部の位置情報をリアルタイムに表示することにより、より診断制度を上げようというものである。
今年の日本呼吸器内視鏡学会年次総会において、電磁ナビゲーション気管支鏡システムがデモンストレーション展示されていた。
不謹慎な言い方かもしれないが、とても面白い品物だった。
デモンストレーションだからそう感じたのかもしれないが、完全に体感テレビゲームの感覚だった。
気管支という「迷宮」をさまよって、ナビゲーションという「妖精」の力を借りながら、肺がん病巣という「ボスキャラ」を探索する旅をするわけだ。
上記のリンクを見ると、
「従来、我が国における肺がんの気管支鏡診断率は30%程度とされている」
「米国では、もともと肺がんの気管支鏡診断率は14%程度だったが、本システムを使用することにより83%に向上した」
と記載されており、大変有用なシステムのように思えるかもしれない。
しかし、ちょっと待ってくれよ。
「当院で気管支鏡検査を行った場合、診断率は14-30%です」
なんて説明を、普通するか?
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
よりも遥かに信用できない。
そんな説明を受けたら、私なら検査を拒否するだろう。
前の職場に気管支鏡ナビゲーションシステムと超音波気管支鏡システムを導入した当時、その前後で肺がん診断率の違いを検討したが、気管支鏡ナビゲーションの導入により診断率は68%から73%へと5%程度向上した程度だった。
もともと70%程度の診断率があったわけで、今でもこの数字は、気管支鏡検査の説明と同意書の書式に明記されている。
それでも、83%まで診断率が向上するのなら、電磁ナビゲーション気管支鏡システムを導入するのは、高次医療機関の使命なのではないか、という人もあるだろう。
それでは、この10%の診断率向上のために、どの程度の追加コストがかかるのか。
上記のリンクを見ると、システム導入のための初期投資費用は2,500万円、使い捨ての生検器具は1セット23万円である。
そして、これを使用した際の診療報酬は、
「特定医療保険材料ではなく、新規技術料で評価する」
と記載されている。
なんだそりゃ。
使い捨てガイドシース約14,500円に対して、5,000円しかまかなわれない現状では、あまり多くを期待できない。
多分、使い捨て生検器具の費用だけでも、毎年数千万円単位の赤字を垂れ流すことになるだろう。
私が院長だったなら、病院の財務基盤を守るために、電磁ナビゲーション気管支鏡システムの導入は断固として拒否する。
その前に枝読みの技術と気管支鏡の腕を磨けと喝破するだろう。
そんなわけで、もっと安価にならない限り、私自身は電磁ナビゲーション気管支鏡システムを使う気がしない。
その一方で、欧米では電磁ナビゲーション気管支鏡システムの有効性と安全性を評価する臨床試験が進められている。
今回のCHEST2016年次総会で、このNAVIGATE試験の中間解析に関する報告があったようだ。
診断率88.5%というのは魅力的で、誰かが初期投資費用を肩代わりしてくれて、患者が使い捨て生検器具費用を負担してくれるなら是非導入したい。
First Glimpse of NAVIGATE Bronchoscopy Results Is Promising
Kate Johnson
November 07, 2016
NAVIGATE試験開始後1ヶ月時点での中間解析について、2016年CHEST年次総会で報告された。
欧州および北米の計37施設から、1,289人の患者が本試験に参加した。
今回の1ヶ月間の追跡調査においては、最初に登録された500人のうち455人(91%)が対象となった。
500件の手技のうち、497件は肺病変の生検目的、91件はマーカー留置目的(定位照射における金マーカー留置などか)、9件は術前の点墨目的だった。全体の33%では、複数回の手技が必要だった。
驚くべきことに、全体の86.2%が全身麻酔下で検査を受けていた。61.0%で超音波気管支鏡プローブが併用され、92.6%でレントゲン透視検査が併用されていた。
安全性に関する主要評価項目であるGrade2以上の気胸は2.2%だった。全グレードの気胸は4.4%だった。
Grade2以上の気道出血は1.0%、全グレードの気道出血は2.4%だった。
Grade4以上の呼吸不全の合併率は0.4%だった。
検査手技関連死が1件あった。検査後9日目で低酸素血症により死に至ったが、検査手技のためというよりは全身麻酔に伴う合併症のように見受けられた。また、背景疾患を多数抱えていた患者で、肝硬変、肝細胞がん、小細胞肺がん、卵巣癌を合併していた。
565病変に対して検査が行われ、90.8%でナビゲーションが成功し、適切な検体が得られた。45.2%で悪性病変の診断がつき、43.3%で非悪性病変の診断がつき、11.5%では診断がつかなかった。すなわち、88.5%でなんらかの診断がついた。
原発性肺がんの診断がついた199人のうち、70%はstage IもしくはIIだった。
私が研修医だった世紀末の頃は、高解像度CTの黎明期で、肺がん診断のための気管支鏡前準備にはレントゲン断層撮影を用いていた。
今ではすっかり行われなくなったが、断層撮影というのは、
「体の中心部から左へ1cmの位置」
「背中から5cmの位置」
など、特定の部分に焦点を置いて胸部レントゲン写真を撮影する方法である。
通常のレントゲンは、撮影される範囲にあるもの全ての合成像が1枚の写真に納まっているわけだが、断層写真ではより「薄い」範囲が写真に納まっている。
その分だけ、通常のレントゲンよりは気管支の断面が鮮明に記録される。
各位置で撮影した数十枚に及ぶレントゲンを並べて、目指す病変に向かう気管支を追いかけていくわけである。
「じっくりと時間をかけて断層写真とにらめっこして、気管支鏡を進める気管支の枝分かれを見極めろ」
「ここで手を抜けば、その分気管支鏡検査中に患者さんにきつい思いをさせることになるぞ」
と方言のきつい上級指導医に発破をかけられながら枝読みをしていた。
そして、時は流れる。
もはや、通常の実地臨床でレントゲン断層撮影をすることはなくなった。
レントゲンはフィルムに撮影されなくなり、1cm単位のレントゲン断層撮影は1mm単位の高解像度CT撮影に完全にとってかわられた。
今日の高解像度CTの品質に接して、それでもレントゲン断層撮影にこだわるのは、もはやノスタルジー以外の何者でもないだろう。
レントゲン断層撮影は縦断像、高解像度CT撮影は基本的に横断像という違いはあるが、これらにうつる気管支の断面を思い描きながら、気管支鏡検査のときにたどるべき道筋をシュミレーションする、という手順だけは、今も昔も変わらない。
ところが、もはやこうした枝読みも、ワークステーションが代行してくれるようになって久しい。
気管支鏡ナビゲーションシステムが枝読みを肩代わりして、目指す病変までの道筋を指し示してくれる。
しかし、気管支鏡ナビゲーションシステムは、高解像度CT画像をもとに再構成するものなので、元のCT画像の質が悪いとお手上げである。
そして、元データが良くても、かならずしもナビゲーションがうまく出来るとは限らない。
ときには自分で枝読みをしたほうがうまく行くこともある。
また、たどるべき道筋に正確に気管支鏡を進める手技が大切なことは言うまでもない。
気管支鏡検査を行うとき、診断率向上のために私は最大限の前準備を要求している。
①高解像度CT撮影(+気管支枝読み)+②気管支鏡ナビゲーション+③超音波気管支鏡プローブ併用+④ガイドシース併用+⑤経気管支肺腫瘍生検+⑥検査中の迅速細胞診(ROSE)
という組み合わせが一般的である。
②、③、④、⑥は私が研修医の頃には行われていなかった手順であり、はっきりいってかなりの手間隙をかけている。
生検で採取する検体の量も、病理診断、遺伝子変異診断に供するために多くとらなければならなくなっており、今後PD-L1評価や網羅的遺伝子変異検索、あるいはその他のバイオマーカー検索が必要になると、さらに多くが要求されるようになるだろう。
それでは、手間をかけただけ診療報酬上報われるようになったかというと、決してそうではない。
CT撮影時に細かく枝読みをしても診療報酬は0円である。
数百万円のワークステーションを購入して、時間をかけて②気管支鏡ナビゲーションをしても診療報酬は0円である。
③初期投資に1000万円を投入し、30-50回の検査ごとにぶっこわれる1本数十万円の超音波プローブを使って、④1キット14,500円程度のガイドシースキットを使って検査をしても、診療報酬は5,000円であり、検査をすればするほど病院は赤字になる。
⑥検査中の迅速細胞診は診断率の向上、ひいては気管支鏡検査のやり直しを回避する上、検査の質を担保する上ででとても大切な取り組みだと思うのだが、診療報酬は0円である。
要約すれば、気管支鏡検査の質の向上のために様々な取り組みをして、時間・手間・費用のどれをとっても負担が増えているにも関わらず、少なくとも診療報酬という点では医師個人も病院も全く報われていない。
親方日の丸の公的医療機関に勤めている頃には気付かなかったが、こんなの個人病院では絶対に普及しない。
やればやるほど自分たちの頚を絞めるからである。
今回取り上げる電磁ナビゲーション気管支鏡は、2015年末に我が国でも薬事承認され、診療報酬上の議論も一応は終わっているようである。
https://www.covidien.co.jp/wpcms/wp-content/uploads/2016/01/SuperD_201601071.pdf#search='superdimension'
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000128265.pdf#search='superdimension+%E4%BE%A1%E6%A0%BC'
従来の気管支鏡ナビゲーションシステムに加え、実際の検査中に気管支鏡先進部の位置情報をリアルタイムに表示することにより、より診断制度を上げようというものである。
今年の日本呼吸器内視鏡学会年次総会において、電磁ナビゲーション気管支鏡システムがデモンストレーション展示されていた。
不謹慎な言い方かもしれないが、とても面白い品物だった。
デモンストレーションだからそう感じたのかもしれないが、完全に体感テレビゲームの感覚だった。
気管支という「迷宮」をさまよって、ナビゲーションという「妖精」の力を借りながら、肺がん病巣という「ボスキャラ」を探索する旅をするわけだ。
上記のリンクを見ると、
「従来、我が国における肺がんの気管支鏡診断率は30%程度とされている」
「米国では、もともと肺がんの気管支鏡診断率は14%程度だったが、本システムを使用することにより83%に向上した」
と記載されており、大変有用なシステムのように思えるかもしれない。
しかし、ちょっと待ってくれよ。
「当院で気管支鏡検査を行った場合、診断率は14-30%です」
なんて説明を、普通するか?
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
よりも遥かに信用できない。
そんな説明を受けたら、私なら検査を拒否するだろう。
前の職場に気管支鏡ナビゲーションシステムと超音波気管支鏡システムを導入した当時、その前後で肺がん診断率の違いを検討したが、気管支鏡ナビゲーションの導入により診断率は68%から73%へと5%程度向上した程度だった。
もともと70%程度の診断率があったわけで、今でもこの数字は、気管支鏡検査の説明と同意書の書式に明記されている。
それでも、83%まで診断率が向上するのなら、電磁ナビゲーション気管支鏡システムを導入するのは、高次医療機関の使命なのではないか、という人もあるだろう。
それでは、この10%の診断率向上のために、どの程度の追加コストがかかるのか。
上記のリンクを見ると、システム導入のための初期投資費用は2,500万円、使い捨ての生検器具は1セット23万円である。
そして、これを使用した際の診療報酬は、
「特定医療保険材料ではなく、新規技術料で評価する」
と記載されている。
なんだそりゃ。
使い捨てガイドシース約14,500円に対して、5,000円しかまかなわれない現状では、あまり多くを期待できない。
多分、使い捨て生検器具の費用だけでも、毎年数千万円単位の赤字を垂れ流すことになるだろう。
私が院長だったなら、病院の財務基盤を守るために、電磁ナビゲーション気管支鏡システムの導入は断固として拒否する。
その前に枝読みの技術と気管支鏡の腕を磨けと喝破するだろう。
そんなわけで、もっと安価にならない限り、私自身は電磁ナビゲーション気管支鏡システムを使う気がしない。
その一方で、欧米では電磁ナビゲーション気管支鏡システムの有効性と安全性を評価する臨床試験が進められている。
今回のCHEST2016年次総会で、このNAVIGATE試験の中間解析に関する報告があったようだ。
診断率88.5%というのは魅力的で、誰かが初期投資費用を肩代わりしてくれて、患者が使い捨て生検器具費用を負担してくれるなら是非導入したい。
First Glimpse of NAVIGATE Bronchoscopy Results Is Promising
Kate Johnson
November 07, 2016
NAVIGATE試験開始後1ヶ月時点での中間解析について、2016年CHEST年次総会で報告された。
欧州および北米の計37施設から、1,289人の患者が本試験に参加した。
今回の1ヶ月間の追跡調査においては、最初に登録された500人のうち455人(91%)が対象となった。
500件の手技のうち、497件は肺病変の生検目的、91件はマーカー留置目的(定位照射における金マーカー留置などか)、9件は術前の点墨目的だった。全体の33%では、複数回の手技が必要だった。
驚くべきことに、全体の86.2%が全身麻酔下で検査を受けていた。61.0%で超音波気管支鏡プローブが併用され、92.6%でレントゲン透視検査が併用されていた。
安全性に関する主要評価項目であるGrade2以上の気胸は2.2%だった。全グレードの気胸は4.4%だった。
Grade2以上の気道出血は1.0%、全グレードの気道出血は2.4%だった。
Grade4以上の呼吸不全の合併率は0.4%だった。
検査手技関連死が1件あった。検査後9日目で低酸素血症により死に至ったが、検査手技のためというよりは全身麻酔に伴う合併症のように見受けられた。また、背景疾患を多数抱えていた患者で、肝硬変、肝細胞がん、小細胞肺がん、卵巣癌を合併していた。
565病変に対して検査が行われ、90.8%でナビゲーションが成功し、適切な検体が得られた。45.2%で悪性病変の診断がつき、43.3%で非悪性病変の診断がつき、11.5%では診断がつかなかった。すなわち、88.5%でなんらかの診断がついた。
原発性肺がんの診断がついた199人のうち、70%はstage IもしくはIIだった。
2016年11月08日
進行非小細胞肺癌と局所制御
がんによっては、例え初診時に進行期であっても、標準治療として病巣を外科的に切除することがある。
精巣腫瘍、卵巣腫瘍、腎細胞癌といったところが代表的だろう。
volume reduction surgeryと言われることもあるが、まず腫瘍量を減らして、それから薬物療法を行う方がよいとされている。
一方で、非小細胞肺癌の領域では標準治療とはされていない。
「切除してみないと原発巣か転移巣か判断できないから」同時多発している肺腫瘍をそれぞれ切除するとか、「QoLを損なっているから」肝転移や膀胱転移、消化管転移、皮下転移等々を部分切除する、といった個別対応の外科治療をすることはあるが、標準治療と位置づけられているわけではない。
薬物療法の分野に技術革新があるように、外科手術や放射線治療の領域にも技術革新がある。
私が研修医だった頃は、胸腔鏡はおろか、腹腔鏡手術ですら決して一般的ではなかった。
約15年前、消化器内科の初期研修医として赴任した病院では、腹腔鏡手術のエキスパートとして鳴り物入りで赴任されたA先生が胃癌の手術をされていた。
以前の職場でお世話になったK先生は、全国的にも名の知られた完全胸腔鏡手術の名手だったそうである。
K先生が退任され、流石に完全胸腔鏡手術を目にする機会はなくなったようだが、傷を小さく、それでいてできるだけ安全に、ということで胸腔鏡併用小開胸手術を行う施設が多いようである。
放射線治療の選択肢は、10年前に比べると格段に広がった。
胸郭内病変に対しては、通常の前後対向二門照射のほかに、体幹部定位照射、動体追尾体幹部定位照射、動体追尾サイバーナイフ、重粒子線治療と様々な選択肢がある。
また、脳病変、脊椎病変等にもガンマナイフ、サイバーナイフなどの手段がある。
こうした新世代の定位照射は治療効果、毒性軽減、反復可能、低侵襲と様々な利点を兼ね備えている。
これら技術革新のおかげで、昔より少ない侵襲で局所治療が出来るようになった。
そして、外科的に病変を切除することにより、新たな薬物療法の選択肢が開けるようにもなってきた。
腫瘍細胞の薬物耐性化に対し、その耐性化メカニズムを調べて新しい治療につなげる、という目的で、転移巣を外科切除するような報告も、もはや全く珍しくなくなった。
今回の報告は、診断時に進行非小細胞肺がんと診断されたものの、遠隔転移巣が3つ以下の患者を対象に、薬物療法に引き続いて放射線治療や外科手術により転移巣を制御したら恩恵が得られるのか、ということを検証した第II相試験である。
「初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんど」という前提のもとに、「既知の転移巣に対して放射線治療や外科切除を行う群=活動性の転移巣が残っていない群」と「行わない群=活動性の転移巣が残っている群」を「明らかな病勢進行が確認されるか、あるいは患者が死亡するか、どちらかが起こるまでの期間」という尺度で比べるのは、普通に考えれば前者が優れるのは当たり前である。
しかし、こういった「当たり前だよね」ということが、しばしば当たり前でない、あるいは当たり前と思われていたことが覆るのが医療の業界である。
したがって、「当たり前だよね」ということをきちんと調べて、「やっぱり当たり前の結果になったね」となって、初めて次の段階に進むことができる。
そして今回の試験では、「どう考えても当たり前の結果になりそうだから、もう途中でやめたほうがいいよ」と部外者からアドバイスされて早期有効中止に至ったようだ。
「進行非小細胞肺がん患者の初回標準治療に、転移巣の局所制御を加える」というのは実現すれば大きなパラダイムシフトであり、これを検証する端緒となった今回の臨床試験には、大きな意義があると思う。
残念ながら、我が国ではなかなか成り立ちにくいコンセプトの臨床試験である。
局所制御治療の成績は、世界に冠たる我が国である。
今回の臨床試験の結果を踏まえて、我が国でも同様の大規模臨床試験が計画されることを願って止まない。
Local consolidative therapy versus maintenance therapy or observation for patients with oligometastatic non-small-cell lung cancer without progression after first-line systemic therapy: a multicentre, randomised, controlled, phase 2 study
Gomez et al.
Lancet Oncol Published: 24 October 2016
背景:
これまでのレトロスペクティブな研究からは、進行非小細胞肺癌の初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんどとされている。しかし、転移巣の少ない非小細胞肺癌患者に対する積極的な局所制御療法がどの程度の効果があるのかははっきりしていない。今回我々は、こうした積極的な局所制御療法が無増悪生存期間を延長するかどうかを調べた。
方法:
今回の多施設共同無作為化第2相試験において、3つの病院(米国2施設、カナダ1施設)から患者を集積した。組織学的にIV期の非小細胞肺癌と診断されていること、初回治療後に3つ以下の転移巣しか認められないこと、ECOG-PSが2以下であること、標準的な初回治療を既に受けていること、初回治療から無作為化に至る間に病勢進行を認めていないことを適格基準とした。初回治療はプラチナ併用化学療法4コース以上、もしくはsEGFRm陽性/sALKr陽性患者においてはそれぞれに対応した分子標的薬を3ヶ月以上行っていることと定義した。局所制御療法群(全ての転移巣に対し(化学)放射線療法もしくは外科的切除を行う群)と維持療法単独群に1:1の比率で無作為割付をした。それぞれの群で、維持療法は行っても行わなくてもよいこととした。維持療法は承認されたレジメンリストの中から選んで行うことを推奨した。無作為化は行うものの盲見化は行わず、5つの割付調整因子(転移巣の個数、初回治療に対する反応性、中枢神経系への転移の有無、胸郭内リンパ節転移状況、sEGFRm/sALKrの有無)に基づいて動的割付を行った。主要評価項目は無増悪生存期間とした。本研究は現在も継続中だが、参加者の追加募集は行っていない。
結果:
2012年11月28日から2016年1月19日にかけて、74人の患者が初回治療継続中もしくは終了後に本試験に組み入れられた。本試験は49人を無作為割付した段階(25人が局所制御療法群、24人が維持療法単独群に割り付けられた)で、MDアンダーソンがんセンターの効果安全性評価委員会による年次監査での判断により、事前に設定されていた44イベント発生後の中間解析を待たずに早期中止となった。無作為割付された全ての患者を対象とした観察期間中央値は12.39ヶ月(四分位範囲は5.52-20.30ヶ月)、無増悪生存期間中央値は局所制御療法群で11.9ヶ月(90%信頼区間は5.7ヶ月-20.9ヶ月)、維持療法単独群で3.9ヶ月(90%信頼区間は2.3ヶ月-6.6ヶ月)で、ハザード比は0.35(90%信頼区間は0.18-0.66, p=0.0054)だった。有害事象は両群間で同様だったが、治療に関連したGrade4の毒性や死亡はなかった。Grade3の有害事象は維持療法単独群で倦怠感(1人)、貧血(1人)で、局所制御療法群で食道炎(2人)、貧血(1人)、気胸(1人)、腹痛(1人)だった。
結論:
今回の治療対象患者に対する局所制御療法は無増悪生存期間を改善した。第III相臨床試験で検証すべきである。
精巣腫瘍、卵巣腫瘍、腎細胞癌といったところが代表的だろう。
volume reduction surgeryと言われることもあるが、まず腫瘍量を減らして、それから薬物療法を行う方がよいとされている。
一方で、非小細胞肺癌の領域では標準治療とはされていない。
「切除してみないと原発巣か転移巣か判断できないから」同時多発している肺腫瘍をそれぞれ切除するとか、「QoLを損なっているから」肝転移や膀胱転移、消化管転移、皮下転移等々を部分切除する、といった個別対応の外科治療をすることはあるが、標準治療と位置づけられているわけではない。
薬物療法の分野に技術革新があるように、外科手術や放射線治療の領域にも技術革新がある。
私が研修医だった頃は、胸腔鏡はおろか、腹腔鏡手術ですら決して一般的ではなかった。
約15年前、消化器内科の初期研修医として赴任した病院では、腹腔鏡手術のエキスパートとして鳴り物入りで赴任されたA先生が胃癌の手術をされていた。
以前の職場でお世話になったK先生は、全国的にも名の知られた完全胸腔鏡手術の名手だったそうである。
K先生が退任され、流石に完全胸腔鏡手術を目にする機会はなくなったようだが、傷を小さく、それでいてできるだけ安全に、ということで胸腔鏡併用小開胸手術を行う施設が多いようである。
放射線治療の選択肢は、10年前に比べると格段に広がった。
胸郭内病変に対しては、通常の前後対向二門照射のほかに、体幹部定位照射、動体追尾体幹部定位照射、動体追尾サイバーナイフ、重粒子線治療と様々な選択肢がある。
また、脳病変、脊椎病変等にもガンマナイフ、サイバーナイフなどの手段がある。
こうした新世代の定位照射は治療効果、毒性軽減、反復可能、低侵襲と様々な利点を兼ね備えている。
これら技術革新のおかげで、昔より少ない侵襲で局所治療が出来るようになった。
そして、外科的に病変を切除することにより、新たな薬物療法の選択肢が開けるようにもなってきた。
腫瘍細胞の薬物耐性化に対し、その耐性化メカニズムを調べて新しい治療につなげる、という目的で、転移巣を外科切除するような報告も、もはや全く珍しくなくなった。
今回の報告は、診断時に進行非小細胞肺がんと診断されたものの、遠隔転移巣が3つ以下の患者を対象に、薬物療法に引き続いて放射線治療や外科手術により転移巣を制御したら恩恵が得られるのか、ということを検証した第II相試験である。
「初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんど」という前提のもとに、「既知の転移巣に対して放射線治療や外科切除を行う群=活動性の転移巣が残っていない群」と「行わない群=活動性の転移巣が残っている群」を「明らかな病勢進行が確認されるか、あるいは患者が死亡するか、どちらかが起こるまでの期間」という尺度で比べるのは、普通に考えれば前者が優れるのは当たり前である。
しかし、こういった「当たり前だよね」ということが、しばしば当たり前でない、あるいは当たり前と思われていたことが覆るのが医療の業界である。
したがって、「当たり前だよね」ということをきちんと調べて、「やっぱり当たり前の結果になったね」となって、初めて次の段階に進むことができる。
そして今回の試験では、「どう考えても当たり前の結果になりそうだから、もう途中でやめたほうがいいよ」と部外者からアドバイスされて早期有効中止に至ったようだ。
「進行非小細胞肺がん患者の初回標準治療に、転移巣の局所制御を加える」というのは実現すれば大きなパラダイムシフトであり、これを検証する端緒となった今回の臨床試験には、大きな意義があると思う。
残念ながら、我が国ではなかなか成り立ちにくいコンセプトの臨床試験である。
局所制御治療の成績は、世界に冠たる我が国である。
今回の臨床試験の結果を踏まえて、我が国でも同様の大規模臨床試験が計画されることを願って止まない。
Local consolidative therapy versus maintenance therapy or observation for patients with oligometastatic non-small-cell lung cancer without progression after first-line systemic therapy: a multicentre, randomised, controlled, phase 2 study
Gomez et al.
Lancet Oncol Published: 24 October 2016
背景:
これまでのレトロスペクティブな研究からは、進行非小細胞肺癌の初回治療後の病勢進行は、既知の病巣の進行によるものがほとんどとされている。しかし、転移巣の少ない非小細胞肺癌患者に対する積極的な局所制御療法がどの程度の効果があるのかははっきりしていない。今回我々は、こうした積極的な局所制御療法が無増悪生存期間を延長するかどうかを調べた。
方法:
今回の多施設共同無作為化第2相試験において、3つの病院(米国2施設、カナダ1施設)から患者を集積した。組織学的にIV期の非小細胞肺癌と診断されていること、初回治療後に3つ以下の転移巣しか認められないこと、ECOG-PSが2以下であること、標準的な初回治療を既に受けていること、初回治療から無作為化に至る間に病勢進行を認めていないことを適格基準とした。初回治療はプラチナ併用化学療法4コース以上、もしくはsEGFRm陽性/sALKr陽性患者においてはそれぞれに対応した分子標的薬を3ヶ月以上行っていることと定義した。局所制御療法群(全ての転移巣に対し(化学)放射線療法もしくは外科的切除を行う群)と維持療法単独群に1:1の比率で無作為割付をした。それぞれの群で、維持療法は行っても行わなくてもよいこととした。維持療法は承認されたレジメンリストの中から選んで行うことを推奨した。無作為化は行うものの盲見化は行わず、5つの割付調整因子(転移巣の個数、初回治療に対する反応性、中枢神経系への転移の有無、胸郭内リンパ節転移状況、sEGFRm/sALKrの有無)に基づいて動的割付を行った。主要評価項目は無増悪生存期間とした。本研究は現在も継続中だが、参加者の追加募集は行っていない。
結果:
2012年11月28日から2016年1月19日にかけて、74人の患者が初回治療継続中もしくは終了後に本試験に組み入れられた。本試験は49人を無作為割付した段階(25人が局所制御療法群、24人が維持療法単独群に割り付けられた)で、MDアンダーソンがんセンターの効果安全性評価委員会による年次監査での判断により、事前に設定されていた44イベント発生後の中間解析を待たずに早期中止となった。無作為割付された全ての患者を対象とした観察期間中央値は12.39ヶ月(四分位範囲は5.52-20.30ヶ月)、無増悪生存期間中央値は局所制御療法群で11.9ヶ月(90%信頼区間は5.7ヶ月-20.9ヶ月)、維持療法単独群で3.9ヶ月(90%信頼区間は2.3ヶ月-6.6ヶ月)で、ハザード比は0.35(90%信頼区間は0.18-0.66, p=0.0054)だった。有害事象は両群間で同様だったが、治療に関連したGrade4の毒性や死亡はなかった。Grade3の有害事象は維持療法単独群で倦怠感(1人)、貧血(1人)で、局所制御療法群で食道炎(2人)、貧血(1人)、気胸(1人)、腹痛(1人)だった。
結論:
今回の治療対象患者に対する局所制御療法は無増悪生存期間を改善した。第III相臨床試験で検証すべきである。