2012年10月18日

血管増殖阻害薬と放射線化学療法

非小細胞・非扁平上皮癌に対するベバシズマブ併用化学療法は、腫瘍縮小効果が非常に高いことが知られています。
したがって、術前に上記治療を行って腫瘍縮小を得た上で手術をしようとか、局所進行肺癌に対して上記治療を行って照射野を縮めた後に放射線化学療法を行おうといった発想も出てきます。
昨年この話を上司にしたところ、
「気管食道瘻なんかの合併症が多いからやめといた方がいいよ」
と教えていただきました。
当時はその根拠が良くわかりませんでしたが、どうも以下の研究内容を踏まえたものだったようです。

Pulmonary toxicity after bevacizumab and concurrent thoracic radiotherapy observed in a phase I study for inoperable stage III non-small-cell lung cancer.
Lind JS, Senan S, Smit EF.
J Clin Oncol. 2012 Mar 10;30(8):e104-8. Epub 2012 Feb 13.
高率に放射線肺臓炎を合併することから、試験中止になってしまった第I相試験結果の論文

Spigel DR, Hainsworth JD, Yardley DA, et al: Tracheoesophageal fistula
formation in patients with lung cancer treated with chemoradiation and bevacizumab.
J Clin Oncol 28:43-48, 2010
食道気管瘻を高率に合併したため試験中止になってしまった第I相試験結果の論文

Gore E, Currey A, Choong N: Tracheoesophageal fistula associated with
bevacizumab 21 months after completion of radiation therapy. J Thorac Oncol
4:1590-1591, 2009
食道気管支瘻の症例報告。

Incorporating Bevacizumab and Erlotinib in the Combined-Modality Treatment of Stage III Non-Small-Cell Lung Cancer: Results of a Phase I/II Trial.
Socinski MA, Stinchcombe TE, Moore DT, Gettinger SN, Decker RH, Petty WJ, Blackstock AW, Schwartz G, Lankford S, Khandani A, Morris DE.
J Clin Oncol. 2012 Oct 8. [Epub ahead of print]
高度な食道炎が認められた患者が多かったが、治療効果は限定的であった。

まとめると、食道・気管といった照射部位に一致した部位では高度の炎症が起こる。
その割には効果はあまり期待できない→毒性が増すだけ損、といった感じでしょうか。

サリドマイドを使った論文もありますが、こちらもnegative studyだったようです。

Randomized phase III study of thoracic radiation in combination with paclitaxel and carboplatin with or without thalidomide in patients with stage III non-small-cell lung cancer: the ECOG 3598 study.
Hoang T, Dahlberg SE, Schiller JH, Mehta MP, Fitzgerald TJ, Belinsky SA, Johnson DH.
J Clin Oncol. 2012 Feb 20;30(6):616-22. Epub 2012 Jan 23.

  

2012年10月15日

病理病期IIA期の術後化学療法(つづき)

先だって、IIA期の術後化学療法について記載したところ、以下のコメントを頂きました。

「主人は点滴による補助化学療法はやめて経過観察。 
抗がん剤治療は再発してからという気持ちに傾いています。
既に休職して1ヶ月。引き続き3ヶ月休職は厳しそう。
まずは会社復帰が頭にあるようです。」

「UFT内服は2A期でチャレンジできないんでしょうか?
それだと働きながら続けることが出来そうなんですが・・・」

いわゆる「エビデンスに基づく標準治療」という観点からは、同側肺門リンパ節転移を伴う場合にはシスプラチン+ビノレルビン併用化学療法をお勧めするのが私たちの役割です。
しかし、IIA期の患者さんがUFTを服用するわが国発のエビデンス、あります。

Adjuvant chemotherapy after complete resection in non-small-cell lung cancer. West Japan Study Group for Lung Cancer Surgery.
Wada H, Hitomi S, Teramatsu T.
J Clin Oncol. 1996 Apr;14(4):1048-54.

323人の非小細胞肺癌完全切除後の患者さん(うち36人はII期の患者さんでした)を術後UFT群、術後UFT+シスプラチン+ビンデシン群、経過観察群に割り付けて臨床試験を行いました。
術後5年生存割合はそれぞれ64.1%、60.6%、49%となり、術後UFT群と経過観察群には統計学的に有意な差がつきました。

したがって、ガイドラインの標記はあくまで「一般的推奨事項」と捉えて、II期の患者さんがUFTを内服することに理論的な問題はないと思います。

しかし、本研究ではII期の患者さんが全体のたった1割でした。
そのため、後にI期の患者さんに絞って以下に示す検討が行われました。
その結果に基づいて、本邦における非小細胞肺癌完全切除後IB期の患者さんについては術後UFT2年間が標準治療として確立することになります。

A randomized trial of adjuvant chemotherapy with uracil-tegafur for adenocarcinoma of the lung.
Kato H, Ichinose Y, Ohta M, Hata E, Tsubota N, Tada H, Watanabe Y, Wada H, Tsuboi M, Hamajima N, Ohta M; Japan Lung Cancer Research Group on Postsurgical Adjuvant Chemotherapy.
N Engl J Med. 2004 Apr 22;350(17):1713-21.

一方で、II期の患者さんに絞ってみたら術後UFTはどうか、という検討は私の知る限り成されていません。

また、2004年に本邦で肺癌切除術を受けた病理病期IIA期の患者さんの5年生存割合は61.6%とされています。

Japanese lung cancer registry study of 11,663 surgical cases in 2004: demographic and prognosis changes over decade.
Sawabata N, Miyaoka E, Asamura H, Nakanishi Y, Eguchi K, Mori M, Nomori H, Fujii Y, Okumura M, Yokoi K; Japanese Joint Committee for Lung Cancer Registration.
J Thorac Oncol. 2011 Jul;6(7):1229-35.

これら事実を踏まえ、患者さん・ご家族・主治医で話し合って、個別に決断をしなければなりません。

ただし、ひとつだけこのコメントをくださった方にお伝えしておきたいことがあります。

「術後再発は、治癒不能に等しい」
ということです。
術後補助化学療法はあくまで「治す」ことが目標です。
一方、再発後の化学療法では「治す」ことはほぼ不可能で、治療の目標は「症状緩和」「延命効果」です。
これを知っておかないと、術後補助化学療法をせずに再発した場合、大きな後悔を残します。
是非このことの重みを一度は考えてみてください。
  

Posted by tak at 13:14Comments(29)個別化医療

2012年10月11日

高齢者の予防的全脳照射

「小細胞癌の初期治療で完全寛解が得られた症例にはLD、EDを問わず予防的全脳照射(PCI)を標準治療として行うよう勧められる(グレードA)」
2012年版の肺癌診療ガイドラインに上記の如くうたわれているように、完全寛解が得られた小細胞癌の患者さんには、治療効果確認後6ヶ月以内に予防的全脳照射を開始することが勧められます。
しかし、高齢の患者さんでは躊躇してしまいます。
認知機能障害(呆け)が出現することがあるからです。

私が大分に帰ってきて間もない頃、限局型肺小細胞癌に対する化学放射線療法の結果、完全緩解に至った方がいました。
70代前半の男性で、全く認知機能障害などなかった方で、何の迷いもなく予防的全脳照射を行いました。
結果的には長期間再発なく過ごされましたが、治療終了後まもなく高度の認知機能障害を残し、その後は施設で寝たきりの生活となってしまいました。
長生きはしたものの、QoLの観点からすると首を傾げてしまいます。

大規模臨床試験の結果からは、予防的全脳照射後でもそれによる認知機能障害は増えないとされています。
しかしながら、上記のような方は現実に存在します。

私は、予防的全脳照射に伴う有害事象として、脳浮腫に伴う頭痛、嘔気、食欲低下や脱毛に加え、必ず認知機能障害のお話もすることにしています。
患者さんを支えるご家族にも同席していただきます。
  

Posted by tak at 20:45Comments(0)個別化医療

2012年10月10日

病理病期IIA期の術後補助化学療法

2012年10月8日に、以下のようなコメントを頂きました。
「夫がIIA期の肺癌といわれました。
 術後補助化学療法を勧められていますが、まだ若いので吐き気が強く出るのではないかと心配です。」
この場合、術後補助化学療法をするべきかどうかについて以下に私見を述べます。
根拠を示すために、生命予後に関するデータも記載しています。
そのため、具体的なデータを見ることを希望しない方には、以下を読むことはお勧めしません。
結論だけ書いておきますと、
「術後の病理検索でリンパ節転移があったのなら、シスプラチン+ビノレルビン併用化学療法を受けたほうがよい。
 なかったならUFT内服2年間、カルボプラチン+パクリタキセル併用化学療法いずれにするか、主治医と相談すべし。」
といったところかと思います。

9月下旬に、「2012年版肺癌診療ガイドライン」が公開されました。
術後補助化学療法に関しては、独立した項目として記載されています。
ガイドライン上の推奨はやや複雑ですが、要点は以下のようにまとめられます。
「①腫瘍病巣の長径が2cm以下で、リンパ節転移がない人は術後補助化学療法の必要なし。
 ②腫瘍病巣の長径が2cmを超えて4cm以下で、リンパ節転移がない人はUFT2年間内服。
 ③腫瘍病巣の長径が4cmを超えて、リンパ節転移がない人はプラチナ併用化学療法を考慮。
 ④リンパ節転移があった人はシスプラチン+ビノレルビン併用化学療法が勧められる。」
①、②、④に関しては、臨床試験の結果からも、日常診療の実感からも、妥当な内容だと感じます。
一方、③については、術後補助化学療法の有用性はCALGB9633試験においてしか示されていません。
根拠として引用されている資料を個別に紐解くと、2008年のCALGB9633試験の論文(旧病期分類のIB期、すなわちリンパ節転移を伴わない患者さんを対象に、術後補助化学療法としてカルボプラチン+パクリタキセル併用療法を行った試験)では確かにガイドラインの記載どおり、4cm以上の腫瘍径の患者さんのみのサブグループ解析ではギリギリ治療群の方が生命予後が良かったと記載されています。
このときの記載では、化学療法を受けた患者さんの50%が生存する期間(生存期間中央値といいます)は99ヶ月、受けなかった患者さんの生存期間中央値は77ヶ月でした。
一方、2011年の米国臨床腫瘍学会で発表されたその後の追跡調査の結果では、それぞれの生存期間中央値と8年生存割合はそれぞれ8.9年(107ヶ月)、53%と6.6年(79ヶ月)、43%となっていますが、統計学的な差はなくなってしまいました。
また、JBR10試験での解析においても、生存期間中央値は化学療法群が12年程度、無治療群が10年程度のようですが、統計学的な差はありませんでした。
一方、IB期の患者さんを対象に国内で行われたUFT2年間内服の臨床試験では、内服群で8年間生存割合が80%強、無治療群で60%強でした。

UFT2年間内服に関する腫瘍径4cm以上の患者さんでの解析結果があればもっと話が分かりやすいのですが、いまのところ我々の手元には上記のデータしかありません。
ガイドラインの記載に従うのであれば、IIA期において腫瘍径が4cmを超えていてリンパ節転移がなければカルボプラチン+パクリタキセル併用化学療法(国内でも本治療に関する術後化学療法の安全性を確認する第II相試験(TORG0503)が行われ、現在大分医療センターの外科に所属されている米谷先生が2010年の欧州臨床腫瘍学会で報告されています)を、リンパ節転移があればシスプラチン+ビノレルビン併用化学療法を選択することになるでしょう。
ただし、前者に関してはやや根拠に乏しいところがありますので、UFT内服2年間とどちらがいいのかは議論の余地があると思います。

最後に、吐き気に関して。
年齢が若くて強い吐き気のおそれあり、ということであれば、カルボプラチンベースのレジメンにして制吐薬を最大限使用して治療に臨む、という選択肢も、実地臨床ではあってよいかも知れません。
ちなみに、私の患者さんで最も嘔気の軽減に効果があったのは、外泊・気分転換でした。
  

Posted by tak at 13:22Comments(2)

2012年10月04日

吐き気

私は修行先の病院の傾向をそのまま持ち越して、白金製剤の中でもシスプラチンを好んで使うほうです。
カルボプラチンの骨髄毒性よりは、シスプラチンの腎毒性や嘔気の方がまだ対応しやすいと思ってしまいます。

現在の標準治療では、シスプラチン併用化学療法は高催吐リスク治療に分類され、ニューロキニン1受容体拮抗薬、5-HT3拮抗薬、デキサメサゾンと3種類にも及ぶ制吐薬を使用することになっています。

私が医師になった15年前に比べると、これら治療によってかなりシスプラチン使用時の嘔気を抑えられるようになった気がします。
実際のところ、食事が取れずに長期の輸液を要する患者さんはほとんどいなくなりました。

いま、40歳未満の患者さんをひとり治療していますが、久し振りに頑固な嘔気と食欲不振に悩まされています。
よく「がんは若い人ほど進行しやすく、お年寄りほど進行しにくい」と言われます。
これが真実かどうかはわかりません。
でも「吐き気は若い人ほど強く出やすく、お年寄りほど軽く済む」と言った傾向はあるように思えます。  

Posted by tak at 07:55Comments(5)支持療法