2010年12月31日

お見送り

今日は大晦日。
でも、病院には新しい年を迎えられずに、この世とお別れする患者もいます。
これから、ひとりの肺癌患者のお見送りに行ってきます。

僕がまだ研修医の頃、上司から「患者のお見送りのときは、車が見えなくなるまで一礼し、頭を上げてはいけない」と教わりました。
それが十分な治療が出来なかった患者に対する、せめてもの礼儀であると。
今でもこの教えは大切に守っていますし、止むを得ず病院に駆けつけられない場合を除いて常にそうしています。

以前在籍していたがん診療専門の病院では、もっとドライな対応でした。
夜間・休日に患者が亡くなっても、当直医が死亡時刻を確認するだけ。
お見送りはおろか、担当医への連絡は翌日の勤務時間帯になってから、という取り決めでした。
病院の性質上そうしなければ医師のプライベートが保てない、といった事情もあるのでしょう。
しかし、初期研修医には決してみて欲しくないシステムだと感じました。

これからも今のままのスタンスで、患者との最後の別れを大切にしたいと思っています。  

Posted by tak at 12:04Comments(0)その他

2010年12月30日

組織型と治療

患者に病状説明をする際に常に触れる内容がいくつかあります。
いずれも、治療内容の決定に大変重要な項目です。
1)肺癌の組織型
2)肺癌の臨床病期
3)患者の体調
4)患者の理解
今日は、1)について少し触れてみたいと思います。

組織型とは、簡単に言えば「癌を顕微鏡で見たときに、どんな形をしているか」ということです。
4大組織型という代表的なものが知られています。
小細胞癌、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌です。
このうち大細胞癌は、小細胞癌でも腺癌でも扁平上皮癌でもないもの、といったいわば「ごみ箱的」な分類です。
したがって、主要な分類は、小細胞癌、腺癌、扁平上皮癌ということになります。
それぞれに臨床的な特徴が見られます。
小細胞癌は肺癌全体の15%程度を占め、喫煙者に多く、進行が早く、初期から転移する傾向が強く、化学療法、放射線療法の効果が出やすい組織型ですが、初期治療後再燃する傾向も強いです。
腺癌は肺癌全体の50%程度で最も多く、非喫煙者でも起こりえます。
扁平上皮癌は肺癌全体の30%程度で、喫煙者や粉塵吸入歴のある方に多い組織型です。

古典的には、小細胞癌とそれ以外(非小細胞癌)と大きく分類されていました。
非小細胞癌のうちどれか、ということは、治療方針の決定にはさして重要でなかったからです。
ですから、検査をする側にも、小細胞癌か非小細胞癌かだけでもわかれば十分、といった気分がありました。

しかし、この2-3年のうちに、状況が一変しました。
以前述べたEGFR遺伝子変異が腺癌に多くイレッサ・タルセバの適応となることが多い、比較的新しい抗癌薬であるアリムタは扁平上皮癌より腺癌に有効である、抗体医薬であるアバスチン(ベバシツマブ)は腫瘍縮小効果が非常に高いが、扁平上皮癌につかうと致死的な喀血などの重篤な合併症を誘発するため禁忌である、といった新しい発見が次々に明らかになりました。
これでは非小細胞肺癌の中でも腺癌なのか、扁平上皮癌なのか区別できないと最適な治療が選択できません。

検査の都合上、どうしても腺癌なのか扁平上皮癌なのか判断できないことも多々ありますが、出来る限りはっきりさせて、目の前の患者に対して最適な治療を提供しようと、我々の診療グループではいろいろと工夫をして検査に取り組んでいます。  

Posted by tak at 10:31Comments(0)個別化医療

2010年12月30日

治療の目標

ご意見のある方は、ぜひ教えてください。

あなたが、治癒不能の肺癌と告知されたとします。
治療目標として掲げられた次の項目に、優先順位をつけてください。
複数の治療法を示されたときに、あなたが優先するのは、どれですか?

● 全生存期間(治療開始から死亡するまでの期間)の延長
● 無増悪生存期間(治療開始から明らかに癌が悪化するまでの期間)の延長
● より安楽な日常生活が送れること
● 腫瘍が小さくなること
● できるだけ治療費がかかならいこと
● できるだけ入院せずに治療が受けられること
● 命に関わる副作用が少ないこと
● 髪が抜けないこと
● 美味しく食事ができること  

Posted by tak at 00:36Comments(3)教えてください

2010年12月30日

イレッサ/タルセバと肺癌

がん治療の領域では、数年前から「個別化治療」という言葉が声高に叫ばれるようになりました。
患者のがんの個性や、患者の背景(心身面、社会面まで含めて)を踏まえて、各人に最適な治療をしよう、という考え方です。
ときには、患者に少しでも長生きしてもらうために、あえて抗がん治療を行わない選択をすることもあります。
そういった見極めを適切に行うことが、われわれ専門医の使命のひとつです。

約5年前までは、肺癌の薬物療法に個別化医療は当てはまりませんでした。
しかし、EGFR遺伝子変異、EML4-ALK染色体転座とそれぞれに有効な治療法の開発が、肺癌個別化医療の未来を切り開きました。

EGFR遺伝子変異に関しては、最初に薬ありき、でした。
2002年、臨床医と患者の期待を一身に背負って、肺癌領域初の分子標的薬「イレッサ(ゲフィチニブ)」が世に出てきます。
全世界に先駆けて日本で最初に承認され、「夢の薬」と騒がれました。
発売当時私は宮崎県で診療していましたが、最初に使用した患者の変化は文字通り「劇的」でした。
死の床に瀕し、息も絶え絶えだった患者に、駄目でもともとで服用してもらいました。
開始2日目には酸素が外れ、5日目には普通に病棟廊下を闊歩し、約2週間後には自宅に退院しました。
その後半年間は良い状態が保たれ、ご主人と写真の撮影旅行も楽しむことができました。
最終的には治療抵抗性となり亡くなりましたが、とても良い治療ができたと思っています。
後にイレッサと同等の効果を持ち、欧米では二次・三次治療の標準治療のひとつとして位置づけられている「タルセバ(エルロチニブ)」もわが国で使えるようになりました。

イレッサ/タルセバには、上の例のように非常によく効く患者がいることが経験的にわかってきました。
患者背景として、女性、組織型が腺癌、非喫煙者、アジア人が効きやすいこともわかってきました。
そして2004年、非常に大きなインパクトを残す発見がありました。
肺癌細胞にEGFR遺伝子変異が見られた場合、かなりの確率でイレッサ/タルセバの効果が期待できる、というものでした。
2010年10月一部改訂の「肺癌診療ガイドライン」では、これまでのガイドラインで初めて、EGFR遺伝子変異陽性者の取り扱いについて規定されています。
現状では、遺伝子変異陽性者の標準治療は、化学療法もしくはイレッサ/タルセバとされています。
しかし、治療開始後の生活の質を考えると、まずイレッサ/タルセバから始めるべきだろう、と個人的には考えています。

医師にとっては、がん細胞のEGFR遺伝子変異を調べることは、やや煩雑な作業です。
診断時に、積極的に遺伝子変異を調べる動機付けがないと、そもそも検査自体ができないことすらあります。
ですから、「専門医の」「適切な」診断を受けることは、あなたが最適な治療を受けるにあたり、極めて重要な意味を持ちます。
あなたがもし肺腺癌にかかっていて、EGFR遺伝子変異について説明されたことがないならば、是非一度主治医とこのことについて相談してみてください。
そして、よりあなたにあった治療がないか、主治医に確認してみてください。  

Posted by tak at 00:22Comments(0)遺伝子変異

2010年12月29日

代替医療に関する私見

お願いしてもいないし、逆に申し出もないのに、早速ブログに代替医療のリンクが貼られています。
代替医療については、いろいろな意見があると思います。
今のところ代替医療について深く勉強したことがないので良いとも悪いともいえません。
一部の病院では、「代替医療相談専門外来」なんてのも開設されているようです。

ただ、はっきり言えることは、これまでの医師生活の中で代替医療が奏効した患者の経験はありません。
十数年医師をやってきて、たったひとりも経験がありません。
ですから、自分からはお勧めできません。
患者が自分の意思で始めたいと希望したときは、あなたの責任の範囲内であれば結構ですよ、と話すことにしています。
知人・友人から勧められて、無碍に断ることもできず開始した、という患者も少なくありません。

ただ、薬理効果はともかくとして、代替医療を利用することによる精神的な安寧効果はあると思います。
  

Posted by tak at 23:19Comments(2)代替医療

2010年12月29日

始めてみました。

twitterではなかなか語りきれないので、日々の肺癌診療で感じたことをブログにして残すことにしました。
最近困っていることは、高齢者を肺癌と診断したときの取り扱い。
80-90歳の方に手術・放射線不能の肺癌が見つかったとき、「抗がん薬を使いましょうね」というのはなかなか勇気がいります。
そもそも、「本人には言わないで!」と希望する家族が多いです。
やむを得ないとは思いますが、いつもいつも悩んでいます。  

Posted by tak at 17:16Comments(0)高齢者肺癌