2021年12月03日

フィルムとシャウカステンの文化

 しばらく前、ひょんなことから「じん肺標準X線フィルム集 増補版」を譲り受けて、職場に保管してある。
 以前はとても高価なものだったのだが、CD-ROM版が流布してからというもの、すっかり見かけなくなった。
 まるでNTTの電話加入権のようだ。

 10年未満のキャリアの医師にとっては、フィルムとシャウカステンという文化は、おそらく過去の遺物だろう。
 そもそも、シャウカステンとはなんですか、と尋ねられそうだ。
 フィルムをカシャンとかけて眺めるための、あの白く光る機械である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%B3

 社会人になって最初の10年は、思えばフィルムとシャウカステンの文化の最後の10年だった。
 思い出は様々ある。
 1年目、早朝から教授の前で入院新患紹介をするにあたって、前日の夜遅くまで指導医とともに毎週のように読影練習をした。
 当日は全ての教室員に見守られながら、フィルムとシャウカステンの傍らに立ち、画像の読影を含めて患者のプレゼンテーションをする。
 さらに緊張するのは数ヶ月に1度、同門の医師を招集して開催されるチェストカンファレンス。
 大学の大講義室で、全く事前情報のないままに提示されたレントゲン、CTを型のごとく読影し、鑑別診断を挙げていく。
 レントゲンの撮影条件の是非から教科書通りに読影を進める作業を繰り返しているうちに、基礎が身についたように思う。
 2年目、初期研修の一環でとある消化器病センターに勤務、毎週2回は指導医がオーダーした全ての腹部CTを読影し、レポートを作成する。
 慣れない腹部造影CTの読影を、1回あたり6-10枚に及ぶフィルムを並べて、1つひとつの肝細胞癌病巣のサイズを測定比較して記録する。
 薄暗い読影室にシャウカステンの白い光が煌々と輝く中、午前2時まで読影して、午前6時に出勤の繰り返しだった。
 8年目から9年目は、2年目にやっていたのとほぼ同じことを肺がんについてやることになった。
 ただし、こちらは胸部レントゲンと胸腹部CTがセットである。
 診療と研究の合間を縫ってこなしていたが、シャウカステンの前に指導医と並んで議論をしながら読影する日々は、本当に学びが多かった。
 このころは、フィルムの画像データを自動的に取り込んでjpgデータを作成する機器が登場し、フィルムからモニターへの過渡期だったように思う。

 利便性の点では、現在のシステムが遥かに優れている。
 カルテと同様で、複数人で、異なる場所で、同じ画像を見ることができる。
 過去の画像を検索するのはいともたやすい。
 かつては、重いフィルム袋を引っ張り出して、用事が済んだら遺漏なく整理して戻さなければならなかった。
 異なる日付、異なる検査種のフィルム袋に収めたならまだ許せるが、他の患者と混じりあってしまったら大変なことになる。
 当然場所も取る。
 もっとも、いまではサーバーという形で、場所と電気代を必要とし、おそらく地球温暖化にも一役買っているだろう。

 一方、フィルムとシャウカステンの文化ならでは、というものもある。
 例えば、気管分岐下(#7)リンパ節腫大の有無を確認するために奇静脈食道線を追いかけるとき、フィルム下端を手に取って傾けながら、線の左右のコントラストを際立たせるなど、よく目にしたものだ。
 音楽業界におけるレコード→CD→ダウンロードという流れと同様に、放射線診断でもフィルム→モニター→遠隔画像診断という流れがあるわけだが・・・・
 レコード回帰のようにフィルム回帰という文化もまた、生まれるだろうか。
 
 



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