2011年01月31日

医療費と治療効果のバランス

最近は、非常に高価な薬が増えてきて、" cost - effectiveness balance "といった言葉が聞かれるようになりました。
肺癌領域で言えば、分子標的薬であるイレッサは1錠7000円、タルセバは1錠10000円します。
頻用される白金系抗癌薬であるカルボプラチンは50mgバイアルで3727円(当院採用のジェネリック薬で計算しました)。
新しい抗癌薬であるアリムタは500mg1バイアルが240300円。
血管成長因子に対する抗体医薬のアバスチンは、100mgバイアルが50291円、400mgのバイアルが191299円。

ここで国内臨床試験のひとつを紹介します。
今後、標準治療となることを目指して開発中の治療です。
進行原発性肺腺癌に対して、カルボプラチン+アリムタ+アバスチン併用療法を6コース、その後病勢が進行するまで延々とアリムタ+アバスチンを継続する(これを維持療法といいます)治療法です。
年齢70歳、身長165cm、体重60kg、体表面積1.659㎡、正常腎機能の男性がこの治療を受けるとします。
維持療法を6コース受けられたとしましょう。
カルボプラチンの使用量は650mg=48451円/回
アリムタは500mg/㎡=830mg=480600円/回
アバスチンは15mg/kg=900mg=50291+191299×2=432889円/回
したがって、これらの薬品の薬価だけで前半6コースは(48451+480600+432889)×6=5771640円
維持療法6コースで(480600+432889)×6=5480934円
総計11252574円です。
3週間1コースですから、これだけのお金が36週間=9か月で消えていきます。
1か月あたりの薬価にすれば、約1250000円です。
繰り返しますが、有望な治療効果が期待できるとして、国内で真面目に運営が議論されている臨床試験です。
結果がよければ、標準治療として位置づけられます。
そうなったとして、皆さんは治療を受け入れられますか?

日本には国民皆保険制度や自己負担金の上限が設定されています。
しかし、そうであるが故に、他国より医療経済が崩壊する速度は速くなるのではないでしょうか。
少なくとも喫煙経験のある肺癌患者の医療費は、受益者負担とするべきではないでしょうか。
  

Posted by tak at 22:07Comments(0)医療経済

2011年01月28日

EBM

私が医学生であった1990年台後半から「EBM」という言葉が流行り始めました。
Ebidence Besed Medicineの略で、科学的根拠に基づいた医療、というくらいの意味です。
癌診療の領域では、とりわけこの言葉は重いように思います。

我々が患者さんにお勧めする化学療法は、ほぼ例外なく過去の臨床試験結果に基づいたEBMです。
EBMでなければ、根拠に乏しいという点で民間療法とあまり違いがありません。

ですが、EBM一辺倒になってしまうと、弊害もあります。
臨床試験で裏打ちされた治療がなくなったら、「もうできることはありませんから」といって治療を放棄する医師が出てきます。

EBMは確かに大切です。
でも、Experience Based MedicineやEmotion Based Medicineも、臨床医にとっては大切です。
  

Posted by tak at 22:15Comments(0)個別化医療

2011年01月27日

生きる目的

別に肺癌診療に限った話でもないですが、「生きる目的」って大事です。
もう診断から丸4年が経過する、進行期の肺腺癌の患者さんがいます。
この4年間に行った薬物療法は7種類。
放射線治療の対象となった脳転移巣の病変は数十箇所を数えます。
治療に伴うつらい思いも様々してこられたはずです。
それでもつらい治療を受け入れて、外来に通ってきてくださいます。

一般に、肺癌治療は薬が変わっていくごとに、効果は限定的になっていきます。
7種類目ともなると、もうどの程度の治療効果が期待できるのか、事前に全く予測が出来ません。
それでも治療効果が出ることを信じて、新しい治療に踏み込まれるその心意気には、頭が下がります。

この患者さんは、3月に初めてのお孫さんの誕生を控えておられます。
初孫をその腕に抱きたい一心で、その「生きる目的」が治療意欲を支えているのでしょう。

来年の今頃に、娘さんも結婚される予定なのだそうです。
だんだんとハードルが上がっていきますが、出来る限りお付き合いしていきたいと思います。  

Posted by tak at 21:59Comments(0)その他

2011年01月17日

SPIKESのS

「SPIKES」の最後の「S」のお話です。
一連の面談が終了し、最後の締めくくりです。
「Strategy」の「S」、または「Summary」の「S」とされています。
悪い知らせを伝える際の面談は、長い時間を要することがほとんどです。
患者さん、家族はおろか、医療従事者も面談の内容を忘れてしまいがちです。
ですから、面談は内容を筆記しながら進め、最後にもう一度、その説明文書を見つつ要点をまとめることが勧められます。
そして、今後の治療戦略を考えることになります。
これまでの経過、患者さんの病状、患者さんと家族のニーズを踏まえ、医療従事者も一緒になって今後の方針を考えます。

ときには、治療方針の検討まで話が至らないかもしれません。
その場合には、次の面談あるいは診療の予定を組んで、面談を終了します。
そういった意味では、次回の診療に向けての「Setting」としての「S」でもあると思います。

先日、国立がん研究センター修行時代、SPIKESについて教えてくださった私の恩師が大分へ講演に来てくださいました。
国立がん研究センターで「セカンドオピニオン外来」を担当する医療従事者には、SPIKESの内容をはじめとしたコミュニケーションスキルの講習を義務付けることにしたとおっしゃっていました。
私も、微力ながらコミュニケーションスキルの普及に貢献したいと思っています。  

Posted by tak at 12:54Comments(0)医療面接

2011年01月13日

SPIKESのE

「SPIKES」の「E」は「Empathy」の「E」です。
「Emotion」は「感情移入」「共感」です。
前回の「K」の際に「K」と「E」は本来不可分なのでは、といった締めくくりをしました。
悪い知らせを伝えている際、いつも必ず患者さんや家族の心情に配慮する心のゆとりが欲しい、ということです。

当然のことながら、悪い知らせを受け取る側は、大変な心理的ショックを受けます。
心で耳をふさいでしまって、それ以上の説明は意味を成さないかもしれません。
説明者は五感をフルに活用して、面談が継続可能かを絶えず判断せねばなりません。

患者さんが心を閉ざして、返事ができなくなるかもしれません。
患者さんが涙を流して、それ以上説明が出来なくなるかもしれません。

涙を流している患者さんに、「S」の段階で準備していたポケットティッシュを差し出すさりげない配慮。
絶句してしまった患者さんとともに、ぐっと我慢して沈黙を保つ忍耐。
二の句が告げない患者さんに、
「ご心痛、お察しします」
「大変びっくりされたことと思います」
「説明を聞かれて、どんな風にお感じになりましたか」
などのopen questionを適切に投げかける、間の取り方。
そしてときには、患者さんの心情を考えるとこれ以上の説明は難しい、別の機会に続きを話そうとの決断力。
そういった一連の「思いやり」が、病状説明を行う医療従事者には欠かせません。

私の恩師は、「Empathy」を「思いやり」と訳して教えてくださいました。
文法的に必ずしも正しい訳語ではないかもしれませんが、私はとても気に入っています。

そして最後にもう一度、最初とは異なる「S」で面談を締めくくることになります。  

Posted by tak at 22:57Comments(0)医療面接

2011年01月12日

SPIKESのK

「SPIKES」の「K」は、「Knowledge」から来ています。
準備を重ねて、いよいよ患者さんに悪い知らせを伝える段階です。
「S」「P」「I」での内容を踏まえて、過不足なく医療情報を患者さんに伝えます。
言うまでもありませんが、医学用語をかみ砕いて、受け入れやすい言葉を使わなければなりません。
時には図版なども必要でしょう。
そして大切なのは、お互いに後から参照できるような記録を残すことです。
当院は電子カルテ化されましたが、私は未だに手書きの資料を面談中に作って、署名をしています。
あまり上手な字や絵は書けませんが、せめて誰でも読めるようにと丁寧に書くようにしています。
手書きの方が温かみがある説明文書が出来ます。
作成後、電子カルテにスキャンして保存し、コピーを患者さんもしくは家族に渡すようにしています。

説明の内容は、複雑になることもあります。
ですから、一定の内容を話し終えたら、その都度小休止を入れて、患者さんや家族の疲労や理解度を確認するのも大切な作業です。
「ここまでで何かご不明な点はございませんか」など声をかける配慮が欲しいものです。

悪い知らせを伝えると患者さん、家族の心理的な苦痛が大きく、ときに面談の継続が難しくなることもあります。
そんな意味で、「K」の段階は次の「E」の段階と一体といっても良いのかも知れません。  

Posted by tak at 22:31Comments(0)医療面接

2011年01月11日

SPIKESのI

今晩は「SPIKES」の「I」についてです。
「I」は「Invitation」の頭文字です。
「Inbitation」=「招待」?
患者さんから、ご自宅にでも招待されるんでしょうか。
それとも、医療従事者が患者さんをどこかに招待するんでしょうか。
どっちもピンと来ませんよね。

この段階は、これから始まる面談に対して、患者さんが何を期待しているのかを明らかにする段階です。
患者さんは、何を知りたがっているのか。
どこまで知りたがっているのか。
あるいは、知りたくないのか。
それを知ろうと試みるための段階です。

悪い知らせを伝えることは、医療従事者にとってもつらく、勇気がいることです。
あとで後悔や反省をすることなんて、しょっちゅうです。
困ったことに、世の中には「5年生存割合」やら、「期待できる余命」といった数字が、目安とはいえあります。
良くも悪くも、熱心な医療従事者ほど、これらのデータをしっかり頭の中に入れています。

分かっていることを全て伝えると、患者さんの中にはそれだけで生きる力を失う方もいます。
そうかと思えば、残った人生を有意義に生きようと、前向きに好きなことをする方もいます。
それらを面談前に予見することはできません。
でも、患者さんがどういった説明を望んでいるのか、事前に尋ねておくことはできます。
そうしておいた方が、面談がスムーズに運びます。

医療情報の伝達にも、需要と供給のバランスが大切です。
供給不足も過多もいけません。
医療従事者には、このバランスをとろうと努力する責務があります。

「S」「P」「I」で、事前準備は終了です。
ここから、本来の病状説明に入っていきます。  

Posted by tak at 22:39Comments(0)医療面接

2011年01月10日

SPIKESのP

今朝は、「SPIKES」の「P」のお話です。
「P」は「Perception」の頭文字です。
「Perception」の意味は「認識」「理解」です。
患者さんもしくは家族、敷衍すれば説明する医療従事者側の「認識」「理解」です。

当然のことながら、面談開始前の参加者それぞれの認識には、ずれがあります。
患者さんがどれだけ自分の病状を知っているのか。
家族はどれだけ患者さんの病状を知っているのか。
医療従事者はどれだけ患者さんのこれまでの経過、前医の説明内容、患者さんや家族の現時点での理解度を把握しているのか。
医療従事者からの説明を始める前に、出来るだけこれらの認識のずれを修正する必要があります。

そもそも、今回の面談に参加しているのは、患者さんにとってはどういった関係がある人々なのか。
参加者みんなが自己紹介をしてお互いを知るのも、この段階では重要なことです。

一般に、医療従事者は「お待たせしました。それでは始めましょうか。」と一方通行な導入から説明を始めてしまいがちです。
しかし、「SPIKES」で「Setting」の次に設けられている「Perception」の段階は、「患者・家族の認識を知るための段階」と位置づけてられています。
効率よく話を進めるために、患者さん・家族の面談開始時点での病状認識を知り、前医の説明内容を知り、これまでの病歴を整理し、要約する必要があります。
その後に、しかるべき手順を踏みつつ今後の治療意思決定に必要十分な情報を医療従事者が伝える。
理解度は患者さん・家族によってさまざまでしょうから、医療面接もひとつの「個別化医療」といっていいでしょう。

悪い知らせを伝える・受け取るに当たり、まずは面談の参加者みんなが、同じスタートラインに立つ。
面談開始前にわかっていたこと、いなかったことを整理して、準備を整えます。
そして、次の「Invitation」の段階へと入っていくことになります。  

Posted by tak at 08:29Comments(0)医療面接

2011年01月09日

SPIKES(スパイクス)のS

前回、「悪い知らせの伝え方」のお話をしました。
冒頭に掲げた「SPIKES」とは、悪い知らせを伝える際の、医療従事者の心がけ、といったところです。
米国臨床腫瘍学会(ASCO)が提唱しているものです。
それぞれ、注意すべき事柄の頭文字をとって並べたものです。
今日は、「S」についてお話しします。
医療面接だけでなく、さまざまな分野に応用可能な考え方だと思います。

「S」は「Setting」から来ています。
日本語訳すれば「事前準備」といったところでしょうか。
本稿を読んでおられる方には、病院で自分・もしくは家族の病状説明を受けたことがある方もいらっしゃると思います。
医療従事者の方もいらっしゃるかもしれません。
事前に日時や場所の約束はありましたか、あるいは突然「これから病状説明します」と言われましたか?
どんな場所で面談をされましたか?
外来診察室でしょうか、ナースステーションでしょうか、あるいは食堂でしょうか、病院ロビーでしょうか?
あなただけが説明を受けましたか?
あるいはあなたが一緒に話を聞いてもらいたい人にも同席してもらえるような配慮がありましたか?
医療従事者は、あなたとの面談に十分な時間を準備してくれていましたか?
つらい話があって、思わず涙が出てきたときに、それを拭えるようなちり紙などがさりげなく置いてありましたか?
診断の根拠となるような資料を必要に応じて見せてもらえましたか?
説明内容が後で振り返れるように、説明文書のような書類の準備がありましたか?

簡単に言えば、「S」というのは、上記のような内容に過不足なく配慮をすることです。

重要な面談をするにあたり、突然前触れなく話を切り出すのは配慮に欠けます。
ちゃんと約束をして、話を聞きたい人が集まれるような配慮をするべきです。
医療従事者には、可能な限りほかの仕事を後回しにするくらいのスケジュール調整も必要でしょう。
当然のことながら、病状はプライベートな内容です。
プライバシーの保護をする上で、ちゃんとした個室で面談をするべきです。
涙を拭えるような準備をしておくことも、医療従事者の優しさでしょう。
分かりやすい、それでいて説得力のある資料を吟味して準備することも必要です。
面談中の内容は、後から思い出そうと思っても思い出せないことがほとんどです。
医療従事者のサイン(できれば面談参加者皆のサインも)や日付が入った説明文書があると、後々役立ちます。

できているようで、意外とおろそかにされがちな内容ばかりです。
ですが、とても大切な心がけだと思います。  

Posted by tak at 14:05Comments(0)医療面接

2011年01月06日

悪い知らせの伝え方、受け取り方

「検査の結果、がん細胞が検出されました。
肺に影があって、そこからがん細胞が出てきたということですから、診断は肺がんです。」

 肺癌診療を専門としている私にとっては、幾度となく繰り返してきた説明です。
 しかし、これほど伝えにくい説明もありません。
 なぜなら、肺癌は日本人の死因の筆頭たる悪性新生物の中でも、年間死亡者数1位を誇る疾患だからです。
 
 我々がん診療を専門とする医師にとって「悪い知らせの伝え方」はとても大切な技術です。
 医学教育においてはあまり省みられない技術ですが、実地で働く医師にとって欠くことが出来ません。
 
 もう10年位前になりますが「金持ち父さん、貧乏父さん」という本がベストセラーになりました。
 この中に出てくる金持ち父さんは
 「学校では勉強は教えるが、お金との付き合い方は教えてくれない。
 生きていく上でこれほど大切な知識はほかにあまりないと思うのだが。」
 と話します。
 今回のことにあてはめると
 「医学部では医学知識は教えるが、患者との付き合い方は教えてくれない。
 診療をする上でこれほど大切な知識はほかにあまりないと思うのだが。」
 といった感じになります。

 「悪い知らせ」とは「患者さんの今後の見通しを根本から変えてしまうような」くらいいやな話、というくらいの意味で使われます。
 がんと診断がついたこと、治癒が不能であること、有効な治療手段がないこと、治療の効果が得られなかったこと、治療後に病状が再度悪化したこと、などなど、日常診療でいつも遭遇するような内容ばかりです。
 それでも、病状の正しい理解は適切な治療あるいはケアを行う上で不可欠です。
 いやな話とはいえ、患者さんができるだけ無理なく受け入れられるように配慮するのも、我々医師の力量であり、そのためのテクニックが「悪い知らせの伝え方」というわけです。
 
 私もかつて、上司から繰り返し繰り返しこのことを叩き込まれました。
 別にがんの診療現場に限らず、病状説明のときにはいつも応用できる考え方だと思っています。

 具体的にどのように説明時に気をつけているかについては、また別の機会にお話しします。  

Posted by tak at 23:38Comments(0)医療面接

2011年01月05日

超音波気管支鏡のお話

ほとんどの癌の診断には「病理診断」が必須です。
患者さんの病巣から直接得られた組織や細胞を顕微鏡で見て、「そこに癌がいる」ことを確認します。
肺は生命維持に不可欠な臓器ですから、ここから癌の組織や細胞を得るにはそれなりのリスクを伴います。
我々呼吸器内科医は、「気管支鏡」を用いてこの作業を行います。
ざっくりといってしまえば、「気管支・肺用の胃カメラ」といったところです。
太さは直径4-5mm程度です。

当院には、2011年1月現在で大分県では当院にしかない特殊な気管支鏡と周辺機器を備えています。
超音波気管支鏡と気管支鏡ナビゲーションシステムです。
今日は、超音波気管支鏡について少しお話します。

超音波気管支鏡は、読んで字の如しで、先端から超音波を発する気管支鏡のことです。
超音波は、何のために使うかといえば、「奥の方を見る」ためにつかいます。
例えば、心臓超音波や腹部超音波は、体表から心臓や腹部の状況を見るために使います。
その場で検査所見が確認できて、苦痛をほとんど伴わないのが特徴です。
超音波気管支鏡で観察する対象となるのは、気管・気管支周囲のリンパ節です。
気管・気管支周囲のリンパ節に癌が転移しているかどうかは、治療戦略を考えるために重要です。
この部位のリンパ節転移が確認された場合、手術の意義は乏しくなります。

従来、この気管・気管支周囲リンパ節を調べるためには、縦隔鏡もしくは胸腔鏡といった全身麻酔の手術が必須でした。
しかし、この超音波気管支鏡が使えるようになって、外来検査でも気管・気管支周囲のリンパ節の評価が出来るようになりました。
早期診断のためにも、検査に伴う苦痛を軽くする点でも、大切な検査だと思います。
システムが高額なため、なかなか普及しにくい検査かもしれません。
その分、他院から検査依頼を受けても適切に対応できるように、常に腕を磨いていたいと思います。
  

Posted by tak at 23:24Comments(0)検査法

2011年01月02日

積極的治療と緩和医療

内科医が担当する肺癌の患者さんの大半は、どうしても治すことができません。
では、肺癌患者全体の70%程度を担当する内科医は、いったい何をしているのか。

一般に、治癒不能の肺癌患者さんに対して掲げる治療の目標は、以下のようなものです。
1) がんによる症状の緩和
2) 寿命の延長(長生き効果、延命)
3) (一時的であれ)腫瘍の縮小
いわゆる緩和医療が1)であり、それに2)、3)を加えたものが、抗がん薬や分子標的薬、放射線治療を用いた積極的治療といえます。
どれを達成するに当たっても担当医の知識、経験が重要なのはいうまでもありません。
そして、少なくとも1)に関しては、どんな患者さんにも最良の効果が得られるように、医師はベストを尽くします。

しかし、肺癌の種類、肺癌の進行度に関わらず、2)、3)を目標に掲げがたい患者さんもいます。
合併症が重篤で積極的治療ができない方や、寝たきりかそれに近い生活を送っている方です。
こういった場合、副作用のためにかえって寿命を短くしてしまうことが多いのです。
ですから、積極的治療をするべきなのか、逆にしてはならないのか、適切に見極める力量も医師には必要です。

昨年は、緩和医療に関する重要な論文報告がありました。
治療初期から手厚い緩和医療を開始する患者さんとそうでない患者さんを比較した場合、ほかの治療内容が同じでも前者の方が長生きする人が多かった、ということでした。
緩和医療だけでも2)を達成できることがわかったのです。

治癒不能であるからこそ、内科医が治療を担当する肺癌患者さんには、慎重な方針の検討が必要です。
そして、これは患者さん自身の正しい病状理解なしには不可能です。
治療方針は、その患者さんの病状のほか、人生に対する考え方や治療に求めるものによっても左右されます。
内科医にとって一番高度な技術は、病状説明と治療方針の決定です。
日々この技術をより磨きたいと悩みつつ、より適切な病状説明をしたいと研鑽しています。
  

Posted by tak at 08:32Comments(0)個別化医療

2011年01月01日

たばこと肺癌

たばこと肺癌は、切っても切れない関係にあります。
私は非喫煙者(やめたのではなく、吸ったことがない)ので、喫煙者の方の気持ちは分かりません。
最近では、喫煙習慣は疾患である、との認識が浸透しつつあるようです。
禁煙補助薬が保険適応となって一般診療として行えるようになりました。
たばこのパッケージには、これでもかとばかりにすったら病気になるよ、と警告が書かれています。
吸わない立場の人間からすれば、麻薬や覚醒剤とたばこは何が違うのか、と言う気になります。
みんながたばこを吸わなくなれば、長期的に医療費削減効果が見込めるのではないでしょうか。

私は、たばこを吸う権利を否定しているわけではありません。
ですが、呼吸器専門医・がん薬物療法専門医として、喫煙習慣を持つ人は医療機関を受診する資格はないと思います。
長い時間をかけて自殺行為を行って、家庭の財産はおろか、国の医療費を無駄遣いする人の診療は、自分の感情としても、国のためにも行いたくないと、本音としては感じています。
そのくらいの覚悟を持ってたばこを吸ってほしいものです。

2008年にたばこと肺癌の関係について寄稿した際に、面白いことをみつけました。
欧米ではたばこの消費量はピークを過ぎて、既に減少傾向に向かっています。
それから20-30年遅れるように、肺癌の罹患者数は頭打ちになっています。
日本ではどうかと言うと、やっとたばこの消費量が頭打ちになったところです。
しかし、消費されるたばこの生産地を見ると、国内産たばこは減少傾向で、外国産たばこが急進しています。
早い話が、海外で吸われなくなったたばこをわざわざ日本で吸って、円を流出させた上に、がんになって医療費を無駄遣いし、しかもその医療費でほとんどが外資系製薬企業が作っている抗がん薬を使って治療を受けるわけです。

民営化されたJTは、今でも政府が50%強の株式を握っています。
グループ全体の規模は実に6兆5千億円。
子会社には冷凍食品のテーブルマーク(旧加ト吉)、鳥居薬品、米国、英国のたばこ産業が名を連ねます。
冷凍餃子への有害物質混入問題は記憶に新しいところです。
鳥居薬品は、抗がん薬使用時の制吐薬を作っています。

肺癌は、進行した状態で見つかったら、治りません。
治る状態で見つかっても、治療後に再発したらやはり治りません。
早期発見は大事ですが、そもそも肺癌にかからないような生活をすることが先です。
21世紀も既に10年終わりました。
今年は、自分の健康のため、日本経済のため、医療費削減のため、自分にできることをしてみませんか?  

Posted by tak at 23:54Comments(0)その他

2011年01月01日

地域高齢化社会

あけましておめでとうございます。

私が関東のがん診療専門病院での修行を終え、大分に帰ってきてもう3年が過ぎようとしています。
良くも悪くも診療内容の違いをさまざまな面で感じていますが、患者さんの年齢も大きな違いです。
病院を受診した患者さんを年齢ごとに並べて、ちょうど真ん中に来る人の年齢を「年齢中央値」といいます。
前勤務先では68歳、現勤務先では72歳と、ほぼ5歳の開きがあります。

そういった事情から、「高齢者」の定義は地域や国によって異なります。
昨年の日本肺癌学会での議論では、国立がん(研究)センター中央病院の医師は70歳以上、地方の内科医は75歳以上、地方の外科医は80歳以上と答えていました。
それぞれの医師には思い描く高齢者のイメージがあるはずです。
国立がん(研究)センター中央病院の医師は「臨床試験の対象になりにくい、何らかの合併症を抱えていそうな人」。
地方の内科医は「日頃診療をしていて、大体このくらいの年齢だとお年寄りという感じがする」。
地方の外科医は「標準的手術が出来そうな限界の年齢」。
こんなイメージを、それぞれ持っているのだと思います。

標準的な治療を決めるために、患者さんに協力していただいて新しい治療にチャレンジすることを「臨床試験」といいます。
ほとんどの臨床試験は、「非高齢者」を対象としたものです。
多くの臨床試験ががんセンターや大都市圏の病院で行われていることを考えると、70歳以上の患者さんが置き去りにされていることを否めません。
こと現勤務先で考えるなら、患者さんの半数以上は臨床試験から得られた結果の恩恵を受けられないことになります。

さまざまな合併症を抱えた高齢者の肺癌治療をどう開発していくのか。
これが、地方で診療をする専門医に課せられた課題のひとつだと思っています。
新年から始められるべく、当院と関連施設を受診する患者を対象に、小規模ながら大分独自の臨床試験を計画中です。  

Posted by tak at 08:50Comments(0)高齢者肺癌