2020年10月22日

粘液産生性腺がんとKRAS遺伝子変異、NRG1融合遺伝子

 本日、LC-SCRUMの事務局から、こんな連絡が届いた。

・これまでの登録例から、条件を満たす登録例を選択し、RNAシークエンス解析を実施します。
・特に、NRG1融合遺伝子陽性例を見つけるために、粘液産生型腺癌を優先して解析を行います。
・このRNAシークエンス解析でNRG1融合遺伝子が検出された場合は、HER2/HER3抗体:MCLA-128の治験をご案内します。
・粘液産生型腺癌で主なドライバー遺伝子が陰性のため、治療選択に困っている患者さんが全国にいるのではないかと予測しています。
・実際に先週の登録された粘液産生型腺癌の患者さんにおいて、NRG1融合遺伝子が陽性になっています。
・また、NRG1以外にも、有効な治療薬や治験につながるような遺伝子異常が検出された場合は、その結果をご報告致します。

 粘液産生性腺がんは、今年の初めに一度記事として取り上げたことがあるので、以下に紹介しておく。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e969313.html
 豊富に産生される粘液とともに、肺胞から肺胞へ、気管支から気管支へと転移することが想定されている厄介な腺がんである。
 一見肺炎を思わせるような特徴的な原発巣の画像所見と共に、多発肺内転移が認められたら、可能性が高まる。
 分子標的治療の対象となることは少なく、化学療法は効果が薄く、難治性である。

 この粘液産生性腺がんについて、2014年に報告された遺伝子変異解析に関する我が国からの論文を引用する。
 かなりの確率でKRAS遺伝子変異が認められるとされており、免疫チェックポイント阻害薬や開発中のKRAS G12C阻害薬を検討する余地はありそうだ。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e960030.html
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e968478.html
 また、NRG1はというと、粘液産生性腺がん全体の7%、KRAS遺伝子変異陰性の粘液産生性腺がんの18%を占めており、LC-SCRUM事務局が今回アナウンスを行った背景が垣間見える。



Druggable oncogene fusions in invasive mucinous lung adenocarcinoma
Takashi Nakaoku et al.
Clin Cancer Res. 2014 Jun 15;20(12):3087-93.
doi: 10.1158/1078-0432.CCR-14-0107. Epub 2014 Apr 11.

目的:
 肺腺がんの高悪性度な一亜型であり、高率にKRAS遺伝子変異を伴う浸潤型粘液産生性肺腺がん(invasive mucinous adenocarcinoma, IMA)の患者を対象に、治療対象となりうる融合遺伝子異常を特定することを目的とした。

試験デザイン:
 56人(62%)のKRAS遺伝子変異陽性IMA、34人(38%)のKRAS遺伝子変異陰性IMAから成る計90人のIMAコホートから、32人(27人のKRAS遺伝子変異陽性者を含む)を抽出してトランスクリプトーム・シーケンス解析を行った。解析結果はがん融合遺伝子同定に使用し、その産物がどのような生物学的機能を持つかを解析した。

結果:
 KRAS遺伝子変異とは相互排他的ながん融合遺伝子異常を同定した。すなわち、CD74-NRG1、SLC3A2-NRG1、EZR-ERBB4、TRIM24-BRAF、そしてKIAA1468-RETが確認された。NRG1融合遺伝子はKRAS遺伝子変異陰性IMAの17.6%(34人中6人)を占めた。CD74-NRG1融合遺伝子はHER2/HER3複合体のシグナル伝達を活性化し、一方でEZR-ERBB4やTRIM24-BRAFといった融合遺伝子は、それぞれ恒常的にERBB4キナーゼとBRAFキナーゼを活性化していた。これらの融合遺伝子を発現させたNIH3T3細胞におけるシグナル伝達系の活性化や足場非依存性の増殖/腫瘍化は、既に実臨床で使用されているチロシンキナーゼ阻害薬によって抑制された。

結論:
 KRAS遺伝子変異を伴わないIMAにおいて発見されたがん融合遺伝子は、ドライバー遺伝子変異として働いており、IMAに対する治療標的として有望である。

粘液産生性腺がんとKRAS遺伝子変異、NRG1融合遺伝子


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