2020年01月07日

KRAS遺伝子変異とペンブロリズマブのいい関係

 欧州臨床腫瘍学会(ESMO)のImmuno-Oncology Congress 2019で、以下のようにKRAS遺伝子変異とペンブロリズマブの治療効果の相関関係が報告されていた様子。
 「PD-L1は治療効果予測因子として不十分」
だの、
 「TMBはPD-L1より治療効果予測因子として優れている」
だのと議論されるようになって久しいが、実際のところは、PD-L1発現状態は治療効果予測因子として十分有用だというのが私の認識である。
 TMBはそれにかかる手間やコスト(なんといってもPD-L1は免疫染色で勝負がつく点で、費用/効果比が優れている)の点ではまだ実用的とは言えないだろう。
 今回取り上げるKRAS変異検索も、すでに我が国の実地臨床で施行可能であり、免疫チェックポイント阻害薬が使われるようになった当初から治療効果予測因子としてしばしば取り上げられていたにも関わらず、あまり普及していない。
 KRAS変異検索のために貴重な組織サンプルもコストもかかってしまう、というデメリットはある。
 しかし、KEYNOTE-042の結果を鵜呑みにして、PD-L1<50%の患者にむやみやたらとペンブロリズマブ単剤療法を行うよりは、KRAS変異を検索し、その結果を参考にして、もし陽性ならPD-L1<50%でもトライする、陰性なら化学療法と併用するとか、PD-L1<50%かつKRAS変異陰性の高齢者なら化学療法を先行させるとか、そんな応用法があってもいいのではないだろうか。
 今回の研究結果はとても興味深いのだが、結論のところで読者をミスリードするような記載がなされているのは誠に残念であり、こうした点にも商業的な思惑が含まれているのかもしれない。

 なお、下記の内容は、原文にかなり追記を加えたものであることを断っておく。もちろん、結果を毀損するような追記はしていない。

 

Association of KRAS mutational status with response to pembrolizumab monotherapy given as first-line therapy for PD-L1-positive advanced non-squamous NSCLC in KEYNOTE-042

R S Herbst et al. Annals of Oncology, Volume 30, Issue Supplement_11, December 2019

背景:
 KRASの体細胞変異は、地域差はあるものの原発性肺腺癌の概ね15-30%で認められ、予後不良因子とされている。今回、KEYNOTE-042試験(PD-L1陽性(TPS≧1%)の進行非小細胞肺がんの患者を対象に、ペンブロリズマブ単剤療法とプラチナ併用化学療法の初回治療としての効果を比較した第III相臨床試験)において集積された患者の中で、非扁平上皮非小細胞肺がん患者における治療効果とKRAS変異の関連性について探索的検討を行った。

方法:
 上記のうち、腫瘍組織とそれに対応する正常組織が両方とも利用可能な患者に対し、全エクソームシーケンシング(WES)の手法を用いてKRAS変異状態とtumor mutational burden(TMB)を評価した。KRAS変異、TMB、PD-L1発現状態それぞれの相関関係と、KRAS変異もしくはKRAS G12C変異と治療効果の相関関係について探索的検討を行った。

結果:
 非扁平非小細胞肺がん患者782人のうち、301人(38%)がWESで解析可能で、かつ腫瘍組織とそれに対応する正常組織のDNAを入手可能だった。KRAS変異は69人(23%)に認められ、そのうち30人はペンブロリズマブ群に、39人は化学療法群に割り付けられていた。また、KRAS変異患者のうち、29人(10%)がG12C変異で、12人がペンブロリズマブ群に、17人は化学療法群に割り付けられていた。KRAS変異のない患者は232人で、127人がペンブロリズマブ群に、105人が化学療法群に割り付けられていた。KRAS変異を有する患者では、PD-L1の発現亢進(中央値は60%(四分位区間は10-95%) vs 35%(10-80%))、TMB高値(中央値は191(129-288) vs 105(56-226)変異/エクソーム)の傾向が強かった。KRAS変異を有する患者において、ペンブロリズマブ群の奏効割合は56.7%、化学療法群の奏効割合は18.0%だった。KRAS変異のない患者では、ペンブロリズマブ群の奏効割合は29.1%、化学療法群の奏効割合は21.0%だった。KRAS変異を有する患者において、無増悪生存期間中央値はペンブロリズマブ群で12ヶ月、化学療法群で6ヶ月(ハザード比0.51、95%信頼区間0.29-0.87)だった。KRAS変異のない患者では、無増悪生存期間中央値はペンブロリズマブ群で6ヶ月、化学療法群で6ヶ月(ハザード比1.00、95%信頼区間0.75-1.34)だった。KRAS変異を有する患者において、全生存期間中央値はペンブロリズマブ群で28ヶ月、化学療法群で11ヶ月(ハザード比0.42、95%信頼区間0.22-0.81)だった。KRAS変異のない患者では、全生存期間中央値はペンブロリズマブ群で15ヶ月、化学療法群で12ヶ月(ハザード比0.86、95%信頼区間は0.63-1.18)だった。
 KRAS変異の頻度がそこそこで、KRAS G12C変異の頻度が低かったために、信頼区間の間隔は幅広くなった。

KRAS遺伝子変異とペンブロリズマブのいい関係

結論:
 今回の探索的解析から、ペンブロリズマブ単剤療法はPD-L1陽性の進行非扁平非小細胞肺がん患者においては、KRAS変異の状態にかかわらず標準初回治療の1つの選択肢として考慮すべきことが分かった。と同時に、KRAS変異を治療標的とした今後の非小細胞肺がん初回治療の臨床試験においては、ペンブロリズマブを含む治療レジメンを対象群とすべきことも示唆している。






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この記事へのコメント
私自身PD-L1<1%ですが、KRAS G12Cで、カルボ、ペンブロ、ペメトの化学療法を始めてから17ヶ月経ち、良好な状態です。
何故こんなに効果があり、継続出来ているのかはわかりませんが。
Posted by ケンス at 2020年06月24日 06:30
ケンスさんへ

 コメントありがとうございます。
 ケンスさんのような方のご経験を伺うと、PD-L1だけで免疫チェックポイント阻害薬の適応を判断するのは危険なように思いますね。海外の識者の先生が依然おっしゃっていましたが、ドライバー遺伝子変異が無い場合には免疫チェックポイント阻害薬を用いるのは既定路線で、PD-L1の発現が多ければ免疫チェックポイント阻害薬単剤で、少なければ化学療法併用で、というのが間違いのない選択なのかもしれません。昨今は、免疫チェックポイント阻害薬単剤での治療は、治療開始初期の病状悪化がしばしば見られるため、PD-L1発現の多寡にかかわらず免疫チェックポイント阻害薬と化学療法を併用する、という考え方もあるようです。そうすると、何のためにPD-L1を測定するのかというジレンマに陥ってしまいそうです。
 なんにせよ、治療がうまくいっていることは何よりです。
Posted by taktak at 2020年06月25日 00:19
ご返信有難うございます。
治療を始めて20コース続けておりますが、直近10コースはペンブロ単剤で維持療法としております。
(6コースほどペンブロ、ペメトの2剤でした)

投与間隔も2ヶ月空けたりしていますが、全く腫瘍は無い状態を維持しています。

これはペンブロが効いていると判断していいのでしょうか?
Posted by ケンス at 2020年06月25日 14:27
ケンスさんへ

 コメントありがとうございます。
 10コースということは、少なくとも30週間→7ヶ月強はペンブロリズマブ単剤で完全奏効の状態を維持できているということですよね。間違いなく効いています。素晴らしいことです。
 ときどき、頭部造影MRIも撮影してもらってくださいね。
Posted by tak at 2020年06月30日 03:23
そうですね。おっしゃる通り単剤に切り替えてから8ヶ月は経ちました。
しっかりマーカーと画像は定期的に検査してもらうように致します。
こんなにいい状態を維持しているのはきっと一昔前ではあり得ないのでしょうね。
自分と同じくらいに肺癌が発覚した人が亡くなっていくのを見るのはとても悲しいです。

肺癌ステージ4に完治は無いという常識を覆していきたいと強く思います。
Posted by ケンス at 2020年07月02日 21:25
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