2020年01月15日

みんな、初診時の胸部レントゲン写真くらい、ちゃんと撮ろうよ

 ここ数年というもの、ずっと感じている。
 CTを撮影しても、胸部レントゲン写真を撮影しない医者が多くなった。
 別に、風邪をひいて受診した患者全員で胸部レントゲン写真を撮ろうというのではない。
 しかし、肺がんの疑いがある患者を診療しようというのに、胸部レントゲン写真すら撮影しないのはいかがなものだろう。

 私のように、20世紀末に医者になったような輩は、胸部レントゲン写真ひとつにしても、技術革新のただなかを生きてきた。
 医者になりたての頃は、胸部レントゲン写真は「シャウカステンにフィルムを掲げて」見るものだった。
 CTはすでに普及していたが、まだ高精細のHRCT(high resolution CT、もはや死語かも)の黎明期にあった。
 研修医の頃は、丈夫なボール紙で作られた重たいフィルム袋を、患者の数だけ抱えてカンファレンスルームに赴いていたものだ。
 レントゲン読影技術というのは実地で人に教わらないと身につきにくい。
 茶道のお手前のように、レントゲン写真を正しく読影するための手順がある。
 「そもそも、このレントゲン写真は適正に撮影されたものか」というところから始めなければならない。
 適正な条件でなければ、放射線部に再撮影を依頼するのだ。
 そのくらい、読影の質にこだわるように教わった。

 宮崎の病院に勤務していたころ、副院長の放射線科医の先生は、一般内科としても業務をこなしていた。
 胸部レントゲン写真1枚読影するのに30分もかけて、診療が回るわけないじゃん、と外来看護師は陰口をたたいていた。
 そのくらい、昔気質のエキスパートは、胸部レントゲン写真1枚を読影するのにも全身全霊を傾けていたのだ。

 今となっては、全ての放射線検査画像が、モニター上で見るものとなった。
 読影に適正な写真のサイズ、というものを、果たしてどれくらいの医師が意識しながら仕事をしているだろうか。
 胸部レントゲン写真の微妙なニュアンスというものは、モニターでは到底表現しきれないだろうと、私は思っている。
 修業時代に部長のN先生から直接胸部レントゲン写真の読影をご教示いただけたのは、得難い経験だった。
 夜な夜な画像読影室で落ち合って、シャウカステンの光に照らされながら部長と二人きりでその日の画像について議論する、そんな日々だった。 

 胸部レントゲン写真一枚で、肺がんの進行期と診断できることもある。
 胸水貯留を伴っているとか、明らかな両側肺転移を認めるとかなら、誰でもわかる。
 私がシビれたのは、末梢の孤立結節影のみで、リンパ節腫大や胸水の所見もない写真を見て、上司が進行期肺がんと断言したときだった。
 「ほら、見てごらん、ここの肋骨の輪郭が見えなくなってるでしょ。こりゃ溶骨性の骨転移だよ。残念だけど、進行期だね。」
とのこと。
 後日CTを撮影したところ、果たして当の肋骨には溶骨性骨転移があった。

 肺がん診療において、胸部レントゲン写真というのは、その患者の病状のありよう、進行の様を雄弁に物語る。
 過去の写真との比較をしながら経過説明をするにあたって、患者・家族にとってはCTよりも遥かに分かりやすい。
 そして、初診時の胸部レントゲン写真というのは、まさにそのときに撮っておかないと取り返しがつかない。
 検査や治療のために変化が加わると、もともと初診時はどうだったのか、ということが検証できなくなる。
 経過の早い肺癌なら、初診からたった2週間経過していても、初診時とはガラッと変わった雰囲気になっていることは十二分にあり得る。
 一定の肺がん診療経験のある臨床医なら、誰しも心当たりがあるだろう。

 無駄な放射線被爆を避けたい、というのなら、無駄なCT撮影を減らすべきだ。
 長期間にわたりCTのみで経過観察されている肺がん患者を診ると、本当にそう思う。


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Posted by tak at 20:52│Comments(0)検査法
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