2021年02月18日

胸腔ドレナージと胸膜癒着術

 このところ診療業務と私事で忙殺され、ほとんどブログに目が向いていなかった。
 考えようによっては、少なくとも診療業務ではOn the job trainingの機会に恵まれたので、備忘録として書き残しておく。

 限局型肺小細胞がんの患者、シスプラチン+エトポシド+過分割加速放射線照射で完全奏効に近い状態まできていた。
 残念ながら昨夏に再燃し、二次治療でアムルビシン単剤を行っていたが、残念ながら心毒性のために今年になって中止していた。
 その後、みるみるうちにがん性胸膜炎による胸水貯留が進行し、アップアップの状態になった。
 これはもう独居生活継続は困難、ということで入院してもらい、満を持して胸腔ドレナージを開始した。

 呼吸器内科医という職種は、あまり「きったはった」といった処置をしないものである。
 そんな中でも、日常的に行う数少ない処置として、胸腔ドレナージがある。
 肺がパンクして胸の中に空気がたまる気胸だの、細菌性胸膜炎やがん性胸膜炎で胸水がたまったときだのに、胸に風穴を開けて、そこからビニール製のチューブを突っ込むというヤクザな治療だ。
 ヤクザなとはいいながらも、それなりに作法がある。
 作法であるがゆえに、年をとっても師匠の教えを忠実に守り、あまり奇をてらわない。
 私の場合、気胸の治療は「第2-3肋間鎖骨中線上」もしくは「第3-4肋間左前腋窩線上」を目安に、「肺尖へ向けて」チューブを挿入するようにと教わった。
 また、胸水貯留の場合には、できるだけ下位の肋間で、「できるだけ下葉背側に向けて」チューブを挿入するようにと教わった。

 何よりも大事なことは、適応判断である。
 本当に今その人に胸腔ドレナージが必要なのか、よく考える。
 とりあえず酸素投与で凌げないか。
 とりあえず一般の胸腔穿刺による一時的な脱気や排液で凌げないか。
 胸腔ドレナージを行うことが、血管損傷や臓器損傷といったリスクを補って余りある恩恵を患者にもたらす、そうした自信が持てなければ、急いで行うべきではない。
 痛い目にあったことがある私が言うのだから間違いない。

 気胸の治療の場合、必ず患側の腕を挙上させた肢位で行うように指導を受けた。
 この姿勢で行うと、肋間が開いて胸腔へのアプローチが容易になると同時に、チューブ挿入後に腕を下げると、自然とチューブ先端が上方を向くということだった。
 また、胸水治療の場合には、挿入後のチューブ固定において、必ず前腹壁側で一度テープ固定をするようにとも教わった。
 こうすることで、自然とチューブ先端は背側を向くことになる。

 穿刺部位を決めるにあたっては、できれば気胸ならば透視下で、胸水貯留ならエコーで確認をして、胸壁から肺表面まで十分な距離がとれる(穿刺ないしはチューブ挿入をしても肺を損傷しないマージンがとれる)部位からアプローチするべきである。
 十分な距離がとれないならば、そもそもドレナージを急ぐ必要はないし、どうしてもドレナージが必要であれば、以下の手技に従って肺を損傷しないように人工的にマージンを確保する必要がある。

 胸水貯留の場合には漏出する胸水のためにベッドや床がびちゃびちゃになることもしばしばなので、防水シートや新聞紙を事前に敷いておくことが欠かせない。

 穿刺するときには、まず局所麻酔の段階で肋骨の上縁を探り、肋間動静脈及び神経を損傷しないように肋骨の上縁に沿って作業を進めるのは、教科書通りである。
 肝要なのは、余程緊急でない限りは、尖刀(メス)で皮節をしたのち、直型ペアンで軟部組織を鈍的に分ける。
 壁側胸膜まで達したら、そのまま直型ペアンの先端で鈍的に壁側胸膜を破膜する。
 肋骨上縁の感触を確認しながら、その上縁に沿って直型ペアンを進めれば、概ね壁側胸膜に達したことは推測できる。
 壁側胸膜を破膜するときは少しだけ思い切りを以て力を加えなければならない。
 静かな環境で耳をすませば、壁側胸膜の直前で軟部組織を分けていると、線維性組織を分けていくとき特有の「ミシミシ」という音が聞こえるので、それが確認できれば破膜は目の前である。
 破膜したら、気胸なら空気が、胸水貯留なら胸水が排出される。
 破膜をしても慌てずに、その部位でさらにペアンを開いて穴を押し広げる。
 これだけでも、緊張性気胸や胸水大量貯留による厳しい状況から患者を開放することができる。
 こうすることで人工的に気胸を作り、壁側胸膜と肺の間に距離を作ることができ、より安全にチューブを挿入できる。
 使用するチューブはトロッカーカテーテルであれ、アスピレーションキットのような簡易気胸針であれ、できる限り鈍的に挿入する。
 どちらも先端がとがった芯棒ないしは針が付属しているが、先端はチューブ内に収め、あくまで芯棒としてチューブのコシを保つためだけに使用する。
 チューブ挿入時は、先端が確実に壁側胸膜を超えるように、まずは胸壁に対して垂直に、壁側胸膜をわずかに(透視やエコーで確認できたマージンの範囲内で)超える程度にチューブを挿入する。
 確実に胸腔内に挿入できたと思ったら、芯棒をいったん静かに途中まで抜いて、チューブを介して脱気もしくは排液できていることを確認する。
 確認が出来たら、透視を見ながら任意の位置までチューブを挿入する。
 ベッドサイドで挿入しているのであれば、まずは15cm程度挿入してから固定して、後にレントゲンで先端確認をしてから改めて位置調整をするとよいだろう。

 患者の体位は、胸水貯留時の胸腔ドレナージは座位で行うという作法も聞くが、私は仰臥位で行っている。
 どう考えても安定性が勝る。

 話を戻して、上記の患者に対する胸腔ドレナージ、20fr.のダブルルーメン・トロッカーカテーテルを留置して、問題なく終了した。
 最終的に約3,000ml強の胸水を排液したが、早く楽にしてあげようと思って最初の2時間で1,500ml程度排液したところ、お決まりの合併症に見舞われた。
 排液を急ぎすぎると、肺が再膨張する際に肺水腫を起こす「再膨張性肺水腫(re-expansion pulmonary edema)」を招いてしまう。
 病態を知っていれば、とりあえず酸素吸入をさせるなり、ステロイドを点滴投与するなりで速やかに改善するのだが、知らないと「なぜ手技は問題なく終わり、胸水もどんどん排除できているのに、患者は苦しんで呼吸状態が悪くなるんだ?」というジレンマに苦しむことになる。
 何はともあれ、胸腔ドレナージの要諦は、あせらず、ゆっくり、確実に、なのである。
 ドレナージ開始当初は各勤務帯ごとに500ml排液してはクランプしてお休みしてを繰り返し、ゆっくりドレナージを進めればよい。
 とはいえ、わかってはいるんだけど排液を急いでしまうのは、悲しいサガである。

 今回は十分な排液が得られてから、胸膜癒着術にユニタルクを使用した。
 本来は胸腔鏡下に粉末としてブロワーで散布するのが正しい作法と聞いたことがあるが、我が国では懸濁液を注射器で注入する決まりになっている。
 注入してクランプして、15分ごとに仰臥位、左右の側臥位、伏臥位、座位を順番に取らせ、私の場合はこれを2サイクル回し、その後にクランプを開放する。
 開放後は-8cmH2O程度の低圧持続吸引をかけて経過を見る。
 この処置が必要なので、がん性胸膜炎に対して胸腔ドレナージを行う時は、必ず20fr.以上の太さのダブルルーメントロッカーカテーテルを用いたい。
 シングルルーメンや、ましてアスピレーションキットを使おうものなら、胸膜癒着術のときに困ることになる。
 シングルルーメンのトロッカーカテーテルでは薬剤注入時にいったん接続を外さなければならないため、不潔になるリスクがあるし、アスピレーションキットではカテーテル自体が閉塞してしまうリスクが高い。
 癒着術に使用する薬剤が、低濃度シスプラチンであろうが、自己血であろうが、ピシバニールであろうが、ミノサイクリンであろうが、ユニタルクであろうが、この点は共通である。
 1日排液量が150mlを下回ったらカテーテル抜去のタイミングとされるが、今回は15ml未満まで減ったため、迷わずに抜去することができた。
 癒着術はうまくいったのだが、残念ながら腫瘍本体により中間気管支幹が閉塞しており、右肺中下葉が無気肺に陥っているため、呼吸状態はあまり改善しなかった。
 三次化学療法に取り組まざるを得ないだろう。

 今週の当直のときには、若い患者が緊張性気胸でやってきた。
 SpO2は90%台後半で保たれているが、労作時の息切れで歩行すらままならず、収縮期血圧は90mmHg程度で、顔面蒼白である。
 当直の看護師長に加え、病棟から1名看護スタッフを救援のために呼び寄せ、オンコールの放射線技師と検査技師を呼び寄せて、夜中に12fr.のアスピレーションキットを留置した。
 困ったことに、確実に、安全に挿入したはずなのに、留置したチューブからは泡沫を伴う血液が引けてくるわ、air leakは思ったように得られないわ、手技中に血圧が70mmHgまで低下してショックに陥るわ、院内に医師が自分しかいない状況で泣きそうになった。
 用手的に注射器で行えばきちんと排気されるのだが、同時に血液も引けてくるので、こっちの心臓に悪いったらない。
 結局用手排気は計500ml程度にとどめて、あとは-6cmH2Oの低圧持続吸引で凌ぐことにした。
 幸い、病棟へ移動したのちに血圧は回復したが、ドレーンからは血液ばかりが排液されてほとんど空気は引けてこず、なんとか一晩凌いで近隣の医療機関の呼吸器外科に転送し、緊急手術をしてもらった。
 もともとの病態が血胸を伴う自然気胸だったようで、気胸の原因は肺尖部の複数の肺嚢胞、血胸の原因は肺尖部から鎖骨下静脈への癒着部位が気胸によってはがれたことで、出血していたとのことで、肺嚢胞切除、止血処置を行い、問題なく手術を終えたとのことだった。
 アスピレーションキットはチューブが細くて華奢なだけに、上記の手技で留置するとおそらく軟部組織や肋骨により途中で折れ曲がり、air-leakが得られにくくなるのだろう。

 今後は余程のことがない限り、アスピレーションキットは使わないと固く誓った。
 肺がん屋にアスピレーションキットは似合わないのである。
 
 
 


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