2021年04月22日

がんと新型コロナウイルスワクチン

 私の勤め先の市町村でも、患者の手元に新型コロナウイルスワクチンのクーポンが届き始めた。
 たくさんの外来患者から、自分は接種してもいいだろうかと相談を受けた。
 型のごとく、新型コロナウイルスワクチンは他のワクチンと同様に自由意思が尊重されているので、接種するかしないかは個人の自由だと伝えている。
 その上で、もし接種をするのなら、少なくとも2回目を接種した翌日だけは自宅で1日療養できる体制を整えるようにと伝えた。

 ワクチンは新型コロナウイルスに対する免疫活性を増強するために接種するわけだが、ワクチン接種により免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けているがん患者では、免疫関連有害事象が起こりやすくなるのではないかという仮説が考えられる。
 今回の論文はそこに一定の回答を与えるものであり、結論から言うとあまり心配せずに、一般の患者と同様に接種を勧めてよさそうだ。



Short-term safety of the BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine in patients with cancer treated with immune checkpoint inhibitors

Lancet Oncol. 2021 Apr 1
doi: 10.1016/S1470-2045(21)00155-8 [Epub ahead of print]

 2020年12月20日、イスラエル保健省は国家的なCOVID-19ワクチン施策に着手した。これは、2021年1月末日までに全てのハイリスク者に迅速にワクチン接種(ビオンテック/ファイザーのBNT162b2ワクチン...商品名コミナティ, 以下COVID-19ワクチンと記載)を行うことを目指していた。本ワクチンは速やかに、かつ無料で提供された。薬物療法を受けているがん患者はとりわけCOVID-19による死亡リスクの高い集団であり、COVID-19ワクチン優先接種群として扱われた。
 BNT162b2ワクチンの有効性を立証した臨床試験には健常者、もしくは慢性疾患はあるものの安定している患者のみが参加していたため、当局者にとっての懸念はがん治療を受けた、もしくは受けている患者にワクチン接種をした場合の有効性や安全性のデータがないことだった。インフルエンザワクチン等、日常的に使用されている他のワクチンに関する知見に基づき、当局は全てのがん患者に対してCOVID-19ワクチン接種を推奨した。しかし一部の有識者は、免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けている患者の免疫関連有害事象が、ワクチン接種により誘発ないし増幅されるリスクについて懸念を抱いていた。そのため、免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けている患者のワクチン接種については、当局は態度を保留し、担当医の判断に委ねることとした。
 テルアビブSourasky医療センター(TLVSMC)の腫瘍部門およびBnei-Zion医療センターの腫瘍ユニットの施設方針は、全てのがん治療を受けている患者に対して、治療内容によらずCOVID-19ワクチン接種を許可ないし推奨するというものだった。COVID-19はこうした患者に対してはとりわけ危険なため、病期、PS、期待される予後に関わらずワクチン接種が推奨された。既に新型コロナウイルスに感染した患者、あるいは何らかの急性期合併症に見舞われている患者(活動性の感染症に罹患している、コントロールできていない免疫関連有害事象に見舞われている、など)はCOVID-19ワクチン施策の対象外とされた。COVID-19ワクチンは標準投与量を1日目と21日目に投与された。2回目の投与は、1回目の投与の後に新型コロナウイルスに感染した患者では省略された。

 前述の安全性に関する懸念から、免疫チェックポイント阻害薬治療中の患者におけるCOVID19ワクチンの副反応・有害事象は、1回目の接種後、2回目の接種後ともに20日間前後、詳しい電話アンケートの形式で追跡された。今回報告するのは、上記の2医療センターで免疫チェックポイント阻害薬治療を受けている患者におけるCOVID-19ワクチンの安全性に関するデータである。免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けている患者とコントロール群の患者におけるCOVID-19ワクチンの有害事象を症例・対照研究として比較した。COVID-19ワクチン施策の開始時点で、病院ボランティアを含むすべてのTLVSMCの医療スタッフが新型コロナウイルスワクチン接種を推奨され、実際にワクチンを接種した2241人が有害事象調査に参加した。2回目の接種まで受け終えたそれぞれのがん患者に対して、TLVMCでワクチン接種を受けた健常者から性別と年齢を適合させた対照者を設定し、比較対照群とした。一人だけ、93歳の患者については対照者が得られなかったため、89歳の患者を充てた。

 2021年1月11日から2月25日にかけて、免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けている患者170人に対してCOVID-19ワクチン接種とその後の調査が提案された。33人(19%)はCOVID-19ワクチン接種を拒否した。ほとんどはCOVID-19ワクチン接種による有害事象を恐れていることが理由だった。137人(81%)の患者は1回目のワクチン接種を受け、そのうち134人は2回目のワクチン接種を受けた。3人の患者は1回目のワクチン接種後に死亡した。1人はCOVID-19感染により、2人はがんの病勢進行により死亡した。1回目のワクチン接種後に頻度が高かった副反応は、注射部位の痛み(134人中28人、21%)だった。全身性の副反応には、疲労(5人、4%)、頭痛(3人、2%)、筋肉痛(3人、2%)、そして悪寒戦慄(1人、1%)だった。
 2回目の投与後の観察期間中に、134人中4人(3%)が病院に入院した。4人中3人はがん関連の有害事象、4人中1人は発熱が原因だった。入院治療後、4人全てが退院した。既に報告されているように、1回目ワクチン投与後よりも2回目のワクチン投与後の方が全身的、局所的副反応がより起こりやすかった。局所的副反応で頻度が高かったのは、注射部位の痛み(134人中85人、63%)、局所の発疹(134人中3人、2%)、局所の腫脹(134人中12人、9%)だった。一方、全身性副反応で頻度が高かったのは、筋肉痛(134人中46人、34%)、疲労(134人中45人、34%)、頭痛(134人中22人、16%)、発熱(134人中14人、10%)、悪寒戦慄(134人中14人、10%)、胃腸症状(134人中14人、10%)、インフルエンザ様症状(134人中3人、2%)だった。これら副反応により、入院や特別な治療を要することはなかった。

 134人中、ほとんどの患者(116人、87%)は免疫チェックポイント阻害薬単剤での治療を受けており、残る18人(13%)は免疫チェックポイント阻害薬と化学療法の併用療法を受けていた。両群において、全身性のワクチン副反応が起こる頻度に違いは見られなかった(単剤療法群116人中37人(32%) vs 併用療法群18人中8人(44%)、χ二乗テストでのp=0.29)。
 
 何より重要なことに、新たな免疫関連有害事象の発生や、既に認められていた免疫関連有害事象の増悪は認められなかった。

 COVID-19ワクチンによる副反応は、健常者とがん患者においてほぼ同様だったが、筋肉痛だけはがん患者でより高頻度に認められた。しかし、免疫関連筋炎と診断された患者は、健常者、がん患者、いずれにも認められなかった。今回の調査結果は、免疫チェックポイント阻害薬を使用しているがん患者に対するCOVID-19ワクチンの安全性を裏付けている。

 COVID-19ワクチン接種前に認められていた免疫関連有害事象とCOVID-19ワクチンによる副反応の関連性についても調べた。134人中72人(54%)の患者は、COVID-19ワクチン接種よりも前に、Grade2もしくはより深刻な免疫関連有害事象を経験していた。免疫関連有害事象を経験している患者でもしていない患者でも、COVID-19ワクチンの2回目を接種した後の全身性の副反応には差がなかった(72人中24人(33%) vs 62人中21人(34%)、p=0.94)。重要なことに、過去に免疫関連有害事象を経験したことがある患者について、COVID-19ワクチン関連の副反応はマイルドで、入院やがん治療の休止を要するようなものではなかった。
 
 


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