2021年01月13日

がん病状悪化時の対応と、他疾患による急変時の対応と、治療関連急変時の対応

 今週の当直勤務中、他の先生が担当していた入院患者さんが急変した。
 急変時の対応をどのように行うか、患者・家族・担当医の間で申し合わせがなかったので、全力で対応した。
 肋骨が次々に折れる鈍い感触を感じながら心臓マッサージを行う。
 AEDの自動音声が「心電図を確認します、患者から離れてください」と冷たく響くたびに、手を離してふっと我に返る。
 吐物の海にまみれながら、気管内挿管をして用手的人工換気をする。
 蘇生処置開始から約20分後、ベッドサイドにお越しになった家族から、「もう充分です、私が責任を持ちますので、やめてください!」との悲痛な声を聞き、気まずい沈黙とともに全てが終わった。
 
 認知症高齢者や重症脳梗塞後遺症、反復する誤嚥性肺炎の患者を担当していると、こうしたことは本当にしばしば起こる。
 起こるたびに注意喚起して、できる限り急変時の対応を患者・家族と事前協議しておくように各担当医に求めるのだが、なかなか徹底されない。
 病気の急性期を乗り越えて、さあこれから元気になるためにリハビリに取り組もう、という患者・家族をつかまえて急変時対応について話し合うのは、確かに難しいことではある。

 同じことは、当然肺がん患者にもいえる。
 遠隔転移を有する肺がん患者は、原則として治癒不能である。
 どのタイミングで話をするかはとても難しいが、治癒不能の病態である以上は、患者の心身に負担がかかる救急蘇生処置(人工呼吸管理、心マッサージ、AED)は極力行わないようにしている。
 理解してもらえるように丁寧に、繰り返し、患者・家族と話をする。

 というのがこれまでのスタンスだったのだが、考え直すべき時期が来ているような気もする。
 ドライバー遺伝子変異を有する進行期肺がん患者が、5年を超えて長生きすることは決して珍しくない。
 PD-L1高発現の進行非小細胞肺がん患者なら、免疫チェックポイント阻害薬単剤治療を規定量やり切れば、5年生存割合が80%を超えるなんて報告すら存在する。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e980235.html
 中には、進行期肺がんの治療を続けながら、異時多発がんに対して手術を受けたり、他の薬物療法を受けたりする患者までいる。
 治癒不能ではあるけれど、長期生存が見込める、あるいはすでに長期生存している患者に対して、十把一からげに「蘇生処置はお勧めしません」と断じてもいいものだろうか。

 5年生存している進行期肺がん患者が急性心筋梗塞を起こしたらどうだろう。
 5年生存している進行期肺がん患者が胃潰瘍による出血性ショックを来したらどうだろう。
 5年生存している進行期肺がん患者が新型コロナウイルスによる重症肺炎を合併したらどうすべきだろう。
 どれも蘇生処置や高度の医療を必要としうる病態だが、治癒不能の進行肺がんがあるので支持療法しかしません、と言えるだろうか。

 最近診断された肺がんに対する手術後に急変したら、どうすればいいだろう。
 単発の縦隔リンパ節転移を伴うIIIA期の非小細胞肺がん、背景に慢性閉塞性肺疾患とごく軽度の間質性肺炎がある患者。
 手術をしてみたら、胸膜播種の所見を認めたため、予定術式を行えずに手術を終えた。
 術後に急性呼吸不全を来し、人工呼吸管理が必要となったとき、治癒不能の肺がんと診断がついたので、人工呼吸管理はお勧めしませんと我々は言えるだろうか。
 
 最近診断された肺がんに対する薬物療法後に急変したら、どうすればいいだろう。
 多発肺内転移を伴うIVA期の進行非小細胞肺がん、無症状でPS0、ドライバー遺伝子変異陰性、TPS 5%。
 化学療法+免疫チェックポイント阻害薬併用で治療をしたら、退院3日後に急性呼吸不全を来し、救急搬入された。
 明らかに薬剤性肺障害の所見であるとともに、多発肺内転移は急速に増大している。
 急場をしのげば、ステロイドパルス療法が著効するとともに、pseudo-progressionを経てがんの病巣も縮小に転じるかもしれない。
 激烈な免疫関連有害事象を経験したその先に、長期生存が待っているかもしれない。
 そこまで考えたとき、治癒不能の肺がんで、人工呼吸管理はお勧めしませんと我々は言えるだろうか。

 肺がんの病態が緩やかに悪化した場合は、その後をどうするかを関係者みんなが考える時間がある。
 しかし、他疾患による急変、治療関連有害事象による急変のとき、時間的にも精神的にもゆとりがない中、どうするのが最善だろうか。
 治療が複雑化し、がん拠点病院でなければ治療を受けにくいいまのわが国で、更には新型コロナウイルスの問題も抱えながら、遠方から通って治療を受けている患者に対して、病状悪化時の備えをどのようにするのが正解なのだろうか。
 今日の入院患者・家族と急変時対応の話をしながら、ふと考えた。


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