2020年04月26日

免疫チェックポイント阻害薬による術前免疫療法

 ときどき思い立って、データベースを使って肺がん患者さんの過去を遡り、気づきを探すことにしている。
 やはり、5年間以上の長期生存を達成した患者さんの臨床経過は参考になる。
 こうした作業は、学会発表で経過をまとめる医師がときどき行う程度で、実際にはあまり為されていないのではないだろうか。
 前向き臨床試験がすべてであり、標準治療以外の治療は行う価値はなく、実地臨床で診療する患者の過去なんて振り返らない、という医師には、おそらく永遠に見えてこない景色がある。
 私は、臨床試験から得られる知見と、実地臨床から得られる経験(と振り返り)、そして社会人・家庭人としての常識、これらがうまくかみ合って、初めて最良の診療ができると信じている。
 長生きしている患者さんの診療を振り返ってその都度感じるのは、その時々の患者の状況に応じて、知恵を絞って、諦めずに泥臭く悪戦苦闘すると、ときになんらかの光明が見えるということである。
 ドライバー遺伝子変異陽性の患者でも、分子標的薬が効いていた期間よりも殺細胞性抗腫瘍薬が効いていた期間の方が長くなることもある。
 脳転移再発した完全切除後の患者でも、脳転移の治療をした後に5年以上長生きすることもある。

 免疫チェックポイント阻害薬が実地臨床に浸透して、どの程度長生きする患者が増えるのか、楽しみだ。
 進行期の患者だけでなく、術後補助療法としても臨床試験が行われているが、なんとなく参加者は長生きしているような印象を受ける。
 また、術前療法としても臨床試験が進行しているようで、以下の記事を見ると期待が持てる。




What’s the Current Status of Neoadjuvant Immunotherapy?
The ASCO Post
April 25, 2020

<肺がんに対する術前免疫療法>
 免疫療法は、進行期肺がんに対する薬物療法として、そして完全切除後の肺がんに対する術後療法として進化してきた。術前療法としての意義も検討されつつある。免疫療法を行うことで、治療前には手術ができなかった患者に対して、手術ができるようになるかもしれない。また、免疫療法の効果が極めて良好な患者では、手術そのものが不要になるかもしれない。
 こうした術前免疫療法の可能性については、すでに50以上の臨床試験が非小細胞肺がん患者を対象に広く行われており、その多くは第III相臨床試験である。
 こうした臨床試験の初期のものは既に結果が報告されている。非小細胞肺がん患者20人を対象とした臨床試験(Forde PM, Chaft JE, Smith KN, et al: Neoadjuvant PD-1 blockade in resectable lung cancer. N Engl J Med 378:1976-1986, 2018., http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e932057.html)では、完全奏効はほとんど観察されなかった一方で、Major pathologic response rate(病理学的に、病巣内の腫瘍細胞のうち90%は死滅していた患者の割合)は45%(9人)で、3年間の間に術後再発を来した患者はわずか1人で、その患者も適切に再治療できている。長期経過観察において、寛解状態を維持している患者の血中を循環する腫瘍DNAは認められておらず、免疫療法がよく効いた患者では、腫瘍特異的T細胞クローン数が有意に高く保たれており、潜在的に抗腫瘍活性を惹起している。
 非小細胞肺がんの術前免疫療法臨床試験における病理学的完全寛解割合は24%であり、これは術前化学療法におけるそれの20%よりも高い。さらには、術前免疫療法の方が毒性が軽い。特筆すべきことに、NADIM II試験(ClinicalTrials.gov identifier NCT03838159)において術前化学療法にニボルマブを上乗せしたところ、Major pathologic response rateは74%に上った。
 術前免疫療法は、化学療法と併用される・されないに関わらず、忍容可能で病理学的寛解状態へ導きうるということで、こうした所見は複数の第III相臨床試験で検証中である。術前化学免疫療法と術前化学療法を比較する現在進行中の臨床試験には、CheckMate 816試験(ニボルマブ)、KEYNOTE-671試験(ペンブロリズマブ)、IMpassion030試験(アテゾリズマブ)が含まれる。AEGEAN試験は、抗PD-L1抗体であるデュルバルマブとプラセボを比較するコンセプトである。そのほかに、新規薬物を用いた臨床試験も進行中である。
 2010年から2020年にかけては、進行期肺がん患者に対する分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が勃興した時代だった。2020年から2030年は、こうした治療が早期肺がんの治療に応用し、再発の回避を目指すことになるだろう。

 

 


同じカテゴリー(手術)の記事画像
ADAURA試験サブグループ解析・・・術後補助化学療法の有無、病期別の解析結果
T.M.先生、ADAURA試験について語る
ADAURA試験
ゲフィチニブの術後補助化学療法は全生存期間を延長しないが・・・ADJUVANT-CTONG1104
がん病巣の分子イメージングは肺腺がん手術成績を改善するか
同じカテゴリー(手術)の記事
 根治切除術直後の非小細胞肺がん患者に、バイオマーカー解析をするべきか (2021-11-03 06:00)
 オシメルチニブによる術前療法・・・NeoADAURAの前哨戦 (2021-09-14 06:00)
 非小細胞肺がんの周術期治療をどのように考えるか (2021-09-04 06:00)
 尿路上皮がんと術後補助ニボルマブ療法 (2021-08-27 06:00)
 IMpower010試験・・・術後補助化学療法におけるアテゾリズマブ (2021-06-13 13:59)
 IMPACT / WJOG6410L試験・・・我が国発の術後補助ゲフィチニブ療法第III相試験 (2021-06-12 22:06)
 実際に術前免疫チェックポイント阻害薬を受けた患者さんのコメント (2021-04-14 20:50)
 第II相NEOSTAR試験・・・術前ニボルマブ+イピリムマブ併用療法 (2021-04-14 20:20)
 第III相CheckMate816試験・・・ニボルマブ併用術前化学療法により病理学的完全奏効割合が改善 (2021-04-14 19:57)
 LCMC3・・・アテゾリズマブ単剤による術前治療の効果 (2021-04-14 19:11)
 ADAURA試験サブグループ解析・・・術後補助化学療法の有無、病期別の解析結果 (2021-03-24 16:50)
 母親の子宮頸がんから転移した、子供の転移性肺がん (2021-01-10 02:07)
 学会報告0004:術前診断のついていなかった小細胞肺がん手術例のまとめ (2021-01-06 22:13)
 あれから20年も、この先10年も (2020-11-17 08:56)
 CheckMate816試験・・・まだまだこれから (2020-10-15 22:54)
 T.M.先生、ADAURA試験について語る (2020-09-24 23:53)
 ADAURA試験 (2020-06-17 23:17)
 ゲフィチニブの術後補助化学療法は全生存期間を延長しないが・・・ADJUVANT-CTONG1104 (2020-05-20 21:00)
 JCOG1205/1206・・・斜陽のイリノテカン (2020-05-20 20:14)
 術後補助化学療法にもオシメルチニブ・・・ADAURA試験、「顕著な有効性」を示す (2020-04-18 18:02)

この記事へのコメント
ステージⅢ期症例は術前の化学放射線、免疫療法併用化学療法、手術先行してからの術後化学療法と選択肢が多くPDL1が高すぎると逆に重篤な免疫関連有害事象が起こってもと迷うことが多いです。
免疫チェックポイント阻害薬で今まで根治出来なかった少数の遠隔転移症例も経験しているのですが医者でも迷うことを患者さんに選んでもらうわけにも行かずいつも悩んでます。
Posted by SAS at 2020年04月26日 12:49
患者です。2018年5月に非小細胞癌ステージⅢbと診断され、手術はできないから放射線か免疫チェックポイント阻害剤を選ぶよう言われ、キイトルーダを選択。劇的に効果があり、11回投与の後、2019年3月に肺葉切除手術を受けました。切ってみたら癌細胞がなくなっていたそうです。現在、肺活量も元通り、生活にもトレーニングなどの趣味にもなんら困るところなく暮らしています。遺伝子変異は無し、PDL1出現率は95%でした。ただ。
1)患者自身、放射線もICIも未知なるもの。特にICIについては当時知る人が少なくて、選べと言われてもおおいに困ってしまいました。結果的にキイトルーダを選択して吉と出ましたが、放射線治療を選択していたらどうなっていたんだろう。そこは素人が決めるとこじゃない、という気がします。
2)ICIの効き目についてもっともっといろいろなことがわかってくれば、私のようなケースは「切らないで完治」ということになるのではないか。「切ってみたら癌細胞がなかった」というのは、嬉しさと残念さが半々でした。肺葉は取られちゃったあとだし。
なお、副作用は、投与5回めから出始めた筋肉痛、それは投与終了から1年4ヶ月経った今でも残っていて、ステロイド剤と鎮痛剤の服用をやめることができておりません。
Posted by ビートママ at 2020年04月26日 13:27
SASさんへ

 コメントありがとうございます。なんだか混沌としているように見えますが、我が国でエビデンスに沿った治療をするならば、III期の患者は化学放射線療法とそれに引き続くデュルバルマブ維持療法が標準治療であり、術前化学放射線療法や手術を先行してからの術後化学療法はあくまでオプションだと思います。
 毒性は確かに心配です。最近、術前放射線化学療法を行ったところ重篤な食道炎、腸炎、敗血症、多臓器不全を合併し、人工呼吸管理や透析を含めた集中治療を受けている患者さんを見かけました。稀な病状ではありますが、こうしたリスク、ある程度は患者さんに伝えておく必要があります。
 PD-L1が高ければ必ず効くわけでもなく、免疫関連有害事象が起こればかえって一般の抗がん薬よりも重篤な合併症を起こす方もいます。それでも、一群としてとらえると、やはり抗がん薬治療よりも免疫チェックポイント阻害薬単剤の方が楽に治療できている方が多いように思います。
 免疫チェックポイント阻害薬は、使用が長期にわたるほど有害事象は多彩に、高頻度になる印象があります。それだけに、術前もしくは術後に、期間を限定して使用する方が、患者さんにも経済にも優しい気がします。がんワクチン療法を研究している著名な先生の講演を拝聴したことがありますが、想定している患者さんは周術期の方だと明言されていました。もう10年以上も前の話です。
Posted by taktak at 2020年04月26日 13:27
ビートママさんへ

 術前免疫療法を実際に受けた患者としての貴重なコメント、誠にありがとうございます。ブログをやっていてよかったと思える瞬間です。私の立場から、是非に申し上げておきたいことがあります。ビートママさんが受けた治療は、標準的な治療ではありません。切除不能、根治的胸部放射線照射不能のIIIb期非小細胞肺がん、PD-L1強陽性の患者さんに対し、初回治療としてペンブロリズマブを使用するのは標準的な治療ですが、いくら高い効果が得られたからとはいえ、その後に根治的手術を行うのは標準治療ではありません。だからこそ、今回ビートママさんに手術を行ったのは、ビートママさんご自身と担当医の先生の英断です。切除してみたらがん細胞がなくなっていた、というのはあくまで結果論です。むしろ、切ってみたらがん細胞がいなくなっていた(病理学的完全奏効、pathological complete responseと言います)ということは、ペンブロリズマブが劇的に効いて、がん細胞を根絶している可能性が高い、ということを意味します。これは切除しないと判明しないことです。経験的に、切除できる病巣を切除した患者さんは、長生きする傾向にあります。ビートママさんもそうであることを祈っています。
 筋肉痛の有害事象が代償として残ってしまっているのは悲しいことですが、だからといってペンブロリズマブの有効性を打ち消すものではありません。5年前には選択できなかった治療です。長年肺がん診療に携わっている者からは、今を生きている幸せを感じていただきたいです。
 治療選択を「選べ」という担当医への憤りはわかります。とはいえ、担当医の先生も本当に悩まれていたのかもしれません。いくつかの治療選択肢があっても、効果・副作用の観点からお勧め順をつけることは多いのですが・・・。一昔前は、医師のパターナリズムといって、医師が良かれと思った治療をどんどん患者に押し付ける(それも、心から患者のためを思って、であるだけに始末が悪い)ことが社会問題になっていました。ビートママさんが不快に思われているのは、その反作用のような気がします。
Posted by taktak at 2020年04月26日 13:43
詳細なお返事をありがとうございます。
確かに、この流れは標準治療ではないと伺いました。また、術後に「結果を論文発表等に使うことを承諾する」という書類にサインもしました。最初の主治医(内科の先生)は、本当に興奮なさっていて。へぇ。はぁ。そうなんだ。すごいことなんだ。私は、あとからジワジワとそれを感じることになりました。いつかがん細胞を根絶していると判断がつく時代がくれば、つまり切らずに治せることになる。その一助になれば、結果をどこでどう使っていただいても本望、と思います。それが根底にありますので、現在も治療中の筋肉痛についても、大げさに言えば命が延びたことにくっついてきたオマケとも思い、笑いながらとは申しませんが苦笑しながら治療中、という感じです。
また、治療法を「選べ」の件ですが、当時部長は放射線推し、でした。しかし32歳の主治医の先生は、私が講師の仕事を目指して資格取得中だとふと話したことをしっかり受け止め、「喉を使う仕事なら食道付近を傷つける可能性の高い放射線は避けた方がいいし、キイトルーダならもしかすると副作用も軽く、受講を続けることも可能だと自分は思う」と申し添えてくれたのです。ですから、今振り返ると本当にこちらの立場を理解し、諦めることの少ない道を示してくれていたとも思えるのですが、いかんせん「最後は自分で決めて」のスタンスが、患者初心者にとっては非常に辛かった、という思い出です。本所先生のノーベル賞受賞前で、免疫療法と言う言葉にもなじみがなかったし。ですから憤りと言うより、困ってしまった思い出、という感じです。
ワンステップの長谷川さんの患者会に入ってすぐこちらのブログを知り、素人ながら毎回コツコツと拝見させていただいてきました。だいたいはわからない話だけれど、時々すごく励まされる。そんな読者もおりますこと、お伝えできて嬉しいです。
Posted by ビートママ at 2020年04月26日 17:21
ビートママさんへ

 再度のコメント、ありがとうございます。よほど劇的にペンブロリズマブが効いたのでしょうね。標準治療、という考え方からは、部長の先生のおっしゃるように、放射線治療と化学療法を併用するのが正解です。治癒を目指せる治療だからです。ペンブロリズマブも、治療により一定の患者さんに長期生存が見込めますが、治癒を目指す治療、という位置づけにはなっていません。治癒を目指せる治療と、治癒するかどうかわからない治療、どちらを選ぶかといわれると、大多数の人は前者を選ぶでしょう。そういう意味で、ビートママさんの受けた治療は、いわば「結果オーライ」的です。主治医も確信をもって進めることができなかったのでしょうし、ペンブロリズマブ投与開始前から治療後の手術という選択肢は考えていなかったでしょう。だからこそ、ビートママさんが後悔しないように「最後は自分で決めて」と言わざるを得なかったのではないでしょうか?その治療選択が正しかったかどうかは、これからのビートママさんの経過次第です。
 とはいえ、ビートママさんの主治医の先生がそうであるように、ときに熱意が道を押し開きます。
 大体はわからない話で申し訳ありません(苦笑)。本ブログはあくまで私の備忘録であり、わかっていただく前提で書いていないので已むをえません。とはいえ、繰り返しになりますが、ビートママさんのように標準治療から外れた、しかも順調に経過している患者さんのお話を伺えることは、私にとっては得難い経験です。そして、本ブログをご覧になっている医療関係者の方々にとっても、生の患者さんの声を聴く、そして臨床試験立案や実地診療に活かす貴重な場となっていることでしょう。ブログ管理者としては望外の喜びです。
Posted by tak at 2020年04月26日 18:50
先生、2018年の12月27日のエントリー・コメント欄にて、手術について一度ご相談申し上げたことがあるのですよ。その時のアドバイスのひとつひとつが、本当に役に立ったのです。楽観するばかりでなく、先生のご助言の胸にひとつひとつ確かめ、納得し、「これで治る、肺癌とはおさらばだ」とは決して思わず、チャレンジとして手術を受けました。
以来、感謝の念を持ってブロクを拝読しております。経過観察中の身ですが、これからもわからないながら(ごめんなさいね)、一所懸命拝見いたします。
Posted by ビートママ at 2020年04月26日 19:28
ビートママさんへ
 
 2年越しの再々のコメント、どうもありがとうございます。いやあ、そうでしたね。慌てて当時の記事とコメントを読み返してしまいました。失礼しました。
 私の基本的な見解は、当時と全く変わりません。ようやく、臨床試験がビートママさんに追いついてきつつあるということなのでしょう。
 一連の流れを見ると、改めていい主治医だなあと感じます。
Posted by taktak at 2020年04月26日 22:18
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。