2022年01月01日

お引越しします

 あけましておめでとうございます。

 突然ですが、諸般の事情により、ブログをお引越しします。
 一番の理由は、スランプで筆が進まなくなってしまったことです。
 気分転換のために環境を変えてみることにしました。

 以後はこちらをご参照ください。

 「大分で肺癌診療」
https://oitahaiganpractice.hatenablog.com/  

Posted by tak at 06:00Comments(0)その他

2021年12月14日

セルペルカチニブ、上市

 選択的RET阻害薬のセルペルカチニブが2021/12/13に上市された。
 出現頻度は肺腺がんのわずか2%に過ぎない。
 しかし、義父のようにその2%にあたった患者にとっては、福音だ。
 
 製薬会社から提供されたパンフレットに沿って、RETそのものについて、また薬事承認の裏付けとなったLIBRETTO-001試験の概要と結果に触れる。
 

 正常なRET遺伝子に由来する蛋白質はEGFRなどと同じく受容体型チロシンキナーゼで、リガンドが結合すると二量体を形成し、細胞内シグナル伝達系を介して細胞増殖を促すとされる。
 腎臓や腸管神経系の派生や神経組織、神経内分泌組織、造血系などの組織の維持に関わる働きを持つ、とのこと。


 一方、RET遺伝子の複製過程で偶然発生したRET融合遺伝子は、リガンドが結合せずとも二量体を形成して細胞質内に局在し、恒常的に細胞増殖を促し、細胞をがん化へ導く。


 セルペルカチニブ(商品名レットヴィモ)は、RET蛋白質のアデノシン三リン酸(ATP)結合部位に、ATPと競合的に結合することで、細胞内シグナル伝達、細胞増殖刺激を抑制する。


 国立がん研究センターで肺腺がん患者319人のドライバー遺伝子変異を調べたところ、その1.9%にRET融合遺伝子を認めた。


 過去の論文から6899人の肺がん患者データを抽出して調査したところ、①女性、②60歳未満、③非喫煙者では統計学的有意にRET融合遺伝子陽性肺がんの患者が多かった。


 RET融合遺伝子陽性肺がんは、EGFR、ALK、ROS1、BRAF各遺伝子異常と同じく、オンコマインDxTT(デラックスターゲットテスト)マルチCDx(コンパニオン診断)システムで検出できる。


 LIBRETTO-001試験は、RET融合遺伝子陽性固形がんの患者を対象とした臨床試験で、推奨用量設定のための安全性確認試験である第I相部分と、主要評価項目を奏効割合とした有効性確認試験である第II相部分に分かれていた。
 今回薬事承認の根拠となったのは、第I相部分および第II相部分のコホート1、コホート2における非小細胞肺がん患者のデータだ。


 コホート2の未治療群では、総数49人中日本人はわずか4人しか含まれていない。
 一方、コホート1の既治療群では、総数210人中日本人は44人と20%を超えるプレゼンスを示している。
 既治療群において、95%は化学療法の、60%は抗PD-1 / PD-L1薬の治療歴がある。


 第I相部分、第II相部分の統合解析では、主要評価項目の奏効割合は、未治療群では70.5%(95%信頼区間54.8-83.2)、既治療群では56.9%(95%信頼区間49.8-63.8)だった。


 推奨用量に則った治療を受けた第II相部分の患者だけを解析すると、主要評価項目の奏効割合は、未治療群では71.4%(95%信頼区間53.7-85.4)、既治療群では55.2%(95%信頼区間46.4-63.8)だった。


 最良変化率のwaterfall plotを見ると、未治療例、既治療例ともに、ほぼすべての患者で腫瘍縮小効果が得られている。
 

 無増悪生存期間中央値は、未治療群では未到達(95%信頼区間9.2-未到達)、既治療群では20.67ヶ月(95%信頼区間19.3-未到達)だった。


 全生存期間中央値は、未治療群では未到達(95%信頼区間算定不能)、既治療群でも未到達(95%信頼区間25.7-未到達)だった。


 中枢神経系の測定可能病変があった患者で、治療によるその奏効割合は82%で、病勢進行は1人も認めなかった。


 本試験全体(非小細胞肺がん以外の固形癌患者も含む)としての有害事象は高頻度に認め、肝障害、QT延長、高血圧が多かった。
 特徴的な有害事象として過敏症関連事象が取り上げられた。
 発熱、発疹、肝機能障害、血小板減少が現れたら要注意で、まずは休薬とプレドニゾロン0.5-1.0mg/kg程度の内服治療。
 間質性肺炎の出現頻度は1.2%とわずかで、Grade 3以上の重篤なものはなかった。


 発現頻度が10%を超える有害事象一覧。


 発現頻度が20%を超える有害事象一覧。


 日本人において、発現頻度が10%を超える有害事象一覧。


 日本人において、発現頻度が20%を超える有害事象一覧。
 肝機能障害がかなりの高頻度で、定期的な血液検査が欠かせない。


 免疫チェックポイント阻害薬の治療歴があると、過敏症発現頻度が10%強まで高まる。


  

2021年12月03日

フィルムとシャウカステンの文化

 しばらく前、ひょんなことから「じん肺標準X線フィルム集 増補版」を譲り受けて、職場に保管してある。
 以前はとても高価なものだったのだが、CD-ROM版が流布してからというもの、すっかり見かけなくなった。
 まるでNTTの電話加入権のようだ。

 10年未満のキャリアの医師にとっては、フィルムとシャウカステンという文化は、おそらく過去の遺物だろう。
 そもそも、シャウカステンとはなんですか、と尋ねられそうだ。
 フィルムをカシャンとかけて眺めるための、あの白く光る機械である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%B3

 社会人になって最初の10年は、思えばフィルムとシャウカステンの文化の最後の10年だった。
 思い出は様々ある。
 1年目、早朝から教授の前で入院新患紹介をするにあたって、前日の夜遅くまで指導医とともに毎週のように読影練習をした。
 当日は全ての教室員に見守られながら、フィルムとシャウカステンの傍らに立ち、画像の読影を含めて患者のプレゼンテーションをする。
 さらに緊張するのは数ヶ月に1度、同門の医師を招集して開催されるチェストカンファレンス。
 大学の大講義室で、全く事前情報のないままに提示されたレントゲン、CTを型のごとく読影し、鑑別診断を挙げていく。
 レントゲンの撮影条件の是非から教科書通りに読影を進める作業を繰り返しているうちに、基礎が身についたように思う。
 2年目、初期研修の一環でとある消化器病センターに勤務、毎週2回は指導医がオーダーした全ての腹部CTを読影し、レポートを作成する。
 慣れない腹部造影CTの読影を、1回あたり6-10枚に及ぶフィルムを並べて、1つひとつの肝細胞癌病巣のサイズを測定比較して記録する。
 薄暗い読影室にシャウカステンの白い光が煌々と輝く中、午前2時まで読影して、午前6時に出勤の繰り返しだった。
 8年目から9年目は、2年目にやっていたのとほぼ同じことを肺がんについてやることになった。
 ただし、こちらは胸部レントゲンと胸腹部CTがセットである。
 診療と研究の合間を縫ってこなしていたが、シャウカステンの前に指導医と並んで議論をしながら読影する日々は、本当に学びが多かった。
 このころは、フィルムの画像データを自動的に取り込んでjpgデータを作成する機器が登場し、フィルムからモニターへの過渡期だったように思う。

 利便性の点では、現在のシステムが遥かに優れている。
 カルテと同様で、複数人で、異なる場所で、同じ画像を見ることができる。
 過去の画像を検索するのはいともたやすい。
 かつては、重いフィルム袋を引っ張り出して、用事が済んだら遺漏なく整理して戻さなければならなかった。
 異なる日付、異なる検査種のフィルム袋に収めたならまだ許せるが、他の患者と混じりあってしまったら大変なことになる。
 当然場所も取る。
 もっとも、いまではサーバーという形で、場所と電気代を必要とし、おそらく地球温暖化にも一役買っているだろう。

 一方、フィルムとシャウカステンの文化ならでは、というものもある。
 例えば、気管分岐下(#7)リンパ節腫大の有無を確認するために奇静脈食道線を追いかけるとき、フィルム下端を手に取って傾けながら、線の左右のコントラストを際立たせるなど、よく目にしたものだ。
 音楽業界におけるレコード→CD→ダウンロードという流れと同様に、放射線診断でもフィルム→モニター→遠隔画像診断という流れがあるわけだが・・・・
 レコード回帰のようにフィルム回帰という文化もまた、生まれるだろうか。
 
 

  

2021年12月02日

肺がん新WHO分類(第5版)とそれに準拠した病理組織分類

 原則として、肺がんの確定診断は病理組織診断による。
 生検(外科手術を含む)をして、顕微鏡で細かく見て、がん細胞、がん組織を確認するということである。
 そのため、診断基準が変更されるのは、とても大きな出来事である。

 不覚にも先週まで把握していなかったが、世界共通の診断基準であるWHO Classification of tumors: Thoracic Tumoursが2021年4月15日に刊行された。
https://publications.iarc.fr/595
 それに伴い、日本肺癌学会は「新WHO分類に準拠した病理組織分類」を2021年11月26日に公表し、以後は本分類に沿って病理組織診断を行うように通知した。
https://www.haigan.gr.jp/modules/important/index.php?content_id=248

 先日の第62回日本肺癌学会総会でセミナーが行われていたので聴講した。
 大枠は変わらないとのこと。
 その大枠は、概ね上記の「新WHO分類に準拠した病理組織分類」の6-8ページを読めば掴める。
 重要な点を1つだけ挙げるとするならば、肺腺がんの病理組織診断において、グレード分類が適用されたことだろう。



 結局、病理組織像でまず捉えるべきは低分化成分の広がりであり、概ね20%以上ならば低分化、20%以下ならばその他の部分が肺胞上皮置換型優勢なら高分化、そうでなければ中分化、ということらしい。
 これなら検者によってばらつきは少なくなるだろう(実際にそうだったらしい)し、生命予後とよく相関するそうなのでそれに越したことはない。
 低分化、中分化、高分化の分類は、なんだか懐古的な印象を受けるが、solid、micropapillary、cribriform, complexといった低分化=高悪性度の病理所見をきちんと定義した上での分類であり、実務上とてもよい改訂だと感じた。
  

Posted by tak at 06:00Comments(0)肺がん病理学

2021年12月01日

CLIP1-LTK融合遺伝子の発見・・・LC-SCRUM Asiaから

 「その他」の中にこそ、新たな発見が眠っている。
 誰もが分かってはいるけれど、実際にそれを見出すのは簡単ではない。

 今年の肺癌学会総会にシンクロしたもののひとつに、CLIP1-LTK融合遺伝子も挙げられる。
 2021/11/25付でNature誌に発表され、国立がん研究センターのプレスリリースでも公表された。
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04135-5
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2021/1125/index.html

 出現頻度は2/542=0.37%ととてつもなく低い。
 NTRKやBRAF遺伝子変異に勝るとも劣らない頻度の低さだ。

 とはいえ、ロルラチニブが効くということならば、CLIP1-LTK融合遺伝子を何とか見つけなければ、という気持ちになる。
 治療開始前後のPET画像は、きわめてインパクトがある。
 そして、夢がある。
 これを見て心を揺さぶられない研究者・臨床家は、仕事をする資格がないと私は思う。

 CLIP1-LTK融合遺伝子を標的としたロルラチニブの医師主導フェーズ2試験が、登録予定患者数を16人として2022年の早期に開始される予定とのこと。
 自ら見出したドライバー融合遺伝子を対象とした世界初の医師主導臨床試験であり、国立がん研究センター東病院のスタッフは勇往邁進していることだろう。
 



The CLIP1–LTK fusion is an oncogenic driver in non‐small‐cell lung cancer

Hiroki Izumi, Shingo Matsumoto, et al., Nature. 2021 Nov 24.
doi: 10.1038/s41586-021-04135-5. Online ahead of print.

 肺がんは最も悪性度の高い腫瘍のひとつである。ドライバー遺伝子異常に基づく分子標的療法は、非小細胞肺がん患者における治療アウトカムを本質的に改善した。しかし一方で、こうしたドライバー遺伝子異常は、非小細胞肺がんの中でも最も多い原発性肺腺がん患者のうち25-40%では見つからない。
 今回、多施設共同遺伝子スクリーニング基盤研究であるLC-SCRUM-Asiaにおいて行ったRNAトランスクリプトーム解析から、CLIP1とLTKの新規融合遺伝子を同定したので報告する。CLIP1-LTK融合遺伝子の非小細胞肺がん全体における発生頻度は0.4%で、他のドライバー遺伝子異常と相互排他的な関係にある。CLIP1-LTK融合遺伝子産物のリン酸化活性は恒常的で、がん化を引き起こす能力を持つ。CLIP1-LTK融合遺伝子を導入したBa/F3細胞をALK阻害薬であるロルラチニブで処理したところ、CLIP1-LTK産物のリン酸化活性が阻害され、浸潤増殖が抑制されるとともに細胞死が誘導された。CLIP1-LTk融合遺伝子陽性の非小細胞肺がん患者1人に対してロルラチニブを投与したところ、良好な臨床効果が得られた。我々の知る限り、上皮性悪性腫瘍におけるLTK異常について記載したのは本報告が初である。  

2021年11月30日

セルペルカチニブ、2021年12月13日発売予定

 2021/11/26-2021/11/28まで、第62回日本肺癌学会学術集会が開催された。
 会場はパシフィコ横浜で、現地参加とオンライン参加、どちらも選択可能なハイブリッド形式だった。
 地方在住の参加者にとってはとてもありがたい。
 当然のごとく、オンラインで参加した。
 初日はフルタイムの勤務を終えて、イブニングセミナーだけ聴講した。
 週末は私用の合間を縫いながら参加した。
 会期後にオンデマンドで聴講できるのは教育講演だけなので、あれもこれもと聴講できないライブ講演なのは現地参加と変わらない。
 とはいえ、あちこち移動しなくて済むこと、週末に家や職場を空けないで済むことのメリットは計り知れない。
 当然旅費もかからない。
 現地参加しなければ得られない果実は当然あるが、その果実もテクノロジーの進歩とともに今後少なくなっていくことだろう。
 
 国内は新型コロナウイルス感染患者数が減少し、警戒が緩んでいる。
 一方、欧米を中心として海外では新型コロナウイルス感染者数が増加に転じている。
 ここ1週間足らずでオミクロン株が急速に拡散しつつあるが、我が国で次の波が来るのはもはや時間の問題だろう。
 年末年始に患者数が増えるだろうことは想像に難くない。

 今日は聴講内容には触れずに、タイトルの通りセルペルカチニブについて書き残す。
 ありがちな話だが、学会の時期はいろんなことが起こりやすい。
 今年は病理所見記載のWHO分類第5版準拠への切り替えと、セルペルカチニブの薬価収載が学会開催にシンクロした。

 セルペルカチニブの詳細情報は以下を参照のこと。
https://www.info.pmda.go.jp/go/pack/42910F2M1020_1_02/
 2021/11/25に薬価収載され(=価格が決まり)、メーカー発表によると、2021/12/13に発売されるそうだ。
 


 セルペルカチニブ導入のため、早速義父の入院予約が成されたらしい。
 確定診断から約1年、満を持して真打登場だ。
   

2021年11月19日

追憶

 今日はごく個人的な追憶について書き留める。

 もう2年も経っただろうか。
 中学校まで同じ学校に通っていた同級生の女の子が、乳がんで亡くなったとの連絡を受けた。
 この女の子とは不思議な縁があって、私とこの子を結ぶ線分を三角形の一辺として、2つの三角形が隣り合うような二重三角関係の間柄だった。
 残る2つの頂点はどちらも同級生の男の子。
 当然それぞれの辺はベクトルであるわけだが、ベクトルがどういう方向を向いていたのかまでは無粋なので書かずにおく。
 結局こうした関係は私たちが別々の高校に進学してからも続いて、あることをきっかけに図らずも解消された。
 高校を卒業してからはそれぞれが地理的に離れたこともあり、全く別々の人生を歩むことになった。

 地元に帰ってきて診療していると、ふとしたきっかけで遠い昔に引き戻されることがある。
 勤務先の病棟看護主任から、この女の子のお母さんが入院していることを教えられた。
 もちろん、病棟看護主任は私とこの女の子の関係など、知る由もない。
 とはいえ、お母さんの方ではこの女の子(娘)と私の関係は当然ご存じのはず。
 私自身、当時はこちらのお宅にお邪魔したこともあるので、そのままにはできず、ご挨拶にお伺いした。
 実に30年ぶり、おそらくはお宅にお邪魔したとき以来の邂逅だ。
 
 「ご無沙汰しています。○○です。」
 「病棟看護主任から、ご入院されていると伺ったのでご挨拶に参りました」

 「あらぁ、わざわざ来てくださったのね。ありがとうございます」
 「○○くんがこちらにお勤めなのは知ってたのよ」
 「実は△△先生にかかりつけでね、いつかはお目にかかれるだろうと思っていたのだけど、なかなか縁がなくて」

 「なんと、それは存じ上げず失礼しました」
 「外来受診にお越しになっている曜日はちょうど私は病棟勤務の日で、接点がなかったのでしょうね」
 「今回はどういういきさつで入院されたんですか?」

 「いえね、山に栗拾いに行っていたら足を滑らせちゃって、1mくらいの高さからコンクリートの地面に落っこちちゃったの」
 「頭は打つわ胸は打つわで、幸い頭の方は大したことなかったんだけど、肋骨を3-4本折っちゃってね」
 「今月いっぱいで退院できるらしいんだけど・・・」
 
 「それは災難でしたね」
 「とはいえ、頭に大事なくてよかった」
 「風邪の噂に、□□さんが他界されたと聞きました」

 「そうね、もう2年も経つのよね」
 「私もいまでは一人暮らしで、商売をたたもうかと思ってるんだけど、店を閉めると常連さんが自宅まで来ちゃうのでやめられないのよね」

 ・・・という感じで、ひとしきり世間話をして引き取った。
 
 シンガーソングライターの大江千里をこよなく愛し、中学生の当時から自作の小説を執筆していた文学少女だった。
 ちゃんとお母さんを守ってあげてよね。
 できるお手伝いはするからさ。

  

Posted by tak at 06:00Comments(0)その他

2021年11月18日

肺がん患者に3回目の新型コロナウイルスワクチン接種は必要か

 結論から言えば、是非接種するべきである。

 我が国でも新型コロナウイルスワクチン接種者の割合が随分と高くなった。
 NHK特設サイトから引用(データソースは首相官邸発表)によると、日本国内の全人口に占める新型コロナウイルスワクチン接種者の割合は、
・1回目接種完了者 78.5%(65歳以上に限れば91.8%)
・2回目接種完了者 75.6%(65歳以上に限れば91.2%)
とのこと。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/
 これが大分県ではどうかと言えば、2021/11/14時点で
・1回目接種完了者 77.69%(65歳以上に限れば92.18%)
・2回目接種完了者 74.62%(65歳以上に限れば91.62%)
とのこと。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/pref/oita/
 ワクチン接種が先行した欧米でも、1日の発症者数がまだ万人単位という国もある。
 こうした国に少し遅れて、デルタ株の猛威がわが国を席巻したのはまだ記憶に新しく、予断を許さないことは言うまでもない。
 とはいえ、今回のパンデミックよりずっと前からしばしば諸外国から揶揄されていたように、もともと我が国にはインフルエンザ流行期にはマスクをする、まめに手を洗うという、今となっては誇るべき衛生習慣がある。
 もちろんワクチン接種は個人レベルでも公衆衛生レベルでも、疾患の発症抑制や重症化予防の効果が期待できるものの、天然痘のように疾患自体が根絶されることは稀である。
 また、これまで全世界人口30人に対し1人が罹患(2億5千万人以上2019年の推定世界人口77億人に対し、本日時点でのジョンス・ホプキンス大学の公表では2億5千万人強が罹患=3.2%)し、510万人強が死亡している深刻な疾患で、全額公費負担、社会的にも強く接種が推奨されているワクチンでありながらも、上記データが示す通り、我が国全人口の20-25%は何らかの理由で接種を受けられずにいる。
 だからこそ個人の衛生行動で補完するべきだし、その意義がある。

 導入が長くなってしまった。
 肺がん患者における新型コロナウイルスワクチンの有効性と安全性について、フランスから以下の論文報告があった。
 フランスという国の背景として、過去4週間でのCoVID-19の1日平均発症者数は7700人強、1日平均死亡者数は34人ということを踏まえておかなければならない。
 中国からの報告では、肺がん患者が新型コロナウイルス感染症に罹患した場合の死亡率は30-40%にも及ぶとされているが、今回の報告では2回のワクチン接種後の新型コロナウイルス感染者の割合は1.3%(4/306)、これにより入院を要した割合は0.3%(1/306)、死亡率は0%だったとのことである。
 一方で、2回のワクチン接種後に免疫応答を評価できた269人のうち51人(18.9%)では不十分な免疫反応しか確認できなかったそうだが、51人のうち30人は3回目のワクチン接種を受け、そのうち27人は十分な免疫反応が確認できたとのことである。
 肺がん患者のうち約5人に1人は2回のワクチン接種でも十分な免疫応答が期待できないものの、3回接種でそこを補完できるということなので、我が国でも2回接種後の肺がん患者は積極的に3回目の接種を受けるべきだろう。
 うちの母や義父にも伝えたい。



Efficacy of SARS-CoV-2 vaccine in thoracic cancer patients: a prospective study supporting a third dose in patients with minimal serologic response after two vaccine doses

Valérie Gounant, MD, MSc et al., J Thorac Oncol Published:November 16, 2021
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jtho.2021.10.015

French Study Finds COVID-19 Vaccine Effective in Patients With Lung Cancer

The ASCO Post
Posted: 11/16/2021 1:05:00 PM
Last Updated: 11/16/2021 2:40:30 PM

 今回フランスから報告された研究によると、肺がん患者に対するSARS-CoV-2ワクチン接種は安全かつ効果的で、ほとんどの患者は2回のワクチン接種で免疫応答が得られた。2回接種後も抗体化が低かった患者のうち11%には3回目の接種が行われ、結果として88%で有効な免疫反応が認められた。

 一般大衆に対するCoVID-19ワクチンの安全性と効果は既に確認されているが、ほとんどのCoVID-19ワクチン関連臨床試験では肺がん患者は対象から除外されていたため、肺がんの患者でもワクチン接種後に有効な抗ウイルス抗体が産生されるのかどうかわかっていなかった。過去の研究によると、CoVID-19に罹患した際の死亡率は、一般大衆よりも肺がん患者の方が統計学的有意差を以て30%高いと報告されていた。中国からの報告によると、一般大衆におけるCoVID-19罹患時の死亡率は0.7-8.0%であるのに対し、肺がん患者におけるそれは29-39%にも及ぶという。また、インフルエンザにおいては、一般大衆と比較してがん患者、ことに65歳以上の患者ではワクチンによる抗体産生が少なくなることが指摘されている。インフルエンザワクチンの効果に関するメタ解析によると、ワクチン接種による免疫応答(seroconversion、ワクチン接種前と比較し、接種後の抗体化が4倍以上に増幅されると定義)は、がん患者では健常者に対して有意に低下していた(オッズ比0.31、95%信頼区間0.22-0.43)。そのため、健常者と同等の免疫応答を得るには、がん薬物療法やステロイド投与により抵抗力が低下しているがん患者では2回のインフルエンザワクチン接種が必要とされる。今回企画したCOVIDVAC-OH試験では、がん患者における新型コロナウイルスワクチンの効果を検証することを目的に1100人を超えるがん患者に対するワクチンの効果を前向きに検証することとした。今回は胸部悪性腫瘍の患者集団について報告する。 

 Bichat病院で診療されている胸部悪性腫瘍の患者を対象とした。2021年1月26日から7月28日の期間に、胸部悪性腫瘍と診断済み、かつ適格条件(過去3か月間にCoVID-19に罹患していない、今後3か月間は生存していると見込まれる、アレルギー疾患や新型コロナウイルスワクチン接種既往がない)を満たす患者を診療録から抽出し、連絡をとってワクチン接種を推奨した。ワクチン接種に同意した患者に対し、以下の順(75歳以上の患者もしくは化学療法施行中の患者、免疫チェックポイント阻害薬を使用している患者、片肺全摘後あるいは胸部放射線治療後による放射線性肺臓炎罹患後の患者、経口チロシンキナーゼ阻害薬使用中の患者、特段の薬物療法を受けていない患者)で優先順位をつけて、外来でBNT162b2 mRNAワクチン(ファイザー社製)を接種した。
 
 今回の研究では、306人の胸部悪性腫瘍患者が対象となった。このう43人は本試験参加から3ヶ月以上前にCoVID-19罹患歴があった。181人(59.2%)が男性、285人(93.1%)が肺がん患者で、211人(68.9%)が非小細胞非扁平上皮肺がん患者、49人(16%)が扁平上皮肺がん患者、22人(7.2%)が小細胞肺がん患者、13人(4.4%)が悪性胸膜中皮腫患者、11人(3.5%)がその他の胸部悪性腫瘍患者(胸腺がん5人、カルチノイド4人、過誤腫(性軟骨腫)1人)だった。年齢中央値は67.0歳(四分位区間58-74)で、70-79歳の患者が95人(31%)、80歳以上の患者が31人(10.1%)を占めていた。175人(57.2%)の患者が進行期で、胸部悪性腫瘍の確定診断から1年未満の患者を117人(38%)含んでいた。試験参加からさかのぼること3ヶ月以内に、74人(24.2%)の患者は化学療法を受けていて、うち51人は化学療法単独、2人は根治的胸部放射線照射併用、21人は免疫チェックポイント阻害薬併用で治療を受けていた。同様に49人(16%)は免疫チェックポイント阻害薬単独で、43人(14%)は経口チロシンキナーゼ阻害薬もしくはベバシズマブによる治療を受けていた。37人(12.1%)の患者では、III期病変に対する過去の胸部放射線照射により肺線維化を伴っていた。89人(29%)の患者で胸部外科手術の既往があり、うち6人は片肺全摘、79人は肺葉切除あるいは肺部分切除、4人は胸腺切除もしくは縦隔腫瘍摘除を受けていた。20人(6.5%)の患者では免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象のコントロール、疼痛緩和、脳転移巣に対する支持療法、重症COPDに対する治療といった理由で3週間を超える副腎皮質ステロイド投与を受けていた。95人(31.0%)の患者では、胸部悪性腫瘍の病勢コントロールが得られていない状況にあった。
 対象者のうち283人が28日間隔で2回のワクチン接種を受けた(フランスでは2021年1月初旬から新型コロナウイルスワクチン接種可能となったが、利便性向上のために28日間隔での接種を標準とし、健常者では42日間隔での接種が許容されている)。抗SARS-CoV-2スパイク抗体はアボット社のARCHITECT SARS-CoV-2 IgGイムノアッセイキットを用いて測定した。測定のタイミングは、mRNAワクチン接種1回目の前、1回目接種後4週間目のあと、2回目接種後2-16週の間とした。 BNT162b2 mRNAワクチン(ファイザー社製コミナティ)を使用した。

 観察期間中央値202日(四分位間195-244)の間に、8人(2.6%)が有症状、PCR陽性のSARS-CoV-2感染症と診断された。1回目の接種後4日目、6日目、12日目、20日目に各1人ずつ、2回目の接種後33日目、35日目、42日目、65日目に各1人ずつが診断された。全身状態の悪い胸腺がん患者(PCR陽性と判定される2日前の測定で、抗SARS-CoV-2スパイク抗体測定値300.4U/ml)1人のみが入院したが、酸素投与も行わないままに1週間後には退院し、その他の患者も速やかに良好な経過で改善した。
 2回目のワクチン接種後14日目以降の血清学的評価を行った269人のサンプル解析の結果、17人(6.3%)では抗SARS-CoV-2スパイク抗体陰性(<50U/ml)で、34人(11%)では<300U/ml(12.5パーセンタイル)と弱陽性に留まっていた。なお、抗SARS-CoV-2スパイク抗体≧300U/mlが抗SARS-CoV-2中和抗体との相関を認める閾値とされている。
https://www.abbott.co.jp/media-center/press-releases/12-23-2020.html

 多変数解析では、年齢、最後の化学療法を行ってから3ヶ月以内、慢性的な副腎皮質ステロイド使用の3項目が免疫応答の欠如と有意に相関する因子だった。30人の患者が3回目のワクチン接種を受け、そのうち3人のみは血清学的に免疫応答が得られていないと確認されたものの、その他の患者では明らかな免疫応答(seroconversion)が確認された。

 今回対象となった306人、のべ587回のワクチン接種ではアナフィラキシー反応は認められなかった。安全性データは278人(90.1%)の患者について回収済みであり、報告のほとんどは局所の副反応(疼痛、発赤、腫脹)や36時間以内に寛解する38.5度未満の発熱、48時間以内に寛解する悪寒・倦怠感といったインフルエンザ様症状のみで、安全性に関する懸念はなかった。



  

Posted by tak at 06:00Comments(0)その他支持療法

2021年11月14日

進行非小細胞肺がんオリゴ転移巣に対する定位照射のランダム化第II相比較試験

 今回の臨床試験は、スローンケタリング記念がんセンター単施設におけるランダム化第II相比較試験だったようだが、単施設で企画された試験としては対象患者数が160人と大規模だ。
 非小細胞肺がんと乳がん患者双方を対象としているので、それでも患者が集まるのだろう。
 また、転移巣全てを対象とするのではなく、増大傾向にあるか、PETで活動性が高いと判断された病巣のみを定位照射対象としているところに独自性がある。
 増大傾向にある、活動性が高いという判断には施設間、担当医間でバラツキが出ることが容易に想像されるので、そうした点では単施設で検証することに意味があるだろう。
 それは、裏を返せば、今後第III相多施設共同臨床試験を行うには相当練り上げたプロトコールと品質管理が必要だということでもある。
 
 興味深いことに、非小細胞肺がんと乳がんでサブグループ解析を行うと、非小細胞肺がんではオリゴ転移巣に対する定位照射で無増悪生存期間が延長し、乳がんではそうならなかった。
 筆頭演者に対するインタビュー動画を見てみると、乳がん患者では追跡期間中、もともと安定していると考えられた転移巣が進行していたり、あるいは新規転移巣が出現したりで、結局対象患者の90%が短期間で病勢進行に至ったとのこと。
 非小細胞肺がんではそうした現象は見られなかったらしい。
 非小細胞肺がんと乳がんの比較において、乳がんの方がよりアグレッシブな進行をする、という論調には簡単には賛同しかねるものの、今回の治療コンセプトにより対象となった非小細胞肺がん患者の無増悪生存期間が2ヶ月ちょっとから11か月まで延長したことは素直に喜ばしい。
 また、今回のコンセプトで、増悪していない転移巣に対しては現在施行中の薬物療法を継続しながら、増悪している病巣のみを選択して定位照射で制御することにより、時間的・空間的な多様性を示すがん転移巣に対する対処の1つの解を示している。
 定位照射に引き続き免疫チェックポイント阻害薬を適用したら効果が増強されるのではないか、など、個人的には魅力的な治療と感じられた。


 

Consolidative Use of Radiotherapy to Block (CURB) Oligoprogression: Interim Analysis of the First Randomized Study of Stereotactic Body Radiotherapy in Patients With Oligoprogressive Metastatic Cancers of the Lung and Breast

C.J. Tsai et al.
ASTRO’s 63rd Annual Meeting (October 24-27, 2021), Abst.#LBA3

目的:
 増悪傾向を示す転移巣のみに局所療法を行うことにより病勢コントロールが得られるという、oligoprogressive stateという現象が進行がんで認められると仮説を立てた。そのため今回の臨床試験では、増悪傾向を示す転移巣が1-5ヶに限られる進行非小細胞肺がんおよび進行乳がんの患者を対象に、これら病巣に対して定位放射線照射を行うことの有用性を評価した。

方法:
 1レジメン以上のがん薬物療法を施行され、かつ定位放射線照射の適応があるoligoprogression転移巣を有する進行非小細胞肺がん患者および進行乳がん患者を対象とした。ここで、oligoprogression転移巣(以下OP巣)は、RECISTもしくはPET-RECISTの規定に沿った総計5ヶ以下の個別の転移巣と定義した。層別化因子には、OP巣の個数(1ケ vs 2-5ケ)、前治療の内容(免疫チェックポイント阻害薬 vs その他)、原発巣(非小細胞肺がん vs 乳がん)、原発巣の性質(ドライバー遺伝子変異の有無やホルモンレセプターの発現状態)を規定した。対象患者は、OP巣に対する定位放射線治療+標準治療(SBRT+SOC)群と標準治療(SOC)群に、1:1の割合で無作為に割り付けられた。どのような標準治療を適用するかは、担当医に一任された。主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)とした。ランダム化第II相試験デザインを適用し、片側検定としてαエラー=0.05、検出力=0.08に設定、目標患者数は160人とした。PFSは片側層別化ログランク検定を用いて比較した。中間解析を1回設けた。

結果:
 2019年1月から2021年5月にかけて、102人の患者を集積した。58人は非小細胞肺がん患者(30人がSBRT+SOC群、28人がSOC群)、44人は乳がん患者(22人がSBRT+SOC群、22人がSOC群)だった。年齢中央値は67歳、ほとんどの患者(75%)は2ケ以上のOP巣を有し、47%の患者はOP巣も含めて6ケ以上の転移巣を有していた。55人(54%)の患者は免疫チェックポイント阻害薬治療歴があった。非小細胞肺がん患者のほとんど(86%)はドライバー遺伝子変異がなく、乳がん患者の32%はいわゆるトリプル・ネガティブ(ER,PgR,HER2発現なし)だった。背景因子は両治療群間でバランスがとれていた。観察期間中央値51週の時点で、71人の患者で病勢進行を認め、30人の患者は死亡していた。PFS中央値はSBRT+SOC群で22週、SOC群で10週だった(p=0.005)で、SBRT+SOC群で有意に延長していた。この結果は、非小細胞肺がん患者における成績に起因していた(SBRT+SOC群で44週、SOC群で9週、p=0.004)。乳がんでは、PFS中央値はSBRT+SOC群で18週、SOC群で17週、p=0.5と両群間に有意差を認めなかった。前述の層別化因子を含め、コックス比例ハザードモデルを用いた多変数解析を行ったところ、非小細胞肺がんサブグループは独立した予後良好因子だった(ハザード比0.38、95%信頼区間0.18-0.77、p=0.007)。Grade2以上の有害事象はSBRT+SOC群のうち8人に認め、うち1人はGrade 3の肺臓炎だった。

結論:
 今回の中間解析において、OP巣に対する定位放射線照射が全体集団のPFSを改善することが示された。非小細胞肺がん集団ではPFSが延長する一方で乳がん集団ではそうした現象は見られず、さらなる解析が必要と考えられた。


  

2021年11月13日

そろりと面会制限の限定解除

 新型コロナウイルスのパンデミックに絡む規制の緩和が、新たな段階に入った。
 米国では、国外からの渡航者を条件付きで受け入れ始めた。
 我が国も、入国者の待機期間を3日間へと大幅に短縮した。
 また、 「実証実験」という名を借りて、イベント、外食、往来の規制が緩められつつある。

 国民の70%以上が2回のワクチン接種を終えたいま、我々も歩調を合わせなければならない。
 入院患者と県外のご家族が面会できなくなってから、既に1年半は経過した。
 家族に会えないことによる高齢患者の認知機能低下は覆うべくもない。
 また、家族に看取られずに亡くなっていった患者のなんと切ないことか。

 重症脳梗塞とがん性胸膜炎を伴う進行肺がんが同時に露見した患者を入院担当している。
 脳梗塞後遺症により全介助状態、終日臥床状態でPS4、転院後みるみるうちに胸水が増えて、わずかな期間で片肺がつぶれてしまった。
 とても厳しい病態で、当初は侵襲的な胸腔ドレナージも行わず、自然経過で看取る方針となっていた。
 しかし、いよいよこのままでは生命予後は週単位か、という段階になり、一度は胸水コントロールを試みてほしい、との要望があった。
 それではということで急ぎ取り組んだ際に書いたのが、以下の記事である。

・悪性胸水に対しOK-432(ピシバニール)を用いた胸膜癒着術
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e994272.html

 幸いピシバニールはよく効いて、この記事の数日後には胸水の排液が止まり、ドレーンを抜去することができた。
 胸水が制御できたことで、脱水や電解質バランス異常も是正され、現在は経管栄養のみで安定した病状にある。

 病状が安定した一方で、一つ困ったことが持ち上がった。
 本来の入院目的である脳梗塞に対するリハビリを前に進めるか、そのために個室管理を解除するか、という問題である。
 離床を促進する上でも、様々な環境に連れ出して高次脳機能を刺激する上でも、個室管理解除は欠かせない。
 一方、個室管理下にある重症患者だからという前提で特別に許可を得ていた近隣在住家族の面会も、個室管理を解除すると継続できなくなる。

 さあどうするか、ということで奥さまに電話をしたところ、
 「先日から、たまたま息子が関東から帰省しているんです」
 「父を丁寧に見てくださっている先生に、お目にかかって一言お礼を申し上げたいと話しています」
 「お時間を作っていただけないでしょうか」
とのこと。
 
 この患者・家族のことだけでなく、2020年初頭からの様々な出来事が脳裏を去来した。
 この機を逃したら、息子さんはもう本人に会えないかもしれない。
 息子さんを含め、ご家族みなさん新型コロナウイルスワクチン接種済み、健康状態良好とのこと。
 感染対策委員、病棟師長に相談し、条件付きで本人に面会して頂き、ベッドサイドで病状説明を行うことにした。

 病状経過は電話で話すなり、書面で伝えるなりすればおおよそは掴める。
 患者の外観は、スマートフォン動画を使えばなんとなくわかる。
 でも、息遣いを聞き、体温を肌で感じ、限りあるにせよ言葉を交わして、初めてわかることがある。
 息子さんは涙をにじませて感謝してくださった。
 こういう場で、壮年の男性の涙に触れた記憶は辿れない。
 思わずもらい泣きしそうになってしまった。

 いろいろと話し合い、個室管理は折を見て解除し、できる限りベッドから離れて生活できるようにして、人や自然に触れられるように努力することになった。
 道のりは長いが、頑張れば来年の桜を家族で眺められるかもしれない。

 この患者のみならず、遠方にお住いの家族と会わせてあげたい患者さんはたくさんいる。
 幸い、今週末から近隣在住者の面会制限、県外在住者の面会制限、いずれも一部制限付きで許可される見通しとのこと。
 2回のワクチン接種を終えて2週間以上経過している、健康状態に問題がないなど、面会者に一定の条件が付されるが、なんにせよ一歩前進であり、大変喜ばしい。  

Posted by tak at 06:00Comments(4)その他

2021年11月12日

第III相CONFIRM、第II相MERITほか・・・中皮腫再燃に対するニボルマブ単剤療法

 ちょっと調べるだけのつもりだったのが、再燃悪性胸膜中皮腫に対するニボルマブ単剤療法の臨床試験を網羅する羽目になってしまった・・・。

 現在、悪性胸膜中皮腫の長期生存患者になんとか自宅で年末年始を過ごしてもらおうと思って、策を練っている。
 既にニボルマブ単剤療法も病勢進行でやり終えて、現在は支持療法として不定期に胸水ドレナージのみをしているが、診断確定からもう13年が経過した。
 PSは3.8、認知機能低下のため昨日話したことも覚えていないが、食事は自力で摂取するし、排泄は必ずトイレでする。
 1-2カ月に1度は2.5-3.5Lの胸水を排除しなければならないのだが、それで長期生存できるのなら悪くない。

 さて、再燃悪性胸膜中皮腫に対するニボルマブ単剤療法の効果。
 今回の第III相CONFIRM試験を含めた海外の臨床試験と、我が国の第II相MERIT試験を比べてみる。
 海外臨床試験では、無増悪生存期間中央値は2.5-3ヶ月程度、全生存期間中央値は10-11ヶ月というのが相場で、再現性がある。
 我が国の第II相MERIT試験のデータでは、無増悪生存期間中央値は6.1ヶ月、全生存期間中央値は17.3ヶ月である。
 サンプルサイズの少ない第II相臨床試験でたまたま良い結果が出たのでは、と言われるとそれまでだが、いま担当している患者を見る限り、日本人悪性胸膜中皮腫患者における本治療は有望であるように感じられる。
 というか、そのように信じたい。



Nivolumab versus placebo in patients with relapsed malignant mesothelioma (CONFIRM): a multicentre, double-blind, randomised, phase 3 trial

Dean A Fennell et al.
Lancet Oncol. VOLUME 22, ISSUE 11, P1530-1540, NOVEMBER 01, 2021
DOI:https://doi.org/10.1016/S1470-2045(21)00471-X

背景:
 プラチナ併用化学療法後に病勢進行した胸膜/腹膜悪性中皮腫の患者に対し、生命予後改善を達成した第III相臨床試験はこれまでのところ存在しない。今回のCONFIRM試験の目的は、抗PD-1抗体であるニボルマブの、こうした患者に対する効果と安全性を評価することだった。

方法:
 本試験は多施設共同、プラセボ対照、二重盲検無作為化第III相臨床試験で、英国内の24か所の病院で実施された。18歳以上の成人、ECOG-PSは0もしくは1、組織学的に胸膜/腹膜中皮腫と確認され、一次治療としてプラチナ併用化学療法を受けたものの放射線がオズ診断で病勢進行と判定された患者を対象とした。対象者はニボルマブ240mgを2週間ごと、30分で投与される群(N群)とプラセボを同様に投与される群(P群)に2:1の割合で無作為に割り付けられた。プロトコール治療は病勢進行に至るか、治療開始から12ヶ月経過するまで継続された。割り付け調整因子は組織型(上皮型 / 非上皮型)とした。対象患者も担当医も、割り付け内容については知らされなかった。主要評価項目は担当医評価による無増悪生存期間と全生存期間とし、intention-to-treatと同等の解析を行った。無作為割り付けされた患者は全員安全性解析の対象とされ、割り付けられた治療群ごとに取りまとめた。

結果:
 2017年5月10日から2020年3月30日までに、332人の患者が集積され、そのうち221人(67%)がN群に、111人(33%)がP群に割り付けられた。追跡期間中央値は11.6ヶ月(四分位間は7.2-16.8)だった。無増悪生存期間中央値はN群で3.0ヶ月(95%信頼区間2.8-4.1)、P群で1.8ヶ月(95%信頼区間1.4-2.6)、ハザード比0.67(95%信頼区間0.53-0.85)、p=0.0012と有意にN群で優れていた。1年無増悪生存割合はN群で14.2%(95%信頼区間9.9-19.3)、P群で7.2%(95%信頼区間3.1-13.8)だった。全生存期間中央値はN群で10.2ヶ月(95%信頼区間8.5-12.1)、P群で6.9ヶ月(95%信頼区間5.0-8.0)、ハザード比0.69(95%信頼区間0.52-0.91)、p=0.0090とこちらも有意にN群で優れていた。1年生存割合はN群で43.4%(95%信頼区間36.3-50.4)、P群で30.1%(95%信頼区間21.0-39.6)だった。奏効割合はN群で11%(25/221)、P群で1%(1/111)だった。Grade 3以上の治療関連有害事象のうち主なものは下痢(N群221人中6人(3%)、P群111人中2人(2%)だった。また、インフュージョンリアクションは、N群で6人(3%)認められる一方で、P群には認められなかった。重篤な有害事象はN群のうち90人(41%)、P群のうち49人(44%)だった。両群ともに、治療関連死は認めなかった。

結語:
 一次治療後に進行した悪性胸膜中皮腫の患者に対し、ニボルマブが有益かもしれない。




Clinical Efficacy and Safety of Nivolumab: Results of a Multicenter, Open-label, Single-arm, Japanese Phase II study in Malignant Pleural Mesothelioma (MERIT)

Morihito Okada et al.
Clin Cancer Res. 2019 Sep 15;25(18):5485-5492.
doi: 10.1158/1078-0432.CCR-19-0103.

目的:
 悪性胸膜中皮腫は稀で悪性度の高い生命予後不良の疾患である。標準的な初回治療で効果がなかった悪性胸膜中皮腫の患者に対しては、その後には限られた治療選択肢しかない。今回は、進行悪性胸膜中皮腫に対し、免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブの有効性と安全性を検討することを目的とした。

方法:
 2レジメン以下の化学療法施行後に耐性化、あるいは毒性により継続不能となり、かつ1ヶ所以上の測定可能病変を有する切除不能進行悪性胸膜中皮腫日本人患者を対象とした。ニボルマブ240mgを2週間ごとに投与し、病勢進行あるいは忍容不能の毒性に見舞われるまで治療を継続した。主要評価項目はmodified RECIST基準に沿った、中央判定による奏効割合とした。併せて有害事象も評価した。

結果:
 2016年7月から10月までに34人の適格患者が集積された。追跡期間中央値は16.8ヶ月(1.8-20.2)だった。10人(29%、95%信頼区間16.8-46.2%)の患者が奏効と判定された。組織型別の奏効割合は、上皮型で26%(27人中7人)、肉腫型で67%(3人中2人)、混合型で25%(4人中1人)だった。肉腫型/混合型では7人中6人で腫瘍縮小を認め、1人でわずかな腫瘍増大しか認めなかったため、この患者集団における病勢コントロール割合は100%だった。奏効持続期間中央値は11.1ヶ月(95%信頼区間3.5-16.2)、病勢コントロール割合は68%(95%信頼区間50.8-80.9)だった。生存期間中央値は17.3ヶ月(95%信頼区間11.5-未到達)、無増悪生存期間中央値は6.1ヶ月(95%信頼区間2.9-9.9)だった。6ヶ月生存割合85%(95%信頼区間68.2-93.6)、12ヶ月生存割合59%(95%信頼区間40.6-73.2)、6ヶ月無増悪生存割合52%(95%信頼区間33.5-66.9)、12ヶ月無増悪生存割合32%(95%信頼区間16.4-47.9)だった。PD-L1発現≧1%の患者における奏効割合は40%で、同<1%の患者における奏効割合は8%だった。32人(94%)の患者で有害事象を認め、うち26人(76%)は治療関連有害事象と判定された。

結論:
 悪性胸膜中皮腫の二次治療もしくは三次治療において、ニボルマブは主要評価項目を満たし、有望な効果と安全性を示した。




Nivolumab or nivolumab plus ipilimumab in patients with relapsed malignant pleural mesothelioma (IFCT-1501 MAPS2): a multicentre, open-label, randomised, non-comparative, phase 2 trial

Arnaud Scherpereel et al.
Lancet Oncol VOLUME 20, ISSUE 2, P239-253, FEBRUARY 01, 2019
DOI:https://doi.org/10.1016/S1470-2045(18)30765-4

背景:
 プラチナ製剤+ペメトレキセド併用初回化学療法後に病勢進行に至った悪性胸膜中皮腫に対し、推奨される治療はない。過去に報告された二次治療に関する臨床試験では、病勢コントロール割合はいずれも30%を下回っていた。こうした患者において、抗PD-L1モノクローナル抗体が有効であることを示唆する報告がなされている。そのため、今回は悪性胸膜中皮腫の患者を対象に、抗PD-1抗体単剤、あるいは抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体併用療法の有効性、安全性を評価することにした。

方法:
 今回の多施設共同、オープンラベル、第II相臨床試験はフランス国内の21の病院で施行された。18歳以上、ECOG-PS 0-1、組織学的に悪性胸膜中皮腫と診断され、プラチナ製剤+ペメトレキセド併用化学療法を一次治療あるいは二次治療で施行済みで、CTでの測定可能病変を有し、12週間以上の生存を期待できる患者を対象とした。対象患者はN群(ニボルマブ3mg/kgを2週間ごとに投与)あるいはNI群(ニボルマブ3mg/kgを2週間ごと、イピリムマブ1mg/kgを6週間ごとに投与)へ1:1の割合で無作為割り付けされた。プロトコール治療は、病勢進行が確認されるか、忍容不能の毒性が出現するまで継続された。割り付け調整因子は組織型(上皮型 / 非上皮型)、過去の治療レジメン数(1レジメン / 2レジメン)、過去の化学療法に対する反応性(ペメトレキセド投与から病勢進行に至るまでの期間が3ヶ月以上 / 3ヶ月未満)とした。主要評価項目は、中央判定による12週間時点での病勢コントロール割合とし、閾値を40%に設定、当初108人を集積した時点で評価することにした。効果判定はintention-to-treat解析で行い、安全性評価はプロトコール治療を受けた全ての患者を対象として行った。

結果:
 2016年3月24日から8月25日までの期間に、125人の適格患者が集積され、N群に63人、NI群に62人が割り付けられた。当初108人の適格患者において、12週病勢コントロール割合はN群で54人中24人(44%、95%信頼区間31-58)、NI群で54人中27人(50%、95%信頼区間37-63)だった。全体集団のintention-to-treat解析において、12週病勢コントロール割合はN群で63人中25人(40%、95%信頼区間28-52)、NI群で62人中32人(52%、95%信頼区間39-64)だった。N群63人中9人(14%)、NI群61人中16人(26%)でGrade 3-4の有害事象を認めた。頻度の高かった有害事象は、筋力低下(N群で1人、NI群で3人)、ASTもしくはALT高値(NI群で計8人)、リパーゼ高値(N群で2人、NI群で1人)だった。治療関連死はNI群で3人(劇症肝炎1人、脳炎1人、急性腎障害1人)認めた。

結論:
 抗PD-1抗体ニボルマブ単剤療法、もしくはニボルマブ+抗CTLA4抗体イピリムマブ併用療法は、再燃悪性胸膜中皮腫患者に対して有望な効果を示し、予測不能な毒性は認めなかった。より大規模な臨床試験で検証する必要がある。 




Programmed Death 1 Blockade With Nivolumab in Patients With Recurrent Malignant Pleural Mesothelioma

Josine Quispel-Janssen et al.
J Thorac Oncol. 2018 Oct;13(10):1569-1576.
doi: 10.1016/j.jtho.2018.05.038. Epub 2018 Jun 14.

背景:
 悪性胸膜中皮腫は、治療選択肢が限られており、予後不良の疾患である。PD-1 / PD-L1免疫チェックポイント阻害薬はいくつかのがん種において効果を示してきた。ニボルマブは完全ヒト型抗PD-1モノクローナル抗体で、良好な毒性プロファイルを有する。悪性胸膜中皮腫においては、免疫系が重要な役割を持っていると目されている。そのため、再燃悪性胸膜中皮腫患者を対象に、ニボルマブの有効性と安全性を評価することにした。

方法:
 今回の単施設臨床試験では、悪性胸膜中皮腫患者を対象として患者体重1kgあたり3mgのニボルマブを2週間ごとに投与した。主要評価項目は12週時点での病勢コントロール割合とした。治療反応性に関するバイオマーカーについて評価するために、治療開始前、あるいは治療中に生検を行った。 

結果:
 34人の患者が集積され、治療開始から12週時点で8人(24%、95%信頼区間11-42)の患者で部分奏効を確認した。また、病勢安定と判定された他の8人を含めると、12週時点での病勢コントロール割合は47%(95%信頼区間30-65)となった。18週経過時点で部分奏効と判定された患者が1人いて、結果として奏効割合は26%だった。奏効持続期間中央値は7.0ヶ月(95%信頼区間3.0-未到達)だった。病勢安定と判定された患者のうち4人では、6ヶ月以上にわたって腫瘍の増大を認めなかった。無増悪生存期間中央値は2.6ヶ月(95%信頼区間2.23-5.49)、生存期間中央値は11.8ヶ月(95%信頼区間9.7-15.7)だった。6ヶ月無再発生存割合は29%(95%信頼区間18-50)、6ヶ月生存割合は74%(95%信頼区間60-90)、12ヶ月生存割合は50%(95%信頼区間36-70)だった。治療関連有害事象は26人(76%)で認められ、全身倦怠感(29%)や掻痒(15%)の頻度が高かった。Grade 3 / 4の治療関連有害事象は9人(26%)で認め、肺臓炎、胃腸障害、血液検査データ異常の頻度が高かった。肺臓炎による治療関連死が1人発生したが、同時に行ったアミオダロン投与が契機になっていると考えられた。9人(27%)の腫瘍組織サンプルでPD-L1発現を認めたが、治療効果との相関はなかった。

結論:
 ニボルマブ単剤療法は既治療悪性胸膜中皮腫に対して意義のある治療効果を示すとともに、毒性は管理可能だった。今回対象とした患者集団においては、PD-L1発現は治療効果予測因子とはならなかった。
  

2021年11月11日

診断がつかないことの喜び

 われわれ医師の仕事というのは不思議なもので、成果が得られずにかえって感謝されたり、安堵されたりすることがある。

 肺がんを疑う臨床経過はいろいろとあるのだが、代表的なもののひとつに、「なかなか治らない肺炎」がある。
 症状、血液検査所見、レントゲン・CT所見を見ると明らかに肺炎なのに、よく見るとリンパ節が腫れている。
 抗生物質を使って治療するが、なかなか症状が改善しない。
 症状や血液検査所見が改善しても、レントゲン・CTの所見が改善しない。
 こうしたときに、呼吸器内科医の頭の中では警報音が絶えず鳴り続ける。
 警報音に我慢できなくなったら、患者に精査を勧めることになる。

 よくあるパターンは、主要気管支の内部にできた腫瘤により、その先の肺に閉塞性肺炎や無気肺を起こしたときである。
 私が若いころ、上司からは以下のように指導された。
 「治りの悪い肺炎を見かけたら、必ず一度は気管支鏡検査をしておきなさい」
 確かにその通りで、この指導のおかげで助けられたことが何度もある。
 もっとも、最近はCT検査の精度が向上したため、主要気管支内部の腫瘤はある程度CTで検出可能なので、20年前よりは上記金言のご利益は下がっているかもしれない。

 ちょっと主題から外れるが、この上司についてはこんな逸話がある。
 上司はもともと地方都市で所属大学の関連病院に勤めていたのだが、尊敬する師から呼び寄せられて、関連病院の中では最も遠方、県外のある町の結核療養所に赴任した。
 その「師」はのちに血液疾患に罹患して退職し、やがて鬼籍に入るのだが、上司はその薫陶を継承した。
 この結核療養所で上司とともに働いたのはわずか1年間だったが、入院・外来ともに夥しい数の患者を担当しておられ、その中にはほかに引受先もないような難しい患者も多数含まれているうえに、私が赴任した当時は養護施設内部で集団発生した結核患者の対応に追われていた。
 私も1-2人はそうした集団発生の患者を担当したのだが、それはそれは大変だった。
 飄々と業務をこなす上司を見て、よくこういう働き方ができるものだと舌を巻いたものだ。
 この病院を去る1-2か月前、上司に呼ばれてカンファレンスルームに赴いたところ、そこには大量のレントゲン写真があった。
 「どうしたんですか?このレントゲン写真は?」
と伺うと、
 「これはね、○○先生から私が引き継いだものなんだよ」
 「代表的な呼吸器疾患とそのレントゲン、一部はCTのフィルムが、疾患ごとにファイルされている」
 「きみももうすぐこの病院から異動するから、知識だけでも共有して、できることならきみの後進にも伝えてもらおうと思ってね」
とのこと。
 当時、私は所属大学から郷里の大学に転籍することが決まっていたのだが、いわば自分の仲間うちではなくなる若手に対して、多忙な業務の合間を縫って師と自らの知識と経験を私に伝えようとしてくださったわけである。
 そのご厚情には、いま思い出しても涙がにじむ。
 どんなに教科書を読んでも、ネット情報を網羅しても、こうした生の経験の伝承・口承には代えがたい。
 古臭いと言われるかもしれないが、われわれの業界にもこうした徒弟制度の義理人情が、確かに存在した。
 私はもはや若手医師を指導する立場ではなくなったが、果たしてどれだけ上司のご厚情に応えられただろうか・・・。

 話を元に戻す。
 先だって、こんなことがあった。
 生活習慣病の管理のため、内科を定期受診していた患者。
 このところ呼吸器症状が続くということでレントゲン、CTを撮影したところ、左肺に広範な肺炎像を認めた。
 新型コロナウイルス感染かもしれない、肺炎で入院が必要かもしれないということで、私に相談があった。
 診察してみると、本人は単なる風邪くらいに考えていて、全く重症感がない。
 重症感がない患者の広範な肺炎像、ご丁寧に周辺の縦隔リンパ節まで腫れているということで、早速私の頭の中では警報音が鳴り響き始めた。
 血液検査をしても一般感冒程度の炎症所見しかない。
 型のごとく新型コロナウイルスPCR検査を行った上で、結果が出るまで内服治療で自宅待機するように指示した。
 結局PCR検査は陰性で、そのまま肺炎として外来内服治療を継続することになった。
 
 その後、約10日間の外来治療で血液検査上の炎症所見は改善した。
 しかし、呼吸器症状はそのまま続き、レントゲンの所見は全くと言っていいほど改善しない。
 あれこれ思いを巡らせていると、患者がこのように話すのだ。
 「妻は膠原病を患っていたが、原発性肺がんを合併して、数年前に他界した」
 「今は男やもめの一人暮らし、自分なりに食生活その他に気をつけながら猫と一緒に暮らしている」
 「たばこは若いころから今日に至るまで、ずっと吸い続けている」
 「まさか肺がんということはないですよね」
 ・・・いやいや、あり得ます。

 後日ご家族とともに来院いただき、あれこれと相談したうえで、原因検索のために気管支鏡をしよう、ということになった。
 当院では、経気管支肺生検は原則入院で行っています、とお伝えすると、愛猫はご家族があずかってくださるとのこと。
 それでは、ということで気管支鏡検査を行った。

 結核菌塗抹検査陰性、ブラシ細胞診陰性、気管支洗浄細胞診陰性。
 結果説明予定日の前日になっても生検病理診断報告書が返ってこず、やきもきする。
 ようやく当日になって確認できた報告書には、「肺炎です」。
 肺胞の破壊、好中球や肺胞マクロファージの増生、未熟な線維化所見はあるものの、悪性を示唆する所見はないとのこと。
 果たして、説明当日に撮影した胸部レントゲン写真では、肺炎像の範囲は変わらないものの濃度は若干薄くなっており、内部の血管・気管支陰影が透見できるようになっていた。

 「すみません、私がいろいろ騒いで、合併症のリスクを冒してまで精密検査させていただいたのですが、結果は「肺炎」でした」
 「肺炎は病状が改善しても、影が消える、ないしは跡形になって落ち着くまでにかなり時間がかかることもあるんです」
 「落ち着くまで、私が責任もって定期診療させていただきます」
と平謝りである。

 しかし、冒頭に記したように、こんな時は叱責されるよりは感謝されたり、安堵されることがほとんどである。
 「ほらね、私ァ最初からがんじゃないと思う、って言ったじゃん」
と患者はドヤ顔。
 ご家族は、
 「あー、本当によかった!」
 「安心できました!」
 「ありがとうございました!」
と安堵と感謝しきりである。
 私はと言えば、お決まりのように、
 「考えようによっては、きちんと精密検査をし、本日のレントゲンで若干の所見改善も確認できたので、ここから先は気持ちの余裕をもって経過観察することができます」
 「肺炎の経過としては非典型的で、天国の奥さんが体に気をつけなさいよ、とメッセージを発しているのかもしれません」
 「長く喫煙されていることもあり、私も十分観察したつもりですが、のどや声門に喉頭がんの所見がないか、一度耳鼻咽喉科にも相談しておくと万全でしょう」
 「今後のあなたの人生のため、お子さんを安心させるために、この機会に禁煙していただけたら、私も大騒ぎをした甲斐があったと思えます」
とお伝えした。

 結果説明終了後、それではまた次回レントゲン・CT撮影時に、と送り出したところ、患者本人から、
 「肺炎の影が消えても、その後の診察は引き続き先生にお願いするわ」
とのこと。
 なにが患者の信頼につながるか、わからないものである。  

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2021年11月10日

免疫チェックポイント阻害薬と自己免疫疾患発症

 先だって、別府市内のひょうたん温泉がテレビ番組で特集されていた。
 お客さん、従業員、さまざまな人間模様が紹介されていて、思わず見入ってしまった。
 お互い膠原病(自己免疫疾患)の療養目的で入湯に来て知り合い、その後もときどき一緒に来ている、という20代ないし30代の女性二人連れも含まれていた。
 どの温泉にも掲示されている「効果・効能表」に、よく「関節リウマチ」と書かれていて眉唾のように感じていたが、当事者からすると実際に効果を実感するらしいので侮れない。

 免疫チェックポイント阻害薬を使っていると、甲状腺機能低下ないしは亢進にはしばしば、下垂体機能低下にはまれに遭遇する。
 しかし、関節リウマチ、多発性筋炎、皮膚筋炎、強皮症、全身性エリテマトーデス等の膠原病(自己免疫疾患)合併にはとんと遭遇しない。
 せいぜい関節炎症状を訴える患者を見たくらいである。
 免疫チェックポイントのメカニズムを初めて聞いたとき、膠原病をはじめとした自己免疫疾患の発症機序解明にも役立つかもしれないと短絡的に考えたが、実際のところ膠原病発症にはあまり関与していないのだろうか。  

2021年11月09日

セルペルカチニブと過敏症

 このところ、間もなく薬価収載され、実臨床に導入されると見込まれるセルペルカチニブのウェブセミナーが繰り返し開催されている。
 オンコマインDxTTでの検出が必須で、かつ非扁平上皮非小細胞肺がんにおける出現頻度はわずか2%のがんである。
 それだけに、なんとか諦めずに見つけてね、見つけたらきちんと使ってね、というメッセージが込められているように感じる。

 セミナーを見ていると、「過敏症(hypersensitive reaction)」というカテゴリーの有害事象が繰り返し取り上げられている。
 過敏症というと、一般の感覚からすると「アレルギー」「アナフィラキシー」といった状況を連想する。
 われわれ臨床医は、抗体医薬をはじめとした薬物を使用したときの即時反応(結局アナフィラキシーとかインフュージョンリアクションのことだが)を思い浮かべる。
 しかし、セルペルカチニブにおける過敏症という概念は、これらとはちょっと違うらしい。
 演者の言葉を借りれば、
 「なかなかこれまでの分子標的薬で、こうした用語は出てこなかった」
 「こういうものが全体の5.2-11.7%くらいにでてくるので、注目すべき」
 「過敏症関連事象と表現されている一方で、アナフィラキシーなどの重篤な過敏症を除くと但し書きされており、分かりにくい」
 「こうした有害事象が起こりうる、ということを頭に入れておかないと診断自体が難しく、治療調整につなげにくい」
とのこと。
 いまのところ、本件についてまとめられたネット上の記事が乏しかったので、まとめておく。
 治療上のポイントは休薬とステロイド開始だが、ステロイドの使い方に決まったものはないらしい。
 これも演者のコメントを借りれば、患者体重1kg当たり0.5mgくらいの開始量で、経過を見ながら5-10mgずつ減量がいいのではないか、と提案されていた。

<セルペルカチニブによる過敏症の特徴>
・原因は不明
・皮膚症状(斑状丘疹)が主体
・関節痛や筋肉痛を伴う発熱から始まることが多い
・肝機能障害、血小板減少を伴う
・これら個別の有害事象が重なってきたときに過敏症と診断できるが、それと気づくまで診断自体が難しい
・ときに口内炎、下痢、末梢神経障害、筋痙攣
・まれに血圧低下・頻脈・血中クレアチニン値増加を伴う
・治療開始から過敏症出現までの期間中央値は1.9週(範囲は0.9-77)
・過敏症が現れたら、まずは回復するまで休薬
・休薬だけで改善しなければステロイド(プレドニゾロン)内服開始
・その他の対症療法
・ステロイドを開始すると48時間程度で速やかに症状改善
・症状がおさまったら、ステロイドを併用しながらセルペルカチニブ40mg/回、1日2回に減量して再開
(通常の用量は160mg/回、1日2回)
・再開後に7日間以上過敏症症状が再発しないときは、80mg/回、120mg/回、160mg/回と1段階ずつ過敏症発現時の用量まで増やせる
・増量完了後に7日以上過敏症症状が再発しないときは、ステロイドを漸減する
・免疫チェックポイント阻害薬による前治療歴があると過敏症が出現しやすい(11.2-18.8% vs 1.8-2.8%)
   

2021年11月08日

血液脳関門とがん薬物療法

 先日、本来分子量が大きく脳血液関門を通過できないはずの免疫チェックポイント阻害薬が、中枢神経系で効果を及ぼす背景は何だろうと書き残したところ、以下のような趣旨のコメントを頂いた。

・脳転移巣は造影MRIや造影CTで描出される
・造影剤で描出されるということは、高分子である造影剤が脳転移巣に到達しているということ
・脳転移巣における血液脳関門は破綻しており、高分子化合物も到達可能と考えられる

 なるほど、一理ある。

 血液脳関門については、脳転移巣に対する薬物療法の効果を語るときに必ずと言っていいほど話題に上る。
 話題に上るというか、薬物療法の効果が乏しいことのいいわけにされる。
 一方で私自身、血液脳関門の細かいメカニズムはほとんど知らない。
 安直ではあるが、以下のwikipediaのリンクを読んでみた。
 かなり詳細に記載されていたので、概略をつかむにとどめた。
 以下、目を引いた記述を抜粋する。

・ウィキペディアフリー百科事典 血液脳関門
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E8%84%B3%E9%96%A2%E9%96%80

・血液脳関門は、血液と脳(そして脊髄を含む中枢神経系)の組織液との間の物質交換を制限する機構
・これは実質的に「血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構」=血液脳脊髄液関門 (blood-CSF barrier, BCSFB) でもある
・血液脳関門は、全身に運ぶ必要があるホルモンなどの物質を分泌しする脳室周囲器官(松果体、脳下垂体、最後野など)には存在しない
・血液脳関門は2種類の膜(基底膜、グリア限界膜)と3種類の細胞(内皮細胞、周皮細胞、星状膠細胞)から構成される
・神経組織維持のために必要な糖質、アミノ酸、脂質などを、それぞれ特異的なトランスポーターによって選択的に透過させる
・神経伝達に適した環境を維持するため、プロトン、カリウムなどのイオンチャネル・トランスポーターで制御している
・各神経伝達物質は、それぞれ特異的な SLC トランスポーターで脳実質から血流側に排出している
・神経組織への障害性がある血中のアルブミンや凝血成分は、流入を制限している
・低分子の有機化合物は、薬物排出トランスポーターとしてよく知られている ABCトランスポーターで脳実質から排出することによって、神経組織を保護している
・血液脳関門を構成する脳毛細血管は脳内を網目状に巡っていることから、血液脳関門を透過した薬物は脳神経細胞に到達しやすい
・多くの脳腫瘍、特に悪性のものは血液脳関門をほとんど有さない毛細血管が認められる
・この毛細血管は特に透過性が高く、正常の血液脳関門のような特別な輸送形態をとっていない
・異常な透過性により、一般に脳腫瘍では血管性浮腫が認められる

 病巣周囲の浮腫性変化を伴う脳転移巣には薬物がよく到達しそうな記述だが、そうした患者はたいてい中枢神経症状が顕著に現れPSが低下しており、実際にはがん薬物療法を適用しにくいことが悩ましい。
 がん病巣と正常組織の血管透過性の差を広げるとされる血管増殖因子阻害薬を併用する、というコンセプトはあっていいだろう。

 血液脳関門を克服するドラッグ・デリバリー・システムについて様々研究が進められていることも後半に書かれている。
 とはいえ、これらが実臨床で日の目を見るまでにはまだ時間がかかりそうな印象を受ける。
   

2021年11月03日

根治切除術直後の非小細胞肺がん患者に、バイオマーカー解析をするべきか

 患者のことを考えれば、根治切除後できるだけ早い段階でバイオマーカー検索を行っておくのが望ましい。

 肺がん領域のみならず、バイオマーカー解析の話題はにぎにぎしい。
 対象となるバイオマーカーが増えて、それぞれに異なる検査手法があり、その中にはコンパニオン診断として認められたものとそうでないものがある。
 最近では、ひとつの検査で複数のバイオマーカーを調べられるものも出てきている。
 加えて、技術的にはどちらの検査でも調べられるバイオマーカーでありながらも、検査Aはコンパニオン診断として認められており、検査Bは認められていない、といったことが発生している。
 さらには、各検査手法により必要な検体も異なれば、期待される精度も異なる。
 もっと言えば、各検査にかかるお金が高額なうえ、がんゲノムプロファイリング検査ともなれば限られた施設でしかできないため、実施にあたってのハードルが高くなっている。
 結果として、一部のマニアックな研究者、臨床家を除いて、バイオマーカー検索は極めて扱いにくい診療となっており、稀なバイオマーカーほどより一層発見されにくい土壌になっている気がする。
 たいていの内科臨床医はEGFR遺伝子変異検索とALK免疫染色で満足して、生検組織が大きければOncomine DxTTまで、加えて22C3抗体でPD-L1検索も、といった感じでバイオマーカー検索を行っているのではないだろうか。
 これだけでも、相当量の生検検体が必要だろう。

 そうした状況であればこそ、せめて外科的切除ができた患者だけでも、切除した病巣が経年劣化しないうちに、早めに網羅的なバイオマーカー解析をしておいた方がいいのではないか、というのが私の考えである。
 不幸にして術後再発した際、病巣が生検可能な部位になく、切除病巣は経年劣化のためバイオマーカー検索に不適で、頼みの綱は液性検体での検索のみ、というのはどうにもいただけない。

 一歩進んで、バイオマーカー検索目的の外科的肺生検、という考え方もあっていいのではないか。
 ADAURA試験やIMpower010試験の結果を受けて、少なくともEGFR遺伝子変異やPD-L1発現状態は切除した病巣を用いてルーチンで調べることになるだろう。
 PD-L1発現状態を確認するにあたり使用する免疫染色用モノクローナル抗体のクローンも、内科では使用頻度の多いペンブロリズマブを想定して22C3抗体を、外科では術後補助療法にアテゾリズマブを使用することを想定してSP263抗体を好んで指定する、ということになるかもしれない。
 


  

2021年11月02日

ラムシルマブ+ドセタキセル併用療法と胸水・腹水貯留

 進行非小細胞肺がんに対する治療をしていて、新たに胸水や腹水が出てきたときは、気落ちする。
 たいていの場合はがん性胸水、がん性腹水による病勢進行と考えられるから。
 とはいえ、進行非小細胞肺がんの治療中に腹水貯留で困ることは、経験上あまりない。
 それだけに、消化器がんや婦人科がん、あるいは非代償期肝硬変で腹水がパンパンにたまっている患者を見ると、呼吸器内科医としてはちょっとしたカルチャーショックだ。
 
 ラムシルマブ+ドセタキセル併用療法後、もとの病巣が縮小したまま、胸水・腹水が急速に貯留した患者の症例報告を見かけた。
 それぞれ穿刺して調べたところいずれも乳糜様であり、ラムシルマブ+ドセタキセル併用療法を中止したところ増えなくなったとのこと。
 薬物療法を完全に中断して4ヶ月経過を見るのは勇気がいるが、本治療中に他の病巣が安定しているにも関わらず胸水・腹水のみが増えるというときには鑑別に挙げる価値がある。
 とはいえ、治療変更が必要なのは変わらないが。




Simultaneous chylous ascites and chylothorax during ramucirumab plus docetaxel chemotherapy in a patient with non-small lung cell cancer

Makoto Arai et al., Int Cancer Conf J. 2019 Jul; 8(3): 114–117.
Published online 2019 Feb 25.
doi: 10.1007/s13691-019-00366-6

 今回報告する患者は、非小細胞肺がん(腺癌、cT1aN3M1b)と診断された69歳の女性である。過去に手術歴、或いは腹部外傷歴はない。診断確定後、カルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブ併用療法を4コース、続いて38コースのベバシズマブ維持療法を受けた。その後、病勢進行が確認され、ラムシルマブ+ドセタキセル併用療法を3週間ごとに行った。8コース終了時点で造影CTを撮影したところ部分奏効が確認されたが、同時にGrade 2の蛋白尿が出現した。そのため、治療間隔を3週間から4週間に引き延ばした。それから4週後、腹部膨満感と末梢浮腫が出現し、2か月間で体重が18kg増加した。そのためラムシルマブ+ドセタキセル併用療法は中止した。再度造影CTを撮影したところ、大量の両側胸水と腹水を認めたものの、中心静脈路やリンパ管の閉塞所見は認めなかった。腹水試験穿刺を行ったところ、白色、乳液状の性状を示しており、527mg/dlと高濃度の中性脂肪を含んでいた。加えて、胸水穿刺を行っても同様の白色、乳液状の性状を示した。ラムシルマブ+ドセタキセル併用療法中止後は腹水、胸水ともに増加しなかった。治療中止から4か月後の時点でも、部分奏効の状態を維持しており、腹水、胸水の増加は見られなかった。乳糜腹水、乳糜胸水はラムシルマブ+ドセタキセル併用療法が原因だったのかもしれない。
  

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2021年10月30日

肺がんCT検診の比較試験:JECS Study

 先日、勤め先に標記臨床試験の事務局から資料が届いた。
 参加施設に名を連ねませんか、とのこと。
 
 以下のリンクに詳しい情報が記載されている。
 http://jecs-study.jp/list.html
 開始されたのは2010年とのことなので、もう10年以上にわたって継続されている臨床試験らしい。
 
 「胸部CT検査を併用する検診と併用しない検診(胸部X線検査のみ)の比較試験を実施し、胸部CT検査が有効かどうかを検証します」
と謳われている。
 研究に参加する方の適格条件は、
・50歳以上70歳以下
・喫煙指数600未満(喫煙指数=1日の喫煙本数 X 喫煙年数)
・この比較試験の意義に賛同している
と、極めてシンプルである。
 参加者はCT検診群とX線検診群に振り分けられる。
 CT検診群は初回と6年後にCT検診を受け、他の年は通常の定期検診を受ける。
 X線検診群は初回にX線検診を受け、他の年は通常の定期検診を受ける。
 このままではX線検診群に割り当てられた方が同意を撤回しそうなので、X線検診群にのみ無料で内臓脂肪CT撮影を受けられる、というオマケをつけているようだ。

 胸部CT検査による肺がん死亡減少効果を示したNLST試験は、対象者が重喫煙者に限られていたため、JECS Studyはそれ以外の対象についても同様の結論が導き出せるかを検証するための試験と考えていいだろう。
  

Posted by tak at 06:00Comments(0)検査法地域医療

2021年10月29日

脳転移を有する患者集団に対しても、免疫チェックポイント阻害薬は有効なのか

 ドライバー遺伝子変異を有する非小細胞肺がん患者は、脳転移を合併しやすい一方、対応する分子標的薬が脳転移巣にも有効なことが多い。
 分子標的薬は一般に小分子化合物であるがゆえに、脳血液関門を越えて効果を及ぼしやすいということか、あるいは開発の段階で、脳血液関門を越えやすい化合物が選択されているためか。

 一方、免疫チェックポイント阻害薬は基本的にモノクローナル抗体であるがために、脳血液関門は越えにくいのではないか、したがって脳転移巣には効果を及ぼしにくいのではないか、という推測が成り立つ。
 今回取り上げた報告は、そうした疑問に正面から答えてくれるものではないが、脳転移の有無は免疫チェックポイント阻害薬の効果にはさほど影響を及ぼさない、ということは示してくれているように思う。
 そういえば、血管増殖因子阻害薬であるベバシズマブもモノクローナル抗体だが、脳腫瘍や脳転移巣にも一定の効果がある。
 モノクローナル抗体は相対的に大きな分子で、脳血液関門を通過するハードルは高い、というのが通説だと思うのだが、中枢神経系の病変にも効果を示すことの理論的背景って、どんななんだろう。



Outcomes With Pembrolizumab Monotherapy in Patients With Programmed Death-Ligand 1-Positive NSCLC With Brain Metastases: Pooled Analysis of KEYNOTE-001, 010, 024, and 042

Aaron S Mansfield et al., JTO Clin Res Rep. 2021 Jul 1;2(8):100205.
doi: 10.1016/j.jtocrr.2021.100205. eCollection 2021 Aug.

背景:
 脳転移の有無がペンブロリズマブと化学療法の有効性に関連するかどうかを調べるため、PD-L1陽性非小細胞肺がん患者における治療効果を後方視的に検討した。

方法:
 KEYNOTE-001試験、KEYNOTE-010試験、KEYNOTE-024試験、KEYNOTE-042試験を対象に、既治療、あるいは未治療のPD-L1陽性(tumor proportion score(TPS)≧1%)進行非小細胞肺がん患者のデータについて統合解析を行った。対象となった患者は、ペンブロリズマブ(2mg/kg, 10mg/kg, もしくは200mgを3週間に1度、ないしは10mg/kgを2週間に1度)を使用するか、あるいはKEYNOTE-001試験以外の試験では化学療法を受けた。全ての臨床試験において、既に治療済みで安定している脳転移巣を有する患者が含まれていた。

結果:
 3170人の患者が解析対象となった。試験登録の段階で脳転移のあった患者が293人(9.2%)、なかった患者が2877人(90.8%)だった。データカットオフ時点での追跡期間中央値は12.9ヶ月(0.1-43.7)だった。化学療法を受けた患者と比較して、ペンブロリズマブを受けた患者は脳転移のあった患者集団でもなかった患者集団でも全生存期間が延長していた。PD-L1≧50%かつ脳転移巣のあった患者におけるハザード比は0.67(95%信頼区間0.44-1.02)、PD-L1≧50%かつ脳転移巣のなかった患者におけるハザード比は0.66(95%信頼区間0.58-0.76)だった。PD-L1≧1%かつ脳転移巣のあった患者におけるハザード比は0.83(95%信頼区間0.62-1.10)、PD-L1≧1%かつ脳転移巣のなかった患者におけるハザード比は0.78(95%信頼区間0.71-0.85)だった。脳転移の有無に拠らず、ペンブロリズマブは化学療法と比較して無増悪生存期間を改善し、奏効割合を高め、奏効持続期間を延長した。治療関連有害事象は脳転移巣を有する患者集団に限ってみるとペンブロリズマブによるものが66.3%、化学療法によるものが84.4%で、脳転移巣のない患者集団ではペンブロリズマブ群で67.2%、化学療法によるものが88.3%だった。

結論:
 ペンブロリズマブ単剤療法は、化学療法と比較して治療効果良好で有害事象は少なかった。脳転移巣の有無は、治療効果とは無関係だった。


  

2021年10月21日

タルクは噴霧するのがいいのか、懸濁液を注入するのがいいのか

 タルク末を利用した胸膜癒着術、本来は胸腔鏡下にパウダーとして肺表面に散布するのが正しい方法であると、呼吸器内視鏡学会主催のセミナーで聞いたことがある。
 一方、国内で一般に行われているのは、胸腔ドレーンから懸濁液を注入することだと思う。
 懸濁液注入法は果たして妥当なのか、今回取り上げる臨床試験で検証されていた。
 結論から言えば懸濁液注入法で事足りるらしいのだが、原発巣が肺がんや乳がんの場合は胸腔鏡下で噴霧する方が治療成功率が高いようだ。


Phase III intergroup study of talc poudrage vs talc slurry sclerosis for malignant pleural effusion

Carolyn M Dresler et al., Chest. 2005 Mar;127(3):909-15.
doi: 10.1378/chest.127.3.909.

目的:
 悪性胸水に対して胸膜癒着術を行うにあたり、最適なタルクの注入法を検証すること

方法:
 確定診断済みの悪性胸水に対し、胸腔鏡下でのタルク噴霧法(TTI群)と、胸腔ドレーンからのタルク懸濁液注入法(TS群)を比較する前向き無作為化臨床試験を計画した。主要評価項目は、胸膜癒着術により90%超の肺再膨張が得られた存命患者における、レントゲン上の30日胸水無増悪割合とした。合併症、患者死亡、QoLについても評価した。

結果:
 501人の患者が登録され、適格と判断された患者をTTI群(242人)とTS群(240人)に無作為割付した。患者背景や悪性腫瘍原発巣は両治療群間で同様だった。30日胸水無増悪割合は両群同等だった(TTI群78%、TS群71%)。しかし、原発巣が肺がんもしくは乳がんの患者集団では、TS群よりもTTI群の方が胸水コントロールは良好だった。(TTI群82%、TS群67%)。頻度の高い合併症には発熱、呼吸困難、疼痛があった。治療関連死はTTI群で9人、TS群で7人認められた。呼吸器合併症を発症したのは、TTI群で14%、TS群で6%と、TTI群でより高頻度に認められた。呼吸不全はTS群の4%、TTI群の8%に認められた。そのうちTTI群で6人、TS群で5人、治療関連死にいたった。QoL評価では、TS群と比較してTTI群の方が倦怠感がよりマイルドだったが、その他には有意な差は認めなかった。

結論:
 噴霧法、懸濁液注入法、いずれも同様の有効性を認めた。肺がんや乳がんの患者においては、噴霧法の方がよいかもしれない。

  

Posted by tak at 06:00Comments(0)支持療法