2020年01月05日

歴史は勝者によって作られる・・・闇に葬られる臨床試験

 私が臨床試験の英語論文に目を通し始めた2,000年代初頭に比べると、肺がん領域の臨床試験デザインや結果報告には、かなり製薬企業の思惑が反映されるようになった気がする。
 折に触れて繰り返しているが、臨床試験の結果を学習するのは当たり前で、結果がどんな真実を物語っているのかを、雑音を排して自分なりに正しく理解、考察する能力が、実際の患者診療にあたる我々に求められている。

 「企業が資金供与していた臨床試験は、NIHが資金供与していた臨床試験(オッズ比 2.27、95%信頼区間1.31-4.00)や研究機関が資金供与していた臨床試験(オッズ比1.55、95%信頼区間1.15-2.00)よりも文献化されていない傾向が強かった」
 自分の企業の収益につながらない、もしくは収益悪化につながる臨床試験は、形式的に公表しても敢えて論文化して検索可能にするような手間はかけない、ということかもしれない。
 この一文の持つ重みを、よく知っておかなければならない。
 



Publication Rate and Characteristics of Lung Cancer Clinical Trials

Ghassan Al-Shbool et al.
JAMA Netw Open. 2019;2(11):e1914531. doi:10.1001/jamanetworkopen.2019.14531

背景:
 臨床試験は、実地臨床をより良いものにするにあたって、重要な役割を果たしている。臨床試験の結果を適切に公表しないことは、学術論文の価値を損ない、ひいては患者治療においても悪影響を及ぼしうる。米国でも、全世界においても、肺がんはがんによる死亡原因の筆頭である。胸部悪性腫瘍の臨床試験結果が適切に報告されているかどうかについて検証した研究は不足している。肺がんの臨床試験データベースに登録された臨床試験がどの程度公表されているか、調査した。

方法:
 今回の横断的研究において、2,000年01月01日から2,016年08月07日の間に研究を終了した肺がんの登録済み臨床試験を、2,018年08月08日にClinicalTrials.govから検索した。18歳以上の患者を適格とし、"completed(臨床試験終了)"もしくは"terminated(臨床試験中止)"の状態にある、治療介入を伴う第II相もしくは第III相臨床試験を対象とした。National Clinical Trial identifier、臨床試験のタイトル、キーワードを用いて、3つのデータベースから検索した。PubMedとGoogle Sclolarを分担研究者のうち2人がそれぞれ独立に、その後あと1人がEMBASEを用いて、論文化されていない臨床試験を検索した。続いて、論文化されていない臨床試験の研究者に対して、電子メールで問い合わせを行った。結果は、以下の2つのカテゴリーに分類した(①文献化された(peer-review制度が整備されている雑誌に掲載された)、②文献化されていない(学会会議録やClinicalTrials.govに結果が報告されたのみのものも含む))。ロジスティック回帰分析を用いて、論文化されなかったことに関わる背景を解析した。統計解析には、R statistical software version 3.4を用いた。解析は2,019年07月15日に行った。本研究は、the Strengthening the Reporting of Observational Studies in Epidemiology(STROBE)のガイドラインに従い、the policy of the Human Subject Protecion Program at Georgetown University Medical Centerに沿って行った。また、倫理審査は適用せず、インフォームド・コンセントも要求しなかった。

結果:
 1,294件の臨床試験を解析対象とした。臨床試験終了の状態にあったのは1,038件(80.2%)、臨床試験中止の状態にあったのは256件(19.8%)だった。臨床試験終了もしくは臨床試験中止から今回の解析までの経過期間中央値は116ヶ月(四分位区間は81-147ヶ月)だった。1,038件の終了した臨床試験のうち、702件(67.6%)は文献化されており、336件(32.4%)は文献化が確認できなかった。文献化が確認できなかった336件のうち、研究者の連絡先が分かったのは183件(54.5%)だった。電子メールを送ったところ、そのうち102件(55.7%)からは回答があった。そのうち51件は文献化されており、51件は文献化されていないことが確認できた。結局のところ、終了した臨床試験のうち753件(72.5%)は文献化され、285件(27.5%)は文献化されていなかった。背景因子を解析したところ、企業が資金供与していた臨床試験は、NIHが資金供与していた臨床試験(オッズ比 2.27、95%信頼区間1.31-4.00)や研究機関が資金供与していた臨床試験(オッズ比1.55、95%信頼区間1.15-2.00)よりも文献化されていない傾向が強かった。多施設共同臨床試験は、単施設で行った臨床試験よりも文献化されやすい傾向にあった(オッズ比 2.78、95%信頼区間2.08-3.73)。登録患者数が少ない臨床試験(100人未満)と比較して、登録患者数が多い臨床試験は論文化されやすい傾向にあった(500人を超える臨床試験はオッズ比 3.43、95%信頼区間1.83-6.64、100人以上500人以下の臨床試験はオッズ比 2.87、95%信頼区間2.08-3.73)。無作為化されているか否か、第2相か第3相かは、文献化されやすいかどうかとは関連がなかった。中止された256件の臨床試験のうち、72件(28.1%)は文献化され、184件(71.9%)は文献化されていなかった。臨床試験中止に至った理由は様々で、患者集積がうまく進まなかった(119件、46.5%)、有効性が乏しいと判断された(30件、11.7%)、有害事象のために中止した(22件、8.6%)、その他(主要研究者が参加施設を退職した、など、38件、14.8%)、不明(47件、18.4%)だった。

結論:
 ClinicalTrials.govに登録された肺がんの臨床試験のうち、2,016年までに終了したものの中で、4件に1件は論文化されないままとなっており、胸部悪性腫瘍の分野における文献化バイアスへの関心をさらに高める結果となった。非文献化率は中止された臨床試験で高く、3分の1以上はどういった形でも報告されていなかった。


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Posted by tak at 18:56│Comments(0)その他
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