2018年11月21日

縮小手術か、定位放射線照射か

 こんなご質問を頂いた。

 「早期肺癌の高齢者に対して、縮小手術と定位放射線照射、どっちがいいんでしょうか」
 「下記の2つ文献では全く違った結果ですが先生はこの結果の差はどこから出てくるとお考えですか」
 「また手術できるなら先生は手術を勧められますか」
とのこと。

https://www.haigan.gr.jp/journal/am/2017a/17a_ws040WS4-2.html

http://ascopubs.org/doi/abs/10.1200/JCO.2017.75.6536

 どちらも、リンク先の要約から判断できる内容だけ書いてみる。

 この2つの文献は、研究の背景も違えば対象患者数も確認しようとしている結論も異なるので、どっちがいいとも悪いとも言えない。
 前者は縮小手術と定位照射それぞれを行った患者の背景因子や生命予後を後方視的に検討している。
 縮小手術の方が定位照射よりも予後が良かったとのこと。

 後者は手術(肺葉切除78%、部分切除20%、片肺切除2%)と定位照射それぞれを行った患者の治療後30日、90日時点での死亡率、つまるところは治療関連死の割合を後方視的に検討している。
 手術の方が定位照射よりも治療関連死の割合が多かったとのこと。

 じゃあ手術の方がハイリスク、ハイリターンなのかという話になるが、この2つの文献の比較ではそんな結論は出てこない。
 研究の目的も異なるし、患者背景が大きく異なるし、かたや手術患者の全例が縮小手術、かたや大半が標準手術だし、そもそも癌研有明病院と欧米では明らかに癌研有明病院の方が手術手技が優れているだろうし、どうにもこうにも比較ができない。
 
 それでもあえて言うならば、我が国で治療を受けるのであれば、欧米よりも癌研有明病院の成績の方が参考になるだろう。

 それからもうひとつ。
 手術をして、がんの病巣の組織型や遺伝子変異情報、PD-L1発現情報が分かっていれば、万が一再発したときの治療指針を考える上で役に立つ。
 手術をしてみたら、実は他の臓器からの転移だったことが分かり、原発巣の発見につながることだって少なくない。
 治療前に気管支鏡生検をして、病巣の性質を明らかにしておけば差はないだろう、という意見もあるかも知れないが、そもそも縮小手術や定位照射の対象になる患者は病巣が小さく、気管支鏡診断が困難なことが多い。
 診断がついたとしても、手術で採れる組織に比べて、絶対的に量が少なく、遺伝子変異検索やPD-L1発現検索をフルに、成功裏に行える確率は低くなる。
 これは決定的な差だと思う。
 手術可能なのに定位照射をあえてする、という選択肢をとるのなら、手術侵襲のあるなしとともに、がん病巣の情報がより多く得られるか得られないかという点も理解しておく必要があるだろう。

 手術を過大評価するつもりも、定位照射を過小評価するつもりもないけれど、それぞれの治療のメリット・デメリットは整理しておくべきだ。
 その上で、どちらを行うのか、患者背景や治療後合併症を睨みつつ、個別に決断をすることだ。
 


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この記事へのコメント
真摯にご回答頂き有難うございます。素人目には外国の論文のほうがあってそうにみえたので、本当に参考になります。
Posted by もんじ at 2018年11月21日 20:43
もんじさんへ

 おはようございます。
 こういった形でしかお役に立てなくてすみません。
 研究発表や論文というのは、その背景まで知っておかないと誤った結論に向かいがちで、注意する必要があります。
 参考になれば幸いです。
Posted by taktak at 2018年11月22日 08:31
放射線治療専門医ですが、がんゲノム医療個別化が進む中、「切らずに治す」は正義ではないと思うこの頃です。「切って保管」してこそ未来が見え、リキッド生検が確実にできない現代ならなおさら、病理組織を有耶無耶にする粒子線治療や高精度放射線治療のリスクを確実に伝えたいと日々考えています。
Posted by 場末の放射線治療医 at 2019年01月31日 10:59
場末の放射線治療医さんへ

 コメントありがとうございます。まず、放射線治療医の先生がこうしたお考えを持ってくださっていることに深い感謝の念を表します。短いコメントの中に多くの含蓄が湛えられています。
 早期の段階では病巣局所、進行期の段階では(技術的に成熟したら)血液・液性検体の網羅的な評価が今後の治療戦略を形作っていくものと予想されます。手術不耐の患者に対する高精度放射線治療は、こうした患者が治療不能と見捨てられていたところに光を当てる、我が国が誇るべき技術です。一方で、確定診断のつかないままに治療に踏み切ってしまうことも多く、がんでない患者に放射線治療をしてしまう可能性、再燃時の治療戦略が立てがたいという問題点が残ります。
 病理組織を用いたバイオマーカー検索が年々進歩し、我々臨床医の手術に対する考え方も変わりつつあります。明らかに治癒不能の患者に対して、バイオマーカー検索を主目的とした外科的生検、場合によっては術後治療を前提とした標準手術を行うことすら増えてきたように感じます。その分だけ、ハイリスク患者が手術を受けることが多くなり、術後に深刻な合併症を起こすことや治療関連死に至るケースなども見受けられます。組織診断することなしに治療をするリスク、組織診断にこだわって合併症を起こすリスク、どちらにも目を配りながら考えていかねばなりませんね。分子標的薬登場以前に比べると、現在の肺がん治療は遥かに複雑になりました。それに耐える臨床医が全国に育っているのかどうか、いつも心配しています。
Posted by tak at 2019年02月06日 08:35
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