2017年04月24日

EGFR陽性肺癌が小細胞癌にかわったとき

 コメント欄で、難しい患者の相談を受けた。
 稀な病態ながら、こうなってしまうと患者、家族、主治医とも、相当に困るだろう。
 参考になるかどうかは甚だ不安だが、できる限りの回答をした。
 コメント欄だけのやり取りではもったいないので、こちらにも記録を残す。




 以下、簡単に病歴をまとめます。

・67歳、女性
・PS 1
・診断時点で右肺原発、脳転移あり、多発骨転移あり、副腎転移あり
・扁平上皮癌成分を伴う腺癌(喫煙経験がありますか?)
・IVB期
・sEGFR,m陽性、Exon19欠失変異
・初回治療はタルセバ、CR、治療開始から11か月後に肺内転移で病勢進行
・(多分)再生検でT790M陽性
・二次治療はタグリッソ、治療開始から6か月後に既知の副腎病巣が増大
・副腎の再々生検で小細胞癌への形質転換を確認(喫煙経験がありますか?)
・他の病巣は比較的落ち着いている

 sEGFRm陽性肺癌患者さんが病勢進行に至った際、再生検を行い、小細胞癌への形質転換が認められたのは、海外文献では4%程度と報告されています。
 http://oitahaiganpractice.blog.fc2.com/blog-entry-47.html
 また、国内多施設で行われた再生検の全国調査では、対象となった395人中、小細胞癌への形質転換が認められた患者は(少なくとも学会報告や論文上は)0人です。
 http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e831545.html
 それではということで、2008年以降今日まで、私が追跡調査している原発性肺癌患者605人中、sEGFRm陽性肺癌患者は112人で、そのうち小細胞肺癌への形質転換が確認されたのはわずかに1人でした(未公表データ)。
 なにが言いたいかというと、sEGFRm陽性肺癌が小細胞癌へ形質転換する頻度は、実臨床ではかなり稀で、対策も定まっていないということです。
 そこで、参考になるかどうかは分かりませんが、上記のたった1人について、知っていることをお伝えします。
 70代後半の女性で、右肺下葉の9mm大の小結節が原発巣、右胸水貯留を伴っていました。肺針生検で腺癌と診断され、その後外科的生検を行い、原発巣と胸膜播種巣、胸水が採取され、いずれも腺癌の所見でした。sEGFRm陽性(Exon 19欠失変異)が確認され、イレッサ内服が開始されました。イレッサ内服開始から18か月後、右胸水増加に対して胸水穿刺が行われ、初回診断時と同様の腺癌細胞が検出されました。自覚症状が乏しかったためイレッサ内服による治療が継続されましたが、イレッサ内服開始から27か月後、臨床的にも病勢進行と判定されました。二次治療としてアリムタ単剤化学療法が開始されました。その1週間後、腫大した縦隔リンパ節に対して超音波気管支鏡下縦隔リンパ節生検が行われ、小細胞癌(クロモグラニン陰性、シナプトフィジン陰性、CD56陽性)が検出されています。外科的生検標本を再度調べなおしたところ、腺癌の診断は変わりませんでしたが、免疫染色で一部に小細胞癌の特徴を示す細胞(クロモグラニン陰性、シナプトフィジン陰性、CD56陽性)が含まれていました。以上の結果から、推測の域を出ないものの、治療開始前から大多数のsEGFRm陽性腺癌のごく一部に小細胞癌の細胞が潜んでいて、イレッサで腺癌が制御される中、27か月を経て小細胞癌が優勢になったことが疑われました。アリムタ療法は2コースまで行われましたが改善なく、イレッサ開始から29か月後、三次治療は小細胞癌に対する治療としてカルボプラチン+エトポシド併用療法が行われました。計2コースが行われましたが、イレッサ開始から31か月後、多発肝転移のために病勢進行と判断されました。肝転移巣に対する再々生検は行われず、四次治療はsEGFR陽性腺癌に対してジオトリフが開始されました。しかし、イレッサ開始から32か月後、食欲低下・全身浮腫の毒性により治療継続不能となり、緩和ケアに移行しました。

 以上から得られる教訓は何か。
 sEGFR陽性腺癌と小細胞癌を両方相手にして戦うのはかなり難しいということです。
 今回あなたのお母さまは、副腎からのみ小細胞癌が検出されていますが、その他の病巣は落ち着いておられるとのこと。
 教科書的には小細胞癌の化学療法をすることになるのでしょう。
 一方、診療チームの考え方によっては、副腎病巣のみを外科的に摘出し、全身治療としてはタグリッソを継続する、という方針もあり得ます。
 その際には、摘出前と摘出後にNSEやproGRPといった小細胞がん関連の腫瘍マーカーをモニタリングし続ける必要があります。
 新たな病巣が複数出現して、これらのマーカーも並行して上昇するようなら、そして再々々生検でも小細胞癌が検出されるようなら、思い切って小細胞癌の化学療法に切り替えることになるでしょうね。
 
 あくまで個人的な意見ですが、あなたのお母さんが長期生存するためには、現在ほかの病巣がタグリッソにより制御されているという前提に立つならば、タグリッソ継続+副腎摘出という選択が最善のように思いました。
 参考になれば幸いです。
 


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この記事へのコメント
2月の肺癌学会アンケートの際にコメントさせて頂いた者です。その節は暖かいコメントを本当に本当にありがとうございました。

子供に手を取られて随分と遅くなったのですが本記事に少し関わる情報かと思うので素人考えですがご知見の一つにと思いコメントさせて頂きます。まだ何と無く肺癌の記事を読んでしまいます。

ウチの妻が、非小細胞肺腺癌から小細胞に変異したのか元から居たのか分かりませんが、大きな影響を受けた様です。レアケースなのでしょうか?
これから耐性と戦って行くと色んな変異が起こり、色んな可能性を想定してマルチラインに対応して頂かないといけないのかもしれません。

以下に経緯を書かせて頂きます。コメントなどは不要です。臨床の一例として先生の一情報となれば幸いです。

ウチはもう患者家族から卒業しましたが患者さんが少しでも減り、良い治療を受けられます様に祈念しております。影ながら応援しております。



・42歳女性 健診胸部X線で胸水まで見える。
この3ヶ月ぐらい前から幹部側の胸の表皮に極軽い皮疹。ピリピリした痛みを少し感じる程度。皮膚科でも帯状疱疹では?とか言われる程度でした。

・生検でEGFR変異 L858変異と診断。胸椎、骨板等転移でSTAGE Ⅳの診断。
・イレッサ後に肝機能悪化。ここで転居、転院。
その後タルセバへ。
・全体SDもその後胸椎転移の溶骨で圧迫骨折寸前でカルパクイレッサと放射線治療。
・タルセバに戻すもその後PD
・シス+アリムタ+アバスチン。
・ドセ 。脳転移あり、ガンマ。
・ジェムザール、カルセド 。
・PD後 癌性髄膜炎状態に。歩行困難。ガンマも追加出来ずタルセバ。
・タグリッソ個人輸入で手配。3ヶ月弱服用で劇的回復。その後無償供与にも参加。(事前検査でT790M検査済)
ただしこの段階で脊椎に増骨性転移も。
・PD。肝転移が拡大。

●ここで鎖骨のリンパ節が腫脹。
小細胞では首周りのリンパ節が良く腫れるそうですが主治医の判断でマーカーを取るとNSEが異常値との事でカルボ+イリノテカンでまた大幅縮小。ただし肝臓はあまり縮小せず。
※少なくともこの時点では小細胞要素が多分にあり、イリノテカンが効いたのではないかと推測。NSEも一気に改善。

・しばらくSDも肝転移が憎悪、ニボルマブ切替を検討するも貧血、血小板減少が加速。
輸血しながら肝塞栓療法を検討するも血小板が増えず。緩和に。
・最終 DICにて死去。

年齢も有るのか多様な要素が入り混じった感が主治医には有った様です。
治療(OS?)45ヶ月でした。

以上
Posted by ケロ at 2017年06月13日 01:30
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