2016年05月24日

EGFR遺伝子変異陽性、胸水貯留で再燃、どうする?

 以前当院を2nd opinionで受診された患者さんから、久し振りに連絡がありました。
 60代女性、EGFR遺伝子変異陽性(Exon 19欠失変異)、胸水貯留あり。
 イレッサ、タルセバ、ジオトリフを使い継いできた方ですが、最近胸水貯留が目立つようになり、胸水穿刺をしたとのこと。
 現在、胸水検体を用いたT790M変異検査の結果を待っているところなのだそうです。
 まさにタグリッソの臨床導入を目前に控えた、タイムリーなご質問と思いましたので、本人の許可を得て一部修正してやり取りを掲載します。
 ご覧になっている方の参考になれば幸いです。

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 いずれ胸水が増えてきたら検査してみるとおっしゃっていましたが、その時が来た、ということなのですね。

> T790Mが検出された場合、タグリッソが使えるようになるまで、
> ①このまま無治療で行くか、化学療法をするか、どちらが良いのでしょう。
> 私としては化学療法は怖いので受けたくないのですが、無治療と言うのもキツイかなぁと思っているのです。
> 胸水が増えると胸からゴボゴボと嫌な音がするし、痛みも有るし。
> でも、胸水をその都度抜きならがタグリッソを待つのも有りかと。

 タグリッソが使えない状況なら、まずは化学療法をお勧めします。
 あなたはたしか、胸水(癌性胸膜炎)以外にははっきりした病巣はなかったですね。
 癌性胸膜炎には、アバスチン併用化学療法がよく効くと言われています。
 しかし、今のところEvidence based medicineの観点からは、実地臨床でアバスチンと併用可能な薬はカルボプラチン+パクリタキセルのみですが、脱毛と末梢神経障害は避けられません。
 あなたがおっしゃっておられるように、胸水穿刺を外来で繰り返しながらタグリッソの上市を待つ、という選択肢もあっていいでしょう。
 しかし、有効な薬があるのなら、まずはそちらから使っておきたいというのが、我々の考え方です。
 
> ②化学療法をするとしたら何回するのでしょうか?
> 担当医には髪の毛は抜けても良いけど、吐き気には弱いと伝えていますので、薬は絞られて来るのではないかと思いますが、化学療法は受けた事が無いのでよく分かりません。
> タグリッソが使える様になるまでの繋ぎとして、例えば一回だけとかの化学療法が出来るものなのでしょうか。
> そしてそれは効果が有るのでしょうか。
> 又、一回だけ受けて、のちにその治療が又続きから出来るものなのでしょうか。

 化学療法の治療回数は、治療方法によって異なります。
 つなぎとして化学療法をするかどうかは担当医の考え方次第ですね。
 効果があるかどうかはやってみないとわかりません、というのが本音ですが、いわゆる奏効割合(測定可能な腫瘍が半分以下に小さくなる人の割合)は上記のカルボプラチン+パクリタキセル+アバスチン初回化学療法で欧米人で約35%、日本人で約60%程度とされています。
 特に胸水貯留への効果は高いと言われていますので、あなたにはしっくりきます。
 1コースだけやって、タグリッソに切り替えて、タグリッソが効かなくなったら2コース目移行を再開、という選択肢もありですし、イレッサに戻る、という選択肢もありです。
 
> もう一つの場合の
> T760Mが検出されなかった時は、
> ③間を置かずに2回目の検査をするか、一旦化学療法をして、間を置いて2回目の検査をするか。
> どちらの方が良いのでしょうか。
> 時間を置いたらその間にT790M変異が起こるとかそんな事はないのでしょうか。
> 今回の検査でT790Mが出てなかったら化学療法になると思います。
> 胸水も十分溜まっている感じがするので、又抜いて検査に出す事は出来ると思いますが、間を置いて出す方が良いとかありますか?

 胸水でT790Mが検出されない可能性はもちろんあります。
 局所麻酔下で胸腔内にカメラを挿入し、胸水ではなくて腫瘍細胞がたくさんいるであろう胸膜そのものを採取するやり方もあります。
 胸水を再度抜くよりも、一度そちらにトライした方がいい気がします。
 それでもT790M陰性ならば、化学療法を開始する方がいいでしょう。
 化学療法後に再増悪となったら、その際に改めてT790Mを調べるといいでしょう。

> ④先生の予想で構いませんので、私に効きそうな 化学療法を教えて下さい。
>担当医にAかBの治療のどちらにしますかと尋ねられた時の為に少しでも勉強しておこうと思います。

 Evidence basedでの実地臨床で行うなら、カルボプラチン+パクリタキセル+アバスチン併用療法がベストだと思います。
 ④-⑥コース行って、効果が持続していればその後アバスチンのみ継続することになります。
 アバスチン単独維持療法まで来れば、その後3ヶ月程度すればまた髪の毛が生えてきます。
 ただし、手足のしびれ(末梢神経障害)でいやな思いをすることはあるでしょうし、しびれは一旦起こってしまうと、ほとんどの場合ずっと改善せずに症状が続きます。
 病院によっては、シスプラチン+ペメトレキセド+アバスチンとか、カルボプラチン+ペメトレキセド+アバスチンとかも実地臨床でやっているかもしれません。
 これらは脱毛や末梢神経障害が軽いはずです。
 たしかシスプラチン+ペメトレキセド+アバスチン併用化学療法は、病院によっては臨床試験が現在も継続中だったと思います。
 参加するための基準がありますので、興味があれば担当医に質問してみてください。

 それから、胸水がたまるのが不快であれば、胸の中にビニールの管を入れて胸水を排除して、そのあと胸水がたまりにくくするような治療(胸腔ドレナージ・胸膜癒着術)もあります。
 しかし、これをあなたに一度やってしまうと、胸水や胸膜を使ったT790M検査ができなくなります。
 そのため、今のところ担当医は見合わせているのでしょう。
 もし局所麻酔下胸腔鏡、胸膜生検を希望されるのであれば、この胸腔ドレナージ・胸膜癒着術を受ける前に一度担当医にご相談ください。

 僕の患者さんに、T790Mが1年ちょっと前から判明していた人がいたのですが、九州がんセンターに紹介しても臨床試験適応外と言われ、ようやく実地臨床で使えるようになりそうだと思っていたら、先日待ち切れずに天国に旅立ってしまいました。
 あなたは若いし体力もありそうですし、T790Mが陽性でも陰性でも、前向きに治療に取り組んでください。

> 「局所麻酔下で胸腔内にカメラを挿入し、胸水ではなくて腫瘍細胞がたくさんいるであろう胸膜そのものを採取するやり方」
> これは、痛いのでしょうね。気管支鏡より大掛かりな感じですか。
> 外来でするのでしょうか。
> もう一度だけ胸水で検査して、ダメだったら化学療法を行って、その後に3度目のトライをもしも受け付けて貰えるならば、その時に胸膜
採取すると言うのは有りでしょうか。
> 胸膜採取でT790Mの検出率が高くなるなら、痛くても受ける価値は有りますね。
> 3回の検査を受けられればの話ですが。
> もしも2回までしか出来ないならば胸膜採取が良いですね。

 局所麻酔をしっかり行えば、検査中の痛みはそれほどないと思います。
 ただ、検査後に胸水排除用のドレーン(ビニールの管)を残しますが、局所麻酔が切れた後にこちらの痛みが出ます。
 通常は気管支鏡と同じ検査室で行っています。
 一定量の胸水がたまっていれば検査自体はできますので、何度か胸水穿刺を試してからでもいいでしょう。
 胸水よりも胸膜組織の方がT790M検出率が高い、というデータはありませんし、あくまで「がん細胞の含有量が多いから」「ほかの細胞が
含まれる割合が少ないから」検出率が高まるだろう、という推測に基づいています。
 がん遺伝子変異を網羅的に解析するLC-SCRUMの成果報告を聞いていますと、胸水ではがん細胞以外の細胞が含まれることが多く、異常が検出される頻度が低いそうです。

> 次の質問ですが
> 「1コースだけやって、タグリッソに切り替えて、タグリッソが効かなくなったら2コース目移行を再開、という選択肢もありですし、イレッサに戻る、という選択肢もありです。 」
> この場合、イレッサではなく、ジオトリフに戻る事は出来ますか?
> 私の場合、イレッサよりジオトリフが断然合っていました。

 タグリッソ使用後に耐性化した場合、C797Sという耐性変異が出現することが知られており、これに対してはイレッサの効果が高いそうです。
 しかし、そもそもC797Sは実地臨床ではまだ検査できませんし、C797S以外にも耐性変異はありますし、C797Sにタルセバやジオトリフが効くかどうかのデータ自体がありません。
 ですので、毒性の観点から、ジオトリフを優先的に使う、という考え方もあっていいと思います。

> 次の質問ですが、アバスチン+カルボプラチン+パクリタキセルの脱毛は全然かまわないのですが、末梢神経の痺れが継続するのは嫌ですね。
> ガン友さんもそれで運転が苦手になったと言っていました。

 僕の患者さんは、程度の差こそあれ、ほぼ100%が末梢神経障害で困っていました。ひどくなると、箸も持てなくなることがあります。

>シスプラチン+ペメトレキセド+アバスチン併用化学療法は、末梢神経の痺れが少ないなら、私としてはそちらの方が良いと思いますが、効果はどちらが有りますか。
> もしも効果が変わらないのであれば私がその試験に適応かどうか担当医に質問してみようと思います。
> 吐き気に弱いのですが前者と後者では吐き気の出方はどうでしょうか。

 シスプラチン+ペメトレキセド+アバスチン併用化学療法は、日本人のデータはまだありません(だからこそ臨床試験をしているわけです)。
 海外で行われた臨床試験では、測定可能な病変が半分以上に縮小する割合は54.2%と報告されており、前述のカルボプラチン+パクリタキセル+アバスチン療法よりも優れていました。
 治療開始から、明らかな病勢悪化に至るまでの平均期間は10か月程度と報告されています。
 数字だけ見れば、EGFR遺伝子変異陽性患者さんに対するイレッサの治療成績と大きな差はないですね。
 シスプラチンを使う分だけ吐き気は出やすいかも知れませんが、最近の化学療法は吐き気止めが格段に進歩しているので、予想されているほどにはきつくないと思いますよ。

> 先生もおっしゃってますがタバコは本当に嫌ですね、私は吸ったことが有りませんが、肺がんになってからは特に憎く思えます。
> 通っている病院の駐車場の横で入院患者が吸っているのを見かけます。

 僕の学生の頃は、男性の半数程度は喫煙者だったので、全体としてみると喫煙者は減少しているようですね。
 日本たばこ産業の子会社ががん関連の治療薬を販売していることなどを知っている立場からすると、喫煙者は搾取されている人種なんだとかわいそうに感じます。
 しかし、ニボルマブのような薬が出てくると、我々の生活にも影響しますので、喫煙者対策は本当に切実になってきました。
 極端な言い方かもしれませんが、日本では法的に喫煙を禁止してほしいと願っています。
 せめても、日本たばこ産業やたばこ農家に国のお金を使ってほしくないです。


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この記事へのコメント
個人的な質問になるか分からないのですが、教えて頂けるならお願いします。
右肺の胸水を1リットル抜き、抜く前と後で、労作時の息切れなどの症状が何ら変わらないのと、鏡を見て呼吸をしても右肺だけ膨らまないです。
これはどういう事が起こっていると考えられるのでしょうか?
また、対処法はあるのでしょうか?
そして、薬剤を変更の予定なのですが、治療は出来るのでしょうか?
Posted by masa at 2020年08月29日 08:37
masaさんへ

 コメントありがとうございます。
 1Lの胸水排液、結構な量ですね。
 1度の胸水穿刺でたくさん胸水を抜きすぎると、再膨張性肺水腫といって、一過性ではありますがかえって呼吸状態を悪くしてしまうことがあります。
 そのため、私自身は(外来で行うような)胸水穿刺時には多くても1L以上は排液しないように心がけています。
 しかし、今回のmasaさんの経過はまた別の理由のように思います。
 右肺の一部が何らかの理由で虚脱して(つぶれて)いて、胸水を抜いても膨らまない。
 肺と胸膜が既に癒着していて、胸水を抜いても思うように肺が膨らまない。
 などなど、理由は様々考えられます。
 胸水を抜く直前、抜いた直後でレントゲンを撮影したり、CTを撮影したりすれば、なんらか原因がわかるかもしれません。
 後者はハードルが高いですが、前者はしばしば行うことがあります。
 担当医に相談してみてください。
 これ以上詳しいコメントが必要であれば、個別相談として対応しますので、メールでご連絡ください。
Posted by taktak at 2020年08月29日 20:08
ありがとうございます。
抜いた直後にレントゲンを撮っています。
主治医の先生は胸水が少し残っているから注射器で抜きます、としか言いませんでした。
膨らんでいないとかいろんな事は言われませんでした。
お答えくださってありがとうございました。
Posted by masa at 2020年08月29日 23:56
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