2012年01月05日

局所進行非小細胞肺癌に対する個別化医療再考

single station N2の患者さんに、放射線化学療法後の根治手術を目指しているという話を以前書きました。
そろそろ呼吸器外科医の意見を聞いてみようということで、治療開始からday25を迎える本日、相談してみました。
返ってきたコメントは、
「放射線治療は35Gyまで継続で可、化学療法はできれば①コース終了がよい、手術は最低でも放射線化学療法後6週間あけて、術式は右下葉切除で可能と考える。」
とのことでした。

術後化学療法の有用性を示す論文が相次いで報告された2000年代半ば以降、世間で進行中であった手術単独群を含むいくつかの臨床試験は中止に追い込まれました。
手術単独群に対して術後化学療法を行わないのは、倫理的に許されないとの配慮からでした。
予定登録数に満たずに途中終了となったこれら試験の結果が、ぼつぼつと報告されています。
stage IB-IIIAの患者さんを対象としたS9900試験は、術前にカルボプラチン+パクリタキセルを3コース行い、その後に手術をするグループと手術単独のグループを比較するものでした。
→ J Clin Oncol 28:1843-1849,2010.
無増悪生存期間の中央値は、前者が33ヶ月、後者が20ヶ月と前者の方が有望な印象でしたが、目標登録数600人に対して354人で途中終了となってしまい、有意差を示すには至りませんでした。
ですが、生存曲線は綺麗に分かれており、目標症例数まで集積されていたら、と考えたくなります。
一方、同様のデザインで、IB期、II期、T3N1M0のIIIA期の患者さんを対象に術前化学療法群、術後化学療法群、手術単独群の3群を比較したNATCH trialは完全にnegative studyに終わっています。
→ J Clin Oncol 28:3138-3145,2010.
一方、最近報告されたIB期,II期,IIIA期の患者さんを対象に術前シスプラチン+ジェムシタビン③コースを行う群と手術単独群の比較試験では、総登録数270人の小規模な試験ながら、無増悪生存期間、全生存期間共に術前化学療法群が有意に優っていたと報告されており、術後化学療法が標準と目されている現状にあって一石を投じることになりそうです。
→ J Clin Oncol 29, 2012, published ahead of print online.

さて、今回の患者さんはこれらの試験内容とは様相が異なります。
術前「放射線」化学療法を行っているからです。
患者さんと我々の最大関心事は、
「このまま放射線化学療法で押し切るべきか、手術に移行していくか」です。
放射線化学療法後に手術を行ったとの臨床試験は、私の知る限り1報のみです。
→ Lancet 2009; 374: 379–86
T1-3N2M0, stage IIIAの患者さん(さらにいえば、そのうち75%はsingle station N2です)を対象に、シスプラチン+エトポシド併用放射線化学療法(放射線照射は45Gyまで)を2コース行ったのち、①進行していなければ治療終了後3-5週間の後に根治的手術を行い、その後シスプラチン+エトポシド併用化学療法を2コース追加する群、②放射線照射をそのまま計61Gyまで継続し、その後シスプラチン+エトポシド併用化学療法を②コース追加する群を比較する試験です(書いてて頭がこんがらがってきます)。
ざっくりいえば、我々が関心を持っている、放射線化学療法後に手術をする意義があるかを調べる試験ということです。
結論は
・主要評価項目である全生存期間には差が出なかった(①=②)。
・副次評価項目である無増悪生存期間には有意差が出た(①>②)。
・治療関連死は①で8%、②で2%に認められた。
・切除範囲が肺葉切除で済んだ患者さんだけで解析すると、①の方が有意に全生存期間が延長した。
ということでした。
本患者さんは、肺葉切除が可能なため、試験結果の解釈によって結論がかわってきます。
-試験全体としては全生存期間に差が出なかったので、より安全な放射線化学療法単独を選ぶ。
-肺葉切除可能な患者さんとして考えれば全生存期間が延長する可能性があり、5年生存割合は手術を行うことにより18%から36%まで向上するが、もれなく8%の治療関連死の可能性というおまけがついてくる。

2コース目の治療開始は1月11日の予定です。
1週間もありませんが、担当医グループと呼吸器外科医、患者さん・家族の間でじっくり話し合ってみます。


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