そろりと面会制限の限定解除

tak

2021年11月13日 06:00

 新型コロナウイルスのパンデミックに絡む規制の緩和が、新たな段階に入った。
 米国では、国外からの渡航者を条件付きで受け入れ始めた。
 我が国も、入国者の待機期間を3日間へと大幅に短縮した。
 また、 「実証実験」という名を借りて、イベント、外食、往来の規制が緩められつつある。

 国民の70%以上が2回のワクチン接種を終えたいま、我々も歩調を合わせなければならない。
 入院患者と県外のご家族が面会できなくなってから、既に1年半は経過した。
 家族に会えないことによる高齢患者の認知機能低下は覆うべくもない。
 また、家族に看取られずに亡くなっていった患者のなんと切ないことか。

 重症脳梗塞とがん性胸膜炎を伴う進行肺がんが同時に露見した患者を入院担当している。
 脳梗塞後遺症により全介助状態、終日臥床状態でPS4、転院後みるみるうちに胸水が増えて、わずかな期間で片肺がつぶれてしまった。
 とても厳しい病態で、当初は侵襲的な胸腔ドレナージも行わず、自然経過で看取る方針となっていた。
 しかし、いよいよこのままでは生命予後は週単位か、という段階になり、一度は胸水コントロールを試みてほしい、との要望があった。
 それではということで急ぎ取り組んだ際に書いたのが、以下の記事である。

・悪性胸水に対しOK-432(ピシバニール)を用いた胸膜癒着術
http://oitahaiganpractice.junglekouen.com/e994272.html

 幸いピシバニールはよく効いて、この記事の数日後には胸水の排液が止まり、ドレーンを抜去することができた。
 胸水が制御できたことで、脱水や電解質バランス異常も是正され、現在は経管栄養のみで安定した病状にある。

 病状が安定した一方で、一つ困ったことが持ち上がった。
 本来の入院目的である脳梗塞に対するリハビリを前に進めるか、そのために個室管理を解除するか、という問題である。
 離床を促進する上でも、様々な環境に連れ出して高次脳機能を刺激する上でも、個室管理解除は欠かせない。
 一方、個室管理下にある重症患者だからという前提で特別に許可を得ていた近隣在住家族の面会も、個室管理を解除すると継続できなくなる。

 さあどうするか、ということで奥さまに電話をしたところ、
 「先日から、たまたま息子が関東から帰省しているんです」
 「父を丁寧に見てくださっている先生に、お目にかかって一言お礼を申し上げたいと話しています」
 「お時間を作っていただけないでしょうか」
とのこと。
 
 この患者・家族のことだけでなく、2020年初頭からの様々な出来事が脳裏を去来した。
 この機を逃したら、息子さんはもう本人に会えないかもしれない。
 息子さんを含め、ご家族みなさん新型コロナウイルスワクチン接種済み、健康状態良好とのこと。
 感染対策委員、病棟師長に相談し、条件付きで本人に面会して頂き、ベッドサイドで病状説明を行うことにした。

 病状経過は電話で話すなり、書面で伝えるなりすればおおよそは掴める。
 患者の外観は、スマートフォン動画を使えばなんとなくわかる。
 でも、息遣いを聞き、体温を肌で感じ、限りあるにせよ言葉を交わして、初めてわかることがある。
 息子さんは涙をにじませて感謝してくださった。
 こういう場で、壮年の男性の涙に触れた記憶は辿れない。
 思わずもらい泣きしそうになってしまった。

 いろいろと話し合い、個室管理は折を見て解除し、できる限りベッドから離れて生活できるようにして、人や自然に触れられるように努力することになった。
 道のりは長いが、頑張れば来年の桜を家族で眺められるかもしれない。

 この患者のみならず、遠方にお住いの家族と会わせてあげたい患者さんはたくさんいる。
 幸い、今週末から近隣在住者の面会制限、県外在住者の面会制限、いずれも一部制限付きで許可される見通しとのこと。
 2回のワクチン接種を終えて2週間以上経過している、健康状態に問題がないなど、面会者に一定の条件が付されるが、なんにせよ一歩前進であり、大変喜ばしい。

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