悪性胸膜中皮腫とニボルマブ+イピリムマブ併用療法

tak

2021年10月09日 06:00

 どんなテーマで記事を書こうか考えるときに、きっかけはいくつかある。
 各種学会の話題を物色しているとき然り。
 報道記事に触れたとき然り。
 そして、もっともモチベーションを揺さぶられるのは、仕事でテーマに遭遇したときだろう。
 そういった意味で、今は悪性胸水の波が来ている。
 
 他の医療機関からの相談。
 重篤な脳梗塞で終日臥床状態にある患者にたまたま肺がんを疑わせる病巣が見つかり、しかも未治療の胸水貯留があるという。
 肺がんの診療に携わる立場からすれば、どう考えても積極的な治療対象にはならない状況だが、紹介元は脳梗塞のリハビリ目的で転院させたいという。
 自院の呼吸器内科に相談したところ、リハビリの結果PSが改善したら、経気管支肺生検などで診断確定をして治療を考えましょうとのこと。
 本人は病状を理解できる状態にないし、せめても家族の希望を失わせないようにとの配慮だったのかもしれないが、リハビリを請け負う立場からするとたまらない。
 かといって受け入れを拒んでも患者や家族のためにならないので、受け入れをして、正直に脳梗塞の機能予後(頑張ってもリクライニング車いす座位で過ごせるようになるくらいが精一杯)と支持療法に徹した場合の肺がんの予後(治癒不能、生命予後は3-6ヶ月程度)を入院当日に説明し、看取りまで当院でお世話させていただきますと伝えた。
 なるべく本人に苦痛を与えたくないので、経気管支肺生検はおろか、胸水コントロールもしない方針となっていた。
 ところが、転院から2週間もたたないうちに病側の胸郭は胸水でいっぱいになり、明らかな呼吸不全に陥った。
 胸水コントロールをしないこと自体が本人の苦痛を増しているわけで、ご家族と繰り返し相談し、症状緩和目的の支持療法として急遽胸腔ドレナージを開始した。
 再膨張性肺水腫のため一過性に低酸素血症が悪化したが、今は随分呼吸が楽になったようだ。
 今は胸膜癒着術をするべきかせざるべきか、悩んでいるところ。

 もうひとつ、他の医療機関からの相談。
 以前も担当したことがあるのだが、悪性胸膜中皮腫としては私の経験上もっとも長期生存している患者で、診断からゆうに10年を超えている。
 基本的には薬物療法と胸腔ドレナージを繰り返してきており、最後に行った薬物療法はニボルマブ単剤療法だ。
 認知症の低下、PS低下によりニボルマブ継続が困難となり、以後は病状悪化のたびに胸腔ドレナージを行っている。
 徐々に胸腔ドレナージを要する間隔が狭まっており、いまは月に一回程度は胸腔ドレナージを要する状態である。
 その都度日常生活能力が低下するので、今後は胸腔ドレナージおよびリハビリ目的の入院をして、退院直前にできるだけ胸水を抜いて、直後に退院、その後病状が悪化したらまた入院、以後繰り返し、というサイクルでやりくりしなければ仕方がないのかなと思っている。
 どうにかこれで長生きできたにしても、はたしてこの生活、本人にとっては幸せなのかどうか。

 すっかり前置きが長くなってしまった。
 なんとか状況を打開するすべがないか、ということで取り上げるのが、悪性胸膜中皮腫に対するニボルマブ+イピリムマブ併用療法である。 
 CheckMate743試験は一次治療が前提の臨床試験なので、本当に上記患者に適応できるか、と言われると困ってしまうが。


・小野薬品工業のプレスリリース:オプジーボとヤーボイの併用療法が、化学療法と比較して、第Ⅲ相 CheckMate -743 試験における切除不能な悪性胸膜中皮腫のファーストライン治療で、3 年時点で持続的な全生存期間の改善を示す
https://www.ono.co.jp/sites/default/files/ja/news/press/news20210914.pdf


First-line nivolumab plus ipilimumab in unresectable malignant pleural mesothelioma (CheckMate 743): a multicentre, randomised, open-label, phase 3 trial

Paul Baas et al., Lancet. 2021 Jan 30;397(10272):375-386.
doi: 10.1016/S0140-6736(20)32714-8. Epub 2021 Jan 21.

背景:
 悪性胸膜中皮腫に対して承認された全身治療は、化学療法に限られており、治療成績はあまり良いとは言えない。ニボルマブ+イピリムマブ併用療法は、他のがん種において臨床的有用性を示しており、この中には非小細胞肺がんに対する一次治療も含まれる。本治療が悪性胸膜中皮腫の生存期間も延長すると仮説を立てた。

方法:
 今回のオープンラベル、無作為化、第III相CheckMate743試験には、21ヶ国から103の医療機関が参加した。18歳以上、治療歴なし、組織学的に切除不能の悪性胸膜中皮腫と診断済みで、ECOG-PS 0-1の患者を対象とした。適格患者は1:1の割合でニボルマブ+イピリムマブ併用療法群(NI群)と化学療法群(Cx群)に無作為に割り付けられた。NI群はニボルマブ(3mg/kgを2週間に1回点滴)およびイピリムマブ(1mg/kgを6週間に1回点滴)の投与を最長2年間継続した。Cx群はプラチナ製剤(シスプラチン75mg/㎡点滴あるいはカルボプラチン5AUC点滴)+ペメトレキセド(500mg/㎡点滴)を3週間に1回、最長6サイクルまで継続した。主要評価項目は無作為割付を受けた全ての患者を対象とした全生存期間とし、プロトコール治療を受けた全ての患者について安全性評価を行った。

結果:
 2016年11月29日から2018年04月28日までに、計713人の患者が本試験に登録され、605人が各治療群に無作為割付された(NI群303人、Cx群302人)。467人(77%)が男性で、年齢中央値は69歳(四分位間は64-75)だった。既定の中間解析時点(データカットオフは2020年4月3日に行い、追跡期間中央値は29.7ヶ月(四分位間は26.7-32.9))において、NI群で有意に全生存期間が延長していた(NI群18.1ヶ月(95%信頼区間16.8-21.4)、Cx群14.1ヶ月(95%信頼区間12.4-16.2)、ハザード比0.74(95%信頼区間0.60-0.91)、p=0.0020)。2年生存割合はNI群で41%(95%信頼区間35.1-46.5)、Cx群で27%(95%信頼区間21.9-32.4)だった。Grade 3-4の有害事象はNI群のうち治療を受けた300人中91人(30%)に、Cx群のうち治療を受けた284人中91人(32%)に認めた。NI群のうち3人(肺臓炎、脳炎、心不全)、Cx群のうち1人(骨髄抑制)に治療関連死が発生した。

結論:
 未治療切除不能悪性胸膜中皮腫に対し、ニボルマブ+イピリムマブ併用療法は標準的な化学療法と比較して、統計学的有意に、しかも臨床的に意味のある生存期間延長効果を示した。




First-line nivolumab (NIVO) plus ipilimumab (IPI) vs chemotherapy (chemo) in patients (pts) with unresectable malignant pleural mesothelioma (MPM): 3-year update from CheckMate 743

Solange Peters et al., ESMO 2021 abst.#LBA65

背景:
 既報のCheckMate743試験について、3年追跡後の効果・安全性と、バイオマーカー解析について報告する。

方法:
 割付調整因子は組織型(上皮型 vs 非上皮型)と性別だった。その他は既報の通り。バイオマーカー解析は、探索的評価項目として位置づけられていた。CD8A、PD-L1、STAT-1、LAG-3の4種の炎症関連遺伝子発現状態について、RNAシーケンスを用いて推算し、中央値に対して高いか低いかで分類して評価した。治療開始前の末梢血好中球数 / リンパ球数比とLDHから算出されるLung immune prognostic index(LIPI)についても評価した。

結果:
 最短追跡期間35.5ヶ月(データカットオフ2021年5月7日)の時点で、NI群は生存期間延長に関する優位性を維持していた(ハザード比0.75、95%信頼区間0.63-0.90)。探索的バイオマーカー解析において、NI群では炎症関連遺伝子発現スコアが高い方が生存期間中央値が長かった(21.8ヶ月 vs 16.8ヶ月)。Cx群ではこうした所見は認めなかった。






関連記事