2014年10月13日

進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射

 治療内容にも、「お国柄」というものがあります。
 小細胞がんに関していえば、進展型小細胞癌の治療は、
 ・我が国:シスプラチン+イリノテカン
 ・米国:シスプラチン+エトポシド
 ・欧州:シクロフォスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチンとシスプラチン+エトポシドの交代療法
といったように、治療内容が国や地域によって異なるのは珍しくありません。
 
 化学療法だけでもそうですが、このところ進展型小細胞癌に対する放射線治療の在り方についても、我が国と欧州でずれが生じつつあります。
 肺小細胞癌に対して化学(放射線)療法を行い、CRもしくはgood PRが得られた場合には、予防的全脳照射を行うのが標準治療とされています。
 よく引き合いに出されるのが、フランスのAuperin先生の以下の論文です。

 Prophylactic cranial irradiation for patients with small-cell lung cancer in complete remission. Prophylactic Cranial Irradiation Overview Collaborative Group.
 Aupérin A, Arriagada R, Pignon JP, Le Péchoux C, Gregor A, Stephens RJ, Kristjansen PE, Johnson BE, Ueoka H, Wagner H, Aisner J.
 N Engl J Med. 1999 Aug 12;341(7):476-84

背景:肺小細胞がんの患者において、予防的全脳照射は脳転移の出現を減らす。治療後に完全奏効に至った際に予防的全脳照射を行うとどの程度予後が改善するのかよくわかっていない。今回我々は、予防的全脳照射が予後を改善するのか調べるため、メタアナルシスを行った。
方法:予防的全脳照射を行うか否かを比較した7つの臨床試験に参加し、治療後に完全奏効に至った987人の個別のデータを解析した。腫瘍評価項目は全生存期間とした。
結果:コントロール群に比べて、治療群の全死亡の相対リスクは0.84(95%信頼区間:0.73-0.97, p=0.01)であった。
進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射

 これは、3年生存割合にして5.4%の増加(コントロール群15.3%に対して、治療群20.7%)に等しい。予防的全脳照射により無病生存期間も延長し(再発もしくは死亡の相対リスクは0.75,95%信頼区間:0.65-0.86,p<0.001)、脳転移の累積出現リスクも低下した(相対リスクは0.46,95%信頼区間:0.38-0.57,p<0.001)。
進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射

 放射線照射量を4段階(8Gy,24-25Gy,30Gy,36-40Gy)に分けて検討したところ、照射量が増加するとともに脳転移のリスクは低下する傾向にあった(p=0.02)が、生存には寄与しなかった。 また、導入化学療法の開始後早期に全脳照射を開始すると脳転移のリスクが低下する傾向が見られた(p=0.01)。
結論:完全奏効に至った肺小細胞がんの患者に対する予防的全脳照射は全生存期間、無病生存期間のいずれも改善する。

 我が国の肺がん診療ガイドラインでは、限局型肺小細胞がんの患者さんが初期治療で完全奏効に至った場合の予防的全脳照射は推奨グレード(A)として、進展型肺小細胞がんの患者さんが初期治療で完全奏効に至った場合の予防的全脳照射は推奨グレード(B)として記載しています。
 これは、上記論文における総数987人の患者さんに対して進展型の患者さんが140人(14%)と少なかったことや、次の患者背景に示されているように、コントロール群と治療群における進展型の患者さんの割合に有意差があり、コントロール群により多くの進展型の患者さんが含まれていることも関わっているのだと思います。
進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射


 それでは、進展型の患者さんに対する予防的全脳照射はどの程度意義があるのか。
 そもそも、進展型の患者さんが完全奏効に至ることは稀です。
 しかし、good PRと呼ばれる「この人はよく効いた!」と言える患者さんは相当数いらっしゃいます。
 そんな患者さんへの予防的全脳照射はどうなのか、ということで、2007年の米国臨床腫瘍学会では、進展型小細胞癌においても予防的全脳照射は、脳転移再燃割合を改善するのみならず、全生存期間延長にも寄与するとオランダのSlotman先生が発表しました。この年のPlenary sessionに採択されており、8月にはNew England Journal of Medicine誌に掲載されています。

 Prophylactic cranial irradiation in extensive small-cell lung cancer.
 Slotman B, Faivre-Finn C, Kramer G, Rankin E, Snee M, Hatton M, Postmus P, Collette L, Musat E, Senan S; EORTC Radiation Oncology Group and Lung Cancer Group.
 N Engl J Med. 2007 Aug 16;357(7):664-72
 
背景:化学療法に対する治療反応が得られた進展型肺小細胞がんの患者を対象に予防的全脳照射を行う無作為化比較試験を計画した。
方法:18歳から75歳までの進展型肺小細胞がんの患者を、予防的全脳照射を行う群(照射群)と行わない群(コントロール群)に無作為に割り付けた。主要評価項目は登録から症状を伴う脳転移が出現するまでの期間とした。脳転移を示唆する症状が出現した場合には脳のCTあるいはMRIを行った。
結果:各群均等に143人を割付けた。照射群では症状を伴う脳転移が出現するリスクが低かった(ハザード比0.27,95%信頼区間:0.16-0.44,p<0.001)。1年以内に脳転移が出現する累積リスクは照射群で14.6%(95%信頼区間:8.3-20.9)、コントロール群で40.4%(95%信頼区間:32.1-48.6)だった。
進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射

 照射により無病生存期間中央値は12.0週から14.7週に延長し、割付後の生存期間中央値は5.4ヶ月から6.7ヶ月に延長した。
進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射
進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射

 1年生存割合は照射群で27.1%(95%信頼区間:19.4-35.5)、コントロール群で13.3%(95%信頼区間:8.1-19.9)だった。照射には有害事象を伴ったが、global health statusに影響を与えるようなものはなかった。
結論:予防的全脳照射は症状を伴う脳転移を抑制し、無病生存期間および全生存期間を延長する。

 これは非常にインパクトのある試験結果で、我が国のその後の小細胞がん関連の臨床試験に大きな影響を及ぼしました。
 進展型肺小細胞がんに対する化学療法の第III相試験においても、その後に予防的全脳照射を加えるか否かで予後が変わるとなると、きっちりプロトコール治療として組み入れなければならないことになります。
 施設によって予防的全脳照射をする、しないの見解が分かれ、それじゃああらかじめする施設、しない施設はその方針を決めておいて、治療施設も割付調整因子としましょうってなことになりました。
 
 しかし、Slotman先生の報告にはいくつか問題点がありました。
 ひとつは、試験登録前に画像診断により脳転移の有無が確認された患者がわずか29%であったこと。
 我が国では(少なくとも全うな肺がん治療を行っている施設では)、治療開始前に脳転移の有無を画像診断で確認するのは常識です。
 そもそも、脳転移に関わる臨床試験において、試験登録前に脳転移があるかないかを画像診断で確認していないなんて、我々の常識では考えられません。
 もうひとつは、主要評価項目を「症状を伴う」脳転移が出現するまでの期間、としていることです。
 脳転移の症状はADL、ひいてはPSに大きく影響を及ぼすため、その後の治療を継続できるかどうかに大きく影響します。
 我が国では、症状がなくとも数か月ごとに画像診断で脳転移の有無を確認するのが一般的で、この点も我が国と実地臨床と乖離しています。
 そのため、Slotman先生の報告内容を疑問視する先生は、我が国には少なからずいらっしゃったはずです。

 そのため、我が国でも進展型肺小細胞癌に対する予防的全脳照射の追試が行われ、今年の米国臨床腫瘍学会で九州がんセンターの瀬戸先生が、Slotman先生とはまったく異なる見解を発表されました。

ASCO 2014 abstract #7503
Prophylactic crannial irradiation (PCI) has a detrimental effect on the overall survival (OS ) of patients (pts) with extensive disease small cell lung cancer (ED-SCLC) : Results of a Japanese randomized phase III trial.
Seto T, et al.

進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射
 進展型肺小細胞がんに対してプラチナ併用化学療法を行い、なんらかの治療効果が得られた(CR,PR,SD with minor response)患者さんを対象に、前例MRIで脳転移のないことを確認した上で、予防的全脳照射群とコントロール群に無作為に割り付けます。
 主要評価項目は全生存期間、副次評価項目は脳転移が出現するまでの期間(症状がなくても3か月ごとに画像診断で評価)、無増悪生存期間とし、有意水準0.05、検出力0.80でハザード比0.75を検出するために計330人の登録が必要でした。
 しかし実際には、中間解析時点で無効中止になります。
 進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射
 各群約80人が登録された段階で、全生存期間において予防的全脳照射群の生存曲線がコントロール群を下回っており、これ以上試験を継続しても照射群の優越性が証明される見込みはないと結論されました。
 進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射
 無増悪生存期間も差がつかず。
 進展型肺小細胞癌と予防的全脳照射
 脳転移が出現するまでの期間については、照射群の方が優れていました。

 予防的全脳照射が脳転移出現を抑制するのは、上記三報のいずれにも共通しています。
 それが生存期間の延長につながったりつながらなかったりするのはなぜなのか。
 個人的には、高齢の患者さんに予防的全脳照射を行った際にしばしば見られる認知機能の低下が、どの程度その後の治療に影響を及ぼしたのか、知りたいところです。

 上記のSlotman先生は、進展型肺小細胞がんの初期治療後に治療反応性が得られた患者さんに対して、胸部放射線照射を行うと2年生存割合が伸びる、といった趣旨の報告も最近されています。主要評価項目の1年生存割合は改善しなかったので我が国の実地臨床へのインパクトは今のところないと思いますが、今後の臨床試験計画を考える上で新たな議論を呼びそうです。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25230595


同じカテゴリー(その他)の記事画像
2015年度のデータベースから
2014年度のデータベースから
2013年度のデータベースから
2012年度のデータベースから
2011年度のデータベースから
同じカテゴリー(その他)の記事
 お引越しします (2022-01-01 06:00)
 追憶 (2021-11-19 06:00)
 肺がん患者に3回目の新型コロナウイルスワクチン接種は必要か (2021-11-18 06:00)
 そろりと面会制限の限定解除 (2021-11-13 06:00)
 新型コロナウイルスワクチンの効果と考え方 (2021-10-04 06:00)
 新型コロナワクチン感染症が治った人は、ワクチンを接種すべきか (2021-09-12 06:00)
 抗がん薬治療における刺身・鮨との付き合い方 (2021-09-07 06:00)
 広い意味でのチーム医療 (2021-08-25 06:00)
 病院内におけるワクチン格差のリスク (2021-07-20 23:48)
 順序 (2021-06-23 22:17)
 2015年度のデータベースから (2021-06-01 00:25)
 2014年度のデータベースから (2021-05-26 20:03)
 2013年度のデータベースから (2021-05-25 23:32)
 2012年度のデータベースから (2021-05-18 22:13)
 2011年度のデータベースから (2021-05-08 21:49)
 2010年度のデータベースから (2021-05-05 11:42)
 2009年度のデータベースから (2021-05-04 22:19)
 2008年度のデータベースから (2021-05-04 18:57)
 がんと新型コロナウイルスワクチン (2021-04-22 21:35)
 進行肝細胞がんに対するアテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法 (2021-04-19 23:20)

Posted by tak at 20:58│Comments(0)その他
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。