読書の秋。
ことに土曜日の夜は、本を読みふけるのにぴったり。
とはいえ、本を買ってきては読了し、そのまま本棚に収めると、また無駄な荷物を増やして、といつも妻とけんかになる。
そんなわけで、最近はできるだけ図書館で借りてきた本を読むようにしている。
いまどきの図書館はとても便利で、websiteで所蔵を確認し、誰も借りていなければそのまま借りに行けばいいし、誰かが借りていたら予約をすれば返却され次第メールで連絡が入る。
電子書籍は肌に合わないので、まずは図書館で検索して、所蔵がない本だけを購入するようにしている。
図書館に所蔵されているけれど、予約してから随分と長く待たされた本が、最近ようやく手元に来た。
「ファクトフルネス」という本で、スウェーデンの公衆衛生学者、ハンス・ロスリング先生がご家族とともに著したものだ。
国連が公表しているデータをもとに、自身のフィールドワークの経験を織り交ぜながら、公衆衛生上のデータで誰もが誤解しているものを次々に紹介していく。
その第9章、「犯人捜し本能」という章で、興味深いくだりがあったので引用する。
ほかにも興味深い話が多く、しかも巧妙な構成で飽きさせない、この秋お勧めの本である。
そして、この本をこのブログで扱う理由は、「おわりに」を読めばよくわかるはずだ。
「ビジネスマン」
私はいつも事実を見るように心がけているはいるけれど、それでも先入観に負けてしまうことがある。
ある日ユニセフから依頼を受けて、アンゴラに送るマラリアの薬の入札者について調べることになった。
私はこの製薬会社をあたまから疑ってかかっていた。
価格は妙だったし、詐欺に違いないと意気込んだ。
悪徳企業がユニセフから甘い汁を吸うつもりだな。
いっちょ化けの皮を剥いでやるか。
(中略)
・・・ユニセフは製薬会社と10年契約を結んで薬品を買い入れる。
どの製薬会社にするかは競争入札で決めている。
長期にわたって大量に買い入れてもらえば製薬会社にとってはありがたいので、入札価格はかなり割安になる。
とはいえ今回は、スイスのルガーノにあるリボファームという小さな家族経営の会社が、ありえないほど安い価格で入札していた。
1錠当たりの値段が、「原料価格よりも安かった」のだ。
私は現地に飛んで、内実を調べることになった。
まずチューリッヒに行き、そこから小型機でルガーノの小さな空港に降り立った。
安物の服を着た出迎えの人が待っているだろうくらいに思っていたら、リムジンに乗せられて敷居の高そうな超豪華ホテルに連れて行かれた。
つい、妻に電話して、「シーツが絹だぞ」といってしまったほどだ。
翌朝迎えが来て、私は工場に向かった。工場長と握手を交わした後、すぐに本題に入った。
「ブダペストから減量を買って錠剤を作り、それを放送して箱に入れてコンテナ船に積んで、ジェノバに送り届けるんですよね。」
「どうしたら原料価格より安い値段で、そんなことができるんですか?」
「ハンガリー人から何か特別な割引でももらってるんですか?」
「原料の仕入れ価格は皆さんと同じですよ」と工場長。
「でも、リムジンで迎えてくれたじゃないですか?どこからそんなカネが出るんですか?」
工場長はにっこりした。
「ああ、こういうことなんです。私たちは数年前に、ロボット化によって製薬業界が変わると気づきました。」
「そこで、世界最速の錠剤製造機を自分たちで開発して、ここに小さな工場を建てたんです。」
「製造以外のプロセスも隅々まで自動化しています。」
「大企業の工場も、うちと比べたら手工芸店みたいなものですよ。」
「まず、ブダペストに原料を注文します。月曜に電車で原料が届きます。」
「水曜の午後にはアンゴラ行きの1年分のマラリアの薬が箱詰めされて発送できるようになっています。」
「木曜の朝には薬がジェノバに到着します。」
「ユニセフが薬をチェックして受領書にサインしたら、その日のうちに代金が私たちのチューリッヒの口座に振り込まれます。」
「でも、おかしいじゃありませんか。売値の方が原価より安いんでしょう?」
「おっしゃる通り。でも、原料の仕入れ先への支払いは30日後で、ユニセフは4日後に代金を支払ってくれます。」
「だからおカネが口座に眠っている26日間は金利が稼げるんです。」
そうだったのか。
言葉が見つからなかった。
そんなやり方があるなんて思いもしなかった。
私の頭はすっかり、ユニセフは正義の味方で、製薬会社はあくどいことを考えている敵役ってことになっていた。
小さな企業にそんな革新的な力があるなんて、全く想像がつかなかった。
安上がりなやり方を実現できる、すごい力を持った企業だったのだ。
彼らもまた正義の味方だった。